若かりし頃の〜】

 以下で述べられている「小作農を英国西部に作り上げる計画」云々というのは、おそらく第七話「忘れられた神殿」のことを言っています。



シベリアで生まれた新勢力】

『知りすぎた男』が現実の歴史を踏まえている作品だと仮定した場合、この「日本が支持していたシベリアの新勢力」というのが何に当たるのか不明です。
それっぽい架空の歴史、かもしれないのですが。

※ロシア革命に抵抗する勢力のことでは? というアドヴァイスあり。確認中。

1918年〜1922年まで、日本はシベリアに出兵していました。表向きはソ連の捕虜になったチェコ軍の救出・ソビエト/社会主義の打倒ですが、日本軍の真の目的は、革命に破れた(抵抗し続ける)白軍を擁立してシベリアに傀儡政権を作り上げることでした。



海の青さに】

[原文]
relieved against the blue dado of the sea.

「blue dado」というのがわからなかったので、ただ「青」とだけ訳しておきました。
「dado」とは(1)建築の台胴、(2)腰板、イタリア語で「サイコロ」、スペイン語で「サイコロ、サイコロのような形、舫綱を巻き付ける杭」だそうです。が……。
※ここはそのまま比喩で「青い羽目板」でよいのではないかと。



的の事件】

第一話「的の顔」事件のことです。釣りをしていたのは冒頭、ダイナマイト云々は本文中にあるとおり最後の部分です。



統治されて】

ここは原文ではこう。

how they're ruled-- or, rather, ruined.

チェスタトンではおなじみの表現です。反対の(あるいはまるきり別の)意味の単語で頭韻を踏む表現技法。



新条約

それとおぼしき歴史上の条約というと、1921年のイギリス・アイルランド条約でしょうか。戦前のアイルランド自治法案の方がありそうかな?



苦力資本主義】

「苦力《クーリー》」とは、インド・中国の下層労働者のこと。本文中で述べられている「アジア人」「中国人人夫」のことでしょう。古くは、黒人奴隷と比べて熟練した作業に従事できるので重宝されたといいます。そんなことから、「下層〈熟練〉労働者」という意味合いがあるようです。

「苦力資本主義」とは本文中にあるとおり。

「苦力」ということばに初めて出会ったのはドイル「瀕死の探偵」、ホームズが罹ったのが「不治の苦力病」でした。「苦力」という字面に得体の知れない恐ろしさを感じたものです。てっきり病気の名前だと思ってました。



我が名は朽つとも〜】

'Que mon nom soit fletri; que la France soit libre.'

内容から考えてもフランス革命あたりの誰かの引用ぽいのだが、典拠不明。



メンバーは五人】

五人のメンバー、と言えば、ロイド・ジョージ率いる「戦時内閣(War Cabinet)」を連想します。ロイド・ジョージは第一次大戦中の1916年、時のアスキス総理の辞任に伴い、戦時内閣を発足させます。まず何よりも英国の利益を追求した戦争指導が国民に支持されました。

そういえば第一話「的の顔」で、ジェファーソン・ジェンキンスが唱えている「別荘地改良計画」も、ロイド・ジョージの「人民予算」を思わせます。
第四話「底なしの井戸」でフィッシャーが主張する「小英国主義」も、なにやらロイド・ジョージを思わせないでもありません。

『知りすぎた男』が出版された1922年というと、ロイド・ジョージの威光に翳りが見え始めていた時期ですが、はたしてチェスタトンがこの作品を発表した意図はロイド・ジョージの再評価だったのでしょうか?



ケント


上図の赤い部分がケント州。



西部

前段のフィッシャーの会話にも、「西部には軍事的な意味でも嵐と疑いが渦巻いてます。という形で出てきました。フィッシャーの親戚たち五人がロイド・ジョージに擬せられているのなら、この「非協力的な西部」というのも、戦争に反対していた「徴兵反対同盟」や「民主的統制連合」を指すのかもしれませんが、残念ながら彼らが西部地方を拠点にしていたのかどうか寡聞にして知りません。



カンタベリー




アーサー

「アーサー」とは「アーサー王」、「アルフレッド」とは「アルフレッド大王」でしょうか。

アーサー王はケルト伝説の英雄。(五世紀頃?)。アングロ・サクソンに征服されたケルト人は、アイルランド、スコットランド、ウェールズ地方に逃れました。つまりアイルランド人にとってケルトの英雄アーサー王は偉大な始祖でもあるわけです。

アルフレッド大王はイギリスの礎を作ったアングロ・サクソン系の王。ケルト人を征服しました。つまりアイルランドの祖先を征服しました。九世紀の人物。



絞首台の上高くに〜】

1867年、アイルランド独立を目指すフィニア団の指導者がイギリスに逮捕された。そこで団員は護送車を襲い救出に成功。だが多くの団員が逮捕され、うち三人(本文中の「気高き三人」)が死刑判決を受けるという、〈マンチェスターの殉教〉事件が起こる。事件に材を採って作られたのがこの「God Save Ireland」である。ただし本文中の引用は、語句がオリジナルと微妙に異なる。

勇者言えり ゴッド・セイブ・アイルランド
皆共に言えり ゴッド・セイブ・アイルランド
絞首台高くにあろうと
戦場にあろうと我ら死すとき
アイルランドがためならば何をか問わん
絞首台の上高く 気高き三人揺れぬ
非情の暴君 若きを奪うも
猛き心で向かえり
悲運にめげぬ魂もて
勇者言えり ゴッド・セイブ・アイルランド
皆共に言えり ゴッド・セイブ・アイルランド
荊の階段を登り祈りの声響く
イギリスの死の縄をかけられ
絞首台の辺りに同胞たちの口づけあり
死すまで故郷信頼自由にこそ忠なれ
(以下略)






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