その時、レセプションの大広間に隣接する部屋の扉がぱっと開いた。多数の大きなテーブルが美しく並べられた光景が目の当たりになり、幾多の高価な磁器と金食器の下で軋んでいた。中央のテーブルは、貴族や貴婦人、外交団のメンバーたちに当てられていた。ロンドンから運ばれた計り知れない価値の飾り皿が輝き、セーブルの工場による見事な出来の千粒のシャンデリアの光の下で、この金彫りの傑作の周囲は黄金色に反射していた。
新王宮の来賓は、すぐに晩餐室へぞろぞろと歩き始めた。
その時。キーソフ将軍が再びやってきて、近衛将校に素早く寄っていった。
「なにか?」無愛想に聞いた。彼とのひとときは済んでいたからだ。
「電報はもはやトムスクを越えられません」
「今すぐ急使を!」
将校はホールを出ると、隣接する控えの間に入った。簡素なオーク材の家具のある小部屋で、新王宮の角に位置していた。絵がいくつか、とりわけオラース・ヴェルネのものが、壁に掛けられていた。
将校は空気が足りないかのごとくあわただしく窓を開けると、美しい七月の夜の純粋な大気を吸い込むためバルコニーに降り立った。目の下には月の光を浴びた城塞が広がっている。二つの聖堂、三つの宮殿、一つの武器庫が浮かび上がる。城塞の周囲には、三つの町が見える。キタイ−ゴロド、ベロイ−ゴロド、ツェムリアナイ−ゴロド――ヨーロッパ人、タタール人、中国人の広がる地域だ。塔、鐘楼、イスラム寺院尖塔《ミナレット》、銀の十字架のそびえる緑の丸屋根を持つ三百の教会の鐘楼が見渡せた。曲がりくねった川に、あちこちで月の光が反射している。
この川がモスコヴァ川だ。街はモスクワ。城塞はクレムリン。腕を曲げ、思慮深い表情をした近衛竜騎兵の将校が、古きモスクワの街に建つ新王宮から漂ってくる音を夢心地で聞いていたその将校が、ロシア皇帝であった。