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翻訳:東 照
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プロジェクト杉田玄白 正式参加テキスト

シルヴィーとブルーノ完結編

ルイス・キャロル


第十二章
妖精の調べ

 続く静寂を破ったのは音楽家令嬢の声だった。ぼくらのすぐそばの席で新たにやって来た招待客と話をしている最中だった。

 それが「あら!」と鼻で笑うような調子で驚きの声をあげたのだ。「新しい音楽が聴けることになりそうね!」

 ぼくは事情を知ろうと辺りを見回し、同じくらい驚いてしまった。ミュリエル嬢がピアノの前に連れていったのはシルヴィーだった!

「がんばって!」ミュリエル嬢が声をかける。「絶対にうまく弾けるから!」

 シルヴィーが目を潤ませて振り返った。ぼくは勇気づけようと笑顔を返したが、人の目にさらされることに慣れていない子どものようにひどく緊張しているのは明らかだったし、見るからに浮かぬ顔で怯えていた。だがそれでも持ち前の健気なところが顔を出した。ミュリエル嬢と友人たちに楽しんでもらうため、自分を殺して全力を注ごうと決意したのがぼくにはわかった。シルヴィーはピアノの前に座るとすぐに演奏を始めた。ぼくに判断できるかぎりではテンポと抑揚は完璧だった。だがタッチが驚くほど軽かったため、おしゃべりのざわめきがまだ止まずにいた最初のうちは、演奏の音をほとんど拾うことができなかった。

 だがすぐにざわめきは消えてまったくといっていいほど静まり返り、ぼくらは席に着いてうっとりとしたまま息を呑んで、至上の音楽に耳を傾けた。居合わせた誰もが忘れられないほどの音楽だった。

 初めのうちはほとんど音色も届かないまま、マイナーから始まる――黄昏を音にしたような――序奏部分を弾いた。光がぼんやりとかすみ始め、霧が部屋中に忍び寄ったような気分だった。次いで、忍び寄る薄闇の向こうから、幕開けの音がいくつかきらめいた。あまりに美しく繊細なその旋律を、一音たりとも聞き逃すのを恐れて、誰もが息を潜めていた。何度か曲の頭の感傷的なマイナー調に戻り、言うなれば立ち込める薄闇を通り抜けて旋律が陽光のなかにもぐりこむたびに、調べはさらに魅惑的に、さらに甘美になった。シルヴィーの軽やかな指使いの下で、楽器が文字通り鳥のように歌を奏でているようだった。「わが佳偶ともよ、わが美はしき者よ、起ていできたれ」と歌っているようだった。「視よ、冬すでに過ぎ、雨もやみてはやさりぬ。もろもろの花は地にあらはれ、鳥のさへづる時すでに至る」[*1]。最後の響きが一陣の風によって震えた木々から落とされるのを聞き――雲の切れ間から最初の光が輝いているのを目にしたと、誰もがそう感じていた。

 フランスの伯爵カウントが興奮してあたふたと部屋を横切ってきた。「思い出せないのですよ。こんなほど魅力的な曲なのに、名前が出てこない! 確かに必ずオペラなんです。しかしオペラが自分の名前を思い出させてくれさえしません! 彼を何とお呼びかな、お嬢ちゃん?」[*2]

フランスの伯爵

 シルヴィーはうっとりとした表情をして振り向いた。演奏が終わっても、手は鍵盤の上をふらふらとさまよっている。不安やはにかみも今や消え去り、残っているのはぼくらの心を震えさせた音楽の紛れもない喜びだけだった。

「曲名を!」フランス伯がじれったげに繰り返した。「今のオペラをどうお呼びですか?」

「オペラって何ですか?」シルヴィーがわずかにささやいた。

「では、この調べをどうお呼びかな?」

「曲名なんて、全然わかりません」シルヴィーはピアノから立ち上がった。

「だが素晴らしかった!」フランス伯はシルヴィーのあとからついてきて、ぼくに向かって話しかけた。あたかもぼくがこの神童の持ち主であり、曲の謂われも知っているに違いないとでも言いたげだった。「あの子の演奏を聞いたことがありますか、もっと早く――つまり『この機会より前に』ですが? あの調べをどうお呼びですか?」

 ぼくはかぶりを振った。だがさらなる質問から救ってくれたのはミュリエル嬢だった。フランス伯に歌ってほしいと頼みに来たのだ。

 フランス伯は申し訳なさそうに腕を広げ、首をすくめた。「それがお嬢さん、曲をすべて鑑みたのですが――つまりチェックしたのですが、私の声にぴったりの曲が一つもなさそうなのです! どれもバス向きではないのですよ!」

「もう一度確かめていただけませんか?」ミュリエル嬢が懇願した。

「てづだおうよ!」ブルーノがシルヴィーにささやいた。「見つけようよ――そうでしょ!」

 シルヴィーも同意した。「あなたにぴったりの歌を探すのをお手伝いしましょうか?」甘い声でフランス伯にたずねた。

「おお、もちろんメ・ウィ!」小男は大声で答えた。

「めいわくなもんか!」ブルーノは嬉しそうなフランス伯の手を握り、譜面台まで連れて行った。

「まだ望みはあるわ」ミュリエル嬢は肩越しに言葉を残すと、あとをついて行った。

 ぼくは「ミステル」を振り返って、途中になっていた会話を再開しようと努めた。「おっしゃっていましたが――」ところがこのときシルヴィーがブルーノを呼びに来た。ブルーノはぼくのそばに舞い戻っており、シルヴィーはいつになく真剣な面持ちで「さっさと来て、ブルーノ!」と訴えていた。「もう見つけたも同然でしょ!」それから声をひそめて、「ロケットはのなかよ。人前じゃ取り出せないけど!」

 だがブルーノはそれを拒んだ。「あのひとぼくの悪口いったの」と、誇りを保って言った。

「どんな悪口だい?」ぼくは気になってたずねた。

「好きなうたはどんなのか訊いたらさ、『男性の歌、ご婦人のではなく』って言うんだ。だから『シルヴィーとぼくがトトルズさんのうたをさがしてあげようか』って言ったらね、『飢える!』って言われたの。ぼく飢えちになんかしないよね!」[*3]

「そんなつもりじゃなかったのよ!」シルヴィーが一生懸命になだめた。「フレンチってやつよ――英語をあまりうまく話せないから――」

 ブルーノは目に見えて心を開いた。「あんましうまくないからハレンチなのか! ハレンチな人ってぼくらみたくじょうずに英語がはなせれないんだねえ!」そうしてシルヴィーにおとなしく連れられて行った。

「よい子たちじゃ!」ミステルは眼鏡を外して丁寧にぬぐっていた。やがて眼鏡をかけ直すと、子供たちが楽譜の山をひっくり返しているのを、にこやかに微笑みながら見守っていた。シルヴィーが小言を言っているのが聞こえる。「散らかしに来たんじゃないのよ、ブルーノ!」

「お話がしばらく中断されてしまいましたが」ぼくは言った。「よかったら続きを始めませんか!」

「喜んで!」老人は優しく答えた。「あなたがたのことに興味がありまして――」そこで言葉を切って困ったように額をぬぐい、つぶやいた。「忘れてしまった。何を話していたんでしたかな? おお! あなたがたのことを教えてもらおうとしていたのですな。そうそう。あなたがたのところではどちらの教師を評価いたしますかな、言ってることがわかりやすい教師と、いつもわけのわからない教師と?」

 まるで理解できない教師を評価する傾向があることを、ぼくは認めざるを得なかった。

「さようさよう」ミステルが言った。「そこから始めますかな。そう、八十年ばかし前のある時期のことでしたか――それとも九十年前だったかな? わしらが大好きだった先生が、年を重ねるごとにどんどん影が薄くなったのですが、それにつれて年々ますます尊敬を集めたものでした――あなたがたのところの芸術愛好家が、の出ている景色を絶景だと呼んで、何も見えないのを絶賛して愛して止まぬのと同じことですな! さて結論を申しましょう。わしらの憧れの先生が講義していたのは、倫理学でした。まあ生徒の方ではちっとも理解できんのですが、それでもすっかり暗記しておりました。試験のときにはそれを書き写すのです。試験官の口からは『素晴らしい! 何という理解力!』」

「ですが生徒の将来にはそれが何の役に立ったのでしょうか?」

「ほう、わかりませんか?」ミステルが答えた。「今度は自分が教師になったとき、ふたたびそっくり暗唱いたしました。それをまた生徒がそっくり書き写し、試験官がそれに及第をつける。どういう意味があるかなどとちょっとでも考える者などおりません!」

「その結果どうなりました?」

「このようになりました。ある晴れた日に目を覚ましますと、倫理学について何らかのことを知っている者が誰一人いないことに気づいたのです。かくして廃止と相成りました。教師、授業、試験官すべてです。何かを学びたいと思ったら、独力でがんばるしかありません。二十年かそこら経過してみると、何かを身につけた人間がちょこちょこ現れたのです! さて話を変えましょう。お国の大学では、試験を実施するまでにどれくらいの期間授業をおこないますかな?」

 三年か四年だと答えた。

「さよう、我々もそのくらいですぞ!」ミステルが声をあげた。「生徒にほんのちょっとだけ教えまして、それを身につけ始めたころになると、ふたたび身から出すのですな! 我々は井戸に半分も溜まらないうちに、水をくみ上げました――林檎がまだ花のうちに、摘み取りました――ひよっこが殻をかぶって静かに眠っているうちに、難解な数学の理論を植えつけました! 鳥も早起きすりゃ虫にありつく、すなわち早起きは三文の得というのは確かなことです――だがあまりに早く起きすぎれば、虫はまだ地面から出て来ておらんし、そうなると朝食にありつける見込みとは何なのでしょうな?」

 まあそうですね、とぼくは認めた。

「ではことの次第を明らかにしましょう!」ミステルは張り切って話を続けた。「すぐにでも井戸の水をくみ上げたいとしましょう――その場合にしなければならないことを教えてくださいませんかな?」

「イギリスのような大国では、競争試験は欠かせません――」

 ミステルは激しく手を振り回し、「何ですと? もう一度お願いします」と叫んだ。「そんなことは五十年前に廃止されたと思っとったが! 競争試験など毒の木ですぞ! そんなものに光を遮られては、天性の才能、飽くなき探求、生涯たゆまぬ努力、そうしたものがすべて死に絶えてしまします。才能や探究のおかげでわれらの先祖は人間らしい進んだ知性を得たというのに、それがゆっくりとではあっても確実にしぼんでいくのは間違いない。やがて調理場にその体系を明け渡し、人間の心はソーセージとなり、いくら望んだところで、理解できない詰め物をどれほど詰め込めるというのか!」

 こうして熱弁をふるったあとには、決まってしばし我を忘れてしまうらしく、かろうじて思考の糸をつなぎ止めているのは一つの言葉だけだった。ミステルは「さよう、詰め込める」と繰り返した。「我々は荒廃の段階をくぐり抜けました――それはひどいものでしたぞ! もちろん試験がすべてであったときには、足りないものを詰め込もうといたしました――目指すべき偉業はですな、受験者が試験に必要なことよりほか何一つ知らぬ状況になるでしょう! それが完全に達成されたと言っているわけではありませんぞ。だがわしの生徒のなかには(老人の自慢をお許しくだされ)惜しいところまで行った者もおります。試験のあとでその生徒は、知ってはいたが身につけることのできなかった少々の事実をわしに洩らしましたが、そんなのはつまらないことです、さよう、まったくつまらないことです!」

 ぼくはかすかに驚きと喜びを見せた。

 老人は満足そうに笑ってぺこりとお辞儀してから話を続けた。「あのころは一人一人の才能のきらめきを見極めたり、表に現れた才能に報いたりするのに、あれ以上に合理的な考え方を思いついた者がおりませんでな。言うなれば、不運な生徒を蓄電瓶にして、まぶたまで充電して――競争試験というノブを嵌めて、とびきりの火花を流しておりましたから、蓄電瓶が割れることもよくありました! それがどうだというのでしょう? 我々はそれに『一級火花』とラベルを貼って、棚に仕舞っておりました」

「けれどもっと合理的なシステムが――?」ぼくは水を向けた。

「ああ、そうです! それが次の段階ですな。一塊りの学習成果にまとめて褒美を与えるのではなく、よい答えが出るたびにこまめに払っていたものです。思い出しますなあ、当時はコインの山を手元に置いて授業しておりました! 『たいへん素晴らしい、ジョーンズ君!』(たいていこれで一シリング)。『ブラーヴォ、ロビンソン君!』(これは半クラウン)。さてことの次第はというと。誰一人として報酬なしで学ぼうとする事実は一切ありませんでしたな! 優秀な青年が入学してくると、授業料よりも多い学習料を受け取っておりましたぞ! そして次の段階がもっとも激しい社会現象でした」

「えっ、さらに別の社会現象が?」

「これが最後です」老人は言った。「長い話で退屈させてしまったようですな。どのカレッジも優秀な生徒を欲しがりました。そこで我々が採用したのは、イギリスでは一般的だという噂のシステムでした。カレッジは互いに競り合い、青年は最高値をつけた入札者のところに身を投じました! 何と愚かだったことか! なにせ、どういうわけか優秀な青年たちは総合大学に入るに違いありませんでしたからな。我々は金を払う必要などなかった! 我々のお金は、優秀な生徒をほかのカレッジではなく自分とこのカレッジに招致することに費やされました! 競り合いは過熱し、ついに支払いが底をついてしまいました。どのカレッジもきわめて優秀な生徒を手に入れたがっていましたから、駅で生徒を待ち伏せ、通りをあちこち探すはめになりもうした。真っ先に捕まえた者が、手に入れることができるのです」

「到着した奨学生の捕獲というのは、変わった仕事だったのでしょうね」ぼくは言った。「どういった考えによるものなのか教えてもらえませんか?」

「喜んで!」老人が言った。「比較的最近おこなわれた狩りについて説明いたしましょう。それまでは、スポーツの形を取っておりました(実際、その日のスポーツとして勘定されておりましたな。『幼生狩り』と呼んどりました)が、ついに化けの皮がはがれたんですな。偶然にもちょうど通りかかったときに、この目で目撃いたしました。それこそ『奥の奥まで』というやつです。今も目に見えるようです!」夢みるような丸い大きな目で虚空を見つめながら、興奮して先を続けた。「まるで昨日のことのようですぞ。それなのに起こったのは――」ミステルが慌てて言葉をのみ込んだので、残りの言葉はささやきにのなかにしぼんでしまった。

どれほど前のことだとおっしゃいました?」ついにミステルの人となりについて何らかの確かな事実が明らかになるのではないかと、そんな期待を込めてぼくはたずねた。

山ほど前です」とミステルは答えた。「駅で繰り広げられた景色は(聞いたところによると)ひと騒動といったようなものでした。八つ九つのカレッジの代表がゲートのところに集まったのを(誰もなかには入れませんでな)、駅長が舗石に線を引いて、全員その線の内側に立っていろと訴えたとか。ゲートがぱっと開きました! 若者が目の前を駆け抜け、稲妻のように通りに逃れました。カレッジの代表たちがそれを見つけて興奮して叫んでおりました! 学生監が古臭い決まりに則って、『壱!弐!の参! いざ行かん!』と指示を出し、かくして狩りが始まりました! いやはや、それは見物でしたでしょうな! 最初の角でギリシア語の単語帳を落とします。さらにその先で、膝掛けを。それからいろいろな小物。そして傘。最後にはおそらく一番大事にしているはずの鞄まで。だがゲームは終了です。あのカレッジの――その――球学長は」

どのカレッジのですか?」

「――とあるカレッジですな。その学長は加速度の理論を――自身の発見になる理論を――実行に移し、わしが立っていた真っ正面で生徒を捕まえたのでした。あの息づまる死闘は忘れませんぞ! だがやがてすっかり終わりました。あの骨張った大きな手のなかに収まるや、脱出は不可能なのです!」

生徒学長

「なぜ『球』学長と呼んだのかおたずねしてもかまいませんか?」

「見た目のから名づけられたあだ名です。まん丸でしたのでな。例えばまん丸な砲弾があって、それがまっすぐに落ちてゆけば、加速度がつくことはおわかりですな?」

 ぼくは頷いた。

「さよう、球友は(そう呼べるのを誇りに思いますが)この要因究明に取りかかったのです。三つの要因を見つけました。一つ、まん丸であること。二つ、まっすぐに動くこと。三つ、進む方向が上向きではないこと。この三つの条件が満たされれば、加速度が得られるのです」

「そんなことはないでしょう。残念ですが同意できません。その理論を水平運動に当てはめて見ませんか。砲弾が水平に発射された場合には――」

「――まっすぐに動きはせ…ぬでしょう」ミステルはそっとぼくの言葉をさえぎった。

「その点は認めます。ご友人は次に何をなさったんですか?」

「次にしたのは、まさにあなたが示唆なさったように、その理論を水平運動に当てはめようとしたんですな。だが移動中の物体は絶えず落下するものですからな、水平に動き続けるには、継続的な支えが必要になる。『さて、何だろう』と友人は自問いたしました。『移動中の物体を継続的に支えるものとは?』。その答えが『人の足!』でした。これが友人の名を不朽のものにした発見なのです!」

「今もなお?」ぼくはかまをかけた。

「それは言えませんな」すべてを語らぬ語り部は穏やかに答えた。「次の一歩ははっきりしとりました。体がまん丸になるまで脂身の固まりを摂取し続けることです。やがて疾走の最初の実験に取りかかりました――人生を賭けたと言っていいでしょう!」

「どうなりました?」

「さよう、友人は自分が利用している自然界の新しい力がどれほどとてつもないものなのかをわかっておりませんでした。出だしが速すぎたのです。あっという間に時速百マイルで移動しておりました! 干し草の真ん中に突っ込むことに思い至らなければ(干し草を四方八方にまき散らしておりましたがの)、住み慣れた星をあとにして、宇宙に飛んで行っていたに違いありませんぞ!」

「それで結局、幼生狩りはどうなったんでしょうか?」

「さようさよう、二つのカレッジのあいだにみっともない争いを引き起こすことになりました。別の学長が青年に手をかけたのと、学長が手をかけたのはほとんど同時でした。どちらが先に手を触れたのかは誰もわかりません。この争いが新聞沙汰になり、我々は信用を失い、とどのつまりは幼生狩りは終わりを告げたのです。実を申しますとな、気違い沙汰を鎮めてくれたのは、優秀な奨学生に入札して競り合うことでした。言うならばオークションでものが売られているのと同じようなものですな! その熱狂が頂点に達したころでした。何とまあカレッジの一つが年に千ポンドの奨学金を告知したころです。視察団の一人が古代アフリカの伝承が書かれた写本を手に入れまして――偶然にも写しを持って来ておりましてな。翻訳して聞かせましょうかな?」

「お願いします」ぼくはそう言ったものの、ひどく眠くなってきたのを感じていた。


"Sylvie and Bruno Concluded" Lewis Carroll -- Chapter XII 'Fairy-Music' の全訳です。

Ver.1 03/06/19
Ver.2 03/06/21
Ver.3 03/09/21
Ver.4 11/04/03


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[註釈]
*註1 [わが佳偶よ、……]。『旧約聖書』「雅歌」第2章第10節〜第12節。引用は文語訳。口語訳は以下の通り。「わが愛する者よ、わが麗しき者よ、立って、出てきなさい」「見よ、冬は過ぎ、雨もやんで、すでに去り、もろもろの花は地にあらわれ、鳥のさえずる時がきた」。[

*註2 [彼を何とお呼びかな……]。フランス語で「opéra」は男性名詞。以下、フランス語の言い回しを直訳したような箇所が散見されます。

 なお、ミュリエル嬢の父親である伯爵は「Earl」であり、外国の伯爵を表す単語は「Count」なのですが、日本語ではどちらも「伯爵」のため、区別するため便宜的に「Count」の方を「フランス伯」と訳してあります。[

*註3 [飢え死《ち》る]。「Wait, eel!《ウェイティール》」(ちょっと待った、ウナギ野郎!)と聞き間違えたとすると、おそらくフランス伯は「Où est il!《ウ・エ・ティル》」(どこですか!)と言ったのではないかと思います。[

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