これは翻訳と呼べるものではない。それでも使いたければ許可なく好きに使ってくれてかまわない。ただし訳者はそれについてにいかなる責任も負わない。
翻訳:江戸川小筐
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霍桑探案集

程小青《チェン・シャオチン》

訳者あとがき・更新履歴
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「別荘の怪事件」

一、怪談

 ある初春の午後のことである。いつもの給仕、施桂シー・クェイが、私たちのもとに一人の客人を連れてきた。年齢は五十歳ほど、西の字形の顔をしており、鼻は低く目は大きい。薄鼠色をした細かい回紋織の豪奢なコートをまとい、左の薬指にはダイヤの指輪が嵌められていた。服装は申し分なく、歩き方も堂に入っており、ビジネス界の大物といった体である。型どおりの挨拶をすませたあとで、私はようやくその人物が上海の紡績工場の支配人である華伯孫ファー・ポースンだと知ったのであった。彼はすぐに来意を話し始めた。

フォーさん、ご高名はかねてより伺っておりますぞ。世界一の名探偵でいらっしゃることは存じております。それにパオさんの書かれた記録を読んで――」

 霍桑フォー・サンはうるさそうに右手を挙げた。「華さん、社交辞令など無用です。どんなご用であるのか、どうぞしゃちほこばらず単刀直入にお話しください」

 やんわりとはねつけられて、華伯孫はひとしきり顔を赤らめた。ソファの上で姿勢を正すと、口ごもりながらもこう言ったのだった。「先生――先生の助けを借りに来たのです。是が非でもあなたのお知恵が必要なのですよ。どうか私のためにこの難局を解決していただきたい」

 なかなか具体的な話に入らない。霍桑は単刀直入にと言ったが、却って婉曲になってしまったようだ。華氏は話し終えると霍桑を見つめ、返答を待つようなそぶりだった。霍桑は目を閉じたままゆっくりと煙草を吹かし、依頼人のことなど見向きもしない。

 霍桑には短気なところがあって、うわべだけの決まり文句を聞かされたりすると途端にいらいらし始めるのだが、よりによってこの依頼人が入って来たときの“お大尽ぶり”というのが、これまた霍桑の嫌いなものなのである。それでも私には、依頼人の心配そうな表情がつくろったものだとは思えず、霍桑の冷やかな客あしらいのせいで相手も引っ込みがつかなくなったのではないかと、むしろいささか申し訳なく感じていた。

 私は口を挟んだ。「華さん、いったいどのような難局なのですか? 盗難でしょうか? それともどなたかが失踪されたのですか――」

 華伯孫は振り返って私を見て手を振った。「違います、違います。盗みや失踪であれば、上海中の探偵を使って捜査させればよいことで、わざわざお二方を煩わせることはありませんとも。私が伺ったのはですな――その理由は」

 ここで再び口ごもり、話が途切れた。霍桑は依然として目を閉じたまま黙りを決め込んでいた。「粘土がなくては煉瓦は作れない」とはよく言ったもので、彼にもまだ話が見えないのだ!

 私は助け船を出してやった。「いったいどういったことなのでしょう? どうか率直にお話しください」

 依頼人はまたも顔を赤らめてから、ようやく話し始めた。「わかりました。作ったばかりの別荘に幽霊が現れたというのが、こうしてわざわざ伺った理由です――」

 霍桑はすぐに目を開け私にたずねた。「包朗パオ・ラン、僕はいつから幽霊を捕まえるだなんて看板を掛けておいたんだろうね? 君が僕の代わりに名霊媒師か何かの広告を掲載したわけじゃあるまいね?」

 またしても横やりである! 華伯孫の頬の赤らみがさらに広がり、耳まで真っ赤になった。

 彼はどもりながら話し始めた。「霍さん、どうか笑わないでください。私だって初めは考えもしなかったのですが、ようやくこうして無礼もかえりみず教えを請いに伺ったのです。常々耳にしておりますぞ、あなたは単なる探偵ではなく、あらゆる難問を解決してきたと。あまりに不思議な出来事なのですよ。あなたをおいて相談する人などいないのです。あなたなら助けてくだされると信じております」

 話し方はずいぶんと丁寧だった。大きな目がさらに大きく見開かれている。霍桑は依然として無関心を決め込んでいた。煙草の残りを喫い終わると、新たに一本取り、また火を付けて喫み始めている。

 私は再び霍桑の代わりに答えた。「そうなりますと、その不思議な状況というのをちょっと話していただけますかな、もしかしたら友人がお役に立てるかも知れません」

 霍桑が突然笑い出した。「なるほど包朗。いい考えだ! お金を使わずに怪談を聞こうという魂胆だな!」

 華伯孫は片手を上げて色を成した。「霍さん、これは本当に起こった奇怪な出来事なのですぞ、でたらめな怪談などではありません。勘違いなさらないでいただきたい」

 霍桑はようやく依頼人をまっすぐ見つめ、うなずいた。「それではひとまず説明していただきましょうか。そもそもどのような怪現象だったのでしょう?」

 華伯孫の目がぐるりと回った。どうやらようやく落ち着いたらしく、吃らずに説明を始めた。「その別荘は真茹の田舎に建てたのですが、去年の九月に着工し、まるまる六か月を費やして先月末にようやく完成しました。別荘を造ったそもそもの目的はですな、ヴァカンスや休暇の際に静養に行き、数日のんびりと過ごすためなのですよ。ですからできる限り人里離れた辺鄙な土地を選び、煩わしい喧噪を避けたのです。ところが別荘が完成してから二週間もしないうちに、早くも怪しげな噂が立ち始めたのです」ここで再び間を置いた。霍桑を見つめる顔一面に怯えるような色が浮かんでいる。霍桑は相変わらずあっさりとたずねた。「どんな噂ですか?」

「一つはですな、土地の人間が言うには、日暮れ方や夜中になると、むせび泣くような物悲しい声がしょっちゅう別荘から聞こえてくるというのです。別荘を建てて以来、錠を掛けていて人など住んでいないというのに、突然物寂しい声が聞こえてきたわけですから、人がいぶかしむのも無理はありません。中でどんな狐狸妖怪が悪さをしているのかと思う人も出てくるでしょう」

 霍桑の口元が少し引きつった。「あなたはこんな話を信じてるのですか?」

「いいえ。私だって初めは到底信じられませんでした。現代に生きている以上、幽霊や迷信の類などはとっくにうち捨てられておりますからな。その声は別荘から聞こえてきたわけではなく、風向きのせいで別の場所から聞こえてきたのを勘違いして、田舎の人間がそんな噂を立てたのだと思っておりました」

「結構。実に理に適ったお考えです。それからどうなりました?」

「それだけでは終わらなかったのです。初めは地元民の噂に過ぎなかったものが、そのうち弟までがわざわざ田舎から上海に出てきて私に知らせるものですから――」

 霍桑が口を挟んだ。「その土地に弟さんがいらっしゃるのですね?」

「ええ。伯陽と申しまして、真茹の町に住んでおります」

「そこから別荘まではどのくらいありますか?」

「一・五キロというところでしょうか」

 霍桑はうなずいた。「続きをお話しください」

 華伯孫は話を続けた。「伯陽は非常に慎重でした。噂を聞いても鵜呑みにしたりせず、実際に別荘に行って確かめてみたのです。扉には錠が掛かったままで、少しも異常は見られませんでした。ところが帰り際のことです。あの怨めしげな声が伯陽の耳に飛び込んできたのです。確かに別荘の中から聞こえたように感じたそうです。そんなわけで奇異に思い、放っておくわけにもいかぬと、わざわざ上海まで私に知らせにやって来たのですよ。私は半信半疑とはいえ、常に冷静沈着に、気にせずいようと決めました。しかししばらくすると、さらに不思議なことが起こったのです」説明を終えた華氏の顔は真っ青になっていた。

「何が起こったのです?」霍桑もいささか興味を引かれたようである。

「二階で炎が輝くようになったのです。ある晩、郵便配達員が門の前を通りかかったところ、にわかに窓の中から火焔が立ちのぼるのが見えました。すわ火事かと配達員はあわてて助けを呼びに走り、驚いた町の人々が火を消そうとホースを別荘に引っ張って行きました。ところが扉も窓も依然としてしっかりと閉じており、おかしな様子はまったくありませんでした。ここにきて別荘の奇怪な噂はますます大きくなってきたのです」

 依頼人は息を整え一休みした。霍桑は口を挟まず黙々と煙草を喫っていた。私はと言えば、ここまでの話を聞いて驚きを禁じ得なかった。

 私はまた口を挟んだ。「実に不思議な話ですね。いったいどういうことなのでしょう?」

 華伯孫が言った。「包さん、こんなものではまだ不思議とは言えませんぞ。不思議なのはこれからなのです。同じような騒ぎが何度か起こったので私もいささか不安になり、このままこんなことが続いたとして、知らんぷりを決め込んで本当に火事にでもなったりしたら冗談ではありません。ですから私は、林尚忠という山東の大男を雇って別荘を見張らせたのです。別荘に関する噂も鎮め、事故を防ぐこともできますからな。ところがこの山東人は三晩で逃げ出して来て、二度と行こうとはしませんでした。理由を尋ねると、幽霊がいるというのです」

 霍桑が煙草を口から降ろしてたずねた。「ほほう、本当に幽霊が? どんな話だったのですか?」

「一日目に中に入ったところ、一晩中何もなかったそうです。ところが二日目の夜になると、輝く火の玉が二階の窓から落ちてくるのが見えたというのですな。驚いて悲鳴をあげると、ちょっと見ただけで火の玉は消えてしまったそうです。二階に上って確認したところ、窓はすべて閉まっており、何の痕跡も見つからなかったといいます。どきりとさせられはしたものの、まだ怯えたりはしていなかったそうです。三日目の晩のことですが、確かにベッドの上で眠りについたはずなのに、朝早く目が覚めてみると、ベッドの下で眠っていたそうなのです!」

二、招霊のまじない

 依頼人の声は少し震えていた。私も驚きのあまり呆然としていた。霍桑も両眼を見開きくるりと回していたところを見ると、どうやら好奇心を刺激されたらしい。

「見張り人の報告は信用できるのですか?」

「なぜ信用できないのですかな? 私が彼を見張りにやり、かなりの給料を与えてやったのですぞ。自分から仕事をやめたのですし、わけもなく嘘をつくわけなどありません」

 霍桑は煙草を吹かして一思案してからもう一度たずねた。「その山東人ですが、真茹の町で雇ったのですか? それとも別の場所で雇ったのでしょうか?」

「上海で雇って行きました」

「では雇われる前から別荘の噂を聞き知っていたなどということはあり得ませんね?」

「初めは知らなかったはずですが、どうせ現地に行けば遅かれ早かれ知ってしまうわけですから、いっそのことあらかじめはっきりと説明して、行く気があるのかないのか問いただしました。するときっぱりと了解し、自分は生まれてから幽霊など信じたことはないし、恐れたこともないという返事でした。それなのに別荘に行ってから四日目に逃げ帰ってきたというわけです」

「見張りが逃げ出した後、別荘を見に行きましたか?」

「昨日行ってきました。地元の人間が知らせてくれたところによると、前日に通りかかったときも火の玉が空中を飛んでいるのが見えたそうです。霍さん、不思議だとは思いませんか?」

「まさしく不思議なことです。昨日は二階に上がってみましたか?」

「弟と一緒に確認しに行きましたが、それが火の玉であろうとなかろうと、室内の家具が傷んだ形跡は一切ありませんでした」

「失くなったものもありませんか?」

「私も注意して調べましたが、失くなったものは一つもありませんでした」

 霍桑はうなずいて私に笑いかけた。「包朗、今回の事件は聊斎志異に比べればいくらか面白そうじゃないか」

 霍桑の話しぶりはあまりに素っ気なかった。依頼人がこれだけ不安そうな声と深刻な表情をしているというのに、真面目に考えることができないのだ。合理的な思想が日々広がるこの時代にあって、化物の話を知識人に信じさせようというのは並大抵のことではない。しかし今回の事件に限っては大いに不可解なのは間違いなく、検討に値するのではないか。霍桑の“なおざりな”態度は、ふさわしいとは思えなかった。

 霍桑が話を変えた。「華さん、別荘を立てる前後の様子をお聞かせ願えませんか」

「お話ししたように、着工したのが去年の九月中で、完成したのが――」

 霍桑が遮って言った。「そのことならもう結構です。私が知りたいのは、別荘の地所を売った人物と、その土地が空き地だったのかどうか、あるいは以前からあった古い部屋があるかどうかです」

「もともとは古い墓の立っていた荒れ地だったのですが、真茹にいる崔という人物が売ってくれたのです。聞くところによると、崔氏の祖先はかつて明朝の将軍を務めていたことがあったとかで、噂が立ったときには誰もが崔将軍の祟りだと直感したそうです」

「別荘が完成してから、そこでお過ごしになったことは?」

「ありません。ただ落成した日に、弟と工場の老オーナー胡均卿が一度だけ遊びに行きました」

 霍桑はややうつむいて煙草の灰を落とすと、腰を伸ばした。

「これからどうするおつもりですか?」

「こんな状態が続いても良いことなどありません。ですから今日こうしてわざわざお願いにあがったのです。どうかこの問題を解決する方法を見つけてください」

 霍桑がゆっくりと答えた。「解決法が一つあるにはありますが、お聞きになりたいかどうか」

 華氏は慌てて答えた。「ぜひ教えてください。できることがあるのなら、聞きたいに決まっているではありませんか」

「私の考えでは、幽霊屋敷の悪評が立ってしまった以上、すっきりと売り払ってしまった方がよいと思うのですがね」

 華伯孫の顔にすぐにためらいの色が浮かんだ。口を開こうとしてまた閉じ、しばらく絶句していた。

 霍桑がたずねた。「いかがです? 反対ですか?」

「申し訳ありません、霍さん。この別荘が立っている場所は、物静かで街の喧噪もなく、そのくせ交通の便がよいのです。列車はもちろん、裏には川が流れていますから、汽船も直通できます。鉄道の駅が出来ればいっそう便利になることでしょう。こうした場所ですからかなり気に入っておりまして、他人に渡すつもりなどないのです」

 霍桑がうなずいた。「もちろんそうでしょうとも。止めはしませんよ。それでは監視のためにしばらくそこを貸し出して、その住人に鬼を追い払ってもらうというのではいけませんか」

 華氏はなおも眉をひそめた。「なおさらお断わりですな。苦労してようやくすべての家具や書画を設えたのです。人に貸したりなどして、その人が大事にしてくれる保証などありません。やはり一番の方法は、霍さんにご足労いただいて別荘を守る効果的な方法を考えていただくことです。お願いです、報酬ははずみます」

 霍桑は立ち上がって私に笑いかけた。

「包朗、君は空想じみた話が好きだろう? このまま事件が終わらないようなら、差し当たって張天師の真似をしなくてはならないかな」

 翌三月二十六日の朝早く、霍桑は散歩から戻るとすぐに食事を取り、手早く服を替えると鞄を持って一人真茹に向かったのだった。本当は私も一緒に行きたかったのだが、霍桑に言わせるとたいした用事ではないし、一度見に行くだけだから二人も必要はないという。

「君は少し休んでいたまえ。夕方には戻ってくる。そのときには真相を知らせることができると思うよ」

 約束は守られなかった。午後七時を過ぎても霍桑は戻ってこなかった。霍桑が約束までに戻れなかった以上、この幽霊事件はかなり手強いものであるに違いない。あるいは当初は簡単な事件だと見くびっていたのだが、実際には正反対だったのだろう。事に臨もうというときに甘く見てしまうと、往々にして気の緩みから機械的な仕事に終始し、結果として失敗してしまうものだ。

 二日経ち、二十七日の晩になっても霍桑は帰ってこなかった。私の希望は不安に変わった。どうして二日も出かけたきり何の報せも寄こさないのだろう? 失敗どころか何か事故にでも遭ったのではないだろうか? すぐにでも真茹に出かけたかったのだが、いつ霍桑が戻ってくるかもしれず、行き違いになるかもしれない。結局この考えを実行に移すのはやめておいた。

 二十八日の昼近くになって、ようやく霍桑が戻ってきた。革の鞄を手にし、足許も覚束ない。顔は土気色で、目の周りが黒ずんでおり、目に見えて疲れ切っていた。私は驚きを隠せなかった。今回は本当にしくじってきたのだろうか? 手始めに身体を洗うと、霍桑は些かなりとも元気を取り戻したようだ。説明を始めた。

「包朗、予想以上の事件だよ。これからは二度とこんなふうに甘く見ないことにしよう」

 私は驚いてたずねた。「君が出かけていって何の成果もなかったのかい?」

 霍桑はそれには答えず、ポケットから赤い紙を一枚取り出し私に手渡した。「まあこれを読んでみたまえ」

 受け取った紙を広げてみると、表側にチラシのような文章が書かれていた。

 洋間十六部屋、家具完備、周囲緑有、景色良好、住居・別荘両用、快適。賃貸もしくは販売希望。購入希望者は華伯陽のもとまで来られたし。委細面談。 当家オーナー。

 驚いてしまった。「どういうことだ? まさか弟が勝手に売り飛ばそうというのか?」

「そうじゃない。これは幽霊を呼び寄せるお呪いさ」

「まじない? 君に呼ばれて幽霊がやって来るというのか?」

「やって来るだけじゃない。捕まえて罰してやったのだ」

 私は喜びの声をあげた。「なんだ、その言い方じゃあ成功したも同然のようだね。だけどいったいそいつの正体は何者なのだ? 君は二日も何をやっていたんだ?」

 霍桑は表情を曇らせた。「化物さ。説明だけでも君をびっくりさせられるよ!」

三、副首領

 冗談なのだろうか? そうではない。表情は真面目だったし声も浮ついてはいなかった。「いったいどういうことなんだい? すぐに説明してくれるんだろうね」

 霍桑はうなずいた。「もちろんだとも。君が今すぐにでもこの幽霊譚の結末を聞きたがっているのはわかっているよ。よし、まずはちょっと我慢して、初めから説明させてくれたまえ。初めにこの事件のことを聞いたとき、いくつか疑問点があったのだが、すぐには解釈しきれなかったのだ。だがね、森羅万象あらゆる物事は自然の因果律を無視するものではないと僕は信じている。どうあっても本当のお化けなんて頭が受けつけなかった。状況から見て、あの別荘を手に入れたい者がいないか、あるいは別荘の土地に何らかの目的があるのではないかと考えてみたのだ。だが買値をつけても華伯孫が絶対に首を縦に振らないのを承知していたため、舞台裏から騒ぎを起こし、間接的な方法で計画をまっとうしようとしたのだよ」

 私は何度もうなずいた。「うん、その仮説は筋が通っているよ。私もそう思っていた。だけど背後で騒ぎを起こしているのは誰なんだい?」

「僕が初めに疑ったのは、あの紡績工場のオーナー胡均卿だったんだ。前に一度訪れたことがあるといったからね、あの部屋の由来にでも興味を持って、こんな計画を立てたとも考えられる。実は二十六日の朝出かけたときに、すでに胡均卿に会って来てたんだが、僕の推測は外れていたよ。彼は無関係だ。次に考えたのは華伯孫の弟伯陽だった。ところが町に行って弟の顔を見た途端、またしても自信がなくなってきたね。華伯陽は真面目な人物で、町に一つある南方物産店の支配人をしている。別荘の話を切り出しただけで、怖そうな顔をした。まず奪い取ろうなんて気はないだろうね。二回失敗してみてようやく、自分がこの事件のことを軽く考えすぎていたことに気づいたよ。ほかの突破口を探さなくちゃならなかった。僕は伯陽にすべてを話し、計画に協力してもらうことにした。あとはこのチラシを別荘の門に貼り、幽霊が自ら網にかかるのを待つだけだった。僕の方は別荘のなかに身を潜めてしばらく見張っていればいい。夕方にはまた向こうに行き、隠れて待ちかまえていたんだ」

「それで何を見たんだい?」

「初めに聞こえたのは吐くような忍び声だった」

「本当に声が聞こえたのか?」

「ああ。その後は火の玉が二階から降ってきたよ」

「まさか! 本当なのか?」

「もちろんだとも。僕が自分の耳で聞き、自分の目で見たんだぞ」

「うんそうか。それで正体はわかったのかい?」

「無論さ。だがそのときは取り立てて何もなかった。二日目、二十七日の午後になって、いよいよ幽霊がおいでなすったのさ」

 私は我慢できなかった。「何者だったんだ?」

 霍桑の目が止まった。「身につけているものは随分と高価だった。だがあらかじめ然るべく取り決めておいたように、華伯陽と使いの者には手筈を教えておいて、僕自身はこっそり裏から観察していたのだ。そいつの希望は購入ではなく賃貸だった。伯陽が交渉に向かうと、二つ返事で承諾したが、保証人については用意できないので、その場で保証金を払って保証に替えたいと申し出た。そこで、あるいは別荘が目的なのではなく、そこが墓だったと知った人物が、何か掘り返したいのではないかと考えてみたんだ。ところがどこを掘るのかが正確にはわからないし、そいつの気前がいいのもうまくない。だからそいつが立ち去るときに、正体を探るためこっそり跡をつけてみた。包朗、そいつは何者で、別荘を借りる理由は何だと思うね?」

「密売ではないかな。ヘロインか何かの闇取引だ」

「そうじゃないんだ」

「武器弾薬の密輸密造に利用するのでは?」

「それも違う」

 私は首を振った。「降参だな」

「最近新聞をにぎわしている、東北一帯に出没する五福党のことを覚えていないかい? 別荘を借りた奴は、あの盗賊の一味なのだよ。この別荘は人里離れていながら交通の便がいい。そこを気に入った一味が、本部にしようとして即座に企みを実行したのだ。上海で活動する拠点にするためなのさ!」

 これは冗談ではない。私はやはり疑問に思った。

「あの営利誘拐団の五福党に間違いないのか?」

「そうさ」

「以前に君が正体を探っていたのではなかったのかね?」

「今までのところ真茹ではなく、一時的に漁船を本部している。船に出向いて副首領に会ったことがあるんだ。五人のリーダーがいて、トップは毛獅子と呼ばれているが、いずれもまだ上海には現われていないことはわかっている」

「その副首領を捕まえなかったのか?」

「捕まえてどうしようというんだい? これは僕が盗み聞きしただけであって、奴らはまだ行動を起こしてはいないんだ。今回の事件は確かに奴らの仕業だが、証拠がない以上軽々しく逮捕はできない。僕にできるのは押すなり引くなりそれとなく奴らに警告を発して、退き時なのだと知らせて上海での活動をやめさせるくらいだよ」

「うまくいったんだろう?」

 霍桑はためらった。「わからない。僕の名前を聞いてあっけにとられていたようだったが、すぐに別荘がらみの訪問だと気づいて、二度と驚かせたりしないとそれとなくではあったが約束したよ。奴らが僕の警告に従って組織を解散させるなり、上海で活動する計画を中止するなりしたのか、僕にはわからない」

 霍桑は白金竜の煙草を取り出すと火をつけて窓辺に行き、人を酔わせるあの煙を吸い込んでいるようだった。しばらく立ちつくしたまま大きく息を吐いた。私は何も言えなかった。

 霍桑が再び厳かに口を開いた。「包朗、見てみたまえ。探偵の一日一日がこんなに忙しいんじゃあ、未来の社会がどんな混乱に陥るのかわからないよ。内も外も心配だらけでは、僕らはどれだけ努力すればいいというのだ!」

 しばらく経ってから、言わずもがなの疑問を口にしてみた。

「霍桑、物寂しい声が聞こえたり火の玉が飛んでいたことについては、まだはっきりとした説明はつかないのかな」

「簡単なことじゃないか。田舎の人間が迷信深いことを利用して、夕暮れになれば別荘の裏に隠れて音を出していたのさ。あるいは屋根に上り、松脂に火を付けて放り投げれば、遠くから見れば火の玉に見えるというわけだ。僕が調査に行ったときには、石畳にまだ燃料がたっぷり付着していたよ」

「もう一つ、見張りの山東人が床で寝ていたというのは、果たして事実なのか?」

「間違いなく事実だ。寝室の窓を調べてみたんだ。ガラスを動かしたあとがはっきりわかったよ。寝入っている隙に窓から忍び込み、麻酔か何かを焚いて意識を失わせてから、ベッドの下に移動させればいい」

「なるほど。言われてしまえば簡単なことだな。だが答えを聞くまでは、疑問に思えて仕方がなかったよ」

 霍桑が窓から振り向いた。「そうだとも。世間で起きていることの大半はそんなものさ。君もこうして怪談の顛末を知ったのだから、華伯孫に電話してやりたまえ。待たせては気の毒だよ」


程小青「別墅之怪」の全訳です。


Ver.1 08/05/25

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[訳者あとがき]

 これは程小青「別墅之怪」の翻訳――と言えるようなものではない。辞書と文法書と機械翻訳と首っ引きで、翻訳どころか中文和訳になっているかすらも怪しい出来栄えである。翻訳権は切れているので試みに訳してみたが、文字どおり試みでしかない。翻訳風あらすじだとでも思っていただけると幸いである。中国語が出来る方は是非とも全訳してほしい。

 程小青は中国の小説家・翻訳家。1893生〜1976没。シャーロック・ホームズの中国語翻訳を手がけ、やがて自らもホームズ風のミステリ小説を書くようになったらしい。この霍桑探案集は中国では大人気だったそうだが、数篇を読んだかぎりでは、ミステリとしてはしょぼい。ただしホームズものの翻訳家だけあって、ホームズめいた雰囲気はよく出ている。解決はしょぼくてもはったりが効いている。キャラクターの魅力と小説の盛り上げ方に一日の長がある。

 数あるなかで本篇を選んだのには格別の理由はない。語学力の問題から長篇は無理。怪談っぽい方が面白いかとこれにした。ただしミステリとしてはぐだぐだである。

 ほかには、怪しい下宿人の正体はもっと怪しい下宿人だったという「怪房客」、息づまるサスペンスで始まり脱力ものの反則技で幕を閉じる「断指余波」、隠し場所を珍しく論理的に指摘したかと思いきや(ミステリとは無関係な)驚きの待ち受ける「王冕珠」などなど、バカミスの宝庫である。まともな作品もあるのかもしれないが、残念ながら今のところ出くわしてはいない。

 現物を確認したわけではないので定かではないが、恐らくタイトルから推して「一只鞋」「第二張照片」「怪房客」「試巻」「黄浦江中」「猫儿眼」はそれぞれ「The Shoe」「The Other Photograph」「The Odd Tenant」「The Examination Paper」「On the Huangpu」「Cat's Eye」として英訳されている可能性がある。→『Sherlock in Shanghai』。英訳されている他の二篇「At the Ball」「One Summer Night」についてはタイトルからだけではオリジナルを判断できなかった。

[訳文について]

 主要な登場人物の人名は初出の際には漢字《フリガナ》で表記した。フリガナはピンインを機械的にカナ表記に直したものである。二回目以降は漢字のみとした。霍桑と書かれてあるのを、「フォー・サン」と読んでくれても「かくそう」と読んでくれても、あるいは「ホー・ソン」と読んでもかまわない。日本語にない漢字は、同じ音で旁も似ている漢字で代用した。

 華伯孫がなかなか本題に入らないので霍桑もどうしようもない場面がある。原文では「緩慢な動作は緊急の需要に間に合わない」なる意味の成句が使われている。ここは意訳というよりもむしろ超訳して、「粘土がなければ煉瓦は作れない」というホームズの台詞を借りてしまった。

 霍桑が軽口を叩く場面がある。張天師というのは著名な道士。日本で言えば、「安倍晴明に頼もうか」とかそんな感じか。

 霍桑が調査に赴く場面に「便改換眼装」とある。ここでの「眼」の意味がわからなかったので無視して訳してある(爆)。訳といってもこんな程度のでたらめである。

 作中に五福党という組織が出てくる。そのものずばり『五福党』という長篇もあるようだが、先に述べたとおり語学力の問題(及び根気の問題)により読んではいない。

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