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パーセルの書類

ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ


作品について・訳者あとがき


酔っぱらいの夢


ドラムクーラフの故F・パーセル神父の形見より抜粋、その四


こうしては戸惑いうろたえつつ語った、
不愉快な夢の行き着く先を、
はかない幻の光を解き明かす術もないままに。
不思議なことに私は知っていた。
予め定められていたかのように、
あるいは「偶然の暗合」という言葉で
かたづけられているものによって。
                 バイロン


 夢! いつの時代、どこの国が、その謎の一部始終を見極めただろう、また見極めなかっただろう? 私はこの問題について多少なりとも考えてきたし、ときに不思議なほど注意を惹かれてしまう問題だとも思っている。それでもいまだ満足のいく結論にはたどり着かないでいた。異常な心理現象というものが、夢なしではあり得ないことははっきりしている。そう、夢は太古の昔、神とその創造物とのあいだの通信器官として作られたのだ。私はこう考える。どこから見ても絶望に耽り堕落した心の中に、悪癖を打ち破るほど力強く粘りのある、見捨てられた罪人つみびとの命を回心させるほどの力を、夢は創り出す。そのとき我々は目にするのだ。救いがたく見えた道徳が改善され、修復不可能なほど失われたかに見えた人の心も再生された結果、無為の妄想に漂う海魔が産み落し得なかった何かを、そして暗鬼に浮かぶ随想からは生じ得なかった何かを。だが一度目の当たりにしてしまえば、あらゆる夢の中に、そしてその壮大で神秘的な成果の中に、神の手さばきを見ることになる。夢の中にお告げを読みとるような迷信を、理性が不合理だと拒んだとしても、眠れる意識がさまよう混濁した乱れの中に、口にされるはずの、そしてすでに口にされている威嚇、警告、命令の形跡や断片を、理性はおとなしく感じ取っているのだ。だが予言者の時代にこの種の暗示から引き起こされた刺激により、また後代に夢から導き出された完膚無き普遍の結論により、というのはつまり、この通信媒体は神によって用いられていたわけだが、その神が存在するという証拠が曖昧であると誰もが目撃したことにより、理性もまた信じられている。私はこの問題を直視し、ある意味では心に絶えざる感銘を残したのだが、それは今から述べる出来事が原因であり、この文章がいかに突飛に思えようとも、完全に正確なものなのである。


 一七××年ごろのこと、C教会の職を任命されたので、同じ名前の町に小さな家を借りた。十一月のある朝、臨床訪問を報せようと寝室に急いでやって来た使用人に、いつもより早く起こされた。カトリック教会が臨床の儀を司るのが、死せる罪人の安らぎに不可欠であるとなれば、いたずらに時間を引き延ばす神父などいはしまいであろうから、ほんの五分で上着を着てブーツを履き廊下に立つと、小さな応接間では使者が案内をしようと私の来るのを待っていた。ドアのそばに女の子が悲しげに泣いており、その子の父親が亡くなったか亡くなりかけているかなのだとすぐにわかった。

「お父さんの名前は何ていうのかな?」少女は恥ずかしがるように顔をうつむけた。私は繰り返したが、哀れな子供はさらに涙をあふれさせた。こんな理不尽にも思える振る舞いによって怒りかけていた私は、少女に哀れみを感じずにはいられなかったくせに、ついに我慢ができなくなり、荒々しく声をあげた。

「誰のところに行くのか教えてもらえないなら、黙っているのは良くない理由があるからと考えて、断ったってかまわないんだよ」

「そんな、そんなこと言わないで――言わないでください!」少女が叫んだ。「あたしが教えないのは、怖いからです――名前を聞いたら、一緒に来てくれないんじゃないかと怖いから。でももう隠しても意味ないですね――大工のパット・コネルです」

 少女は不安いっぱいに私の顔を見た。そこに何を読みとるかに、自身の存在もかかっているかのようだった。だがすぐに少女を安心させた。確かにその名前は不愉快なものであった。だがほかの時なら訪問も忠告も無益かもしれないが、現在はそれが有益かどうか疑うのも嫌がるのも控えなければならぬ恐ろしい状況であり、差し迫った危険を自覚することで普段より素直でおとなしくなっているかもしれないという、かすかな可能性さえ絶望的だなどと考えてはいられない。というわけで私は子供に案内を乞い、無言であとに従った。町の大通りである狭く長い道を少女は急いでいた。未明の闇は、古風な家に近づいたころもまだ深く、道の両側の薄暗がりに押しつぶされるように家は立っていた。湿気と侘びしい寒気が、傲慢な罪人の臨終を訪うという目的と相まって、朝の行進をとりわけ陰気にさせていた。信念に逆らって勤めを果たし、死にゆく破滅者の心に希望を注ぐのだ――破滅者とはつまり、気違いじみた飲酒による当然の報いとして身を滅ぼした大酒呑みに過ぎない。こうした事情が相まって、暗く重苦しい気持ちを増しながら、大通りのでこぼこした舗道を急ぎ足で駆け抜ける案内の少女のあとに黙って従っていた。五分も歩いたころ、小さく古風な町ならどこででも見かけるような、人気のない侘びしい感じの狭い小道を折れると、空気もよどみぞっとするような嫌な臭気が漂い、どす黒く煤けたうんざりするような袋小路の建物が建ち並んでおり、そこには哀れみだけではなく危険すらあった。

「お父さんはこのあいだ会ったときから住まいを変えたんだね、前よりひどくなってなければいいが」

「ええ引っ越しました。でも何の不満もありません。たとえ貧乏でも、住まいと糧のあることを神に感謝してます」

 かわいそうな子だ! いったいどれだけの古き指導者が、あなたから叡智を学べることか――いったい、何の苦しみもなく説教に通じていた偉大な賢人の何人が、あなたの忍耐強い言葉に顔を赤らめないだろうか! この子の態度も言葉も、年齢や立場以上だ。なにしろ、苦労や悲しみが日常茶飯事の人生とは得てして堕落し、ときに子供時代の大部分をあまりにも早すぎる憂鬱とともに過ごした結果、誰もが同じような結末になるものだということを私は見てきた。喜びや楽しみが未知のものであり、苦しみや我慢が初めから馴染みのものだった若者の心は、どんな訓練でさえ授けられない強い意志と野心を身につけ、その結果、子供の態度や声にすら、印象的だが悲しげな特徴を伝えることになる。私たちはちっぽけなぐらつくドアの前で立ち止まり、少女が掛け金をはずすと、すぐに角度の急ながたくつ階段を病人の部屋まで上り始めた。

 屋根裏部屋まで階段を上るにつれて、せき立てるような声が徐々にはっきりと聞こえてきた。女性の低いすすり泣きも聞き分けられた。最上階の廊下にたどり着くと、声はすっかり聞こえるようになった。

「こちらです」案内の少女が言いながら、腐りかけた板に継ぎを当てたドアを押し開け、死と悲しみでむせる部屋に招き入れた。やつれた子供が怯えるように手にした蝋燭が部屋に燃えているだけで、蝋燭の周りを除けば薄暗く夕闇か暗闇のようだった。だがこの薄闇も、死の床につく病人を驚くほどはっきりと浮き彫りにするには充分だった。明かりは病人に近づけられ、大酒呑みの青く膨れた顔に、恐ろしくはっきりと落ちていた。人間の顔がこれほど恐ろしく見えるとは、私には信じられない。唇は黒く口は開き、歯はまったく動かない。半ば開いた目は白目をむいている。あらゆる顔の造作が固まり、鉛色で、顔全体が絶望に満ちた恐怖の表情に青ざめ、硬直しており、似たようなものなど見たこともなかった。手は胸で結ばれ、固く握られていた。そのうえ、水に浸した白い布きれが額に巻かれているせいで、すべてがいっそう死人じみていた。

 この恐ろしい光景から目を背けたところで、私は友人のD医師を目にした。人道的な専門医師の中でもとりわけ慈悲深いこの医師が、枕元に立っていた。医師は患者から瀉血しようとしていたが果たせず、今は脈に指を当てていた。

「どうだい?」私はささやいた。

 首を横に振ったのが答えだった。それでもしばらく手首を握り続け、命の脈動をむなしく待っていた――だが答えはなく、手を戻すと、最前までと同じようにもう片方の手にしっかりと重ねた。

「ご臨終です」恐ろしい物体が横たわるベッドから振り向きながら、医師が言った。

 死んだ! 恐ろしく不快な光景に目をやろうとはとても思えなかった。死んだ! 悔悛する時間もなく、反省する瞬間すらなかったのに。やらなければいけない儀式さえなかったのに。死者に希望はあるのか? 睨みつけた眼球、歯を見せて笑う口、顰められた眉――地獄の底の絶望を絵にしようと、画家が追い求めた、言いようのない光景がそこにあった。これが私の答えだ。

 少し離れたところに座っていた妻は、心臓が張り裂けんばかりに泣き喚いた――ベッドの周りに群がった幼い子供たちは、初めて見る死の姿に、不思議そうに見入っていた。

 どうにもならぬ悲しみの第一陣が去ったとき、その場の厳粛な荘厳さに併せ、うちひしがれた家族にともに祈りを捧げるよう求め、誰もがひざまずいているあいだ、私はその場にふさわしいと思われる祈りを重々しく心を込めて繰り返した。このような儀式を行いながら、これは無駄ではないのだ、少なくとも生者にとっては有益な十分間あまりなのだと信じていた。祈りを終えると、私は一番に立ち上がった。

 周りにつつましくひざまずいた哀れにむせぶ無力な生き物を見ると、心が痛んだ。ごく自然に、死者の横たわるベッドに目を移した。すると、神よ! なんと忌むべき、恐ろしいことだろう。私が目にしたのは、まっすぐと体を起こした死体のような恐ろしい物体だった。額に巻かれていた白い布は少しずれ落ち、顔や肩の辺りのグロテスクな花綱にからみつき、そのあいだから歪んだ目が横目で覗いていた――

「夢を見ているんだ、そんな馬鹿な」

 私は文字通りその場に釘付けだった。物体は首を振り、腕を上げたが、それは脅すような仕草に思えた。幾千もの錯綜した恐ろしい考えが、すぐに心を駆けめぐった。生前に傲慢だった罪人の死体が、あらゆる悪魔の誘いをいとわない生き物となり、人の魂がうち捨てられたのち、悪魔の住みかとなって恐ろしい種族となることが知られていると、読んだことがあった。

 恐怖に放心していた私が我に返ったのは、真っ先に変化に気づいた母親の金切り声が原因だった。彼女はベッドに駆け寄ったが、ショックに絶えきれず、激しい感情の闘争に打ち負け、ベッドにたどり着く前に床にのびてしまった。

 強い興奮に縛られ、恐怖による麻痺から目覚めなければ、完全に正気を失うまで、この黄泉の幻影を見つめていたことだろう。だがつまりは、呪いは破られた――迷信は理性に道を譲ったのだ。死んだと思われていた男は、生きていたのだ!

 D医師は直ちに枕元に立って検査をし、ランセット針が残した傷口から血液があふれているのを発見した。これは間違いなく、すでに死んだと思われていた存在が、異常なことに突如として息を吹き返したことによるものだ。男はまだ口はきけなかったが、口を開こうと無益な苦労を繰り返すことを止められたとき医師に気づいたようで、すぐに医師の手にゆだねたのだった。

 こめかみを蛭に吸わせ血を吸い出し、卒中に伴う嗜眠状態が見られる患者を、私は医師にまかせた。D医師が語ったところによると、こんな症状を組み合わせたような発作は一度も見たことがないし、確認されているどんな種類のものでもないという。確かに卒中でも強硬症でもないし、振顫譫妄でもなかったが、それらすべての特徴を少しずつ加えたようであった。不思議ではあったが、さらに不思議なことが起こるのであった。

 二、三日のあいだD医師は、興奮したり体力消耗したりするような会話をすることを、患者に許さなかった。当座の要求を伝えるだけの簡単なものだけに限られた。私がこれまで述べてきたような訪問から四日が経って初めて、患者に会うための方便を思いついたのだが、それというのも私に会うことでうるさがりイライラがつのり、会話の長さが上限を超えた結果、単に疲労がたまるどころか回復が遅れるかもしれないというのだった。おそらくは友人だって、神聖なる告解により患者の胸のうちが重苦しい危険な状態から解放され、回復が早まり確実なものとなることに、期待を寄せてはいた。というわけで、先程述べたように、最初の職業的訪問から四日後のこと、貧困と病気が漂う侘びしい部屋をふたたび訪れていた。

 ベッドの男は、元気がなく不安そうに見えた。私が入ってゆくとベッドに起きあがり、もごもごとつぶやいた。

「感謝します! 神に感謝を!」

 私はそばにいた家族に部屋を出るように合図すると、ベッド脇の椅子に座った。二人きりになると男は強く言い張った。

「悪の罪深さを話したって無駄ですよ――全部わかってる。それがどこに通じてるのか――この目ですべて見たんだ。あんたを見るのと同じくらいはっきりと」彼は毛布で顔を隠すように、ベッドにくるまった。それから不意に起きあがると、驚くような熱をこめて叫んだ。「いいですか! 言っても無駄ですよ。おれは地獄の炎にあぶられたんだ。地獄にいたんだよ。どう思う? 地獄で――永遠に死んだんだ――幸運なんてない。おれはとうに呪われているんだ――呪い――呪いだ!」

 話の終わりは事実上叫んでいた。ひどく興奮している。落ち着いてからも笑いを漏らし、ヒステリックにすすり泣いた。私はティーカップに水を注いで手渡した。水を飲んだところで、もし言いたいことがあるのなら、できるだけ短めに、興奮しないようなやり方で、聞かせてくれるよう頼んだ。それと同時に、そんなことをするつもりはなかったにもかかわらず、もう一度こんなふうにひどく興奮するようなら、すぐに部屋を出て行くと釘を刺していた。

「馬鹿げてますよ」彼は続けた。「おれみたいな人でなしのところにやって来るからって、神父さんに感謝なんかできません。幸運だって恵みだって何の役にも立たない。おれみたいなのには、与えられる恵みなんてないんだから」

 私は職務を果たしただけなのだから、心に重くのしかかっている問題に移るよう説いた。すると彼はほぼ次のようなことを語った。

「こないだの金曜の晩に飲んでから、ここで寝たんです。どんなだったか覚えちゃいません。夜中の何時頃だか目が覚めて、不安な気持ちになりながら、ベッドから抜け出たような気がする。空気に当たりたかったんだ。だけど窓を開けて音はたてたくなかった。やつらを起こしたくなかったんだ。暗かったからドアを見つけるのも骨だった。でもやっとこさ見つけて、手探りで外に出ると、できるだけゆっくり階段を下りた。少しも酔っちゃいなかった。けど最後につまずかないように、降りながら段を一つ一つ数えていた」

「最初の踊り場まで来たとき――何てことだ!――床が抜けて、どこまでも落ちていった――どこまでも――どこまでも、感覚がなくなるくらいに。どのくらい落ちていたのかわからない。けどかなり長かったと思う。ようやく気づいたとき、大きなテーブルの上に座っていた。端は見えなかった。端なんてものがあれば、だけど。とにかく果てしなかった。両脇には見通せる限りどこまでも、数えられないほどの人が座っていた。初めは戸外だとは思わなかった。だけど不自然なほどむっとするような煙たい感じがする。見たこともないほど真っ赤な目眩く光が差している。何の光なのかしばらくのあいだわからなかった。だけどまっすぐ見上げると、血のような色をした火の玉が震えおののくような音を立てて、頭上高くを回っているのが見えた。岩の骨組みが空の代わりに弓なりに覆っていて、その屋根の上で輝いているのがわかった。自分の見たものが何なのかわかりゃしなかったが、とにかく立ち上がった。『なんでこんなところにいるんだ。行かなけりゃ』ところが左に座っていた男がにっこり微笑むと言うんだ。『座ってください。二度とここからは出られませんよ』 その声はどんな子供のものより弱々しかった。話し終えると、またにっこり微笑んだ。

「おれははっきりと声を張り上げた。『頼むから、こんなひどい場所からおれを連れ出してくれ』 さっきは気づかなかったが、おれのそばには大男が座っていた。十二人足したよりも背は高く、顔は誇りに満ち、恐ろしい目つきをしていた。男は立ち上がると腕を広げた。途端にそこにいた誰もが、大きいのも小さいのも、ため息をつきながらひれ伏した。おれは恐ろしくなってきた。大男に睨まれると何も言えない。自分が支配されていると感じた。彼の欲することなら何でもするだろうと。なにしろその男が何者なのかすぐにわかった。『戻ってくると約束するなら、しばらくのあいだ立ち去ることを許そう』 話す声は陰気で恐ろしく、響きは終わりのない穴を穿ちうねり続け、頭上の火の玉のおののきと溶け合っていた。男が座ると、あたりに竈が吼えるような音が響いた。おれは力強く宣言した。『戻ってくると約束します――神の名にかけて!』

「そして何も見えなく何も聞こえなくなり、気づくとおれは血を流しベッドに座っていて、神父さんたちが部屋で祈りを捧げていたんだ」

 ここで彼は話を止めると、恐怖のため額にかかっていた冷たい汗をぬぐった。

 私はしばらく何も言わなかった。説明された光景には、少しも驚かなかった。何しろそれは、久しい以前に世界を熱狂させたヴァセックと「イブリスの館」だったからだ。それでも彼の描写は、目撃したのが肉体であれ魂であれ、常にその光景の目撃者として語っているため強い印象を与え、そのことで新たな魅力を感じた。この男がそうした光景と関わりがあるのだという重苦しい恐怖も感じたし、罰を受ける場所や支配者の魂の話には、畏怖と恐怖を与えるものの、下世話な概念に基づく描写に違和感を感じたりもした。彼は忘れられぬほどの恐怖を浮かべ、激しくすがりながら、ようやく話し始めた――「ねえ、神父さん、希望も幸運もありますか? おれの魂は永遠に誓われ、約束されてますか? 魂はおれのもとから去ってしまいませんか? あの場所に戻らなきゃいけないんですか?」

 答えることは、容易い仕事ではない。だがそれも、流したのが空涙だったと確信していたからかもしれないし、話の信憑性に対する懐疑が強かったからかもしれない。にもかかわらず私は正反対の印象を持ち、こうした慎みと恐怖が、放蕩から立ち直らせ、規則正しい生活に戻し、敬虔な気持ちを甦らせる、願ってもない原動力として役に立つかもしれないと考えた。

 だから私は、彼の見た夢は予言ではなく警告なのだと思わせようとした。我々の救済とは、一刻の言葉や行為ではなく、生涯の行いで決まるのだ。すぐにだらしない友人や悪癖を捨て、禁酒と勤勉を通し、敬虔な人生を過ごせば、最後には闇の力もむなしく魂を欲するだけで、人間の言葉では言い表せないほど気高く確固たる誓いが、魂の救済を約束し、悔い改めたのち新たな人生に導かれるだろう。

 しっかりと元気づけると、次の日にまた訪れると約束し、その場をあとにした。訪れてみると、よほど元気になり、危惧していたような絶望による頑固な気むずかしさも微塵もなかった。改心するという約束は、深刻な決意のもと、熱く慎重な調子で行われた。何度も訪れるうちに、決意は弱まるどころか日に日に強さを増していることに気づき、少なからぬ喜びを覚えた。だらしない堕落した友人や、長年における享楽と退廃のもととなっていたつき合いに別れを告げ、長いあいだ見捨てられていた勤勉と禁酒の習慣を取り戻すのを見たとき、無意味な夢の働きよりもよっぽどのものがあると、私は心中で思った。

 彼の健康もすっかり回復したある日、部屋を訪れようと階段を上っていた私は、踊り場で忙しそうに床板を釘付けしている彼を見て驚いてしまった。この踊り場から不思議な幻影が始まったのであり、落ちていった場所だと感じたのだろう。ああした悲劇から身を守ろうと床を補強しているのだとすぐに気づき、「この作業に神の祝福を」とつぶやきながらも微笑みを禁じ得なかった。

 彼は私の考えに気づいたらしく、すぐにこう言った。

「床の上を通るたびに、震えずにはいられないんですよ。できたら引っ越したいんですが、安い下宿が町には見つからなくて。ツケを払い終えるまでは暮らし向きはこのままでしょうし。だけどできるだけ安全にするまで、心が安まらないんですよ。信じられんでしょうが、働いているあいだも、この床板の上を歩かにゃならんというくだらない考えが顔を出し、一マイル先からでも心は舞い戻っちまう。だから当然でしょう神父さん、ゆるんだ板をしっかり固定しようとしてんですよ」

 借金を返すという決意、節約計画を何度も考えた堅実さを、私は称賛して、通り過ぎた。

 何か月もが経過したが、それでも改心の決意は変わらないように思えた。よく働き、生活も改善されるとともに、以前のように儲けのある仕事をたくさん依頼されるようになった。何もかもが安らぎと社会的地位を約束しているように見えた。もはやつけ加えることはほとんどない、それもすぐにお伝えできる。ある晩、仕事帰りのパット・コネルに会った。いつものように互いに挨拶を済ませたところで、彼は丁寧な挨拶を述べ、私は励ましと支持の言葉を口にした。別れたときには勤勉で力強く健康だった――次に会ったのは、三日と立たぬうちで、彼は死体となっていた。

 死んだ当時の状況は、いくぶん奇妙なものだった――恐ろしいものだったといっていい。不幸な男は帰宅途中の旧友と久しぶりに出会った瞬間、友人の嬉しそうな温もりにすべてを忘れ興奮し、すぐそばにあるパブに入ろうとしつこく誘われた。だがコネルは店に入る前に、厳しい禁酒の範囲内しか飲まないという決意をきっぱりと告げていた。

 だが、ああ! 酒飲みの習慣というものが生涯ついてまわるほど根深いものだと、誰が説明できるだろう? 彼は悔悛したかもしれない――改心したかもしれない――過去の放蕩を心から嫌悪していたかもしれない。だがこうした改心と悔悛に囲まれてさえ、根深い破滅の習癖がふたたび頭をもたげ、決意、悔悛、慚愧、あらゆるものを屈服させ、いったん犠牲者をねじ伏せてしまえば、それが致命的な悪徳のもと破壊と暴動をもたらさないと、誰が言えるだろう?

 哀れな男は酔いつぶれた状態で見つかった。意識のないまま家に運ばれ、アルコール中毒による深い昏睡状態でベッドに横たえられた。幼い子供たちはいつもの時間が来ると床に入った。だが妻は暖炉のそばに座り込んだまま、半ば危惧していた出来事に悲しみと憤りを覚えながら、休んでいた。だがとうとう疲労が襲い、徐々に不安な眠りに落ちていった。どれほどのあいだ、その状態でいたのかわからないが、眠りから覚め目を開けた瞬間、くすぶる炭火の燃えさしによるほのかな赤に照らされ、二人の人間が、一人は夫だとわかったが、音もなく部屋から滑り出たのに気づいた。

「パット、どこに行くの?」たずねたが答えはない――ドアが閉じられたが、その直後、重い固まりが階段から投げ落とされたような大きな音がして、驚き恐れた。不安のあまり部屋を飛び出し、階段のてっぺんまで行くと、何度も何度もむなしく夫を呼び続けた。部屋に戻って娘――以前私のところにやって来た娘だが――その娘を呼び、蝋燭を見つけ火をつけると、階段のてっぺんに急いで戻った。

 階段の下には、布を積み重ねた固まりのようなものが横たわり、動かず、息もしていない――それが夫だった。もはやどういう理由があったのかわからぬが、彼は階段を下りようとして、どうすることもできずに下まで勢いよく落ちてゆき、衝撃で首の脊椎を脱臼し、そのまま即死したに違いない。死体は、夢の話にあった踊り場の上に横たわっていた。すべてが謎に包まれた物語の中に、たった一つだけでも解決を見つけようというのは無駄な努力だろう。だが私は疑わずにはいられない。死の晩にコネルの妻が見た第二の人影は、コネル自身の影にほかならなかったのではないか。私はこの苦しい解決を打ちあけてみた。だが細君が言うには、夫よりかなり前にいた未知の人物は、ドアの近くまで来ると、何か伝えようとでもするように、振り向いたのだという。これも謎となった。

 夢は証明されたのか?――霊魂はどこへ向かったのか?――誰にわかるだろう? 誰もわからない。だが私は、説明できない恐慌状態でその日、死の家を立ち去った。目覚めていないような感覚だった。すべてを見聞きしているあいだ、悪夢の中にいるようだった。偶然の暗合が恐ろしかった。


Joseph Sheridan Le Fanu "The Purcell Papers, Vol. 1" -- 'THE DRUNKARD'S DREAM' の全訳です。


Ver.1 03/09/23
Ver.2 03/10/02
Ver.3 03/12/13


Special Thanks to: 木場田さん


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作品について・訳について
 ひさびさにレ・ファニュを訳しました。『パーセル文書』第四話です。
 『レ・ファニュ傑作集』に「夢」という邦題で別バージョンが翻訳されているらしい。 『レ・ファニュ傑作集』については「復刊ドットコム」で投票が行われているので、「夢」もまた読めるようになるかもしれません。興味のある方はどうぞ。


『幻想文学』63号「M・R・ジェイムズと英国怪談の伝統」所収のジェイムズの言葉を引用すると、「並々ならぬ力を有した」「超自然を扱っていない数少ない」作品ということです。
 「超自然を扱っていない」かどうかは微妙なところですが、夢の暗合、臨死体験、ドッペルゲンガーと、ひどく現代的(心霊科学的?)とも言える題材なのは確かです。
 それにしても「ドッペルゲンガー」であるという神父の誤った結論はあまりに唐突すぎるのですが、『ヴァセック』というのがそういう物語なのか。あるいは臨死体験にはドッペルゲンガーがともなう例が多数報告されていたのか。ドッペルゲンガーを見た直後に死を迎えるということなのか。それだって自分のドッペルゲンガーではなく、他人のドッペルゲンガーを目撃する、というのは珍しいと思う。


 改訳しました。長くて意味のわかりづらかったところを整理し、誤訳を訂正(逆説と順接を間違えていた)。あとは訳語の整理:origin and end(一部始終)、capricious images(随想)、とか:意味を汲んだつもりだが間違っていたらご容赦。(03/10/02)

 (03/12/13)改訳。かねてより疑問だった点を、木場田さんのご指摘により改訳することができました。感謝いたします。



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 訳すうえで気になった点がいくつかあります。
 (1)少女の年齢。どの程度の幼さなのでしょう。話す内容からすると割と大きな子のようだし、神父を呼びにきたということは兄弟の中で一番年長だったからと考えられます。どうも拙訳では、少女のセリフはませてるのに、話しかける神父のセリフは幼子に話しかける感じになっちゃいましたが。
 (2)大工パット・コネルの人柄。大酒飲みの駄目人間です。しかし地獄(?)を見て心を入れ替えたわけです。こういう人間は神父に対しどういう口の利き方をするものでしょうか。飲んべえ口調、心を入れ替えた礼儀正しい口調。ごろつきでも神父さんには日頃から丁寧な口を利くものかなあと思ったもので、割と礼儀正しく訳しました。
 (3)「アルコール中毒」という言葉が当時すでにあったのか不明ですが、症状は紛れもなくアルコール中毒なのでそう訳しました不悪。
 レ・ファニュの文章はまあきちんとした英語だと思うのですが、きちんとしすぎてるうえに密度が濃いので、頭がカチコチになります。




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