アンドレ・モーロワ『アレクサンドル・デュマ』のなかに、「これは、デュマが脚色した、おかしな「ハムレット」だった。彼はこの芝居をハッピー・エンドにするために、シェクスピアのように、デンマークの王子を死なせはしなかった。」(P.201)と書かれてあったので、面白そうだと思い読んでみました。
実際には「ハッピー・エンド」とはいっても、ハムレットが死なないというだけで、おおよその流れは原作通りでした。
そのほか原作との違いというと、大幅なカットがあったり、登場人物の整理があったりする点です。
特に目立ったのは、冒頭の亡霊登場シーンがまるまるカットされ、原作の第二場に当たる宮廷シーンから始まっているところです。亡霊については、ホレイシオがハムレットに話して聞かせる場面でまとめて説明されています。そうされてみると、確かに原作は二度手間というか、観客の方はすでに知っていることを繰り返されているようなところがあるようにも思えて来ます。
そのほか、長々とした内的独白や思索的台詞、本筋からはずれた脇筋はほぼカットされています。
場面転換にも工夫が凝らされていて、原作では別の場所に移動する場面でも、デュマ版では別の場所の人たちの方から舞台にやって来たりして、一つの場所で話が進んでいたりします。(ただし当時の習慣でしょうか、「場」は原作以上にやたらと細かく替えられています)。
それから、やっぱりデュマだなあ、と思ったのは、友情や愛情についてやたらと言葉を費やしている点ですね。デュマ版は基本的に原作を刈り込んでいるのに、友情や愛情を確かめる場面ではむしろ台詞を増やしていたりしているのが面白い。まあ際どい台詞はカットされてオリジナルの台詞になっている、という部分もありますが。
登場人物は必要最小限にすっきりとまとめられています。主要人物は、ハムレット、王、王妃、ホレイシオ、ポローニアス、オフィーリア、レアティーズ、ギルデンスターン、墓掘り人。マーセラスとローゼンクランツも出てくるのですが、ほとんど立っているだけか相づちを打つだけで、メインはそれぞれホレイシオとギルデンスターンが担っています。
原作で途中でちょこちょこ出てくる使者や第三者の役も、上記人物に演じられています。終盤で出てくるはずのオスリックの代わりをギルデンスターンが演じているので、デュマ版ではギルデンスターンは死なずに済んでます。それに伴って(?)英国行きも手紙のすり替えもなし。この簡略化は上手いと思いました。
そのほか、全体的にかなり人間味のある『ハムレット』になっていると思いました。あとは犯罪や善悪についてのめりはりがはっきりしていて、原作よりもわかりやすい作品になっています。
偽芝居で王の反応をうかがう場面では、「罪は明らかだ」と断言したり、ローゼンクランツを「スパイ」と呼んだり。ポローニアスを誤って殺してしまう場面では、「神よ許したまえ!」と叫びをあげています。原作ではポローニアス殺害犯をレアティーズに知らせる直接の場面はありません(ある時点ですでに知らされていた、という設定)が、デュマ版では国王がはっきりと「ハムレットだ」と伝えています。また、最後の決闘の場面では、国王とレアティーズが小声で陰謀について露骨にやり取りしていますし、剣がすり替わった時点ですぐに「これは君の剣じゃないのか」とレアティーズが口にしています。
さて、肝心の「ハッピー・エンド」はどうなっているかというと――。
父王の亡霊が再登場して、なんとレアティーズ、王妃、国王に向かって、一人一人にその罪を告げて死の宣告をするのです! そしてハムレットに対しては、ひとこと「おまえは生きるのだ!」と告げて、幕。……どこがハッピー・エンドだあ。
原文はGoogleブックの『Théâtre complet de Alex Dumas』で読めます。 |