1962 | Then Came Two Women 『爰に二人の女来たり』 | |
・子どもをめぐって争う二人の「母親」のサスペンス。 | ||
邦訳 | なし | |
あらすじ | 二年のあいだ精神病院に入院していたMaggie Dyerは、三歳だった息子Michaelと一歳だった娘Maryが養子に出されていたことを知る。相手は女優のJoss Bringgold。Maggieは子どもを取り戻せないかと、取るものも取りあえずJossに会いに行く。子どもには会えたものの、ふたたび来ることを禁じられ、そのうえ馘首になった乳母RenaからJossが子どもに暴力をふるっていると聞かされる。 Maggieは友人のEleineとCon兄妹の助けを借り、裁判に訴えることに。Jossの伝記作家Adam LaceyがConの友人だったことから、Joss側の事情を探る。その過程で明かされる、Maggieの過去。夫Rogerは暴漢に襲われたMaggieを守ろうとして殺されたのだ。夫の死に耐えきれず精神の均衡を崩すMaggie。自分が暴漢に抵抗しなければ夫は死なずに済んだかも――と、今も自分を責めていた。Maggieにとって残されたのは子どもだけなのだ。自分も妻を失っていたAdamは心を揺さぶられる。 だが公判当日。AdamはJossの秘書Bobbyから衝撃の事実を知らされる。Jossはデビュー前に一度結婚しており、買い物に出かけているあいだに赤ん坊を死なせたことで告発されていた。赤ん坊には誰も知らない障害があったのだがそんな事実は聞き入れられなかった。美しいJossに近所の母親たちは嫉妬していたのだ。Jossは自分にもちゃんと子どもが育てられるのだ、ということを証明したがっている。 二人の事情を知り苦悩するAdamだったが、過去を知っていることをJossに話すと、Jossは諦めてこう言った。「子どもたちは産みの母に返します。Maggieにとって唯一の子ですから。私なら、ほかにも母のいない子がまだいるでしょうから……」 |
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解説 | 代表作『毒薬の小壜』が、失くした壜をさがすというサスペンスとしては異色の内容であることから、「善意のサスペンス」とも称されるアームストロングですが、本書もまた通常のサスペンスとは毛色の異なった作品でした。 何と、子どもの親権をめぐるサスペンス。 ほかのアームストロング作品を見てみると、途中からサスペンスの焦点となる人物や事実が変わっていることも多いのですが、本書の場合は最初から最後まで親権の問題だけが物語の中心となっていました。 まずは生みの親Maggieが、精神病院から退院するところから始まります。子どもが養子に出されたことを知り動揺するMaggie。ここで一つ、さては精神を病んだ実母が子どもと養母につきまとうストーカーの恐怖が描かれるのではないか――と勘繰ってしまいました。 しかしはずれ。場面がJoss邸に移ると、Jossが乳母の制止も聞かずに子どもに手を挙げるシーンが繰り広げられます。しかもこの場合は子どもに非はありませんでした。さらには子どもを守るためにJossを殴ったことから馘首になる乳母。Jossの横暴ぶりが明らかにされます。こうなると打って変わって、悪役はJossの方か、と考えが変わります。 Maggieが正気を失った事情を知らされるに及んで、その思いはいよいよ強まります。 さらにえげつない攻撃を仕掛けてくるJossを見るにつけても、読者の多くはMaggieの味方をするに違いありません。 ところが。公判当日、Jossの過去も明らかにされるや、Jossにも同情を感じずにはいられないのです。 さて判事の裁きや如何に――。 ――というように、読者の共感を揺さぶることでサスペンスを切らせないのは、さすがと言えるでしょう。 さてこの作品、私にはかなり面白かったのですが、(サスペンスとは関係ないところで)問題がないわけではありません。 Maggieの精神疾患や赤ん坊の脳障害といった点は、デリケートな問題であるだけに、現在のような社会状況では翻訳される可能性も低いでしょうし、翻訳されたとしても上記の点に引っかかりを覚える方はいると思います。 赤ん坊をベッドに固定して5分間出かける、という行為の是非もあります。作品中では仕方のない行為であった、と思えるように説明されてはいますが、これも突こうとすれば突くには恰好の弱点でしょう。 さらには(これは現在でも事情は変わりませんが)五歳と三歳の子どもの気持が置き去りにされているのも気にかかりました。 とはいえやはり本書が面白いことは間違いありません。ほかのアームストロング作品とはサスペンスの型が違っているため、アームストロングの愛読者にも先が読めない――という意味では、初読者よりも愛読者に向いている作品かもしれません。 最後に、本書のタイトル『Then Came Two Women(爰に二人の女来たり)』とは、『旧約聖書』「列王記(上)」第3章第16節以下より、本当の母親がどちらの女かをめぐる有名なソロモン裁きの場面にちなみます。 |