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1922 The Man Who Knew Too Much and other stories 『知りすぎた男
 ・ホーン・フィッシャーと記者ハロルド・マーチが遭遇した八つの政治事件。加えて四つの中篇収録。
邦訳 (1)『知りすぎた男』(このサイト)江戸川小筐訳html ファイル。
(2)『知りすぎた男 ホーン・フィッシャーの事件簿』(論創社)井伊順彦訳『知りすぎた男』+「煙の庭」「剣の五」収録[bk1amazon
(3)『奇商クラブ』(創元推理文庫)に「背信の塔」「驕りの樹」収録、中村保男訳[bk1amazon


「標的の顔」(The Face in the Target)
 ――政治記者ハロルド・マーチが大蔵大臣のインタビューに向かう途中、どう見ても釣りをしているようには見えない釣り人に出会った。不思議に思って話をしていると、突然空から車が降って来た。車には男の死体。嫌われ者の判事だった。事故なのか? 自殺なのか? 「どちらでもないようですね」釣り人は自分のことをホーン・フィッシャー、大蔵大臣のいとこだと名乗った……。

 『知りすぎた男』第一話。下手すぎるからとても上手い。平凡すぎるから珍しい。――本篇の逆説は実用的とでもいいましょうか、嘘をつくときには頭の隅にでも留めておきたいものです。第一話にふさわしく、帝国主義を批判しながらも愛国を貫くという本シリーズの方向性がはっきり表われた作品でもあります。内容とは関係ありませんが、「巨大な頭が月をさえぎって初めて象が近づいたことに気づく」というレトリックが秀逸でした。
 


「消えたプリンス」(The Vanishing Price)
 ――アイルランドの運動家プリンス・マイケルは、姿を消してしまう名人だった。警察はいつも裏をかかれて逃げられてしまうし、一度は捕まえたのに法律の裏をかかれて逃げられてしまった。だが今度こそ警察は、マイケルを海沿いのアイルランド古塔に追いつめていた。ダブリンの警視総監とその秘書フィッシャーが警察とともに包囲した塔に踏み込んだそのとき、銃声が鳴った。

 単純だけど面白いトリックが使われています。「トリック分類」的には複数の分類を内包していますが、逆説的ではありますが「分類」的な発想からは生まれてこないアイデアだと思います。トリックを成立させているのが「消える」名人という存在ですが、フランボウを思わせるそのユニークな消え方の数々がいかにもチェスタトン流です。なお、人間心理に疎かったため、犯人が失敗する作品というと、『ブラウン神父の秘密』収録の「飛び魚の歌」が連想されます。政治的にはアイルランド問題が取り扱われています。
 


「少年の心」(The Soul of the Schoolboy)
 ――トワイフォード牧師と甥のサマーズ・マイナー、正確にはサマーズ・マイナーとその叔父の牧師が、ロンドン観光の最後に、最近発見された古い貨幣を見に行った。貨幣はガラス張りに厳重に保管されていた。停電のせいで一同は保管室に閉じこめられてしまうが、ふたたび明かりがついたとき、目の前の保管場所には貨幣はなかった。

 冒頭から遊び心のあふれた一篇ですが、登場人物から真相まで「趣味」というキーワードに彩られた、文字どおり「遊び心」に満ちた一篇といえましょう。偶然や環境を利用して、犯人が犯罪を成し遂げる作品は珍しくありませんが、探偵が利用して事件を解決するというのは風変わりです。ちなみに、マギの服にポケットがないという描写は、もしかすると怪しげな人物だけど盗んだものを隠す場所がないという意味もあるのかと、今ごろになって気づきました。
 


「底なしの井戸」(The Bottomless Well)
 ――フィッシャーは南島の前哨基地に従軍していた。現地の古い遺跡の残るその基地は、ヘイスティングズ卿の勝利にわきかえっていた。だがその夜、遺跡の井戸の前で倒れているヘイスティングズ卿が発見された。

 スマートな論理による鮮やかな解決。逆説によって文字通りものごとが逆転してしまうところが見事です。有名な論理のバリエーションであるだけに、ミステリとしてももっとも安定しています。本書のなかでは珍しく不可能犯罪ものではありません。
 


「釣り人の道楽」(The Fad of the Fisherman)
 ――マーチは一人ボートを漕いでいた。総理大臣とのインタビューに向かう途中なのだ。ボートから橋に飛び移る奇妙な人物のことはすぐに忘れてしまった。一方フィッシャーは一足先に、総理が滞在中の新聞王の私邸におじゃましていた。邸の主は釣りが趣味で、釣りの最中に邪魔されるのをことのほか嫌っていた。だが今日はいつもの時間を過ぎても、主は戻らなかった。

 底本にしたGutenberg版(アメリカ版)では第五話ですが、イギリス版では第六話。事件・トリック・逆説ともに、本書中でもかなり地味な作品です。容疑者が逃げるときの足取りの消し方が(実効性があるのかどうかはともかく)もっとも鮮やかでした。
 


「塀の穴」(The Hole in the Wall)
 ――バルマー卿邸では氷上仮装パーティが開かれていた。参加者はバルマー兄弟、ホーン・フィッシャー、イタリアの公爵、インド帰りの警官、若き建築家、考古学が趣味の弁護士など。活動的なバルマー卿は早朝にスケートをするといってきかなかった。翌日、バルマーが姿を現すことはなかった。塀の穴が関係しているとフィッシャーは言うのだが。

 イギリス版では第五話。フィッシャーのほのめかしが日本語ではうまく活かされないのが残念。死体が発見されないため生死がわからず、そのため犯人探しというよりもまずは謎探しの趣があって退屈しない。これまでは(広い意味で)犯人の側に用いていた帝国主義と愛国の論理を、被害者の側(というか出来事そのもの)に援用したという点で興味深い作品です。
 


「沈黙の神殿(一家の馬鹿息子)」(米版 The Temple of Silence,英版 The Fool of the Family)
 ――若き日のホーン・フィッシャーは改革を夢見て選挙に立候補した。地域に根ざした政策公約が受けて、ベテラン候補者を凌ぐ勢いがあった。新しい地主の急な成り上がりに不自然なものを感じたフィッシャーは、中島の「神殿」に一人乗り込むが……。

 謎解きミステリの面白さではやや落ちます。政治的にもっともストレートな作品と言えるかもしれません。
 


「像の復讐」(The Vengeance of the Statue)
 ――大戦を前に政府首脳は居酒屋に立てこもり対策を練っていた。だがスパイが紛れこんでいるという情報が入り、フィッシャーたちに緊張が走る。やがて殺人が起こり、機密文書が失われた。フィッシャーの伯父が銅像に押しつぶされた恰好で死体で見つかったのだ。

 ホーン・フィッシャーもの最終話。チェスタトンの短篇集というのは、長く続いたブラウン神父シリーズや未完の『ポンド氏の逆説』を除けば、『奇商クラブ』も『四人の申し分なき重罪人』も『詩人と狂人たち』も最後の短篇で物語が閉じられています。本篇もその例に洩れず、シリーズ最終話に相応しい作品となっています。
 


「驕りの樹」(The Trees of Pride)
 ――

 
 


「背信の塔」(The Tower of Treason)
 ――

 
 


「煙の庭」(The Garden of Smoke)
 ――

 
 


「剣の五」(The Five of Swords)
 ――

 
 

知りすぎた男』 1922発表
The Man Who Knew Too Much
 ホーン・フィッシャーを探偵役に据えた連作シリーズもの。ブラウン神父ものが1914年の『ブラウン神父の知恵』をもって中断され、1926年に『ブラウン神父の不信』で再開されるまでのあいだの1922年に出版されたミステリ短編集。出版されたのは1922年ですが、各短編の執筆年は不明です。

 〈釣り人〉という名を持つ名探偵ホーン・フィッシャー氏の八つの事件。ブラウン神父の相棒はもと大泥棒のフランボウですが、フィッシャーの相棒は若さあふれる新聞記者のハロルド・マーチです。

 この作品にはロイド・ジョージを連想させる箇所が何か所かあるのですが、『高利貸しのユートピア』(1917)を読む限りでは、チェスタトンはロイド・ジョージに批判的です。にもかかわらず、フィッシャー氏を見る限りロイド・ジョージには同情的なようです。この矛盾は何か? 戦時中にロイド・ジョージを喜んで支持した国民に対する皮肉でしょうか。この作品は〈戦争〉という状況の中で人が〈愛国的〉であらざるを得ない瞬間、というのを描きたかったのかもしれません。

★ホーン・フィッシャー(Horne Fisher)
 フィッシャーは、大物政治家の一族に生まれました。自身も政治家の秘書をやっていたことがあります。
 重たげなまぶた、悩ましげで思索的な目、気怠げな身のこなしや態度、物憂げな話し方が特徴。ぼんやりして見えるわりに、いざというときには機敏。若い頃から額は薄かったようです。髪は金髪で、背が高く、手足も長い。
 政治家の一族であり、相棒のマーチが政治記者のこともあり、関わる事件は政治的なものが多い。評論家チェスタトンの面目躍如というべきでしょうか、当時の政治をほぼリアルタイムで批評しているように感じられます。
 ホームズのような職業探偵ではなく、たまたま現場に居合わせてしまう巻き込まれ型の素人探偵です。意外とかなり社交的で、あらゆる知識を駆使して誰とでも気軽に話ができ、「知りすぎている」と言ってるわりには好奇心旺盛で、さらに知りたがる傾向があります。

★ハロルド・マーチ(Harold March)
 ホーン・フィッシャーの友人。ワトスン役としての役割はあまり大きくありません。まったく登場しない作品もあるほどです。ブラウン神父とフランボウが、もともとは神父⇔泥棒という対立関係にあったのに比べると、フィッシャーとマーチは元政治家=政治記者という、同じラインに並ぶ関係のため、思想・評論的に有効活用しにくかったのではないでしょうか。せいぜいのところ、裏も表も知りつくしているフィッシャーに対し、若者らしい正義感で批判するという立場を取るくらいです。その役割すら、ほかの若者に奪われてしまった作品(「底なしの井戸」や「塀の穴」など)もあります。
 優れた政治記者で、政治家の評判もいいようです。明るい色をしたくせっ毛で、青い目、率直な若者です。フィッシャーから「頑固で潔癖」と言われたように、融通の利かない正義漢でもあります。謎や事件に興味があるというよりは、フィッシャーというなぞめいた人物に惹かれているようです。


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