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1905 The Club of Queer Trades 『奇商クラブ
 ・チェスタトン最初のミステリ集。ただし『ブラウン神父』以後の作品と比べると、逆説もトリックも哲学も神学も論理も薄い。ライトな奇人変人譚といったところ。邦訳版には中篇「背信の塔」「驕りの樹」を併録。
邦訳 (1)『奇商クラブ』(創元推理文庫)中村保男訳bk1amazon


「ブラウン少佐の大冒険」(The Tremendous Adventures of Major Brown, , 1903
 ――わたしの友人バジル・グラントは裁判官だった。法廷で発狂して引退したのだ。クラブ入会が趣味のわたしが「奇商クラブ」なる奇妙なクラブに出会うきっかけが、このバジルであった。
 バジルには弟がいた。今は私立探偵のルパートだ。依頼人はわれわれの知人でもあったブラウン少佐。少佐が道を歩いていると、怪しい花売りが現れた。花売りの薦めにしたがい隣家の庭をのぞくと、そこには花で書かれた「死をブラウン少佐に」の文字があった。少佐は恐れも見せずにその家に乗り込んでゆくのだが……。

 チェスタトンの小説というとどうしてもブラウン神父のイメージが強いため、宗教的・観念的で重苦しい印象があるのですが、ブラウン神父以前に書かれた本書や『木曜の男』などは、著者のユーモリストとしての一面が表立って現れています(『木曜の男』は観念的側面も同じくらい強いですが)。

 バジル・グラントは本人も認めるとおり直観(直感?)型の名探偵です。貴族のキッチンナー卿がバレリーナの服装をしていたとします。「なぜ奇妙な服を着るかといえば、常識的には、それを着れば中身が立派に見えるからだ。だが、きみにはキッチンナー卿が普通の虚栄心から、バレリーナの服装をしているとはとうてい考えられないだろう。(中略)相手がガール・スカウトの創始者ベイドン・ポーエルだったらいざ知らず、キッチンナー卿にはぜんぜん通用しない。ぼくにはよくわかるんだ。(中略)それは犯罪人の手紙じゃない。何もかも雰囲気さ。」

 怪しい事件が起こり、それが最後には解決されます。が、名探偵ぶりとか逆説とか論理とかトリックとか、ミステリとしてよりも奇妙で愉快な話を楽しむといった感じの作品です。ラブレーから始まる冒頭に引き込まれる。本書収録作はどれも冒頭は上手い。

 バジル・グラントは「四角ばった顔と、乱れきった灰色の髪」をしている。出かけるときに「マントともケープともつかぬものを羽織り、部屋の隅に行くと仕込み杖を取」って、「おそろしく古ぼけた白い帽子を頭に載せた」。また、話を聞くときは「いつもの癖で、催眠術にでもかかったように眼を閉じて」います。語り手はバジルに「ガリー」と呼ばれる。
 


「痛ましき名声の失墜」(The Painful Fall of a Great Reputation,
 ――バジルとわたしはある日のこと、市電の二階でおしゃべりに興じていた。バジルが見かけた「大悪人」を追って電車から降り、たどり着いた先はバジルの旧友ボーモント老人の家であった。老人の家を訪ねると、件の大悪人が客人のウォルター卿をネタにしたジョークを飛ばし、一家は大爆笑の渦であった。彼こそが現代の偉大な話術の芸術家ウィンポール氏なのであった。

 これが人殺しよりも盗みよりも悪いことってのがピンときません。宗教的なものなのでしょうか? おかげで、はったりかましたわりに尻すぼみの印象を受けました。奇商の話ではありますが、本編だけは奇商クラブ会員の話ではありません。

 語り手はバジルに「チャーリー」と呼ばれる。
 


「牧師はなぜ訪問したか」(The Awful Reason of the Vicar's Visit,
 ――晩餐会に赴こうとしていたわたしのもとに一人の牧師が訪れた。恐ろしい目にあったのでぜひ相談に乗ってほしいという。教区の奥さんたちの集まりに顔を出していたが、帰ろうとしたところ入口をふさがれてしまった。周りを見ると、老婦人だとばかり思っていたのは全員が男の変装であった。

 三篇目にして改めて気づいたが、本書は完全なる一人称なのである。『ポンド氏』も冒頭だけ一人称だったけど。三人称の『ブラウン神父』ものなんかだと、著者がすっげー糞真面目な顔をしてそ知らぬふりで面白いこと書いてるという印象なのだけれど、一人称で書かれると、陽気なやつが陽気なこと言ってるというのがストレートに伝わってくる。本編の冒頭なんてウッドハウスのジーブス&バーティーものみたいだと思った。

 奇譚なく言わせてもらえば、「ブラウン少佐の大冒険」と本編はずるいと思う。奇妙な事件に見えたものの正体が、実は奇商クラブによる商売であった、というのが本書のパターンです。例えば、テキトーな例をでっちあげてみると――人が逆立ちして歩いていたのは、靴の代わりに手袋を売って大もうけしようともくろむ手袋屋の販促だった、みたいな。ところが、逆立ちして歩いていたのは人目を惹くためであり、人を集めておいてからバナナのたたき売りをやろうとしていた、というのではいけません。逆立ちの必然性がない。人目を惹くためなら、踊りながら歩いていたって中世の格好をして歩いていたってなんだっていい。そういう意味で、本編と「ブラウン少佐」はずるいです。

 語り手の苗字が「スウィンバーン」だとわかる。
 


「家屋周旋業者の珍種目」(The Singular Speculation of the House Agent, , 1904
 ――引っ越し好きのキース中尉はとかく噂の種であった。貧乏ゆえに見栄を張って転居を重ね、中尉という下位の階級で除隊し、愚にもつかぬ自らの冒険譚を語りきかす。というわけで探偵のルパートとしては、中尉こそ怪しい奴と目をつけるのももっともであった。あるとき通りで小競り合いがあり、中尉も警官に住所をたずねられた。ところがそこに行ってみると家など一軒もない荒野だったのだ。

 上のあらすじでは、「中尉こそ怪しい奴と目をつけるのももっともであった」と書きましたが、実は全然もっともじゃありません。このルパートというやつ、おそらくホームズ系の探偵のパロディなのでしょうが、「グラス氏の失踪」のフッド博士ほどうまくいっていません。結果、意味も根拠もなく人を疑う大迷惑な奴です。

 もうパターンとして、起こる事件はすべて奇商クラブのしわざだ、というのが読者にはわかっているので、ルパートは完全な道化です。アメリカのコメディ映画とかによく出てくる、わざと事態を引っかき回すわざとらし過ぎて笑えないヤツ。ルパートはそんな奴です。

 バジルが「獅子頭」とある。出かけるときに「上等な大外套と、ステッキ」を身につけている。
 なにゆえ「Singular Speculation」が「珍種目」と訳されるのか見当がつかぬ。
 


「チャッド教授の奇行」(The Noticeable Conduct of Professor Chadd, , 1904
 ――バジルは友人チャット教授と議論をしていた。賢明だし思いやりもあり学識も豊富だが、野蛮人ではない者がズールー族に関する論文を発表したところで、彼がズールー族を理解していると言えるのか。帰宅したバジルのもとに教授の妹から電報が届く。教授が発狂したという内容であった。何を言っても手足を妙なぐあいに動かすだけで、まったく返事をしないという。

 「奇商」かなあ? それをいうなら「家屋周旋業者」も、扱う物件が奇妙なだけで、ただの不動産屋なんですけどね。本編も、研究内容が奇妙なだけで、商売としてはただの大学教授です。

 バジル・グラントは「六十に手がとどく年齢」。
 


「老婦人軟禁事件」(The Eccentric Seclusion of the Old Lady,
 ――ルパートとわたしは歩きながら話をしていた。ルパートはどんなことにも犯罪を嗅ぎつける。今も牛乳屋が一本だけの牛乳をこぼしながら配達していたからというそれだけで彼を犯罪者扱いしたところだ。ところが牛乳屋のあとを追ってたどりついた家の窓からは、助けを求める老婦人の声がしたのであった。

 ルパートがお馬鹿なのはともかくとして、語り手まで一緒になって馬鹿をやっております。ところがバジルもそれを止めません。というわけで善意の第三者を相手にドタバタの取っ組み合いが始まります。でも同じドタバタなら「飛ぶ星」のドタバタの方が面白い。正直言って、奇商6篇を続けて読むと飽きてしまうのは否めません。

 本編の奇商は第一話にちゃんと伏線があるというところがミステリとして評価できます。また、ルパートの探偵パロディも「家屋周旋」よりもうまくなっています。
 

 
奇商クラブ
G.K.チェスタトン著 / 中村 保男訳
東京創元社 (1991)
ISBN : 448811007X
価格 : ¥819
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