1925 | Fishmonger's Fiddle | |
・コッパード第四短篇集。全17編。 | ||
邦訳 | 短篇集としては未訳。収録作のいくつかは邦訳あり。 | |
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コッパード作品にしては長めの、恋愛譚。自選集の巻頭に収録されているところを見ると、コッパードお気に入りの作品だったのかもしれません。うぶな純愛物語の中に、幻想的な通夜や、親戚たちのおかしな団欒風景が散りばめられています。ウィトロウと娘のメアリによる、さくらんぼ狩りや蜂退治のシーンが爽やかな印象を残す作品です。 |
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……釈放されたころ、フランクはメアリに会いに行こうとしていた。エリザベスとの結婚は破棄された。エリザベスは外にも出ずにつねにヴェールをかぶっている。もう結婚しようとする男はいないだろう。フランクはメアリに復讐するつもりだった。目には目を、歯には歯を。ところが窓から見えたのは、無邪気なメアリの姿だった。ずっと忘れていた情熱的なあのころの。「出てって」メアリが言った。「あの子とはいつ結婚するの?」「結婚はしない」「どうして? 結婚しなさいよ!」「いやだ。いっそ死んじまいたい!」「卑怯者。むしろあたしが死ねばよかったのよ」それを聞いて、フランクがポケットから壜を取り出した。「あたしにかける気?」「できないよ」壜の中身を庭に空けた。二人ともしばらく無言だった。 「フランク、話があるの……」メアリは赤ん坊の話をした。「ぼくは父親だったのか! 知ってさえいたら――」「知っていたとしたら? どうせ何もできなかったでしょ」「どうして知らせてくれなかったんだ?」「あなたが来てくれなかったんじゃない。こんな話を手紙に書けると思う? 来てくれさえすれば、話すことだってできたのに」……「どんな赤ん坊だった?」「とても小さかった」「髪の色は?」「黒」「目の色は?」「開かなかったの」……「メアリ、子どもはいくらでも作れる。結婚しよう」「出てって。今忙しいから。お菓子を焼いてるの」「一つくれないか」「二つあげるわ」「これは君の代わりだ」そう言ってポケットに入れた。「もう一つはあたしからよ」メアリが言った。「もう一つくれないか」「何のため?」「ぼくら二人のあいだにあるもののために」二人は戸口に移動した。「おやすみ」メアリはキスを拒まなかった。「明日も来るよ」「だめ。もう来ないで」「ぼくには来る権利がある」――彼はその通りにした、と結ぶべきだろう。 タイトルに惹かれて(「クレソンっ子」)読んだのですが、びっくりしました。こんな話も書くんですね。傷害事件が扱われています。だけど結局、エリザベスは救われないままなんですよね。メインで描かれているのが不器用な男女の純粋な恋愛という図式は変わらないので、そこの違和感がいっそう際立ちました。こんな話にどうやって結末をつけるんだろうとはらはらしながら読んでいたのに、え〜っ。。。 さらにびっくりすることに、この作品は1972年にイギリスで映像化されているようです。『Country Matters(田舎の事件?)』というテレビシリーズの一篇。コッパードに相応しいシリーズ名だなあと思ったら、ほかにも「The Higgler」だとか「The Black Dog」だとかいうタイトルが……。youtubeで裁判シーンだけちょこっと見ることができたのですが、やはり裁判シーンだけだと全然コッパードっぽくありません。 |
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『郵便局と蛇』(国書刊行会)[bk1・amazon]に邦訳あり。 手術をして虚弱な息子はいなくなった(lost)。それは寂しくもあったけれど、陽気でもあるはずでした。デヴィッドは確かにいなくなりました。それまでは言葉も感情も描かれることのなかったデヴィッドの内面が初めて表現される場面はあまりにもほろ苦い。「デヴィッドは脆かった」。身体を手術しても、心が耐えられなかった。酸素が濃すぎると人間は興奮状態に陥ります。繊細な心にとって、この世はあまりにも大気が濃すぎました。大気を吸い過ぎぬよう心と体が膜を作っていたのに、外に触れざるを得なくなったとき、幼子はどうすることもできずに迷う(lost)しかありませんでした。コッパード自身、九歳の時に病気で学校を止めざるを得なかったことがあるそうですが、これを後の体育会系の作者が書いたのかと思うと唖然とします。最後のシーンがいつまでも記憶に残ります。 |
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