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映画の感想 | ||
本の感想 |
03/11/28 | 『辞書にない「あて字」の辞典』現代言語セミナー |
講談社+α文庫。 タイトル通りの辞典です。 ↓古い訳を読んで、「漁夫《すなどりびと》」とか「常緑樹《ときわぎ》」とかいうルビについつい感嘆してしまい、ぱらぱらと再読してみました。 泉鏡花は「豊肌」と書いて「ぽってり」と読ませる、だとか、志茂田景樹と西村寿行はふたりとも「はしる」を「疾る」と書いていたり、だとか、漱石は「仮病」を「偽病」と書いてるけどこのあて字の方がよっぽど「仮病」の何たるかを表わしてるな、とか、読んで楽しい辞典です。 ところが楽しむだけにしか使えないかというとそうでもなく、ちゃんと辞典としても使えるんです。どういう使い方かというと、類語辞典としてけっこう重宝してます。たとえば「こんがらかる」をひくと――「混絡かる/困絡かる/交錯かる/紛糾る」などなど。最初の二つは音を活かした文字通りの「あて字」ですが、後ろの二つは意味を活かした「類語」だったりするんですよね。 おもしろいのは芥川の「老若各」で「おのおの」、露伴「烏黒」で「まっくろ」、尾崎紅葉「勃起々々」で「むくむく」、鴎外「四阿屋」で「キオスク」(そりゃ確かにキオスクには「あずまや」って意味もあるんだろうけど、現代の目から見ると何だかなあ)……。 |
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『辞書にない「あて字」の辞典』現代言語セミナー(講談社+α文庫B12-1) |
03/11/23 | 「イノック・アーデン」テニスン |
幡谷正雄訳。「物語倶楽部」のテキストを拝読。今さらながらに初めて読みました。キャロルを訳したりしているくせに、テニスンの詩を読んだことなかったんです。 面白かった。詩の感想にしてはヘンな言い方かもしれないけど、面白かった。 『伊勢物語』第二十四段「あらたまの年の三年を待ちわびてただ今宵こそ新枕すれ」と、『雨月物語』「浅茅が宿」を足したものに、『ロビンソン・クルーソー』をトッピングしたような作品。これぞ古典。すべての物語のエッセンスが詰まっている。 古い訳だから七五調で訳してあって、ともするとリズムに乗せられて意味を取り損ねるくらいの名調子。「黒白も分かぬ」と書いて「あやめもわかぬ」とか、「愛情」と書いて「なさけ」とかいう読み方が味わい深い。鏡花も読みたくなってしまった。 |
03/11/20 | 『ドニー・ダーコ』 |
今さらながら。WOWOWで観ました。こんなすごい映画なのに、存在すら知らなかった。2002年日本公開の映画ってことは――去年の夏はいったい何をやっていたっけか? 『遠い空の向こうに』のジェイク・ギレンホール主演、『卒業』『明日に向って撃て!』のキャサリン・ロスがめちゃくちゃ久しぶりに出演、ってだけでも、絶対みたい映画のはずなのになあ。 ハッピーエンドじゃないのに見終わったあとすがすがしく感じる、てところは、同じくWOWOWで観た『トマ@トマ』を思い出した。ふむ。WOWOWも捨てたもんじゃない。 〈過去に戻る〉んじゃなくて〈過去に戻す〉みたいなタイム・トラベル観が好きです。後ろを振り返って過去を後悔するのではなく、前を向き続けたまま過去にトリップする、明日から過去が始まる、みたいなタイム・トラベル。 兎に導かれる救世主、なんてどこか『マトリックス』みたい。救ったのは、家族と恋人だけという、すっごくミニマムな世界だけど。けれど、救ったのがちっちゃな世界だけに、すべて妄想青年の妄想内の世界の話だ、と否定的に見る人もいるだろうな。こんなのを思い出した。 「人は一生に一度くらいはシャーロック・ホームズになれることがある」(小森収) 「決定的な試練や選択に直面したひとは、自分が世界の中心に来たと感じるものだ。しかし、世界の中心はここにない。世界は君など眼中にない。」(巽昌章) ――この映画を観て、どちらの感想を持つかは、見た人次第。 あまりにも感動したので、見終わってしばらく経ってから、ほかの人の評価も気になってネットを覗いてみると。……う〜ん、デヴィッド・リンチと比較してしかもリンチの方が上、みたいな評価が結構あった……それは違うだろ!と思う。 「マクベス殺人事件」じゃないんだからさあ。『マクベス』や『異邦人』はミステリとして凡作だ、エラリー・クイーンの方が上、みたいなこと言われてもね。 どうでもいいけど、やっぱりジェイク・ギレンホールは山崎まさよしに似ている、と、いつも思う。 |
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『ドニー・ダーコ』(ポニー・キャニオン) |
03/11/19 | ハヤカワ、クリスティ文庫創刊 |
ハヤカワの〈大きなサイズ文庫〉といえば、『ダニエル・キイス文庫』で失敗し、『epi文庫』で成功した、という印象があるのだけれど、さて今回は――と楽しみにしていたのだが。店頭に並んでいるのを見ると……失敗だな、今回は……。 『ダ・ヴィンチ』12月号の特集によると、今回の新創刊に当たって専門のリサーチ会社に依頼して全国区のアンケートをとったんだそうです。で、その結果が、クリスティの読者には30代〜50代の女性が多い、と。彼女たちの「意見もずいぶん参考に」した結果、なんとできあがった装幀はハーレクイン! まさか『謎のクィン氏』とひっかけてるわけじゃないだろうが……。 担当編集者いわく「非常に満足しています」。 うわーこれじゃデュ・モーリアの二の舞じゃないか! 営業的には売れ線を狙うのは当然なんだろうけども。 心配なのは編集部長の言葉。「クリスティーは、現存する代表的なトリックのほぼあらゆるパターンを考え出した作家ですからね。」おいおいおい……これがミステリ専門店の編集部長のセリフなんだもんなあ。「チェスタトンは〜」とか、あるいは「カーは〜」(「クイーンは〜」)とかならまだわかるけど……。 ただしこの編集部長、「トリックのことを抜きにしても、その時代の風物や生活描写にも敏感で、登場人物がとても活き活きとしている。」とも仰ってます。自覚的なのか無自覚なのかわからないけど、ミステリ専門店がクリスティをミステリ作家としてではなく、風俗作家として(はからずも)正しく再評価しようとしているのが面白い。 |
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『そして誰もいなくなった』アガサ・クリスティー文庫80 |
03/10/13 | 'The Poisoned Kiss' Joyce Carol Oates |
〈ショート・ショート〉とは言っても日本におけるショート・ショートとは違って、別に〈落ちのある作品〉という意味ではない。けど。 本当に短い。本にしたら2ページくらいだろか。どことなくトマス・バーク「オッターモール氏の手」と乱歩「赤い部屋」を合わせたような印象を持ちつつ読み進めていくと……。邦訳のある「パラダイス・モーテルにて」を読んだときには、――この訳は違うのではないか? あまりにぶち切れヤロー過ぎる。もっと山田詠美の「姫君」とか村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』みたいな感じで訳すべきじゃないのか?―― と思ったものでしたが、やっぱりこういう肌触りのある作家なんだなあと納得。 |
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『The Poisoned Kiss And Other Stories from the Portuguese』Joyce Carol Oates |
03/10/02 | 『さよならをもう一度』 |
古い映画はタイトルを眺めているだけで楽しい。『おかしなおかしな大追跡』『お熱いのがお好き』『暗くなるまでこの恋を』『雨の中の女』『明日に向って撃て!』……。名訳・名邦題・珍訳・珍邦題……。実はこのうち、『お熱いのがお好き』と『さよならをもう一度』は原題そのままなのだ。「Some
like it Hot」と「Goodbye Again」。 何が言いたいかというと、この映画はたとえ『グッバイ・アゲイン』というカタカナタイトルで公開されたとしても、名タイトルになってただろうな、と。原題そのものに力がある。 イングリッド・バーグマン主演。共演はイブ・モンタンとアンソニー・パーキンス。 イブ・モンタンが嫌な大人の男。アンソニー・パーキンスが馬鹿な若い男。あいだで揺れる中年女性イングリッド・バーグマン。そして一時は馬鹿だけど一途な若い男に惹かれるけれど、結局は嫌なずるい大人の男を選ぶ……う〜ん、現実だぁ。 現実だけどリアルじゃないのか何なのか、リアルさを追求しただけのつまらない作品でないことは確か。原作がサガンなんですね。ふうん、そう言われると納得するような。 アンソニー・パーキンスがやはり名優だと実感。『サイコ』にさえ出演しなければ、きっと今ごろ名脇役とか言われていたに違いないのに。『サイコ』だってなかなか演技達者なんですけどね。さわやか青年のイメージで売ってた俳優さんがさわやか青年の役で登場。ところが実はそのさわやか君が……という話だから。 イブ・モンタンはどうしても好きになれない。こういう役しかしないんだよなこの人。ジョン・ウェインもジョン・ウェインな役しかやらなかった人だけれど、同じく好きになれない人の一人。個性が強すぎるんかな。 イングリッド・バーグマンはかっこいい。個人的にはクール・ビューティと聞いて思い浮かべるのはローレン・バコールではなくバーグマンだ。と思っていたのだが、バコールがいかにも堂々と偉そうに歩くのに比べると、バーグマンは意外とせかせかしたおばさんみたいな歩き方だった。市川悦子みたいな歩き方。ちょっとショック。 |
03/09/08 | 『ミステリーズ!』Vol.2 |
待望の第二集! 島田荘司さんの連載が延期してしまったのは残念だが。フットレルの未訳作もいいが、『樽』を初めて読んだときにその〈新しさ〉に大騒ぎしてしまった身としては、石上三登志さんのエッセイがよかった。今後もこの「国内ミステリ中心+海外もの1」というバランスを続けていってほしいな。 | |
『ミステリーズ!』Vol.2(東京創元社) |
03/08/10 | 「金々先生榮花夢」戀川春町 |
金村屋金兵衛といういかにも貧乏くさい名前の田舎ものが主人公。なんだか餅屋の宣伝みたいに幕を開ける。餅花の解説である。しかも金兵衛は餅花ではなく粟餅を注文する。きっと当時の人もつっこんだに違いない。餅花じゃないのかよ。つっこみながら思ったのだ。餅花っておいしそうだな、今度食べに行こうかな、と。 |
03/07/31 | 『殺人目撃者』 |
『殺人目撃者』というタイトルから何を連想しますか? 私はウールリッチみたいなサスペンスを連想しました。 バーバラ・スタンウィック主演。ビリー・ワイルダー『深夜の告白』にも主演していて監督が大いに褒めてました。ウールリッチ&ワイルダー(勝手な連想ですが)とくればいやがうえにも期待は高まります。 しょっぱなから殺人シーン。いきなりです。起承転結も何もありません。当然のごとくいきなり殺人を目撃し、いきなり警察に通報します。こんな映画見たことない――よくわからぬなりに興奮しました。 そして――なんだか間抜けな刑事が登場。やがて目撃者も犯人も精神科医もそろいもそろって登場人物全員間が抜けていることが判明します。刑事は隣の部屋の死体に気づきません。目撃者は自分は夢を見たと納得しかかります。犯人は策を弄しすぎてバレバレです。 そして目撃情報を信じなかった刑事は、売れない作家(犯人)の著作が被害者の家に置いてあったというただそれだけの理由で作家が犯人だと確信します。同じ指紋がある確率は何百億だかに一人の割合です。売れない作家の著作を持っている確率もそんなものだと判断したのでしょうか。 ちっともウールリッチじゃありませんでした。不思議な面白さはあったけどね。 |
03/07/30 | 「探偵小説十戒」ロナルド・ノックス |
古本を整理していてついつい読み耽ってしまうというお決まりのパターンで読み返してみる。 これって『空想非科学大全』じゃん。って思った。ヴァン・ダインが書いた「探偵小説二十則」てのは完全にヴァン・ダインの驕りから生まれた「〜しなさい」という〈規則〉なんだけれど、ノックスさんのは洒落ですね。 「ヒーローはたった数分で地球を守らねばならない!」――もちろんこんな規則を誰かが決めたわけじゃなくって、空想科学のヒーローにはなぜかこういう設定が多いなあ、というのを抜き出して検証した作品なわけですけど、まったく同じことがノックスの十戒にも言えるんじゃないかと思う。 ノックスは法則を決めたのではなく、既作品から法則を抜き出したお洒落でお茶目なおじさんにすぎないのだ。 「探偵小説には、中国人を登場させてはならない」――ノックス自身が「なぜなのか定かではない」と述べているこの珍法則も、怪しい中国人が登場する駄作がそのころ多かったことを茶化して法則化しているのだとしたら納得できる。 「ワトスン役の知能は、読者の平均的知能より低くなければならない」――ワトスン役が頭悪すぎ、とはよく聞かれる批判ですが、ノックスさんは批判はせずに、これが「空想探偵小説」の法則なのだー、とつっこんでくれたのでした。 50年早すぎたね、ノックスさん。 |
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『空想非科学大全』柳田理科雄(メディアファクトリー) |
03/07/01 | 「仇討三態」菊池寛 |
ちくま文学の森6『思いがけない話』より 〈菊池寛〉という作家は思い込みの激しい正義漢というイメージがある。そのイメージからして、〈仇討〉というものに肯定的であるのに違いない、という先入観をもって読み進めました。 そのように読んでみると、一見〈思いがけなさ〉という点ではありきたりに見える「その三」のエピソードが、また違って見えてきます。 これは嘉平次に対する罰なのだ、と。〈仇討〉をおろそかにした者に対して、神たる作者がくだした一つの罰。「その一」に見える、仇討をあきらめた者、その仇の浅ましさ、「その二」に見える、仇討を果たせなかった者と果たした者の悲しみ、それに対して「その三」には唯一しあわせな〈仇討〉が見られる。一見「その三」は、嘉平次に対する皮肉と、仇討に対する皮肉が二重写しになっているように見えるものの、実は皮肉でも何でもなく素直にこれが書きたかったんじゃないかと勘ぐってしまう。だってトリなんだもの。 ※しかしまあ『真珠夫人』がヒットしちゃいましたね。菊池寛はこういうのを予測していたんだろうなあ。本来であればとんちんかんな予測のはずなのだが、予言にしてしまうところが菊池寛のパワーか。 |
03/06/19 | 「蚊取湖殺人事件・問題編」泡坂妻夫 |
新創刊の雑誌『ミステリーズ』より。一番正解に近かったひとにサイン色紙が当たる犯人当て小説。 泡坂さんの作品は、非常に伏線の張り方が上手いので、伏線をたどっていけば逆に簡単にわかるのではないかと思ったのだが甘かった。そんなわけないよね。さっぱりわからん。 |
03/06/11 | 『ダ・ヴィンチ』七月号 |
表紙&インタビューが米倉涼子です。しょーじき米倉涼子ってきれいだともかわいいとも美人だともかっこいいとも名女優だとも思わないし、むしろあまり好きじゃなかったんですが、この写真を見るとさすが元モデルだなあ、と。名前を見ても顔と名前が一致せず、「誰? 米倉涼子って? しらなーい」と思ったくらい別人に写ってます。 これがプロだな、って思いました。この人は本質的にモデルなんだな、って。米倉涼子のファンじゃない人にこそ見てほしいです。 大げさかもしれませんが、いい映画を観たりいい音楽を聴いたりいい小説を読んだりしたときと同じような感銘を受けました。プロの業を見た、という感じです。 |
03/06/08 | 「獲物」ピーター・フレミング |
宮部みゆき編『贈る物語 Terror』の一編。「猿の手」「ゴーストハント」「人狼」は既読だったので、「オレンジは〜」に次いで二編目ということになる。 フレミングという作家は初めてだったけど、「あきれるくらいゆっくり、丹念に読んでいるのか、それともぜんぜん読まないか、どちらかでしたね。ぼくの知るかぎり、第一巻を十一年も手にしていましたからね」というフレーズには見覚え(聞き覚え)がある。どこで聞いたんだろう? ミヤベさんが書いているとおり、モンスター御三家と言えばドラキュラ、フランケンの怪物、狼男です。中学生くらいのころ、御三家の作品を読破してやろうと思ったものでした。 ところが作家のフィクションであるドラキュラやフランケンとは違い、狼男には原作というものが存在しない。ものすごくがっかりしたのを覚えています。やっと探し当てた「人狼」も、「満月を見ると変身する」という属性を与えられた〈狼男〉の話ではありませんでした。 さて、今回のこの話も満月を見て変身する〈狼男〉の話ではありません。が――。だいたいドラキュラってコウモリだけじゃなく狼にも変身できるんですよ。それじゃあ狼男の立場がないじゃないですか。ならいっそのこと、こうした〈人狼〉の話の方が、〈狼男〉の話よりも面白いというものです。 |
03/06/07 | 『ポワゾン』 |
アイリッシュ『暗闇へのワルツ』の映画化。ってーことで期待して観たんだけれど、これじゃあ以前の映画化の『暗くなるまでこの恋を』の方がいいなあ。 とにかく展開がたるい!の一言に尽きる。もともとアイリッシュの作品って破綻してるのを雰囲気やサスペンスでカバーしてるのに、この映画にはそれがない分、もろに破綻が目立っている。しかも独自の展開をつけ加えたせいで原作以上に破綻しているという恐ろしさ。 お互い惹かれあったのだって、R-18のセックスだけが理由なのかい? 犯人自身が探偵のふりして聞き込みやってるのに、目撃者が誰も気づかないというのはホームズや『Xの悲劇』以来の〈探偵小説の世界では、変装すれば絶対に気づかれない〉という暗黙のルールを忠実に守っているつもりなのだか? 『明るい光へのワルツ』になっちゃってるのは映画ならではのご愛敬。 |
03/05/31 | 『空想非科学大全』柳田理科雄 |
こーゆーのを待ってたんだー! うん、こうでなくちゃね。 『磯野家の謎』みたいなシャーロキアン的研究を読んでも、揚げ足取りにしか見えなかった。自分にはしゃれを楽しむ余裕がないのかな、ホームズ原理主義者なのかな、なんて思ったものでした。 だけど今は断言できます。シャーロキアンはユーモア感覚がない! 自分が楽しんでいるだけでなく、他人も楽しませよう、そういう感覚が大事です。 |
03/05/30 | 『ミス・ブロディの青春』 |
マギー・スミスの若いころの映画。かわいがってて仲のよい教え子のうちの出来のいい子が、やがて自我に目覚めて反抗して、っていうパターンかと思いきや。〈保守的〉の反対が〈自由〉とは限らないっていう当たり前の事実に気づく。 当たり前の事実のはずなんだけれど、でも『今を生きる』や、マギー・スミス自身出ている『天使にラブ・ソングを…』なんかを見ると、〈保守=悪〉ゆえに〈反保守=善〉と錯覚しがちなところもあるし。 とか言いつつも、アメリカ映画ということを考えると、きちんとした社会派映画なのか、それとも単なる流行みたいなファシズム批判なのか、微妙なところ。 マギー・スミスって意外とピーチクしゃべるんでびっくり。もっと若いころから落ち着いた感じの人かと思ってたよ。(いや、まあ、そりゃそういう役なんだろうけど)。 |
03/05/24 | 『怪盗ニック登場』ホック |
とうとう文庫化! 泡坂妻夫さんのエッセイで知って以来、読みたかった! 『サム・ホーソーン』とは大違い! 面白い。モンキー・パンチさんが推薦するのもわかるなあ。 ミステリは『コナン』しか読んだことないよ、って人にも、たぶん楽しめるんじゃないかと。当初「007に匹敵するキャラを」と考えていたという作者のねらいどおり、しっかりキャラの立ったエンターテインメイトしていて、本格にありがちな無味乾燥さがないから。それでもなおかつ本格原理主義作品。 ハヤカワもいつの間にか、文庫の天の部分に短編のタイトルを印刷するようになったんだね。読み返すときにこれがあるとないじゃ大違いだから。 |
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