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翻訳:江戸川小筐
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さあこい、マクダフ!

シャーロット・アームストロング

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第十四章

「お聞きしたいのは」ダフが口を切った。「ペッピンジャーのことです」

 ダフが話し手で、わたしたちが聞き手だった。たとえ聞いているのはダフだったとしても。ここは学校で、彼は教師だった。たとえ教えるのがわたしたちだったとしても。彼は真実の泉であり、満たす小川がわたしたちだ。わたしたちは話をしたが、彼はすでに知っていた。どういうことなのか説明はできない。ただマク・ダフが仕切っていたということだ。

「四人が創始者からキャンディの製法を買い取って巨大なビジネスに変え、生産販売により多大な利益をこうむったことは聞いております」

「ウィンベリー、ギャスケル、マクソン、わたしだな」

「数年前ウィンベリーとギャスケルが、あなた方お二人に闇取引に近い形ですべて売りさばいたのでしたな」マク・ダフは池に小石を放り投げるように、この言葉を言い放ち、波紋を待って椅子に身を沈めた。

 伯父の声はいつもとまったく変わらぬように聞こえた。「その通りだ。たまたま奴らが事前情報を手にしたのだよ」

「その後あなたも情報を耳にし、何も知らぬマクソン氏に売って預金を取り戻したのですな」マク・ダフは問いかけるように顔をマクソンに向けた。

 マクソンの顔色は曇っていた。「そうだよ。そのとおりだ」

「さらに――」と伯父を振り返る。「あなたがお持ちの、いやお持ちだったパチーシ・セットには、ペッピンジャーそっくりの赤い駒がありましたな。誰もが間違えてしまうくらいだった」

「その通りだとも」

「特注品ですか?」

「そうだ。同じものはないはずだ」

「なるほど。ところで、ゲームに負けたあなたは、パチーシの駒を三つ窓から投げ捨てたそうですな。なぜそんなことを?」

 伯父は一瞬だけ口を閉ざした。

「そんな気になったのだ」と伯父は肩をすくめた。「二度と使いたくなかったものでね」

「赤い駒を?」

「そのセットをだ」

「しかし捨てたのは赤い駒だけだった」

「ああ」

「その後、駒を目にしましたか?」

「一つはな。ミラーがここで、この家のリビングで見せてくれた。ウィンベリーの身体に置いてあったそうだ。火にくべたよ。灰燼に帰したのだ」

「一つは警察が保管しております。ギャスケルの身体から見つかったそうですぞ。では残りはどこに?」

「四つ目はわたしが昨日この暖炉で燃やした」

「なぜ?」

 伯父は肩をすくめた。「そんな気になったのだ」どちらとも取れる説明をしているだけのように見える。

「駒は象徴なのではないかという意見が出たのですよ」

 伯父はうなずいた。「象徴だからこそ、四つ目の駒を燃やしたのだ」不意に、マク・ダフと伯父の二人にはわかっているのだという気がした。何の話をしているのか二人は知っている。間違いなく。でもわたしにはわからなかったし、J・Jもそのようだ。触れている指に力がこもらないことから、J・Jの戸惑いが伝わる。

「最後の三つ目については」伯父が言った。「あれから一度も見ていない」

「でも箱のなかにちゃんとあったのに!」わたしは声をあげていた。「次の朝ここに来たとき、ヒューとわたしはこの目で見たもの。三つあった。ウィンベリーのは別。それはヒューのポケットのなかだったから」

 伯父があっけにとられた表情を見せた。

「いわゆる四つ目の駒を箱から取り出したはずですな?」マク・ダフが伯父にたずねた。

「無論だ。昨夜六時ごろだった。箱のなかには、赤い駒は一つしかなかった」

「どうなってるの!」わたしはJ・Jにささやいた。

「静かに」

「考えられるのは」マク・ダフが要点を突くように続けた。「われわれが見つけたとおりに赤い駒が見つかっている以上、その駒が動機はもちろん犯人に連なる手がかりである可能性ですな。よしんば象徴であるなら、はたして何を象徴しているのか? ペッピンジャーと瓜二つ。ゆえに駒はペッピンジャーを指し示しており、殺人はペッピンジャーがらみで起こったと仮定いたしました。その点について調べてみたのですよ。充分とは言えんが。それでもまあ、ありそうな動機についてざっとお話しましょう。ありふれた話ですがね。まずどんな事件の際にも当てはまりそうな動機に復讐がある。確かに復讐とは重宝な動機ですな。殺人の動機にもなり得ます。無論、赤い駒の意味も明白だ。瀕死の被害者はそれを見せられ、おそらくペッピンジャーという言葉も聞かされた。己の罪を悟り、何者かの裁きを理解したことでしょうな。無論、赤い駒には第二の意味もある。殺人犯は、残りの有罪人たちを怯えさせたかったに違いない。復讐を知らしめるために。第一の犠牲者の運命により、その後の犠牲者たちの不安をかき立てようとしているのではありますまいか」

「その後の犠牲者たちだって!」マクソンが悲鳴をあげた。

「行方のわからない駒が少なくともまだ一つありますぞ」ダフが注意をうながした。「おそらくはあと二つ」伯父の眉が揺れた。ダフに嘘つき呼ばわりされたのをちゃんと察していたのだ。つまり、あの匂いを出すためなら青い駒を燃やしたってよかったということか。残りの駒の在処を知っている人が誰かいるのだろうか。

「赤い駒には第三の理由もある。もしくはあるかもしれぬ」とダフは続けた。「それぞれの現場に残されていた理由は、一つにはカスカート氏のものだったからということだ」

「そうですか」とライナが洩らした。

「しかし動機の話を続けよう。今の話でカスカート氏の動機はわかった。裏切りを働いたウィンベリーとギャスケルに自ら復讐を遂げたかった可能性だ。そして復讐は成された。ではマクソンの死を望むような、同じくらい激しくはあるがまったく別の動機を持っているのだろうか」

 マクソンが驚きで鼻を震わせた。ライナは微動だにしなかった。伯父は葉巻をふかした。「ペッピンジャーの取引はビジネスだった」と伯父は言った。「完全なビジネスだ。しかも最後にはすべてうまくいった。わたしはいつもそうだ。なぜ殺さねばならぬのだ?」マク・ダフはいつものように辛抱強く耳を傾けていた。声の変化を聞き逃すまいとしている。「ビジネス間の復讐はビジネスによって成されるものだ」伯父の声は丸みを帯びていた。「流血はない。破産の宣告の方が、死の宣告よりも遥かに効果的かつ適切だ」ダフは続きを待っていた。「ゲームのようなものだ」

「なるほど」マク・ダフが飛びついたようにも聞こえた。「さようですか。聞くところによると、あなたはパチーシに負けたそうですが」

「めったにあることではない」伯父はそう言って笑い声をあげた。追いつめられてはいても笑わずにはいられなかったのだろう。

「さて」ダフは変わらぬ調子で先を続けた。「今の話でマクソン氏の動機がわかった。ウィンベリーとギャスケル及びカスカートに自ら復讐を遂げたかった可能性だ。とりわけカスカート氏にですかな。それについてはまた後ほど」

「でたらめよ」そう言ってライナが拳を噛んだ。強張ったままのマクソンの顔は、わたしたち全員を敵に回して迎え撃とうと覚悟しているようにも見えた。

「わかった範囲の話では、ギャスケルにはウィンベリーを殺す動機がない」ダフが言った。「それに、ギャスケル自身も同一犯の手にかかったと考えてみよう。当然そうだとわれわれは思い込んでいるようだが。ギャスケルにはわかったはずだね?」見回したダフの顔に向かい、わたしたちはうなずいた。「よろしい。四人の男がペッピンジャー事業の経営者だったわけだが、実は話には続きがある」いったん言葉を切ったダフの顔が強張っていた。「実は存在しているのだ。強い動機を持つ、第五の人物が。特製キャンディの製法を開発した人物は、グレイヴズという若い男だったらしい」そこで一呼吸おいた。「ハーバート・グレイヴズ」口を利くものはいなかった。

「販売会社に買い切りで製法を売った時点では彼も幸せだった。そう考えておる。というのも、買い切りで製法を売り、結婚して新居を構えたのだ。お伽噺のようにずっと幸せに暮らすつもりで。ところがそううまくはいかなかった。素寒貧になってしまったらしい。彼の書いた手紙を見つけたよ。自分の権利が他人に奪われていたことに気づいて、莫大な利益の分け前を、ときに要求し、ときに無心していた。ウィンベリーのファイルにも何通かあった。敵意と憤りが端々に感じられた。彼の要求は叶わなかったのでしょうな?」

「その通りだ」伯父が答えた。「奴は製法を売ったのだ。代金はとうに支払われている」

「あいつに権利はなかった」マクソンが言った。「覚えているよ」

「奥さんが亡くなったことは覚えておりますか?」

「ああ、そうだ」伯父がため息をついた。「そのことを考えていた」

「グレイヴズはお金がほしかった。自分のためではなく、妻を助けるために。非常にお金のかかる難病だった」

「どちらにせよ助かる見込みはなかったのだ」伯父の声は冷静なものだった。「病気の治療法が見つかっているのなら、治療費は下がるものだ」

「しかし彼がどう思ったのかおわかりですか?」ダフが大胆な質問をした。

奴がどう思ったかだと? ああ、もちろんだとも」伯父と目が合った。わたしが驚きと怒りを感じたのを読みとっていることだろう。「グレイヴズのような者たちは」とわたしに説明を始めた。「物事がどう動いているか知らんのだ。思うことしかせん。我々の成功を目にして、自分の素晴らしい努力のおかげだという結論に飛びつくのだ。我々の努力のことなど考えもせん。同じような専門家の集団がほかの製法を見つける可能性もだ……うむ、つまり……その考案者は誤解しているのだが、大衆が望む味の商品を作るだけでいいと思っているのだ……」言葉は馬鹿にするような口調になって消えた。

「奥さんが病気だってことは知ってたんですか?」J・Jが口を滑らせた。

「手紙にはそう書かれていた。誰もがそういった類のことを書くものだ。違うかね」今や伯父の声は自信なげに小さくなっていた。「のう、ダフくん、聞いた話をそっくりそのまま即座に信じることなど不可能だ。わかるだろう」

 マクソンが怒りの声をあげた。「人間は病気になるものじゃないか。死ぬことだってある。誰のせいでもないよ。ぼくらを責める権利なんかない。お金が必要なら、また別のものを考案すればよかったんだ」

「できるもんか」J・Jが言った。「自分の妻が死にかけているんだ。それどころじゃないだろうさ」

「お気の毒だけど、やっぱりぼくらのせいではないよ」

「わたしの犯した失敗はもっとひどいものだ」伯父が言った。「覚悟はしていても、利益を手にする者だとて、非難されるのがうれしいわけではない。間の悪いことに、ちょうどその数か月は難問が山積みでな。販売、転売の繰り返しだった。忙しかったのだ。それでも、一段落ついた時点でわたしとしては、この手で選んだ医者に彼女を診せようと申し出たのだ。本当に病を煩っているのであれば、治療費をどうにかするつもりでな」

「あなたの善意は」ダフが話を引き取った。「遅すぎた。奥さんは死んでしまった」

「それはわかっている」伯父がため息をついた。「失敗だった。やるべきことが何であるのか確実にわかってでもいないかぎり、善意は失敗に終わることが多いのだ」

 わたしは善意のことを考えていた。父親のことを考えていた。初めに与え、そののち問いを投げかける。父が日々のパンを誰かに与えていたおかげで、わたしが与えずにいたもののことを、考えていた。誰もに。わたしは父のことを考えた。一生を通じて利益も非難も受けなかったであろう父。わたしのなかの父の血が、カスカートの血を否定した。それが母の血であっても。母はよく舌を鳴らして言っていた。聖人さまは結構だけど、一緒に暮らすには聖人のような忍耐力が試されるんだよ。

あなたのせいじゃない」マクソンが言った。

「グレイヴズは」ダフがマクソンに言った。「あなたがたのせいだと思ったのだよ。彼らが住んでいた土地の地方新聞に彼女の死に関する記事が見つかった。記者によって控えめに表現されていたがね。しかしだ、グレイヴズがどう思ったかは書かれていた――はっきりと。印刷物に潜んだ人の感情を読みとるのが身についてしまったのでね。そこにあるものが読みとれた。非常に残念なことに、特にカスカート氏を糾弾していた。申し出が三日ばかり遅かったのがその理由だ」

「なぜです?」マクソンがたずねた。「なぜ特に? 少なくともチャーリーは充分親切だったと――」

「失敗だった」と伯父がつぶやいた。その瞬間、マクソンが底なしに愚かなことがはっきりわかった。いくら鋭く賢そうに見えようとも、人の感情を理解できないし、することもないのだろう。申し出が遅すぎたからといって伯父を非難するのは、妥当でもフェアでもないかもしれない。でも、苦しみで手の施せないほど火のついた激しい怒りは、もうどうにもならないのだ。なぜなら伯父が結局は援助を申し出て、それが遅すぎたから

 伯父が口を開いた。「ハーバート・グレイヴズはどうなったのだ? 続けてくれ」

 ダフが答えた。「まだほとんどわかってはおりません。いろいろ電話をかけてみたのだが、すぐに手詰まりになってしまった。しかしみなさん、まだどこかで生存していると考えているのでしょうな。おそらく――」ダフの話し方は控えめなものだったが、わたしたちはそう考えざるを得なかった。「彼はいる。この近くに。この町に。一昨日の夜あの窓の下にいて、二人の敵がずいぶんと偉そうにタクシーに乗り込み、もう一人が歩み去るのを見ていたのかもしれない。そのとき、文字どおり天からペッピンジャーが三つ、足許に落ちてきたのかもしれない」

「三つか」伯父がつぶやいた。

「三つですな」ダフも繰り返した。「しかし敵は四人だ。おそらくそのためだったのでしょうな。四人目の男、すなわち一番の仇に、ほかの三人の死の罪を着せようとしたのは」

「ほかの三人だって!」マクソンが椅子から飛び上がって叫んだ。

「あなたは非常に危険な状態にいるのですぞ、マクソンさん。さもなくばあなたが殺人犯だ。そうなるとカスカートさん、あなたが非常に危険だ。さもなくばあなたが殺人犯だ。差しあたりどちらの見解が正しいのかはわかりません。無論あなたがたご自身はご存じでしょう。それから――」とダフはヒュー・ミラーを振り向いた。「確かあなたは化学者でしたな?」

「そうです」

「となるとあなたがハーバート・グレイヴズなのかもしれませんな。ずっと考えておりましたよ」

 ヒューが眼鏡を外し、飽きたように目をこすった。「どういうことです?」弱々しくたずねた。

「率直に言えば、あなたがそうなのかわからんのですよ」ダフは穏やかに続けた。「そうでない可能性も充分にある。無論、明らかにするつもりですぞ。今や正式に雇われておるのだから、必要な助手を雇うこともできる」

「ぼくはセントポールの生まれです」ヒューが答えた。「ハドソン街でした。そこの公立学校に通いました。父の名はサム。サミュエル・ミラー。母はメアリ・アン・コンスタブル。ぼくはウィスコンシン大学に通っていました。二年目の終わりに父が死んだため帰郷しました。グレート・ノーザン鉄道で働いていました。八年後、母が死んだときそこを辞めて東海岸にやって来たんです。一年間は日中働いて夜学に通うつもりでした。ウィンベリーと会ってそれもあきらめました。ぼくの身元はウィンベリーのところに保管されているはずです。調べてみてください」

「調べているところだ。結婚歴はないのだね?」

「ええ」

「おいつくかな?」

「三十二です」

 J・Jがくしゃくしゃの紙切れに急いでそれを書きつけた。わたしはふたたびJ・Jの手に触れた。ヒューを見て、これはマク・ダフの策略なのだと判断した。

 でもなぜ? こんな当てずっぽうで何が得られるのだろう? ハーバート・グレイヴズがわたしたちのなかにいたと仮定することが、何の助けになるのだろう? この家の誰かが、ハーバート・グレイヴズ自身ではなく、その代行者なのだろうか? これは策略なの? 大丈夫、ジョーンズは本名だ。電話帳のジョーンズのページに、ほかの本名ジョーンズさんとともに載っている。それに、コックの知り合いの警官と知り合いだから裏庭に入れたというのはどうなる? それに……。

「ハーバート・グレイヴズは今はもうだいぶ年を取っているんじゃないの?」わたしは口に出した。

「三十五から四十のあいだだな」伯父が答えた。マク・ダフがその答えに直ちに反応したのが見えた。

 そのあいだもマクソンは暗算でもしているように虚空をにらんでいた。「そう、確かそうだよ」

「おそらくお二人とも、これだけ長い年月が経ってもグレイヴズを見わけられると考えているのなら、そのようにおっしゃるはずでしょうな」マク・ダフが喉を鳴らした。伯父のはねた眉が上下し、マクソンが驚いたように見つめた。

「話を続けましょう」ダフが言った。「証拠について検討いたしましょうかな。あなたがた三人の――さよう、三人の――誰かが犯人であるかもしれぬ、その理由を明らかにいたしましょう。動機についてはすでに扱った――」

「ぼくが何者なのかを証明したとしても、ぼくはそいつとは別人です」ヒューが言った。今まで何の話をしていたのかをようやく理解し始めたみたいに、怒りを帯びていた。

「確証は何もない」ダフは落ち着いて説明している。「お察しの通りだ。われわれにできるのは、いわゆる論証というものだ。間違える可能性はない……皆無だ。起こったであろうことを明らかにし、それを論破できるかどうか確かめようではないか。まずはカスカート氏の有罪を示唆するものについて考えよう。

「第一に、目撃者の前で赤い駒を三つ窓から投げ捨てている。この子がいたことには気づいていたのかね、カスカートさん?」

「いや」伯父の青い目が冷たくわたしに注がれた。

「われわれの知るかぎりでは、その夜十二時四〇分から二時までのあいだ、誰にも目撃されていない」

「わたしがどこにいたのか聞きたいのかね? それともまずは一通りお話ししたいのかね?」

 滑らかな声のなかにも嘲りが潜んでいた。嘲りと余裕。だがマク・ダフは一切反応しなかった。コーヒーにミルクを入れるかどうかたずねられでもしたように、あっさりと答えた。「聞かせてくださいますかな」

「部屋にいた」

「お眠みに?」

「いや」

「服は脱いでいましたか?」

「途中まではな」

「それを証明してくれる人は?」

「おらぬ」

「ありがとうございます。こんな話をしてみましょう。カスカート氏は怒っているのですな。その晩、ウィンベリーにひどく悩まされたというわけです。あまつさえゲームにも負けた。仮に、感情が高ぶりパチーシの駒を窓から投げたとしておきましょうか。その後、ここで失くしたミラーの鍵を見つけるとしますぞ。十二時四〇分ごろ、こっそりと家を出る。寄り道して赤い駒を拾う。その後、角まで歩いてタクシーを拾い、ブロードウェイ一〇八丁目まで向かう。一時〇八分にウィンベリーの家に入る。ウィンベリーだと思い込んだピーター・フィンに声をかけられる。何かつぶやいておいてオフィスに向かう。書類棚から銃を取り出す。保管場所はご存じでしたな?」

「おそらく」

「一時十五分に、ウィンベリーが自分の鍵を用いて入ってくる。カスカート氏が『ペッピンジャーの取引を覚えているか?』とたずねる。あるいは、鼻先に赤い駒を突き出し――」

 伯父が笑いを漏らした。ボリス・カーロフのような笑い声だった。「フ、ハ、ハ、ハ」という高らかな声が響く。数多の悪役のパロディのようでもあったが、ぞっとするものがあった。傲岸、豪放、憤懣、嘲笑、情け容赦ない毒気に、わたしは気も狂わんばかりだった。ライナの顔が青ざめ、目が閉じた。

「ありがとうございます」ダフは穏やかに告げた。要するに、伯父の嘲りは防御であり、マク・ダフの穏健は攻撃なのだ。「一時十六分に、銃が撃たれる。カスカート氏は倒れた男の帽子と外套を脱がして掛けておく。部屋に入った順序をごまかすためですな」

 伯父が姿勢を正した。「なぜだね?」

「無論われわれにはわかりませんな。おそらく、タクシー・ドライバーに指を見られたことを思い出したのでしょう。あるいはほかに理由があるのでしょうとも」伯父が口をへの字に結び、ダフもそれに気づいたはずだ。「いずれにせよ、カスカート氏は外に出て、まっすぐ車道に向かう。またタクシーを拾ったか、地下鉄に乗るか歩くかして、家に戻った二時ごろかかってきた電話に出る。報せを聞くとショックを受けて見せ、ただちに家中に知らせる。その時間ここにいたことは家族に目撃されている」

「わたしはずっとここにいた」伯父の声はいつの間にか挑戦的というより思索的なものになっていた。

「ではどうして一回目の電話に出なかったのです!」ヒューが声を出した。「どうしてです? 眠ってはいなかったと仰ったでしょう」

 伯父の目が面白そうにヒューに注がれた。怒りはすっかり収まったようだ。「わたしは一回目の電話に出たのだ」上機嫌で答えた。

「いつのことですかな?」ダフが即座にたずねた。

「二回目の電話がかかってくる前のことだ」煙に巻いておいて相手の出方を待っている。

「どのくらい前です?」ダフは非常に辛抱強くたずねた。

「十分だ。包み隠さずお教えしよう。一〇八丁目のドラッグストアに確認したのだ」

 ダフの視線が下を向いた。「ありがとうございます。たいへん結構です」

 このラウンドはどちらが勝ったのか見当がつかなかった。伯父は電話の間隔を正確に知っていたけれど、どうやって知ったのかはおろか、部屋にいでじっとしていなかったことまで打ち明けた。だがマク・ダフは、伯父が薬屋と話していたことや、おそらくは話の内容も突き止めたのだ。つまり……だけど展開が早すぎて、わたしには真相が見えなかった。

「電話に出たと仰いましたな」

「交換手から、相手と電話がつながらないと聞かされた」

「その交換手を見つけられるといいのですが」

「時間の問題だ」

「さよう。時間ですな」ダフはその言葉に沈黙の覆いをかけてから、話を続けた。「まさにそこです。ウィンベリーが言った『見いへん』という言葉だ。おそらく『見えへん』という意味なのではないかと考えております。というのも、眼鏡が曇って見えなかったのでしょうな。おたずねしたい――」ダフは急にヒューに向き直った。「その晩あなたが部屋に入ったとき、あなたの眼鏡も曇ったのでしょうな?」

「ええ。もちろんですよ」

「オフィスの鍵穴は見つけられたのでしょうかな?」

「それは慣れですよ。ぼくも開けられましたから」

「それはつまり」穏やかながら、伯父の声には不満があった。「ハドソンには赤い駒が見えなかったということか? それでは誰かが織り上げたといういろいろな問題――復讐という構図はどうなる……?」

 ダフが目を瞬かせた。「それは予測できませんからな。同じく、何を言い残されるのかも予測できません。あなたは彼が死んだと思っていたに違いないのですからな」

「わたしがそこにいたのなら、おそらく奴は死んだと思っただろうな」伯父はいとも軽やかに挑発をくぐり抜けた。

「ダフさん」ライナが言った。「証拠がありません。何一つありません」

「仰っているのは確証のことでしょうな。さよう。あるにしても間接的証拠だ。でたらめである可能性を調べるためにわたしを雇ったのでしたな?」ライナはうなずいた。四本の指で親指を強く握りしめたまま、ひたすら成り行きを見守っていた。

「よろしい。ガイ・マクソンが彼を罠にはめたと仮定してみましょう。あの晩、マクソン氏は玄関でぐずぐずしていたそうですな」

 ライナは戸惑ったように慌ててうなずいた。

「つまり、赤い駒が落ちてきたときにも、玄関口にいたのかもしれませんぞ」

「天から落ちてきたんだ」ヒューがつぶやいた。

 ダフの顔に何かが浮かんだ。目元の筋肉がぴくりと動き、顎がわずかにずれた。

 マクソンは頭を反らし、偉そうに鼻先から見下ろした。「ぼくはそんなもの見てないよ。五番街を通ってから五十九丁目を渡ったんだ。セントラル・パークは好きじゃないから」

 ダフはなおも仮定の話を続けた。「マクソン氏が駒を拾ったと仮定しましょう。そして件のタクシーを拾った。カスカート氏の小指を真似るのは容易いことだ」まさにその通りに、わたしは指を強張らせてみた。こんなにも容易いことなのだ。

「そんなにしてまでわたしを巻き込みたかったのか?」

「そんなにしてまでですな。彼は――」

「鍵がないじゃないか!」マクソンが勝鬨をあげた。「どう説明するんだい?」

「おそらく持っていたのでしょうな」ダフは相手にせず続けた。「確実なことなどありますかな?」

「おそらく明日には空も落ちるだろうね」マクソンが薄い口唇を噛んで憎々しげに言った。「『おそらく』だったら何でもできる」

「実を言えば、われわれはあらゆることを『おそらく』しておるのですよ」そう言ってダフは笑みを浮かべた。初めて見た笑顔だ。マクソンの興奮も多少収まったようだ。わたしたちみんな。真っ暗な道の遥か前方に光が見えた気がした。何があっても進むべき先を照らしてくれる光だ。「その後の行動は一緒ですな。中に入り、銃を見つける。ウィンベリーの家のことはよく知っていたでしょうな?」

「いいや。銃を持っていたことも知らなかったよ。行きもしなかった。少なくともここ何年かは行ったことがないはずだ。ぼくを見かけたことはないだろう、ヒュー?」

「ええ。ぼくの知っているかぎりでは、あなたが来たことはありません」

「カスカート氏は一度ならず訪れていたのかね?」

「ええ」

「一度もないわけではないといった程度だ」伯父が口を挟んだ。「何度もではない」

「しかし一度もなくはない」ダフがつぶやいた。

「ちょっと待って。一ついいかい」マクソンが勢い込んで話した。「気づいたことがあるんだ。なぜぼくは帽子とコートを脱がせたんだ? タクシー・ドライバーに曲がった指を見せたくないという理由は、ぼくには当たらない。むしろ見せて気づかせたいはずだよ。タクシーに乗っていたのがぼくだとしてね。それをチャーリーだと思わせたかったんだから。でも違うけどね。ぼくじゃない」

「まだわからないことの一つが」ダフがしぶしぶ認めた。「犯人がウィンベリーの外套を脱がせた理由なのですよ」

「理由があるはずだ」伯父が鷹揚と口にした。

「さよう。理由はあるはずですぞ。事実ウィンベリーが最初に帰ってきて、自分で脱いだのでなければ」

「それが犯人の狙いだったんでしょう」ヒューが言った。

「マクソン氏のケースをもう少し考えてみましょう」ダフのひと声でわたしたちは話に引き戻された。「あなたは一時二七分にホテルに到着した。ここから歩くのに一時間あまりかかっておりますな?」

「きっとだいぶのんびり歩いていたんだよ」マクソンの声から急に勢いがそげ、身を守るように傲然と鼻先から見下ろした。

「あなたは三番目に上がったのでしたな。パチーシの勝負で。ウィンベリーが勝ち、初めに死んだ。ギャスケルは二番目だった」マクソンが瞬きした。「負けるのは嫌なものでしょうな?」

「負けるだって! ぼくは負けてない。勝ったんだ!」

 ダフはうなずき、態度を変えた。伯父の冷たい視線がマクソンに向けられていた。「ガイはビリになることが多かった」ささやきとも紛うほどにひそめられているのに、それでも言葉はベルのように響いた。「ガイにとって三番というのは勝ちに等しいのだ。こやつは誰も殺してない」

「そう考えてよろしいのでしょうな。マクソンさん、気をつけることですぞ」

「ずいぶん急だね」ガイ・マクソンが言った。「悪役からは降板かい」

「というのもですな。あなたがどうやってカスカート氏を巻き込むことに成功したのかが、わからんのですよ」ダフは弁解するように答えた。「しかもこれほど効果的に巻き込まれたわけですからな。それにですぞ、犯人がカスカート氏ではないとすると、誰か別人が犯人であるはずだ――一例をお聞かせしましょう。例えば、いかにしてヒュー・ミラーが一連の犯罪を行い、その間カスカート氏に目をつけていたかを」

「ぜひ頼む」伯父がぽつりと言った。


Charlotte Armstrong『Lay On, Mac Duff!』CHAPTER 14 の全訳です。


Ver.1 07/07/06

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