この翻訳は翻訳者の許可を取ることなく好きに使ってくれてかまわない。ただし訳者はそれについてにいかなる責任も負わない。
翻訳:東 照
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ジョゼフ・バルサモ

アレクサンドル・デュマ

訳者あとがき・更新履歴
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第百六章 魂と肉体

 誰もが驚きの目で患者を見つめ、感嘆の目で医者を見つめていた。

 二人とも気が狂っていると言い出す者もいたくらいだ。

 マラーはそうした考えを汲んでバルサモに耳打ちした。

「恐怖のあまり正気を失ってしまったのですよ。そのせいで痛みを感じていないだけです」

「そうは思わんな。正気を失ったどころか、尋いたらちゃんと答えてくれるだろうぜ。死ぬのだとしたらいつ死ぬのか、生き延びるとしたら快復期はいつまで続くのか」

 マラーもほかの者たちと同意見だった。確かにバルサモも患者も気が狂っている。

 そうしている間にも、外科医は血の噴き出る動脈を懸命に縛ろうとしていた。

 バルサモはポケットからガラス壜を取り出し、ガーゼの上に数滴の液体を垂らすと、そのガーゼを動脈に当てるよう外科医に伝えた。

 外科医は目を輝かせて言われた通りにした。

 当代有数の臨床医であり、心から科学を愛する人間であったので、科学上の謎を捨て置くことはなく、偶然なんてものは不信の出がらしに過ぎないと考えていた。

 ガーゼを押し当てると動脈が震えて泡立ち、血の流れが緩やかに変わった。

 そのおかげで血管を縛るのも極めて容易になった。

 この瞬間、バルサモは間違いなく勝利を収め、口々に質問を浴びせられた。曰く、いったい何処で学んだのか、如何なる流派の者なのか。

「俺はゲッティンゲン派のドイツ人医師だ。俺が発見したことについてはご覧の通りだ。だが同じ医師として頼みがある。この発見はまだ秘密にしておきたいのだ。何しろ薪が怖いんでね。パリ高等法院なら魔女を火あぶりにする味を忘れられずにまた同じ判決を出しかねんからな」

 外科医は先ほどから呆然としたままだった。

 マラーも呆気に取られて考え込んでいた。

 それでもようやく、誰よりも先にマラーが口を開いた。

「先ほど仰いましたね。手術の結果を患者にたずねたなら、結果がどう転ぶかわからない今の段階で確実に答えてくれるだろうと」

「何度でも言ってやる」

「わかりました」

「患者の名前は?」

「アヴァールです」マラーが答えた。

 バルサモはなおも悲しげな調べを繰り返していた患者に向かってたずねた。

「今のアヴァールの状態を見て、今後どうなるか判断してくれ」

「今のアヴァール? そのためには、私のいたブルターニュから彼のいる施療院に帰らなくてはなりません」

「まさにそうして欲しいのだ。施療院に入って、アヴァールを見て、わかる事実を教えてくれ」

「あっ、怪我人です。かなりの重傷で、足が切断されています」

「確かだな?」

「はい」

「手術は成功したか?」

「成功しました。ですが……」

 患者の顔色が曇った。

「だが、何だ?」

「ですが、高熱という恐ろしい試練が待ち受けています」

「いつ?」

「今晩七時です」

 誰もが顔を見合わせた。

「高熱の結果どうなる?」バルサモがたずねた。

「熱のせいでひどく苦しみますが、最初の発熱は乗り切ります」

「間違いないな?」

「ええ、間違いありません」

「その後で助かるのか?」

「残念ながら、違います」患者はため息をついた。

「熱がぶり返すんだな?」

「そうです! 考えられないほどの高熱が。哀れなアヴァール、可哀相に、妻も子らもあるのに!」

 患者の目に涙が浮かんだ。

「すると妻は寡婦になり、子供たちは孤児になるんだな?」

「待って下さい!」

 患者は手を合わせた。

「いえ、違います」

 患者の顔が敬虔な輝きに満たされた。

「妻と子らの篤い祈りが報われ、アヴァールに神の恩寵がもたらされました」

「では快復するのか?」

「ええ」

「お聞きの通りだ、諸君。患者は快復する」

「何日かかるのか尋いて下さい」マラーが言った。

「何日かかるかだと?」

「ええ。快復期がどんな段階を踏んで何日かかるのか、患者自身が答えてくれると仰ったではありませんか」

「それをたずねるにくはないな」

「ではおたずね下さい」

「アヴァールが全快するのはいつになる?」

「そうですね……快復期は長くなります……そう、一か月、六週間、二か月……此処に運ばれたのが五日前でしたから、出て行くまでには二か月と二週間になるでしょう」

「全快して出て行くんだな?」

「はい」

「ですが、働くことが出来ない以上、妻と子を養うことも出来ないではありませんか」とマラーが指摘した。

 アヴァールが再び手を合わせて答えた。[*1]

「そのことなら、慈悲深い神が目を掛けて下さいます」

「神がどのように?」マラーがたずねた。「今日はせっかく学びに来ているのだから、それも学んで帰りたいものですね」

「神は枕元にアヴァールを憐れむ優しい人間をお遣わしになり、『哀れなアヴァールに不自由をさせるつもりはない』と囁かれました」

 皆が顔を見合わせ、バルサモがニヤリと笑った。

「実に奇妙な光景だが」と外科医は言って、患者の手を触診し、胸の音を聴き、額に手を当てた。「この男は夢を見ているのだ」

「そう思いますか?」

 バルサモは威厳に満ちた猛々しい眼差しを患者に向けた。

「起きろ、アヴァール!」

 若者はぎこちなく瞼を開き、驚いて医者たちを見つめた。みんな先ほどまでの威圧感が嘘のように、すっかりおとなしくなっているではないか。

「まだ手術してなかったんですか? まだ苦しませるつもりなんですか」患者が辛そうな声を出した。

 バルサモが急いで声をかけた。昂奮させるのはまずい。だが慌てる必要もなかった。

 というのも、ほかの者たちは口も利けないほど驚いていたからだ。

「まあ落ち着いて聞いてくれ。執刀医の先生があんたの意向に沿う形で足の手術をおこなったんだが、どうやら気力が衰えていたらしいあんたは、メスを入れる前に意識を失ってしまったんだ」

「それは却ってありがたい」患者が嬉しそうな声を出した。「何も感じませんでしたよ。むしろ意識を失っている間は快適でしたし元気も取り戻せました。運がよかった! 足を切られずに済むんですから」

 だが次の瞬間、患者は自分の身体に目をやり、血塗れの手術台と切断された足を見つけた。

 悲鳴をあげて、今度こそ本当に意識を失った。

「声をかけてくれ」バルサモは落ち着いてマラーに命じた。「返事があるか確かめるんだ」

 そうして看護婦たちが患者を寝台に改めて寝かせている間に、バルサモは外科医を部屋の隅に引っ張って行った。

「先生、患者の言ったことはお聞きになりましたね?」

「ああ、快癒すると言っていた」

「それだけではありません。神が慈悲をかけて下さり、妻と子供を養うのに必要なものを用意すると言っていましたよ」

「どういうことです?」

「つまり患者は、ほかの点と同様にこの点でも真実を口にしたということです。就いてはあなたには患者と神の間の慈悲を取り持つ役目を担ってもらいましょう。此処に二万リーヴル相当のダイヤモンドがあります。患者が快復した暁には、これを売ってお金を渡してもらいたい。生徒さんのマラーがいみじくも言っていたように、魂というものは肉体に多大な影響を与えるものですから、アヴァールが意識を取り戻したらすぐに伝えて欲しい。あんたと子供の未来は保証されていると、しっかり伝えて欲しいんです」

「だが……」外科医は差し出された指輪に手を伸ばすのを躊躇った。「快復しない可能性も……」

「必ず快復します!」

「それはそれで、受け取りをお渡ししなくては」

「そんな必要は……」

「こんな高価な指輪をお預かりするのだから、それだけは譲れません」

「ではご自由に」

「お名前は?」

「フェニックス伯爵」

 外科医が隣室に移動したところで、マラーがバルサモに歩み寄って来た。憔悴して困惑しながらもなお目の前の事実と折り合いをつけようとしているのが窺えた。

 その五分後、戻ってきた外科医が携えて来た紙片をバルサモに手渡した。

 次のような文面の受け取りであった。

 

『当方フェニックス伯爵より、二万リーヴル相当と申告のありしダイヤモンドを受け取るもの也。アヴァールなる者の施療院より退院する日、その価値通り引き渡さるるものとす。

 医学博士ギヨタン、一七七一年九月十五日』

 

 バルサモは外科医に頭を下げると受け取りを預かり、部屋を出た。マラーも後に続こうとした。

「大事な頭を忘れているぞ」とバルサモが指摘した。この医者の卵氏が放心状態に陥っているということは、即ちバルサモの勝利であった。

「ああ、そうでした」

 マラーはおぞましい荷物を回収した。

 通りに出ると、二人とも物も言わずに足早に歩き続けた。コルドリエ街に着くと、急な階段を二人して上り、屋根裏に向かった。

 門番部屋――その穴蔵が部屋と呼べるような代物であればだが――部屋の前まで来ると、時計を失くしたことを忘れていなかったマラーは、立ち止まってグリヴェット夫人を訪ねた。

 七、八歳の痩せこけたみすぼらしい少年がキンキン声でそれに応えた。

「母ちゃんは出かけてるよ。先生が戻って来たら、この手紙を渡せってさ」

「いや、自分で持って来るように言ってくれないか」

「了解」

 マラーとバルサモは先に進んだ。

「参りましたよ」マラーはバルサモに背もたれ付きの椅子を勧め、自らは足台に身体を預けた。「とんでもない秘密をご存じだったんですね」

「他人より早く、自然や神の秘密に分け入っていたに過ぎんよ」

「何を言ってるんですか。人間が全能であることを科学が証明したんですよ、人間であることを誇りに思わなけりゃ噓ですよ!」

「そうだな。そして医者であることを、とつけ加えなくては」

「だからあなたのことも誇りに思ってますとも、親方マスター

「そうは言っても、俺は魂の医者でしかない」バルサモはニヤリと笑って答えた。

「物理的に血を止めておいて、それは通りませんよ」

「痛みを感じさせないのが最善の治療法だと考えていたからな。患者が正気を失ったとお前が断言したのも間違いじゃない」

「一瞬だけそうだったのは確かです」

「狂気とは何だ? 魂が何処かに行ってしまうことではないのか?」

「或いは精神が」

「それはどうでもいい。俺の探している言葉を魂と呼んだ方が都合がいいだけだ。モノが見つかってしまえば、それがどう呼ばれようと構わん」

「それには同意できませんね。モノは見つかったからもはや探しているのは言葉だけだと仰いますが、言葉とモノの両方を探すべきではありませんか」

「そのことは後で話そう。狂気とは一時的に精神が何処かに行ってしまう状態のことだと言ったな?」

「その通りです」

「意思とは無関係に、だな?」

「そうです……ビセートルで狂人を見たことがありますが、鉄格子を齧りながら、『おい料理人、この雉の肉は柔らかいが味付けはイマイチだな』と叫んでいました」

「しかしだな、狂気とは精神をよぎる雲のようなものであり、雲が晴れれば精神も初めの明るさを取り戻すとは思わんか?」

「そうなることは滅多にありません」

「だがさっきの患者は狂気の眠りから覚めて、完璧に理性を取り戻したではないか」

「確かに目にしましたが、自分の見たものがまったく理解できないのです。あれは極めて稀な事例であって、ヘブライ人が奇跡と呼ぶ類の出来事なのでしょう」

「それは違う。あれはただの魂の不在であり、肉体と精神が共に孤立していたに過ぎん。肉体とはそれ自体が生きているのではなく、いずれ塵に還る塵なのだ。魂とは人体という龕灯に一時的に仕舞われた聖なる煌めきであり、いずれ肉体が朽ちれば天に還る天の御子なのだ」

「つまりあなたは一時的に魂を肉体から取り出したと言われるのですか?」

「そういうことだ。俺は魂に向かって、囚われている惨めな場所から離れるように命じてやった。痛みに縛りつけられていた苦しみの淵から引き出して、穢れなき自由な場所へと羽ばたかせてやった。だとしたら、外科医に残されていたものは何だったんだろうな? 死んだ女からその頭部を切り離した時メスに残されていたもの、つまりはただの動かない肉の塊、ただの物体、ただの土くれに過ぎん」

「ならば如何なる力で魂を操ったというのですか?」

「息吹によりあらゆる魂を創造した者の力によって。あらゆる世界の魂とあらゆる人間の魂を創造した、神の力によって」

「ではあなたは自由意思を否定するのでしょうか?」

「俺が? 否定どころか、俺が今したことを見なかったのか? 自由意志と離魂状態、それぞれ見せてやったつもりだったが。ひどい苦しみに冒されて死にかけている患者がいた。気丈な魂の持ち主だったから、手術を受け入れ、挑み、耐え、それでもなお苦しんでいた。これは自由意志によるものだ。だが患者のそばには俺がいた。神の遣いにして預言者にして使徒であるこの俺が、同胞を哀れに思い、主から授かった力を使って苦しみに苛まれている肉体から魂を取り出せば、その何も見えず動くこともなく感覚もない肉体が、魂から見れば澄み切った世界の上から信仰と慈悲の心で見つめる対象となるのだ。アヴァールの言ったことを聞かなかったのか? アヴァールは自分のことを『哀れなアヴァール』と呼んだ。『私』とは言わなかった。あれこそつまり、患者の魂がとうに肉体と離れて天に近いところにいた証拠ではないか」

「ですがそうなると、人間なんて何の価値もなくなってしまいます。独裁者に向かって『肉体を自由にすることは出来ても魂はどうにも出来ぬぞ』と言うことも出来ないじゃありませんか」

「また事実を詭弁にすり替えたな。悪い癖だと言ったはずだぞ。神が肉体に魂を貸し与えているのは事実だが、魂が肉体に宿っている間は常に二つは一体であり、肉体が精神を支配したり精神が肉体を支配したりして互いに影響を及ぼし合っているから、神は人間にはあずかり知らぬ意図に従って肉体を王にも出来るし魂を女王にも出来るというのもまた事実だ。それに乞食を活かす神の息吹が王様を殺す神の息吹と変わらず清らかなのもまた事実。これこそがお前ら平等の使徒が説くべき教義だよ。霊的存在には上も下もないことを証明してみせろ。聖典に伝承、科学に信仰といった、ありとあらゆる神聖なものの助けを借りれば明らかに出来るはずだ。肉体の上下関係に意味はない。誰の肉体であろうと人間の世界では飛ぶことは出来んが、魂なら誰のものであろうと神の世界で飛ぶことが出来る。さっきあの哀れな怪我人、無智なる人の子は、自分の容態について、医者たちの誰も言おうとしなかったことを口にしただろう? それは何故だ? 魂が一時的に肉体の軛から離れて空中を漂い、蒙昧な人類から隠されていた神秘を高みから見下ろしていたからだ」

 マラーは卓上に置いた死者の首をいじくりまわしながら、何とか答えを見つけ出そうとしていた。

「そうですね。そこには何か超自然的なものがあるのでしょう」ようやく言えたのはそれだけだった。

「いいや、自然だよ。魂というものが持っている機能と運命に基づくものを超自然と呼ぶのはよせ。こうした機能は至って自然なものに過ぎん。人に知られているかかどうかは別の話だがな」

「我々には知られていないその機能も、あなたには謎でも何でもないのでしょう。ペルー人には知られていない馬も、飼い馴らしているイスパニア人には馴染み深いように」

「『知っている』と言っては傲慢に当たるだろうな。もっと謙虚に『信じている』と言おう」

「では何を信じているというのですか?」

「「何よりも強く優れた原理とは進歩という原理だと信じている。神の創造とは幸福や徳を目的としたものだと信じている。ところがこの世界の寿命は計り知れないほど長いから、進歩の足取りは遅いのだ。聖書によれば、この地球が六十世紀を数えた頃になってようやく印刷術が生まれ、巨大な灯台のように過去を顧み未来を照らした。印刷術のおかげで蒙も啓け、智識が失われることもなくなった。印刷術とはこの世界の記憶だ。グーテンベルクの印刷術発明によって俺はまた安心できるようになったんだ」

「どうやら将来的には心を読めるようにもなりそうですね?」マラーが冷やかすようにたずねた。

「出来ない理由はない」

「では哲学者たちがあれほど覗きたいと願っていた小さな窓を、人間の胸に開けるつもりですか?」

「それには及ばん。肉体から魂を切り離せばいい。そうすれば魂という純粋にして無垢な神の御子が、命を吹き込む必要のあるその動かぬ皮袋の悪事をたっぷりと教えてくれる」

「物質的な秘密も明らかに出来ると?」

「いけないか?」

「例えばですが、私の時計を盗ったのが誰かわかるのですか?」

「科学の領域を随分と引き下げてくれるじゃないか。まあいい。神の偉大さを証明するには、砂粒だろうと山だろうと変わらぬし、蚤だろうと象だろうと同じことだ。いいだろう。時計を盗った奴を教えてやる」

 ここでおずおずと扉を叩く音がした。帰宅した掃除女が、マラーに言われた通り手紙を持って来たのだった。


Alexandre Dumas『Joseph Balsamo』Chapitre CVI「L'âme et le corps」の全訳です。初出は『La Presse』紙、1847年10月19日(連載第106回)。


Ver.1 11/07/09
Ver.2 22/10/10

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[註釈・メモなど]

 ・メモ

[更新履歴]

・22/10/10 「– Ce que j'augure de son état ? répondit le malade. Attendez, il faut que je revienne de la Bretagne, où j'étais, à l'Hôtel-Dieu, où il est.」故郷を見ていたアヴァールの魂が、アヴァールの肉体を見に施療院に戻るということであり、時制や法も正しく訳し直した。「アヴァールの様子から何がわかるか、ですか? 以前はブルターニュにいましたが、戻って来て、今は施療院にいます」 → 「今のアヴァール? そのためには、私のいたブルターニュから彼のいる施療院に帰らなくてはなりません」に訂正。

・22/10/10 「Un enfant de sept à huit ans, maigre, chétif et étiolé, lui avait répondu de sa voix criarde : 」なぜか「十七、八歳」と誤記していたので、「十七、八歳のひょろひょろと痩せっぽちの少年が、がらがら声でそれに答えた。」 → 「七、八歳の痩せこけたみすぼらしい少年がキンキン声でそれに応えた。」に訂正。

・22/10/10 「– C'est vrai, et médecin, devriez-vous ajouter.」この「médecin」は呼びかけではなく、マラーの「et qu'on doit être fier d'être homme !」という台詞に対して、「人間であることに加えて、医者も」と訂正しているので、「そうだな。だが先生、つけ加えることがあるだろう」 → 「そうだな。そして医者であることを、とつけ加えなくては」に訂正。

・22/10/10 「c'est uniquement l'abstraction de l'âme, le double isolement de la matière et de l'esprit : de la matière, chose inerte, poussière qui retournera poussière ; de l'âme, étincelle divine enfermée un instant dans cette lanterne sourde qu'on appelle le corps, et qui, fille du Ciel, après la chute du corps, retournera au Ciel.」 「le double isolement」というのがわかりづらいが、肉体と魂が「両方とも孤立している状態」と判断した。また、「fille du Ciel」とは女性名詞「l'âme」を受けての「fille」であると考え訳語では性別を限定しない「御子」とした。「あれは魂の一時的な不在、つまり物質と精神が二重に断絶したに過ぎん。物質とは不活性なもので、いずれ塵に還る塵だ。魂とは肉体という角灯に一時的に閉じ込められた神聖な火花であり、天の娘。いずれ肉体が朽ちれば天に還るものだ」 → 「あれはただの魂の不在であり、肉体と精神が共に孤立していたに過ぎん。肉体とはそれ自体が生きているのではなく、いずれ塵に還る塵なのだ。魂とは人体という龕灯に一時的に仕舞われた聖なる煌めきであり、いずれ肉体が朽ちれば天に還る天の御子なのだ」に変更。

・22/10/10 「Voilà le dogme que vous devez prêcher, vous, apôtre de l'égalité.」以下の「l'égalité」をすべて「平等」と直訳すると意味がわかりづらいため、「上も下もない」「上下関係」「誰の~であろうと」と噛み砕いて訳し分けた。また、初出の方が肉体と魂、神と人間の対比がわかりやすいため初出により補って訳した。「それがお前ら平等教徒の唱えたがっている教義なんだろう。二つの霊的精髄の間の平等を証明してみるがいい。幾らでも証明できるだろう。この世にはそのために利用できる神聖なものが幾つもあるんだからな。聖書、伝統、科学、信仰。二つの物質が平等かどうかなどはどうでもいい! 肉体の平等など神の前でごまかせはしないんだ。ついさっきあの患者は、つまり何も知らぬ大衆の落とし子は、自分の容態について、医者たちの誰も言おうと出来なかったことを口にしただろう。何故だかわかるか? それは魂が一時的に肉体の軛から解放され、地上を滑空し、俺たちの無智を覆っていた神秘を上から見下ろしていたからだ」 → 「これこそがお前ら平等の使徒が説くべき教義だよ。霊的存在には上も下もないことを証明してみせろ。聖典に伝承、科学に信仰といった、ありとあらゆる神聖なものの助けを借りれば明らかに出来るはずだ。肉体の上下関係に意味はない。誰の肉体であろうと人間の世界では飛ぶことは出来んが、魂なら誰のものであろうと神の世界で飛ぶことが出来る。さっきあの哀れな怪我人、無智なる人の子は、自分の容態について、医者たちの誰も言おうとしなかったことを口にしただろう? それは何故だ? 魂が一時的に肉体の軛から離れて空中を漂い、蒙昧な人類から隠されていた神秘を高みから見下ろしていたからだ」に訂正。

・22/10/10 「Seulement, comme la vie de ce monde est incalculée et incalculable, le progrès est lent.」の「monde」とは「世界中の人々」ではなく「世界」そのものでないと意味が通じないし、「vie」も「寿命」とする方が適切であろう。「だがこの世にはあまりにも多くの命があるから、進歩はのろい。」 → 「ところがこの世界の寿命は計り知れないほど長いから、進歩の足取りは遅いのだ。」に訂正。

・22/10/10 「– Alors, vous ferez pratiquer à la poitrine de l'homme cette petite fenêtre que désiraient tant y voir les anciens ?」 この「les anciens」とはただの「古代の人々」ではなく「古代ギリシア・ローマの人々・作家」のこと。「古代ギリシアの劇作家」でもよいのだが、思い切って「哲学者」とした。「すると、多くの人々があれほど覗きたいと願って来た、あの小さな穴を人間の胸に開けたりなさるんでしょうね?」 → 「では哲学者たちがあれほど覗きたいと願っていた小さな窓を、人間の胸に開けるつもりですか?」に変更。

[註釈]

*1. [アヴァールが再び手を合わせて答えた。]
 Havard joignit de nouveau les mains. 底本には無く、初出により補った。[]

*2. []
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*3. []
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*4. []
 []

*5. []
 []

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