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翻訳:江戸川小筐
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さあこい、マクダフ!

シャーロット・アームストロング

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第六章

 こうしてわたしはすべてを打ち明けた。だまそうとしても何にもならない気がした。それに、助けてくれると信じたのだ。なぜかはわからない。彼は一つ一つに耳を傾けた。赤い駒のこと、電話のこと、鍵のこと。聞いたそばから頭のなかで整理しているらしい。それが終わると、情報を提供したタクシー運転手のことを聞かせてくれた。男を一人、午前〇時四五分(ごろ、とジョーンズ氏は言った)拾ったそうだ。五番街、伯父の家近くで乗せ、ブロードウェイ一〇八丁目の交差点に一時十五分ごろ到着。運転手が気づいたのは運賃を渡されたときだった。男の右手の小指は不自然に曲がっていた。

「じゃあきっと伯父ね。それで決まり」

「あのねえベス。ごめん、口が滑って」

「よして。伯父はそこにいた。間違いなくそこにいたの」

「そんなふうに見えるな。だが何の証明にもならない。微塵もね。ぼくが間違ってなければ、伯父さんが模範的市民よろしくベッドに入らなかったという証拠はない。そりゃあ塵も積もればどでかい山になることだってある。古典的な話だよ。男の子が口にジャムをつけて食料品庫から出て来て、壜からはジャムが消えていた……。一目瞭然に見えるね。その子を知ってるならなおのこと、だ」そこで押し黙り、考え込んでいるように見えた。

「絶対そうに決まって……」

「いや、絶対じゃない。それを言いたいんだ。たとえば運転手が右手と左手を間違えたのかもしれない。でなけりゃ指が曲がっているどっかの別人だという可能性もある。そもそも現場に行ったとしてもだ。必ずしも誰かを撃つ必要はないだろう。想像の翼を休めるなかれ――マク・ダフがいつも言ってることだ――たとえ怖くとも」

「マク・ダフって誰?」

「友だちさ。それよりジャム事件の場合には、その子と知り合いであるのが条件なわけだ」

「あなたは……伯父を知ってるの?」

「ああ、話は聞いてる。きみはどう思う?」

「難しいわね。伯父のことは何にも知らない。昨日、初めて会ったんだもの。知っていることと言ったら全然……つまりお客さんを家に招くときのマナーが全然……」

「奥さんは今回のことを何て言ってる?」

「そんな話はしなかった。だいたいわたし、伯母のことも知らないの。でも好きよ。素敵な人」

「ライナ・マクレディだね?」

「マクレディ?」

「自分の家族のことも知らないのか? いったいどこにいたんだ、ベッシー……ギボン、さん」

「なんでさんづけするの? メモのリストみたいじゃない」

「ベッシーでやめたら、ぼくを放り出すだろう?」

「もうしない」

 彼は大きく息を吸った。「先を続けて」そう言ってこちらをじっと見つめていた。

「わたし、ベイカーズ・ブリッジから来たの。父はメソジストの牧師だった」こうしてわたしはすべてを話した。

「身の上はわかった。婚約はしてないのかい?」

「してない。あなたの方は?」

「ぼくもしてないよ」

「違う。伯父の話よ」

「ああ、そうか。ぶっちゃけた話、仕事の方じゃかなり乱暴な御仁だと思われてるね」

「どんな仕事をしているかすら知らないの」

「今は映画館をいくつか持ってる。昔はいろんなものを促進販売してた。儲けたと思ったら一転して大損、伯父さん以外はみんな破産した。マクレディ氏と何らかの取引をした。そうしてライナを手に入れたんだ」

「嘘でしょ!」

「まあ、そういう話さ。マクレディは困っていた。カスカートが肩代わりして、見返りに娘を手に入れた」

「ほんとのことなの?」

「伯父さんはライナを手に入れた。話には何一つ手を加えちゃいないよ。いやそういう噂なんだ。マクレディは監獄入りでもおかしくなかった。そうはならずに老人ホームに入り、ライナは……ここさ」

「ライナのお父さんは施設にいるってこと! 救貧院に!」

「彼は満足してるよ。監獄よりは気に入ってるさ。ライナは若くてきれいだって話だな」

「素敵なひとだわ。それに優しいし。信じられない。嘘よ。ライナが……」

「どうすることもできなかったんだと思うよ。きっと今もまだマクレディを監獄行きにできるだろうね。きみの伯父さんは切り札を捨てるような男じゃない。そんなわけで、父親を守るためライナは伯父さんと結婚したんだ。メロドラマみたいにね。豪華な籠のなかの鳥ってやつだ」彼は部屋を見回した。「なるほど豪華だ。なるほど籠だね」

「どうすればいい? もう時間がないじゃない。その刑事はここに来るんでしょう。隠れた方がいい? 赤い駒のことは……ううん、すべて伝えた方がいいの?」

「伝えちゃだめだ」ジョーンズ氏はきっぱりと言った。「そんなことはさせない」

「でもどうしようもないかもしれないじゃない? 気づいているかも?」

「警察に話をしてしまったあとでも、この家で暮らしていくなんてぞっとするな」

「そうね」わたしはささやいた。「わたしだってそう思う」

「どっちにしたってきみがここで暮らすなんて考えたくもない」彼は言った。「ぼくと結婚しないか?」

「ありえない。くっだらない! なんで……?」

 わたしは顔を背けたけど、手遅れだった。今度もまた見通されてる。彼のことをとびきり、いやになるくらい好きなことは気づかれてる。何か言われるかと耳をそばだてたのに、何も言われなかった。しばらく無言のままだった。

「ガーネットをどうするか考えよう」やがて彼はぼそりと言った。「そうじゃないか?」

「そうね」わたしは感謝しながら顔を元に戻した。「手伝って」

 彼は目をぱちぱちさせた。「よしきた!」と言って極めて事務的に話を始めた。ただし何が何でも両手でわたしの手を包んだまま。好きになってしまったのがわかる。彼の両手は温かく乾いていて力強かったのだ。まるで両親といるみたいだった。もう長いこと感じたことのなかった気持。

「ガーネットに会ったら嘘をつけばいい。嘘をつくコツは真実を話すことなんだ。真実といっても真実すべてじゃない。とりあえずミラーがここに来てしゃべったことは忘れてしまえ。もちろんここには来た。きみとしゃべった。でも内容はただの世間話だ。昨晩ベッドから抜け出して戸口で聞いたことも忘れること。力を抜いて。質問にはなるべく『はい』か『いいえ』で答えること。法廷ではそうやっているし、誤解させたいのなら一番だ。何か言わなくちゃならなくても心配いらない。ぼくがここにいてフォローする。話がおかしな方向へ行き始めたら割って入るから、知られることはないよ。全部まかせとけよ。それはともかく、ぼくらは昔なじみなわけだ。ベイカーズ・ブリッジで顔見知りだった。そうしとけばホールで執事に聞かれた挨拶とも食い違わないし、ぼくがここにいる理由にもなる。J・Jと呼んでくれるかな。みんなそう呼んでる」

「ねえよくわかんない」

「きみは田舎から来た女の子だ。昨夜ここに来た。ウィンベリーを見た。会った。帰ったのは知っている。ベッドに入った。朝起きて、死んだのを知った。これがきみの知っていること。知っているのはそれだけだ。質問は一言もしちゃいけない。田舎から来た女の子なんだ。天真爛漫なね」

「ええ、わかった」

「この大都会でこれから一人でどうするつもりなんだい?」まったく同じ気楽な口調だった。

「まだわからない。たぶん学校に通って何か習うつもり。デザインがいいかな。ほら洋服の生地とか壁紙の。ライナが――」

 玄関のベルが鳴った。エファンズがやって来るのが聞こえた。

「続けて」J・Jが言った。

「ライナがね、学校で勉強したければそうしてもいいんだって。デザインの学校もあると思うの」

「山ほどあるよ。デザインが好きだと思ったわけは?」

「え。だっていろんなデザインを夢中で描いてたもの。ママがいっつもゴミ箱いっぱいに捨てなきゃならなかったくらい。でも無意味ね」

「きっと才能があったんだな」

「そんなこと信じちゃいないわ。ただ好きなだけ。楽しいの。チャンスかもしれないじゃない。生計を立てる手だてを習いながら、しかも楽しめるなんて――」

「恐れ入りますが」エファンズが言った。「エリザベスさま。ガーネットさまがお話しになりたいといらっしゃっております」

「わたしと?」

「おめでとう」J・Jがそっとつぶやいた。

「さようでございます。警察の方です。思いますに用件は……」日焼けして恰幅のよい男が戸口に立っていた。

「すみませんがね。そちらがチャールズ・カスカートの姪っ子さんで?」

「はい、わたしです」

「やあガーネット」J・Jが言った。「またなんでここに?」

「そういうお前こそなんでこんなところに?」ガーネットはもう一人の男と一緒だった。まるでコピー。突っ立ったままこちらをじっと見つめていた。通信講座の説明書きを読んでいるみたいに。

「ベッシー、こちらの嫌味なお方がガーネット刑事だ。向こうにいるのがハル刑事。ギボンさんとは高校のころ知り合ったんだ。ほら、ツテがあるからね」

「ほう?」それからガーネットはやや改まってわたしに話しかけた。「いくつかお聞きしたいのですがね、なにしろ家にいるのはあたな一人のようなので。ハドソン・ウィンベリーという男が昨晩ここにいたのは間違いありませんな?」

「はい」

「ほかにはどなたが?」

「ギャスケルさん、マクソンさん、伯父さん、もちろんわたしも。それからああそう、ミラーさん」

「伯母さんは?」

「いませんでした」

「外出中だった?」

「はい」

「遅れて加わったわけですな?」

「はい」

「なるほど。ご近所づきあいというやつですか?」

「はい」

「ギボンさんは昨日の夜にニュー・ヨークに着いたばかりなんだ」J・Jが口を挟んだ。「地方からね」

「ほほう?」

「ベイカーズ・ブリッジという町だよ。いいところだ。小さな町だけどね」J・Jが微笑んだので、わたしも笑みを返した。

「カスカート氏のご兄弟の娘さんというわけですか?」

「えっ? ええ、そうです、母が……そうでした」

「なるほど。では教えていただけますかな。ウィンベリーは何時ごろ帰りました?」

「十二時半くらいです」わたしは即座に答えた。不意に不安になってJ・Jを見た。

「間違いないよ」J・Jは安心させるように頷いた。つまり、わたしたちがそのことを話し合っていたとでも思わせるみたいに。口をついたのはそのせいだってことになる。

「帰るときには無事だったわけですな?」

 驚きと好奇心がJ・Jの顔をかすめ、それに合わせてわたしの顔色も変わるのがわかった。「どういうことですか?」

「何も変わったことは起こらなかったわけですな?」

「はい」

「帰ったのはほかの方々と一緒だった?」

「はい」

「その後ご家族は何を?」

「寝室に下がりました」

「亡くなったのをいつ知りました?」

「女中が教えてくれました」

「今朝ですな?」

「はい」

「伯母さんと伯父さんはいつごろ戻られますかな?」

「伯母はお茶の時間には戻ってくるはずです」

「よろしい。お手数をおかけしました」刑事たちは帰る支度を始めた。ガーネットが帰ってくれれば、わたしの顔にも安堵が浮かんだはずだった。ところがJ・Jが声をかけた。

「ところでさ……」

 だがガーネットは「うるさいぞ」と答えた。それでもJ・Jは玄関までついて行き、いくつも質問をぶつけていた。もうちょっといてほしいと言わんばかりに。その結果もちろんのこと、刑事たちはとっとと退散した。

「すごいじゃないか」刑事が立ち去ると戻ってきてそう言った。「つこうと思えば誰よりもうまく嘘をつけるんだな」

「大丈夫だった?」

「すごかったよ。ほれぼれした。一度だけ返事に力が入りかけたけれどね」

「やっぱり。でもフォローしてくれたから。たくさんフォローしてもらったもの。一人じゃできっこなかったわ」

「そんなのたいしたことじゃない。どんなときでも……」わたしたちは同時に笑い出した。そして突然、同時に笑い止んだ。まったく同時に笑いのつぼを押されるなんて、話がうますぎて嘘みたいだった。

「同じように気をつけるんだ」真剣な口調だった。

「わかってる」

「伯父さんのそばでは田舎っ娘を演じるんだぜ」

「ええ、そうする。わかってる」

「巻き込みたくないんだ。だからガーネットには何も教えなかった。どっちみちよそから情報を手に入れるだろうし。だろう?」

「わからないわ」

「ぼくはこれからマク・ダフに話を聞きに行く。かまわないね? 自分一人でアドバイスを続ける自信がないんだ。マク・ダフの助言をあおぎたい」

「誰なの?」

「きっと気に入るよ。マクドゥガル・ダフ。いいだろ?」

「そんなこと言ったってマクドゥガル・ダフなんてひと知らないもの。どういう人なの?」

「頭がいいんだ。会えばわかるよ。教授だったころに、ぼくはアメリカ史を教わっていた。面白かったな! まったく! その後キンザー事件を解決して、一万ドルの報酬を受け取った。それからジョニー・パーマーの嫌疑を晴らした。パーマーは常識はずれに金を持っていたけれど、ダフの申し出を受け入れる程度の常識はあった」

「申し出って?」

「ああ、ダフはパーマーに会いに行って、その大金のためにすべて解き明かしたんだって言ってた。引退したかったんだ。大学生に年代や出来事を叩き込むのにうんざりしちゃったんだとか」

「ふうん。でもすべて解き明かすってどうやって?」

「新聞を読んだんだ。で、わかったことを考えた。そこで二年間生活できるだけのお金を無心した。ところが困ったことに、半年後くらいに家を買いたくなったから、ブラッドベリ事件を解決した。グラディスを牢屋行きから救いだし、ブラッドベリ老人から十五万ドル手に入れたってわけさ」

「わたしは五十ドル持っているけれど、それじゃ足りないみたいね」

「ぼくは週末まで二十九ドル九十三セントさ。いいんだよ、マク・ダフはときどき厚い壁を打ち破ってみたくなるんだ」

「その人はどんな厚い壁の向こうもお見通しなのね?」

「比喩的に言えばそういうことさ。マク・ダフに話してみたいんだ、ベッシー、いいだろ?」

「わかった」

「よし。でもいいかい、間違ってもシェイクスピアから引用なんてしないでくれよ」

「どういうこと?」

「自分に向かって『さあこい、マクダフ』なんて言う人のことをマックは憐れんでるのさ。賢い人間なら心のなかでそう思ったとしても、使い古しだってことにも思い当たって、口に出すのをはばかるはずなんだとさ。ところが馬鹿な人間ほど、おのれの知識をひけらかしたがる――と、マク・ダフがいつも言ってる」

「何も言わない」と約束した。

「きみなら間違いない。ほんとさ。だからマク・ダフもきみを気に入ってくれるはずだ。ったく、気に入らないはずないじゃないか。もう口は閉じて、とっとと乗り込んで呼んでくるよ。あとで連絡する」J・Jは帽子を叩きつけコートの襟を立てた。「必ず連絡するよ。じゃあまた」彼がこちらを見た。立ち去ってほしくなかった。「じゃあまた、おしゃべり顔ウィンドウ・フェイス」J・Jは優しく挨拶したあとで、ずいぶんと古風なやり方でわたしの手を揺り動かすと、出ていった。


Charlotte Armstrong『Lay On, Mac Duff!』CHAPTER 6 の全訳です。


Ver.1 07/05/26
Ver.2 07/07/07

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