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1911 The Innocence of Father Brown 『ブラウン神父の童心
 ・トリックと名言の金字塔。ブラウン神父は、エラリー・クイーンにより、ホームズ、デュパンと並ぶ名探偵の一人に数えられる。なかでも本書は『ホームズの冒険』『ポー短編集』『アブナー伯父の事件簿』とともに短篇ミステリの指標と讃えられた。
邦訳 (1)『ブラウン神父の童心』(創元推理文庫)中村保男訳bk1amazon
(2)『ブラウン神父の無知』(ハヤカワ・ミステリ)村崎敏郎訳(品切れ)
(3)『名探偵コレクション・ブラウン神父』(集英社文庫)に「飛ぶ星」収録、二宮磬訳[amazon
(4)『グレート・ミステリーズ ブラウン神父物語』(嶋中文庫)に「青い十字架」「秘密の庭」「奇妙な足音」「見えない人間」「折れた剣」収録、田中正二郎訳[bk1amazon
(5)『世界推理小説大系10 チェスタトン』(東都書房)に「青い十字架」「奇妙な足音」「飛ぶ星」「見えない男」「イズレウル・ガウの面目」「サラディン公爵の罪悪」「神の鉄槌」「アポロの眼」「三つの兇器」収録、宮西豊逸訳。(絶版)。
(6)このサイト→「奇妙な足音」wilder訳 htmlファイル。


「青い十字架」(The Blue Cross, Storyteller, 1910.9
 ――パリ警察のヴァランタンは、大泥棒フランボウを追って英国ロンドンにやって来ていた。ところが張り込み中に出くわしたのは、ちびとのっぽの神父二人連れによる数々の悪戯だった。レストランの砂糖壺と塩壺を入れ換え、壁にスープをひっかけ、八百屋の値札を入れ換えて林檎をひっくり返す……。

 あまりにも有名な「犯人は創造的な芸術家だが、探偵は批評家にすぎぬのさ」という一言がヴァランタンによりつぶやかれる作品であります。
 事件が起きて探偵がそれを解決するという通常の手順が踏まれるミステリではなく、何が起きているのかわからないまま読者はヴァランタンとともに神父のあとを追うことになります。ブラウン神父初登場。神父の頭のよさが遺憾なく披露された好篇です。

 ブラウン神父とヴァランタンの頭のよさはよくわかるのですが、フランボウのユニークな頭のよさが本編では活かされていないのが残念です。フランボウが過去に起こしたユニークな犯罪こそ作品中でいくつも紹介されていますが、肝心の青い十字架を盗む方法というのが割りとオーソドックスなのです。フランボウの活躍は「奇妙な足音」と「飛ぶ星」まで待つことになります。

 なぜ神父を探偵役にしたのかという理由の一端が(ブラウン神父自身の台詞を通じて)明らかにされています。
 マーティン・ガードナーによると、ブラウンというのはチェスタトンの好きな色だったそうです。

 所持している訳本を読み比べてみました。創元版(中村訳)・嶋中版(田中訳)・東都書房版(宮西訳)。宮西訳は問題外です。わたしの翻訳みたい。形容詞や副詞や接続詞を文脈に沿って訳し分けずに辞書の訳語を宛てているだけ。日本語になってません。
 創元版はあえて原文に忠実にしています。たとえば冒頭「let loose a swarm of folk like flies」は「蠅のような乗客の群れを吐きだした」となっています。ここはおそらく嶋中版のように「下船客は蠅の群れのように散っていった」と訳すのが一般的でしょう。でも創元版みたいに訳した方が、何となくチェスタトンの味が出ているような気がします。
 


「秘密の庭」(The Secret Garden, Storyteller, 1910.10
 ――ヴァランタン家で催された小パーティ。招待されたのはブラウン神父、アメリカの富豪ブレイン、英国大使ギャロウェイ卿夫妻と娘のマーガレット、フランスの科学者シモン博士、アイルランド出身のフランス外人部隊司令オブライエン。ギャロウェイ卿は娘のマーガレットとオブライエンの関係が気が気ではなかった。マーガレットが出てきた庭に入れ違いに入るとそこにはオブライエンが。やきもきしながらも庭を歩いていると、何かにけつまずいてひっくり返った。確かめてみるとそれは人間の死体であった。

 首の切断ミステリであり、広義の密室ミステリであり、という贅沢な作品なのですが、あまりに犯人のインパクトがありすぎてそれ以外をほとんど覚えていなかった。読み返してみると、異常な動機なのですね。犯人による被害者の首の扱い方がものすごく大胆というかぞんざいというか……。
 二人目の死体が見つかって、「三人よれば文殊の知恵――一つ頭より二つの頭のほうがましだ――というわけにはいかなかった」などと恐ろしいブラック・ジョークが飛ばされています。動機といい首の切断という状況といい、なんとも異様な雰囲気を持った傑作です。
 ブラウン神父がコボウルの神父だという記述が初めて登場します。
 


「奇妙な足音」(The Queer Feet, Storyteller, 1910.11
 ――「真正十二漁師」のメンバーは緑色の夜会服を着ていた。給仕と間違われないようにするためだ。というのも……。
 今際の告解を聞くためヴァーノン・ホテルにやってきたブラウン神父が、部屋で報告書を書いていると、ドアの外で奇妙な足音が聞こえた。静かにゆっくり歩くかと思えば、次の瞬間にはせかせかと走り回る。いったい!?

 ふたたびフランボウが登場。「青い十字架」で紹介されていたとおり、フランボウの犯罪というのは、軒先の牛乳壜を置き換えることで在庫を持たずに牛乳屋をやって大もうけしたとか、旅行者を罠にかけるために町内の番地をすべて塗り替えたとか、大胆でユニークな犯罪ばかりなのですが、本編も大胆かつユニークきわまりないものです。

 「もし読者諸君が……」と語り出される冒頭が印象深い一篇。これから何が始まるのかとわくわくさせてくれます。

 ◆htmlファイルで読む→「奇妙な足音」
 


「飛ぶ星」(The Flying Stars, Cassell's, 1911.6
 ――パトニー近くのアダムズ家でささやかなクリスマス・パーティが開かれた。出席者は娘のルビー、義弟のジェイムズ、ルビーの名付親レオポルド卿、隣家の新聞記者クルック、ブラウン神父。折りしもジェイムズの友人である著名な喜劇役者フロリアンがやってくることになり、皆でパントマイム劇を演じることが決まった。衣装をつけて陽気に騒ぐ中、レオポルド卿のダイヤモンド〈飛ぶ星〉が失くなった。

 フランボウ最後の事件。ブラウン神父やフランボウ自身が言うとおり、天才的で美しいフランボウ一世一代の芸術的犯罪です。私見では、ブラウン神父譚には、本編や「青い十字架」「ペンドラゴン一族の滅亡」など、事件と物語が同時進行する作品に優れたものが多いように感じます。

 本編が初めて雑誌に発表されたのは実は、「三つの兇器」を除く「神の鉄槌」(Storyteller, 1910.11)〜「サラディン公の罪」(Cassell's, 1911.5)より後です。つまりリアルタイムで読んだ当時の読者にとっては、本編は一連の作品の前日譚というかたちだったのですね。
 


「見えない男(見えない人間)」(The Invisible Man, Cassell's, 1911.2
 ――キャンデム・タウンのお菓子屋で、アンガス青年が店員のローラにプロポーズした。ところがローラにはほかにも二人の求婚者がいた。一人は発明家となって大成功したスマイス。もう一人は正体不明のウェルキン。ローラはウェルキンが怖かった。最近になって、まわりに誰もいないのにウェルキンの笑い声が聞こえるようになったのだ。さらにスマイスにも脅迫状が送られてきた。ローラと結婚したら殺す。ただごとではないと感じたアンガスは友人のフランボウのもとへ相談に向かった。

 あまりにも有名なトリックで、クリスティやアシモフも応用しています。トリックに抵触することになるので詳しくは言えませんが、「他人というものは、こちらの言ったことに答えようとしない」という台詞をブラウン神父が口にします。この名言の道筋自体はものすごくリアリティがあって説得力があると思うのですが、そこからこういうセミ・ファンタジー((c)マーティン・ガードナー)を作りあげてしまうところがチェスタトンならではです。そこが、ブラウン神父の譬え話を(応用というより)そのまま利用したクリスティやアシモフとの決定的な違いでしょう。

 トリック以外あまり覚えていなかったのですが、読み返してみると、被害者の体格がちゃんと伏線になっていたりする半面、死体を移動する必然性があまりないように感じたりもします。
 店のショーウィンドウに飾ってあるケーキを取り出してウェディング・ケーキだよとか言ってプロポーズするのはロマンチックなんだかどうなんだかよくわからないけど記憶には残りました。

 ハムステッドのラックナウ荘の一階に、フランボウの事務所兼住居があります。
 


「イズレイル・ガウの誉れ(イズレウル・ガウの面目)」(The Honour of Israel Gow, Cassell's, 1911.4
 ――スコットランド名家グレンガイルの古城。一族のものは代々精神に異常を来しているという。現当主の姿を見たものはいなかった。しかし雑役夫のガウが主人の遺体と称するものを納棺するに及んで、私立探偵フランボウが乗り出した。捜査の末に見つかったのは、入れ物のない嗅ぎ煙草、燭台のない蝋燭など不可解なものばかり。やがて聖書からイエスの名や後光が切り取られているのが見つかり、これには邪な魔術が潜んでいるとブラウン神父はつぶやくのだった。遺体を確認しようと墓地を掘り返したところ、遺体には頭がなかった。

 これは最初に読んだときにはなんじゃらほいと拍子抜けしたものですが、泡坂妻夫氏が誉めていたので読み返してみたところ、奇妙なロジックという点では秀逸かなぁ、と。そこにあるものではなく、そこにないものを手がかりにするという推理方法が、気が利いていると思います。

 神父は「グラスゴーでの仕事から一日だけ強引に暇をとって」城に滞在中のフランボウに会いに来ました。
 


「狂った形」(The Wrong Shape, Storyteller, 1911.1
 ――フランボウの旧友クイントン氏はインド帰りの詩人だ。T字型の奇妙な家を建て、怪しげなインド人を招いていた。クイントンのためにハリス医師が温室で睡眠薬を処方していたところ、アトキンソンという男が金をせびりにきた。やがてクイントンが死体で見つかる。胸にはいびつな形の短剣、テーブルの上にはいびつな形の紙に書かれた遺書が。

 現在では古典的な、切り取られた紙に関する逆説と、殺害方法。それを「狂った形」という道具立てと関わらせることで「狂った心」とその改心というテーマをあぶり出しているように思いました。
 狂った家に狂った短剣……と狂った形づくしなのが、マザー・グースの「ひねくれ男」のひねくれづくしみたいです。

 マーティン・ガードナーによると、本書中で一番納得できない話だとのこと。以下ガードナーの主張の骨子。彼はごく普通の人間ではないか。「気立てのよい」とすら書かれている。チェスタトンは報告書の後ろの方で読者を納得させようと腐心してるけど。でもそもそも彼はどうして、見ず知らずの神父に報告書を書いてくれと言われただけで素直に従ったのか? 夫人と神父は何を話し合ったのか? 夫人は犯行計画や犯人を知っていたのか? それを神父に話したのか? だから神父は「蒼ざめ、悲痛味を帯びていた」のか? それを見て犯人はすべてが明らかになったことを悟ったのか? 神父はやってきた警察に真相を話したのか?

 マーティン・ガードナーは「見えない男」の註釈でも、“実際に誰にも見えなかったかどうか”という根本的な疑問には巧妙に触れずにおいて、「実際の袋はそんなに大きいのか」というところにこだわっていた。目のつけどころが面白い。

 ブラウン神父は「セント・マンゴウのちいさな教会」の神父とある。
 


「サラディン公の罪(サラディン公爵の罪悪)」(The Sins of Prince Saradine, Cassell's, 1911.5
 ――フランボウのもとにノーフォークの貴族サラディン公爵から手紙が届いた。同時代の偉大な人物に会うのが趣味なのだという。かくしてフランボウはブラウン神父とともに一路リード荘へと向かうことになる。二人がサラディン公、母親のアントニー、召使いのポールと会ったところで、イタリア人の若者が闖入してきた。かつて公に父親を殺された敵討ちに決闘を申込みに来たのだ。フランボウは出かけていた、ポールは警察を呼びにいった、母親は役に立たない、ブラウン神父はひとり決闘を止めようと急ぐが……。

 「刑事に刑事を逮捕させた」フランボウのかつての手並みが事件を引き起こす遠因であるという点において、「奇妙な足音」や「飛ぶ星」等で明らかにされたフランボウの詩的な犯罪に惹かれた向きには感慨深い作品です。もっとも、フランボウのような美しい犯罪にはほど遠く、神父たちが恐れて逃げ出したほどの邪悪な犯罪です。ネタは黒澤明の某名作でもお馴染みの。

 創元版の邦訳では訳し漏れていますが、本編にはブラウン神父の髪が「dust-coloured」すなわち薄いブラウンだという記述が見えます。
 


「神の鉄槌」(The Hammer of God, Storyteller, 1910.11
 ――女たらしのごろつきボーハン大佐が死んだ。鉄兜ごと頭を砕かれて。鍛冶屋の留守中に大佐はおかみさんに手を出していた。村一番の力持ちは鍛冶屋だった。動機もある。だがアリバイがあった。手を出されたおかみさんにも動機はあった。だが力がない。医者も、弟のボーハン牧師も、靴屋のギッブスも、村中のものには誰にもそんな力はない。神の罰が下ったのだ。誰もがそう思った。一人ブラウン神父を除いて。

 本書短篇の収録順は連載順とは違うわけですが、その結果「狂った形」以降には比較的シリアスで暗い作品が並ぶこととなりました。そんな中において本編は魂の救済を描いて(殺人事件とはいえ)一服の清涼剤的役割を果たしていなくもないというのは牽強付会か。

 このトリックは、さすがにわかったよ〜という人が割りと多いようです。でもタイトルとテーマと密接に結びついていて切り離せない、作品と一体となっているという点でいいトリックだとは思います。
 


「アポロの眼」(The Eye of Apollo, Cassell's, 1911.3
 ――

 
 


「折れた剣」(The Sign of Broken Sword, Storyteller, 1911.2
 ――

 
 


「三つの兇器」(The Three Tools of Death, Cassell's, 1911.7
 ――

 
 

 
ブラウン神父の童心
G.K.チェスタトン著 / 中村 保男訳
東京創元社 (1992)
ISBN : 4488110010
価格 : ¥693
通常2-3日以内に発送します。
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ブラウン神父物語
G.K.チェスタートン著 / 田中 西二郎訳
嶋中書店 (2004.12)
ISBN : 486156316X
価格 : ¥660
通常2-3日以内に発送します。
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『世界の名探偵コレクション10 ブラウン神父』
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