この翻訳は翻訳者の許可を取ることなく好きに使ってくれてかまわない。ただし訳者はそれについてにいかなる責任も負わない。
翻訳:東 照
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ジョゼフ・バルサモ

アレクサンドル・デュマ

訳者あとがき・更新履歴
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第六十五章 王太子殿下の婚礼の夜

 王太子は婚礼の間、いやその手前にある控えの間の扉を開けた。

 大公女は白い化粧着を身にまとい、金箔の寝台の上で王太子を待っていた。華奢でほっそりとした身体はほとんど沈んでいない。奇妙なことだが、表情を読むことが出来たならば、その顔を覆っている憂いを通して、新婦の甘い期待ではなく、乙女の恐怖に気づいたはずだ。神経が高ぶって不安を感じるかと思えば、それを抑えるだけの勇気が高じたりしていた。

 寝台のそばにはド・ノアイユ夫人が坐っている。

 退出を促そうとする合図を侍女からされても、貴婦人たちはしっかりと居坐っていた。

 作法に忠実な侍女は、平然として王太子のお着きを待っていた。

 だが今回ばかりはあらゆる作法がまずい状況に嵌ってしまったらしく、婚礼の間に王太子を手引きしなくてはならない人々が、ルイ十五世の計画に従って殿下が新しい廊下からやって来ることを知らずに、別のところにある控えの間で待っていた。

 王太子が入った部屋には何もなく、寝室に通ずる扉がわずかに開いていたため、その部屋で起こっていたことを見聞きすることが出来た。

 王太子はそこに留まったまま、ひそかに眺めて耳をそばだたせた。

 王太子妃の声が聞こえる。震えがちではあったが美しく澄んだ声だった。

「王太子殿下は何処からいらっしゃるのかしら?」

「この扉からでございます」とノアイユ公爵夫人が答えた。

 ノアイユ夫人が指さしたのは、王太子がいるのとは反対側の扉だった。

「その窓から何か聞こえませんか? 海鳴りかしら?」

「あれは花火を待つ見物客が、照明の下を歩きまわっている音でございます」

「照明?」王太子妃が悲しげに微笑んだ。「今夜ばかりは無駄ではありませんね。天はお嘆きですもの。見ましたか?」

 その時、待つのに飽きた王太子が扉をそっと押して、隙間から顔を覗かせ、入ってもいいかどうかたずねた。

 すぐには王太子だとわからずに、ノアイユ夫人が悲鳴をあげた。

 何度も心を揺るがされ神経を高ぶらせていた王太子妃は、ノアイユ夫人の腕をつかんだ。

「私ですよ、怖がらないで」と王太子が言った。

「ですが何故その扉から?」ノアイユ夫人がたずねた。

「何故なら」と、今度は国王ルイ十五世が臆することなく扉の隙間から顔を出した。「もっともらしいド・ラ・ヴォーギヨンは、ラテン語、数学、地理には詳しくとも、ほかのことには疎いからだ」

 不意に国王が現れたため、王太子妃は寝台から滑り降りて化粧着のまま立ち上がった。ローマ人のストーラのように首から足許まですっぽりと覆われている。

「確かに痩せている」とルイ十五世は呟いた。「ド・ショワズールの奴が大公女の山から選んで見せたのがこの姫か!」

「陛下」とノアイユ夫人が言った。「陛下もお気づきかと存じますが、私共といたしましては、作法をきちんと守って参りました。違えたのは王太子殿下の方でございます」

「こちらが作法を破っておる。確かに非礼を働いたのは余の方だ。だが状況が状況ゆえ、大目に見てもらいたい」

「お言葉の真意がわかりませぬが?」

「我らはおいとましようではないか。そのことで話がある。さあ、子供たちは寝る時間だ」

 王太子妃は寝台から一歩後ずさり、またも怯えてノアイユ夫人の腕をつかんだ。

「お願いです、恥ずかしくて死んでしまいそうです」

「王太子妃殿下、どうか庶民のおかみさんのようにお寝み下さいませ」

「おやおや、エチケット夫人のあなたがそんなことを?」

「フランスのしきたりに背くことは重々承知しております。ですが大公女をご覧下さい……」

 それもそのはず、マリ=アントワネットは顔を真っ青にして、倒れまいとして椅子の背にしがみついていた。顔に冷たい汗がしたたり、歯の鳴るかすかな音が聞こえなければ「恐怖」の女神像かと思われるほどだ。

「こんなに王太子妃を困らせるつもりではなかったのだが」とルイ十五世が言った。ルイ十四世が作法の熱烈な信者だったのと同じくらいに、ルイ十五世は作法を嫌っていた。「では行こうか、公爵夫人。なんなら扉には錠がついているから、もっと面白くなるだろう」

 王太子は祖父の言葉を聞いて赤面した。

 王太子妃にも聞こえてはいたが、言われたことがよくわからなかった。

 ルイ十五世は王太子妃に口づけし、ノアイユ公爵夫人を連れて、からかうように笑いながら、部屋を後にした。陽気な笑いについていけない人々にとっては随分と嫌な笑いだった。

 ほかの同席者も別の扉から出て行った。

 二人の若者だけが残された。

 しばし沈黙が訪れる。

 だがやがて若き王子がマリ=アントワネットに近づいた。心臓が激しく脈打ち、胸とこめかみと手の動脈に、若さと愛情に猛った血潮が流れ込んだ。

 だが祖父が扉の陰から臆面もなく婚礼の床にまで視線を潜り込ませているのに気づいて、ひどく内気で生来不器用な王太子はいっそう震え上がった。

「マダム」大公女を見つめながらたずねた。「大丈夫ですか? 随分と顔色が悪いし、震えているようですが」

「殿下、包み隠さず申しますと、どういうわけか心が乱れております。激しい嵐があったに違いありません。わたしを脅かす恐ろしい嵐が」

「では私たちが嵐に脅かされているとお思いなのですか」

「ええ、間違いありません。身体中が震えておりますもの」

 なるほど大公女の身体は電気を帯びたように震えているらしかった。

 その時、予感を裏打ちするかのように、海に海を重ね山をかすめて吹く一陣の暴風が、嵐の前触れのように、宮殿を怒号と恐怖と軋みで満たした。

 枝からむしり取られた葉、幹からもぎ取られた枝、土台から引き剥がされた彫像、庭に散らばった十万人の目撃者から生じる長く大きなどよめき、回廊や廊下を走り抜ける果てしない悲痛な呻き、そうした諸々のものが、未だかつて人間の耳を震わせたことのないような野蛮で悲痛な調べを奏でている。

 呻きの後にはガラガラと鳴る不吉な音が続いた。粉々に割れた窓ガラスが階段や庇の大理石に落ちているのだ。それは宙に舞い、キーキーと不様で気に障る音を立てながら落ちて行った。

 風は鎧戸の錠も奪い取ってしまい、締まりを解かれた鎧戸が城壁に打ちつけられて、巨大な夜鳥の翼のように羽ばたいていた。

 窓の開いた場所では例外なく、風に襲われて明かりが消えた。

 王太子が窓に近づき、恐らくは改めて鎧戸を閉じようとした。だが王太子妃がそれを止めた。

「お願いです、その窓を開けないで下さい。蝋燭が消えたら怖くて死んでしまいます」

 王太子は動きを止めた。

 閉じたばかりのカーテン越しに、庭の木々がぎしぎしと梢を揺らしているのが影になって見えた。まるで目に見えない巨人が闇の中で幹を揺らしているようだ。

 明かりという明かりが消えた。

 と、攻撃を仕掛ける軍隊のように、黒い雲の大群が空に渦巻いているのが見えた。

 王太子は窓の錠に手を押しつけたまま、青ざめて立ち尽くしていた。王太子妃は椅子に坐り込んで溜息をついた。

「怖いのですか?」王太子がたずねた。

「ええ。でもあなたがいれば安心できます。それにしてもひどい嵐ね! 明かりがすっかり消えてしまった」

「南南西の風ですね。風がさらに強くなる印です。そうなったらどうやって花火を打ち上げるのだろう」

「誰のために打ち上げるというんですの? こんな天気の中で庭に居残る人などおりませんわ」

「ああ、あなたはフランス人というものをご存じない。花火が大好きなんです。綺麗ですよ。花火師から予定は聞いております。ほら! やはりそうです、一発目が打ち上げられました」

 なるほど蛇のような尾を引いて、前触れの花火が空に上っていた。それに合わせて負けじと嵐も光を燃やしたかの如く、天が裂けたように稲光が一閃し、花火の間を擦り抜け、その青い火花で花火の赤い火花を彩った。

「いけません」と大公女が言った。「主と競うだなんて不遜なことは」

 前触れの花火が真っ赤に燃えていたのはわずかの間だった。花火師が慌てて最初の一組に火をつけると、それは喝采をもって迎えられた。

 だが天と地の間に争いがあったかのように、即ち大公女の言葉通り人間が神に不敬を働いたかのように、機嫌を損ねた嵐はその広々たるどよめきで見物人のどよめきを掻き消すと共に、空の滝口を開き、激しい雨が雲の上から叩きつけるように落ちて来た。

 風が明かりを消したように、雨が花火を消した。

「残念だ! 花火がないとは!」

 マリ=アントワネットが痛ましげに答えた。「わたしがフランスに来てからないものなどなかったでしょうか?」

「どうしたんです?」

「ヴェルサイユをご覧になりました?」

「それはまあ。ヴェルサイユが気に入りませんでしたか?」

「それはヴェルサイユがルイ十四世が残した通りの状態であれば、心にも適いましょう。でも今のヴェルサイユはどうでしょう? 何処も彼処も死と荒廃だらけ。だから嵐もお祝いに協力してくれたんです。荒れた宮殿を嵐が隠してくれたのは結構なことじゃありません? 草の生い茂った並木道や、泥だらけのイモリや、水の涸れた泉や腕のもげた彫像を、夜の闇が隠してくれるのは好都合ではありませんか? 南風よ吹けばいい。嵐よ唸れ。厚い雲を積み上げて、フランスが皇帝の娘に施したおかしな歓迎をありとあらゆる目から隠してしまえばいいんです。皇帝の娘が未来の王の手に手を合わせたその日に!」

 王太子は目に見えてまごついていた。この非難にどう答えてよいのかわからなかったのだ。とりわけ熱に浮かされたような憂いには性が合わず、今度は王太子が深い溜息をつく番だった。

「きついことを言ってしまいました。でも思い上がりからこんなことを言っているとは思わないで下さい。絶対にそんなことはありません。これまでにいろいろ拝見させていただきましたけれど、陽気で木陰があって花が咲き乱れていたのはトリアノンだけだったのに。それなのに嵐が情け容赦なく木々の葉を吹き飛ばし、水面を揺らすのです。あの素敵なお家が気に入っていたのに。嵐は嫌いです、若さを脅かすようで。なのにこの暴風雨のせいでさらに廃墟が増えますのね!」

 先ほどよりも強い突風が宮殿を揺るがした。大公女はぎょっとして立ち上がった。

「おお主よ! 危険はないと言って下さい! どうか教えて下さい、危険があるなら……怖くて死んでしまいそうです!」

「危険は一切ありませんよ。ヴェルサイユは平たく建てられているので雷は落ちません。落ちるとすれば尖塔のある教会か、ぎざぎざに突き出した小塔でしょうね。電流は尖ったところに引き寄せられやすく、平たいものには寄りつきにくいのはご存じでしょう?」

「まあ、知りませんでした!」

 王太子ルイはびくびくと冷え切った大公女の手を取った。

 その瞬間、青白い稲光が鉛色と薄紫の光を部屋に満たした。マリ=アントワネットは声をあげて王太子を押しやった。

「どうしたんです?」

「ごめんなさい。青白い稲妻に照らされて、死んだように血塗れに見えたものですから、幽霊でも見たのかと思ったんです」

「それは硫黄火が反射しているんです、説明して差し上げ……」

 恐ろしい雷鳴が轟いてこだまがごろごろと尾を引き、高まったかと思うとやがて遠ざかって行った。雷鳴によって説明を中断させられた王太子は、しばらくしてから口を開いた。

「気をしっかり持って下さい。怖がらないで。身体が震えるのは自然なことです。震えるからといって驚く必要はありません。ただし凪と震えは代わりばんこに訪れるものです。凪は震えに掻き乱され、震えは凪に冷まされる。要するにたかが嵐ですよ、よくある自然現象に過ぎません。怯える理由などないではありませんか」

「孤独を怖がったりはしませんわ。でもよりにもよって婚礼の日に嵐になるなんて、わたしがフランスに来てからずっとつきまとっている恐ろしい予兆だとは思わないのですか?」

「何を仰っているのです?」王太子は説明できない恐怖に思わずぎょっとしていた。「予兆ですか?」

「ええそうです、恐ろしく残酷な予兆です!」

「それを教えて下さい。私はこれでも、冷静でしっかり者だと言われています。あなたを脅かしている予兆と戦って勝利を収められるとは光栄です」

「わたしがフランスに足を踏み入れた最初の夜のことです。ストラスブールでわたしが休んだ大きな部屋には、夜だったので明かりが灯っていました。その明かりに照らされて、壁に血が流れているのが見えたのです。それでもわたしは勇気を振り絞って壁に近づき、その赤い色をもっとしっかり確かめようとしました。壁には幼児虐殺を描いたタピストリーが掛けられていました。悲しい目をした絶望が、怒れる目をした殺意が、斧や剣のきらめきが、母の涙や叫びが、末期の溜息が、その壁の至るところを縦横無尽に駆け巡り予言しているようでした。見れば見るほど実感が伴って来るようでした。恐ろしさに震えて、わたしは眠ることが出来ませんでした……どうか教えて下さい、これは悲劇の予兆ではないのでしょうか?」

「太古の女性にとってはそうかもしれませんが、現代の大公女にとってはそうではありませんよ」

「現代は災いに満ちているのではありませんか。母が申しておりました、頭上で燃える天は硫黄と炎と苦しみに満ちていると。だから怯えておりますの。だからどのような虫の知らせも警告だと思ってしまうのです」

「いいですか、我々の坐る玉座を脅かす危険など何一つありませんよ。私たち王族は雲の上で暮らしているのです。雷は足の下、地面に落ちたとすれば、それを落としたのは私たちですよ」

「では予言されたことは何も起こらないのですか」

「何を予言されたのです?」

「恐ろしいことです」

「予言されたのですか?」

「見せられたと言うべきでしょうか」

「見る?」

「ええ見たんです。あの映像は心に深く焼きついております。あのことを思い出して震えない日はありませんし、夢に見ない夜はありません」

「何を見たのか教えてもらうわけにはいきませんか? 沈黙を要求されているのですか?」

「いいえ、何も要求されてはおりませんわ」

「では教えて下さい」

「説明するのは難しいのですが。それは地上に建てられた死刑台のような建物でしたが、その死刑台には梯子の縦木のように二本の棒が取りつけられていて、その縦木の間に刃、庖丁、斧のようなものが渡してあるんです。おかしなことに、わたしの頭がその刃の下にあるのも見えました。刃が縦木の間を滑り、身体から切り離されたわたしの頭が地面に転がり落ちたのです。わたしが見たのはこういう場面でした」

「完全な幻覚ですよ。人に死を与える拷問器具のことならあらかた知っていますが、そんなものは存在しません。だからご安心なさい」

「この忌々しい映像がこびりついて離れないんです。でも出来るだけのことはしてみます」

「きっと出来ますとも」王太子は妻に近づいて言った。「今この瞬間から、愛に溢れた夫がそばを離れずいつも見守っているのですから」

 マリ=アントワネットは目を閉じて椅子に身体を預けるがままにした。

 王太子がさらに近づいたため、息が頬に当たるのが感じられた。

 その時、王太子が入る際に使った扉がそっと開き、好奇に満ちたルイ十五世の眼差しが食い入るように部屋に注がれた。部屋は薄暗く、二本だけ残っていた蝋燭が金の燭台の上で揺れているばかりであった。

 老王は口を開いた。どうやら小声で孫を励ますつもりであったらしいが、そこで言葉では表せぬような轟音が宮殿内に響き渡り、今回は稲妻に加えてさらに爆音が聞こえた。と見る間に、緑に彩られた白い光の柱が窓の前に落ち、ガラスというガラスを砕き、露台の下の彫像を打ち砕いた。やがてそれは何もかもを引き裂いた後で天に帰り、流星のように見えなくなった。

 部屋に吹き込んだ突風で二本の蝋燭が消えた。怯えた王太子は、眩暈に襲われたようにふらふたと壁際まで後じさり、そのまま壁にへばりついていた。

 王太子妃は気を失なったようにして祈祷台の足段に倒れかけたまま、死んだようになってぐったりとしていた。

 ルイ十五世は大地が沈んでしまうのではないかとすっかり怯えて、ルベルを従えて誰もいない部屋に戻った。

 そうしている間にも、庭や道路や森に散らばり、濃い霧の中をあちこち追いかけていたヴェルサイユやパリの住人たちは、怯えた鳥の群れのように遠くに逃げていた。庭の花を踏みにじり、森の草葉を蹴散らし、畑のライ麦や小麦を踏み荒らし、家屋のスレートや彫刻飾りをぼろぼろにして、さらに被害を拡大させた。

 王太子妃は両手を額に押しつけ、泣きながら祈っていた。

 王太子は放心したように感情も見せずに、破れた窓から吹きつける雨を見つめていた。床に溜まった青い水たまりが、何時間も止むことのない稲光を映していた。

 だがこうした混沌も朝には治まっていた。一日の始まりを告げる光が赤い雲の上から顔を出し、やがて昨夜の嵐がもたらした被害を白日の下に晒すはずだ。

 ヴェルサイユはもはやすっかり変わっていた。

 地面には大量の水が染み込んでいる。木々は大量の火を吸い込んでいる。そこら中が泥だらけで、雷と呼ばれる燃えさかる蛇に絡みつかれた木々は倒れ、ねじれ、黒焦げになっている。

 ルイ十五世は眠ることが出来ぬほど怯えていたが、早朝には一時も離れずにいたルベルに着替えを手伝わせ、あの回廊に引き返した。本来であれば花や水晶や燭台に囲まれるべき絵画が、仄かな鉛色の光に照らされて、恥ずかしげもなく取り繕った顔をしていた。

 前夜から数えると三度目になるが、ルイ十五世が婚礼の間の扉を押すと、将来のフランス王妃が祈祷台の上に倒れているのを見て震え上がった。顔は青ざめ、瞳はルーベンスの「マグダラのマリア」のように紫がかっている。気を失ったために苦痛も止まり、夜明けが敬虔な白い化粧着を青く染めていた。

 部屋の奥、壁際の椅子の上に、絹靴下を履いた足を水たまりに投げ出して、フランス王太子が坐っていた。妻と同じく青ざめて、同じように悪夢のせいで額に汗を浮かべている。

 婚礼の床は国王が見た昨夜と変わらない。

 ルイ十五世は眉をひそめた。エゴによって冷え切りながら自堕落によって暖め直されかけていた頭を、感じることのなかった苦痛が焼きごてのように射抜いた。

 かぶりを振ると溜息をついて自分の部屋に戻った。夜の間よりも暗く恐ろしくなっているであろう部屋に。


Alexandre Dumas『Joseph Balsamo』Chapitre LXV「La nuit des noces de M. le dauphin」の全訳です。


Ver.1 10/08/28
 


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[訳者あとがき]

 ・08/28 ▼次回は09/11(土)更新予定。

*1. []。[]

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