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翻訳者:wilder
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森林探偵ノーヴェンバー・ジョー

ヘスキス・プリチャード


第二章


ノーヴェンバー・ジョー



 ボースとメインの州境沿い、合衆国とカナダのあいだには、緑の森と常緑の山からなる土地がある。大きな森のはずれに立っているちっぽけな農家から、遠く離れた森の奥には、猟師や毛皮商の丸太小屋や奥深い通り道があった。
 私はサイレント・ウォーターで下車すると、夜を過ごすつもりだったボースのハーディング農場へとすぐに乗り込んだ。ハーディング夫人はにこやかに迎え入れ、素晴らしい夕食を用意してくれた。食事しているあいだに闇が訪れ突風が一吹きしたこともあり、自分が安全な避難場所にいることに満足を覚えた。
 戸外では、風が農家を囲む松林を吹き抜けている。室内では、予想もしなかったことに、四十マイル離れたセント・ジョージと私たちを結ぶ電話のベルが、松林の唸りより遙かに高く鳴り響いた。
 ハーディング夫人が受話器を取り、こう言うのが聞こえた。
「夫は今夜、戻りません。セント・ジョージに行って……だめです、誰もいません……でもどうすれば? 私と子供しかいないんですよ……ええ、クォーリッチさんが泊まってます、狩りに来ていて。だめです、頼めませんよ」
 私は近づいていった。
「何がだめなんです?」
 ハーディング夫人は受話器を握って立ちつくしたまま首を振った。とても美しい婦人で、料理も驚くほど上手い。
「何でも頼んでください」私は請けあった。
「ノーヴェンバー・ジョーに伝言を届ける人を探してるんです」夫人が説明した。「そう電話で地方警察が」
「行きますよ」
「ハンターを寄こすなってジョーと約束させられたんです」疑わしげにそう言った。「有名人のジョーと会いたがってる人たちばかりだって」
「でもノーヴェンバー・ジョーは友だちですからね。何年も前モンモランシーにいたころ一緒に狩りをしたんです」
「そうなんですか?」表情を少し和らげ、「ええ、それなら……」と認めた。
「もちろん伝言を届けますよ」
「かなり遠いですよ。ノーヴェンバーは人づきあいが悪くて。隠者なんですよ。これから十五マイルも馬車道を進まなくちゃいけませんよ。潰れた丸太小屋を西に曲がって、チャーリー川を越えた、その向こう岸二エーカーばかしのところにジョーは住んでるんです」夫人が受話器を手にした。「あなたのことを伝えましょうか?」
「お願いします」
 直後に私は電話で指示を仰いでいた。相手はどうやら、私のよく知るケベックの警察署長らしい。署長自身の言葉を以下に引こう。
「あなたなら大丈夫ですよ、クォーリッチさん。ええ、ヘンリー・リヨンという男が、ジョーの管理区で撃たれたと伝えてほしいんです。ビッグ・トゥリー・ポーティッジとディーポウ・リヴァーのあいだです。死体を見つけた木こりから電話があったばかりで。報酬は五十ドルと伝えてください。はい、以上です。感謝しますよ。ええ、できるだけ早く伝えてください。それでは」
 受話器を置くとハーディング夫人に振り返り、事の次第を告げた。才女はきっぱりと頷いた。
「それなら一刻も無駄に出来ませんわ。食事を用意いたしますね」
 二人で急いで荷物を詰めながら、私はジョーについて尋ねた。
「今ノーヴェンバーは警察と働いてるんですか?」
 ハーディング夫人は質問を返すことで答えた。
「『ロング・アイランド殺人事件』のことを新聞でお読みになってません?」
 すぐにその事件を思い出した。興味本位の見出しと論評だったが、ジョーの名前が書かれていたのを見逃すとはどうしたわけだろう。
「ノーヴェンバーはニュー・ヨークに行って、警察を悩ませていた事件を解決した人なんです」ハーディング夫人は続けた。「それ以来、警察はジョーを雇いたがってるんですわ。一月百ドルでニュー・ヨークへ行き探偵を開業しないかと持ちかけてるんです」
「ははあ、それでジョーは何と?」
「千ドルでも森を離れる気はないそうです」
「へえ?」
「その千ドルを出したんですよ」
「それで?」
「その夜に、小屋に戻りました。ここに立ち寄って、夫にこう言ったんです。残りの人生を五番街で暮らすよりは、森で木に縛り付けられた方がいいってね。この辺りの木こりやガイドはジョーを買ってますからね。ローラに鞍をつけるといい――すぐそこの厩にいる大きな糟毛の馬で――すぐ行って。嵐が止めば月が出ます」
 私はランタンの助けを借りてローラに鞍をつけ、闇と風の中におぼつかない一歩を踏み出した。道のりのほとんどを馬を牽いていかねばならず、人里離れた材木小屋に到着する前に、一面に夜明けの薄明かりが広がった。心にはノーヴェンバーの思い出が絶えずひしめいていた。私の知る当時少年だったにもかかわらず人となりは強く印象に残っている。幾多の不愉快な義務を遂行したり、髭親父トム・トッドが少年の肩に重圧がかかるのを楽しんでいたり、といった際の確かな落ち着きゆえだ。
 トムには偉ぶった口をきく癖があったが、いつも少年の顔には明るい表情と達観したような優しさが浮かんでいたのも思い出した。あるとき湖でキャンプファイアをしているときにトムが話をした。私にガイドを頼みに来たのだが、湖一帯は白人が足を踏み入れたことがないというのだ。その瞬間ジョーは手で口を覆わなければならなかった。トッドがカヌーの修理のため立ち去ったので、私たちは二人だけになった。なぜ大人を笑うのかジョーに尋ねてみた。
「だって、子供の足は大人の足と違うよね」ジョーは無邪気に答えて、ほかには何も口にしなかった。
 荒れた小径を踏み分けて進みながら楽しんでいたのは、たしかにそうした思い出だった。今ではジョーも大人になって、数マイル四方の管理区内だけではなく、広い世界の外にも見聞を広めているのだろう。
 太陽が梢から顔を出していた。小屋の戸口に馬を止めると、忙しそうに身の回り品を包んでいる細身だが力強い若者が目に留まった。私がのんびりと話しかけようとしたところ、若者は立ち上がり――
「えっ! クォーリッチさん! 信じられないや?」
 若い森番はゆっくりと近づいて、興味津々優しく迎えてくれた。ジョーらしかったが、疑うべくない優しさを感じた。
 ノーヴェンバーのことをうまく説明できない。私の覚えていた気ままな少年が、森の中で育った大人の見本そのものに成長していたと言えば充分だろう。この森の息子ときたら誰をも恐れさすほどに、背は六フィート近くあり、しなやかで力強く、柱のような首、まっすぐな顔立ち、精悍な風貌をしていた。
 生まれながらのものだけではない、環境が育んだのだ。
「ねえ、クォーリッチさん、トムさんとルースティクで一緒だったころのことをよく思い出してましたよ」
「あのころはよかったなあ」
「そうでしたよね!」
「また一緒にやりたいな」
「狩りがしたいんなら、よろこんで。ウィドニー沼の辺りには、立派な鹿がうろついていますよ。日暮れには見られるでしょう。暗くなるころに藪から姿を現すんですよ」ぼくを見上げたグレイに輝く瞳には、ユーモアの光がきらめいていた。「だけどまずはお茶にしましょう」
 ノーヴェンバー・ジョーの(そう言えば、十一月生まれだからこの名前になったことは言っておくべきだろう)、つまり、ノーヴェンバー・ジョーのお茶好きは昔から私のからかいや冷やかしの的だった。好物は今も変わらないらしい。微笑ましい。この驚くほど完璧な若者にも隙を見つけて安心したということだろうか。
「狩りについてきてほしいんだ」と私は言った。「実は今夜ここに来たのだって、赤鹿を撃ちたいからなんだが、ハーディングさんのところにいたとき電話が来てね、地方警察からの伝言があるんだよ。ヘンリー・リヨンという男がビッグ・トゥリー・ポーティッジのキャンプで撃たれたらしい。木こりが見つけて、ケベックに電話したんだそうだ。警察署長は、この件を引き受けてほしがってたよ。報酬は五十ドルと言ってたな」
「ついてないな」ジョーが言った。「いつだって撃ちたいのは男じゃなくて鹿なのに。自業自得だったとしても残念に思わないや。クォーリッチさん、ぼくは行けなくなっちゃった。でもガイドはいりますよね。セント・アミールに行けばチャーリー・ポールがいます」
「だけどね、ノーヴェンバー、チャーリー・ポールだろうとほかの誰だろうと、君以外のガイドはほしくないよ。実は去年の秋に君を雇っていたアンドリュー・マクラーリッツ博士から言われたんだ。働き過ぎだから休みを取って森に行け、とね。休暇は三か月取ってある。聞いた話からすれば、リヨンを殺した犯人を見つけ出すのに三か月もかからないだろう」
 ジョーは深刻だった。「もっとかかるかもしれません。見つけられないかもしれない。だけどそんなに長く滞在できるなんて嬉しいな。中に食事があります。何日も留守にするつもりはないけれど」
「ビッグ・トゥリー・ポーティッジまでどのくらいある?」
「川まで五マイル、川を遡って八マイルです」
「一緒に行くよ」
 利発そうな笑みを見せた。「それなら、カヌーに乗るまで朝ご飯は待てますよね。馬を放してください。昼にはハーディングさんのところに帰るでしょう」
 ジョーは小屋に入り、包みをいくつか手にして戻ってきた。五分でテント、寝具、食料、弾薬、その他の必需品をまとめ、包みを紐で縛って背負うと、森の中へ出発した。


"November Joe: detective of the woods" Hesketh Prichard -- ChapterII 'November Joe' の全訳です。


03/06/16 Ver.1




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