この翻訳は翻訳者の許可を取ることなく好きに使ってくれてかまわない。ただし訳者はそれについてにいかなる責任も負わない。
翻訳:東 照
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アルフレッド・テニスン「ウェリントン公の死によせるオード」

I

さらば大公爵
帝国は喪に服せり。
さらば、大公爵に別れを告げん
大国に哀悼の声の響くまにまに。
勇将を失いし悲しみに暮れつつ、 5
つわものどもは棺衣を運び、
村や邸には悲しみの帳こそ降りけれ。

II

その死を悼まれし人物をいずくに葬るべきや?
ここ、雑踏がこだまするロンドン中心に。
このどよめきのために立ち向かい、 10
この足音のために戦ったのだから、
その雑踏で遺骨を包み込もうではないか。永遠に。

III

パレードを導かん。悲しみと重い足取りを
世の嘆きに合わせて、
長い長い葬列を行かしめ、 15
悲しみ嘆く人々を集め、
弔いの軍楽を吹き鳴らさん。
最後の偉人が逝ったのだ。

IV

あれこそ不世出の英国人、
その過去の威容を偲んで悼まん。 20
軍人らしき仕草で、
群衆に敬礼する姿ももはや見られず。
あゝ友よ、この国の神官は黙して語らず。
由緒ある家柄に生まれ、
政治家にして軍人、謙虚で、毅然たりて、 25
一にして全、社会の財産たる、男を悼んで。
絶大なる影響力を誇れども、
大それた罪には縁なく、
偉大なれども鼻にかけず、
議場にても戦場にても偉大な、 30
並ぶ者なき時代の将、
豊かなる良識に富み、
真に偉大なる者だけが持つ、
純粋なる気高さに富みし、男を悼んで。
あゝ知らぬ者のなきあの白髪、 35
あゝ予感を抱かぬ者のないあの声、
あゝ時をあやまたぬ不屈の精神、
あゝ猛き塔もついに倒れぬ
大風に踏みこたえしあの塔も!
斯かる男を我らは悼む。 40
長き自己犠牲の人生は幕を閉じた。
世界の覇者を制した覇者はもはや現れぬ。

V

すべては終わり幕は降りた。
贈り主に感謝を捧げようではないか、
英国よ、汝の息子のために。 45
さあ鐘を鳴らそう。
贈り主に感謝を返し、
土に彼を返すのだ。
町と川を見下ろして輝く
金の十字架の下に。 50
さすれば賢者と勇者に囲まれて
永遠の眠りに就かん。
敬虔な人々の見つめる
そびえる霊柩車、黒き馬。 55
参列者が葬儀にうち沈むなか、
その素晴らしき功績で輝かせん。
さあ鐘を鳴らそう。
心に染みる弔鐘を響かせよ。
悲しみに暮れる讃美歌の声を 60
金の十字架を戴く円屋根に鳴り響かせん。
その死を悼みて大砲を一斉に轟かせよ。
必ずやその砲声を懐かしまん。
幾つもの国で、幾度となく、
指揮官の耳は聞いてきたのだ、 65
その声が勝利を叫び、悲運を叫ぶのを。
彼は斯かる太き声とともに戦い、
王国と国王を恥辱から守ったのだ。
その太き声にて、死せる指揮官は
暴君に目にもの見せけりて、またその轟音にて 70
著名なる者に訴えを説かん
賞賛と非難を同じ名前のうちに持ち、
混じり気なき誹謗をまといし、
冷静沈着なる男に。
あゝ詩神よ、斯かる勇名に、 75
斯かる勇名に永遠の生命を、
斯かる勇名に、
あまねく名声の知れ渡り、
とこしえに通りに歌の響かんことを。

VI

旗印と楽の音と、兵士と司祭と、 80
国民の嘆きをしたがえて、安眠を妨げる、
賓客のごと来たりしあの男は誰ぞ?
力猛き船乗りよ、海の勇者よ、[*1]
あれこそ汝と同じ、陸の勇者。
偉人よ、島国は汝を愛せり、 85
天地開け初めしより、もっとも偉大な船乗りよ。
今こそくぐもった太鼓の轟きが、
もっとも偉大な軍人の来訪を汝に告げん。
あの男こそ、海の勇者の
汝と同じ、陸の勇者なれば。 90
彼の敵は汝の敵。我らに自由をもたらせり。
あゝどうか歓迎したまえ、
彼こそ盛大なる葬礼に相応しく、
汝のそばに眠るに相応しき男。
彼こそは偉大なる英国の息子、 95
幾百の戦を勝ち抜き、
英国の砲弾を無駄にせざりし男。
彼こそは遙かなるアッセイエにて
幾万の敵に挑みて
わずかなる火器で勝利を収めし男。 100
また別の陽の下、
後の日の戦いでは、
リスボンを囲まれども
三人力の働きを見せ、大なる計画を立て、
身を粉にして塁壁を築き、 105
果敢にも背水の陣を敷き、
ふたたび前に進みけり。
偉大なるうえにも偉大となりて、
枯れ蔓より叩き出し、
敵軍をフランスへ撃退せり、 110
叩きのめして撃退せり、
あの鷲を丘の彼方に退かせり、[*2]
山峡、渓谷のうち続く
ピレネーの松林の向こうまで、
喇叭の響き、人々の怒号、 115
大砲の轟き、鎧の軋りを、
英国は敵軍に浴びせながら。
あゝ何と際どい戦いだったことか。
あの貪欲なる鷲は怒りに燃えて
はためかせし翼で欧州に影を落とし、 120
玉座を狙ってふたたび吠えけり。
ただ務めという鉄の冠を求めし
簒奪者を追い落とせしあの安息日の日まで。
あの日こそ絶望の始まり!
やつらは岩なす大地を駆けて 125
泡を食って逃げ出しにければ。
ついに、プロシアの喇叭の響かん。
長くいたつきし空気を裂きて
天より喜びの光の放たれ、
我ら一掃し、撃破し、駆逐せり。 130
さても偉大なる戦士の証せしは、
果てしなき勇気に不可能はなし
世界を震撼させし、かのワーテルローを見よ!
力猛き船乗りよ、敗れし戦略の汚名にも増して
穏やかにして誠実な、純粋なる船乗りよ、 135
あゝしろがねの岸を持つ島の救世主よ、
あゝバルチックとナイルの攪乱者よ、
ここで起こりしことのなければ、
聖者たちに囲まれし魂に触れなば、
愛国心の汝を突き動すことあらば、 140
喜びたまえ、汝のそばに英雄の眠れり!
幾星霜にもわたり国民の声を響かせよ、
歓喜と喝采のうちに、
国民の声を、
人類が讃えし証と評判とを、 145
国民の声を、喜びの声を聞け、
市民たちが歓楽と式典と遊戯の場において、
偉大なる指揮官の正しさを正しきを裏づけるのを、
栄光、栄光、栄光、栄光を、
その御名に永遠の栄光を彩らせて。 150

VII

国民の声を! 我らは今も国民なり。
ほかの者たちが気高き夢を忘れ、
蒙昧な暴徒や横暴な権力に惑わされども。
我らをこの島に囲いて、荒れ狂う海と
吹きすさぶ風雨のうちにブリテン人を留めし男に感謝を、 155
かぎりなき愛と敬意と惜別の
気持を込めて、声をあげよ、
戦を交え、我らを守りし、あの偉大な男たちのために。
あゝ神よ、蛮人の指揮より我らを守りたまえ。
あゝ政治家よ、我らを守りたまえ、欧州の 160
目を、魂を守りたまえ、気高き英国のすべてを守りたまえ、
国民といにしえの玉座の間に
蒔かれし偽りなき自由の種を守りたまえ、
その健やかなる自由より、つつましき国王への
忠実なる情熱が湧き出ずるのだ。 165
ゆえに、守られながら、汝らも人類を守る手助けをせよ
あやまてる社会を粉々に打ち砕くまで、
そして未熟な世界に心の進軍を教え込め、
ついに群衆が正気に返り、王冠が正しきところに戻るまで。
だがだらだらと盲信して目配せするのはもうやめよ。 170
おまえたちの軍を導きし男のことを忘れるなかれ。
神聖なる海岸を守れとおまえたちに命じたのだ。
だが大砲は海べりの城壁で朽ち、
彼の声が会議室に響くことなし
永遠に。嵐の来ようとも 175
永遠に声は響かず。雷鳴にて
引き裂かれども、声はあらず。だが忘れるなかれ
おまえたちとともに話をしていたことを。話していた男のありしことを。
時間を使うために真実を売りしことも、
力を得るために永遠なる神と駆け引きせしこともなき男のことを。 180
わずらわしき世間の上となく下となく
さまざまに流るる噂の源となりし男のことを。
その人生は人に訴え、その言葉は人生より
切り取られし厳かなる箴言として世に広まれり。
敵を非難したことのなき男なり。 185
八十年の冬にわたりて、
権利を踏みつけし身勝手な者どもを非難して凍らせける。
真の語り部はその名も英国のアルフレッド。
真の恋人は我らが英国の公爵。
いかなる戦歴が日に当てられようとも 190
決して恥じることはあるまい。

VIII

見よ、輝かしき歴戦の将の
輝かしき霊廟にしずしずと運ばれ、
とつくにの勇者にしたがわれしを。
その両の手より勇将のなきがらに 195
満天の星のごと栄光をふりそそぎて、
角笛のごと運命を涸らしけり。
いざ、幸運を待てと伝えん
偉大なることにこだわらず、
国を守り仕えることに心を注ぎし男に。 200
波乱の島物語において一度や二度ならず、
務める道こそ栄光にいたる道なりし。
その道を歩きて、権利を求めて
渇望するのみならず、自己愛を
抑えるすべも心得る男の、旅立ちの日より前に、 205
屈することなきアザミの[*3]
紫に輝きて、なまめかしき薔薇より
緋々として燃え猛るを見出さん。
輝かしき島物語において一度や二度ならず、
務める道こそ栄光にいたる道なりし。 210
つねづね命令にしたがいて、
心と手足を奮い立たせる男の、
絶壁は高けれど遙かに臨める光の
上への道を諭しけるに、道を見つけ、
務めという揺らぐ岩山を登るを得ば 215
輝ける台地に近づかん
神ご自身が月と太陽たる台地に。
かかる者こそあの男なれ。その務めは果たされけり。
されど人類の栄えつるうちは、
この偉大なる手本を 220
巨大なままに、全土より臨まれるままにし、
兵士を忠実に、政治家を純粋なるままにせん。
全世界の果てまで、全人類の物語を通して
務めの道こそ栄光にいたる道なり。
彼が不名誉より救いたもうたこの国の家庭に 225
幾年にもわたり声をあげさせたまえ、
市民たちの歓楽と式典と遊戯の場において。
そして長く照らされし都市の、
鉄の如き将軍の名声を燃え立たせるとき、
栄光、栄光、栄光、栄光を、 230
その御名に永遠の栄光を彩らせん。

IX

平和よ、変わることなき言葉もて
彼の勝利を歌わせたまえ
遠き未来の、我ら見ることなき夏の日にも。
平和よ、それは苦しみの日なり 235
何となればその大黒柱の如き膝に
亡き子らのしがみつきけり。
あゝ平和よ、それは苦しみの日なり
何となれば、その手と心と頭の上に
かつて欧州の重みと運命が掛かりけり。 240
我らは苦しみを引き受け、彼には成果を得さしめん!
人の力を超えたるものの
我らとともにあり、ここより
今このとき、厳粛なる葬儀を見つめけん。
目に見えぬその者に、我ら敬意を捧げん。 245
我ら敬意を捧げ、戦の話を
声高く意味なく口に出すことを控え、
厳粛なる聖堂に相応しき
賢明なる沈黙をもて
慎みなく思い出を語らうこと控えん。 250
我ら敬意を捧げ、永遠に向けて奏でる
楽の音の、黄金の海となりて
流れるを聴けば、
心に希望の高く湧き出ずらん、
ここにいたりて疑いは生じず、真実なればなり、 255
ワーテルローで戦いしみぎりより
さらに気高きおこないのあることと
かの者の永遠に勝者なることの、確かなるを。[*4]
大いなる時代の、丘をうねらせ
岸をうがち、とこしえに 260
創造と破壊を繰り返し、その本意を遂げんとも。
無数の世界の上の世界が
我らの周りを、異なる力を持ち、
我らとは別の生命を持ちて、回りつるとも、
魂より偉大なるものなどあろうか? 265
神と神の如き男たちの上に、我ら信頼を築かん。
いざ聞け、人々の耳もとで嘆く葬送曲を。
悲しみに沈む群衆がうつろい、嗚咽と涙がこだまする。
暗き大地が口を開け、死者は見えなくなりぬ。
灰は灰に、塵は塵に。 270
偉大に思われし男は去りき――
去りき。なれど、ここに
彼みずから築きし力を
奪えるものなど一つもなく、
いっそうの威厳に満ちて、 275
何者の編みし花冠より
まことなりし冠を戴くと、我らは信ず。
もはやその名声を口にすることなかれ、
この世の思い出を掻き起こすなかれ、
そして広き大聖堂に亡骸を横たえ、 280
神の御許に引き渡し、キリストに委ねたまえ。


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[註釈]
*註1 [海の勇者]。ネルソン提督のこと。[

*註2 [あの鷲を]。鷲はナポレオンの紋章。[

*註3 [アザミ]。アザミはスコットランドの象徴。[

*註4 [ここにいたりて疑いは生じず、]。「疑いは生じず〜確かなるを」。ルイス・キャロル『シルヴィーとブルーノ完結編』16章に引用された箇所。→こちら。 [
 

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