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土蜘蛛草紙
―つちぐもざうし―
其の三
〔翻刻〕
だいどころの障子の一間なるに老女のいきざしさわがしきを〔ママ〕となひきこゆ。やりどをうちたヽくに、あけたり。頼光、とひていはく「汝はなにものぞ。ことのこヽろわきがたし」との給へば、答て云「我はこのところのとしごろのもの也。二百九十にまかりなる。主君九代につかへたり」というを見れば、かみしろくしておなじ物をあつめたり。くじりといふものをもちて左右の目をあけて、上のまぶたをかしらのにうちかづきたれば、帽子のごとし。また、かうがいのやうなる物にて口をさしあけて脣をひきのばしてうなじにゆへり。左右のちをのへてひさにひきかけて〔○〕しをきたるににたり。云ふやう「春往秋來れども思はあらたまらず。歳去歳來りて恨のみ切なり。比ところには魔塚ありて人跡絶たり。わかきはさるといへども老てみづからの〔身〕のこるうらめしきかな。宮の鶯すまずなり、うつはりのつばくらめとほざかる事をなげく。君を見たてまつるは長安昌家のむすめ、元和の白楽天にあへるこヽちす。人とヽころことなりといへども、〔起始は是おなじ〕、かしこには江のうへにうかぶ月を見るごとに〔その〕枕の上につもる涙をかなしむ。今しるべき知識にあひたてまつることをえたり。ねがはくは我をころし給へ。十念成就して三尊來迎にあづからむ。なにごとかこれにすぎたる御恩候べき」といふ。頼光かくのごときのものにあひて問答むやくと思ひ、そこをいでヽ有。つなだいどころにいきて世間をうかヾひ見る。
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〔現代語訳〕
台所は障子一間なので老女が動く気配が聞こえる。遣り戸を打ち叩くと開けたり。頼光、問うて曰く「そなたは何者か。事情がどうも判断できぬ」と仰れば、老女答えて曰く「我はここに長年住む者じゃ。二百九十歳になったのでございます。九代の主君に仕えたものじゃ」 かように答えるのを見れば、髪白く黒きところなし。抉《くじり》なるものを使い左右の目を開き、上のまぶたを頭にうちかぶるさまは帽子のごとし。また、笄《かうがい》のようなもので口を差し開いて、唇を引き伸ばしてうなじに結う。左右の乳を延ばして膝にひき掛けてまるで身にまとっているようだ。話す様と言えば「春行き秋が来ても、思いは昔のまま。年去り年来たりて、恨みだけがつのる。ここには鬼の墓があって人跡が絶えてしまった。若きは去るといえども老いて自らの身が残るも恨めしきことか。家の鶯も住まなくなり、梁の燕も遠ざかるのが悲しい。あなたさまとお会いできたのは、娼家の娘が元和の白楽天に会った心地じゃ。所は違うといえども起こりは同じ。かの所では、河の上に浮かぶ月を見るたびに、枕の上に積もる涙を悲しむ。たった今、悟るべき智者に出会うことができたのです。願わくは我を殺したまえ。十念成就して三尊来迎におぼしめしたい。これに過ぎたるご恩がほかにございますでしょうか」と言う。頼光、かくのごとき者に会って問答するも無益と思い、その場を離れたり。綱が台所に行きて辺りの様子を探る。
〔解説〕
【抉《くじり》】錐のような形をした、結び目をほどくための道具。
【笄《こうがい》】髪を掻き上げるための棒のような道具。
【十念成就】「十念」とは「南無阿弥陀仏」を十度唱えること。
【三尊来迎】臨終に三尊(阿弥陀・観世音・勢至)がお迎えに来ること。
〔画像〕
老婆の右側にある、障子のように見えるのが遣り戸でしょうか。そして遣り戸より格子の目が細かいのが障子のようです。
禿頭のように見えるのが、まぶたをかぶっているのでしょう。手に持っているのが抉でしょうか。笄はよくわかりませんが、タラコ唇のように見えるのが笄と唇でしょう。乳房は膝どころか足首しか見えてません。
頼光が右手で三尺の太刀の柄を握り、左手に脇差しの柄らしきものを握っているようにも握ってないようにも見える。
シワなのか汚れなのか雑草なのかわからないものもあちこちにちらほらと見える。
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