「第二の殺人に取りかかりましょう」ダフが言った。「ギャスケルの死の状況を検討すれば何かわかるかもしれませんぞ。その前に言っておきますが、これらの『可能性』がすべて実際に可能であると本気で信じておるわけではありません。事実というもの――性格のなかの事実、感情のなかの事実というものがあって、いわゆる証拠などより信が置けるものです。例えば、カスカート夫人がガイ・マクソンの共犯者だったなどと、わたしは一瞬たりとも信じておりません」
「ありがとうございます」ライナが冷たく答えた。
マク・ダフは微笑んだ。話が進むにつれて知りたいことをすべて打ち明けているのだという思いが、ふたたび強くなった。
「まずはマクソン氏に参りましょう。昨晩ギャスケル氏とご一緒でしたな?」
「そうだよ」マクソンが答えた。「ぼくらは……いろいろあって一緒にここから立ち去ったんだ。ギャスケルはタクシーを待たせていた」
「あなたはこの家にいたと。ではカスカート氏がここにいたのもご存じでしたな?」
「うん。二人で仕事の話をしていたんだ」
「リスクを犯すよう説得されていたのだ」伯父が口を挟んだ。「リスクのことなどおくびにも出さずにな。わたしはリスクなど気にせぬが、リスクを承知していながら無知な人間に取引を持ちかけるのは気に障る」マクソンは無言だった。「一杯食わせるつもりだったのかもしれんが」伯父は聞き取れぬほどの声でつけたした。
「ギャスケルはまっすぐ帰宅したのかね?」
「うん。家によって一杯やらないかって誘われた。だから付き合ってギャスケルの家で一杯飲んだんだ。でもあんまり話はしなかった。一杯飲んだらおいとましたよ」
「今回の事件ではサーモスタットのタイマーが壊されておったのですが」ダフが言った。「ギャスケルが午前二時以降に殺されたと受け取ることができる。あるいは反対に、殺人犯がそう思わせたかったという可能性もある。一時四五分にお別れした際には、まだちゃんと生きていましたかな?」
「当たり前だよ」
「直後に戻ったときには?」
「ぼくは戻ってない」
「おお、そうでしたな。そう仰ってましたな。一時四五分から二時〇八分のあいだ、ギャスケル家からホテルまで歩いていたというわけですな?」
「そうだよ」
「夜中にずいぶんと歩きましたな」
「歩くのは嫌いじゃないからね」マクソンが答えた。ずいぶんと偉そうだった。
「地下鉄の八番街線はご存じですな?」
「ご存じ? それは聞いたことがあるって意味かい?」
「よいですかな」ダフが説明を始めた。「サーモスタットのタイマーは、午前二時に暖房が切れるようにセットされており、さらには犯行直後の犯人によって壊されてしまったと考えてみましょう。あなたがホテルにたどり着くには六分か七分の余裕があることになりますな。折よく地下鉄がやって来て、運よく乗り込むことができたらの話ですがね。これだと無論、あなたが時計の重要性に気づかなかったということになります。わたしとしては、二時のアリバイがあれば無実を証せることに気づいていながら、運に頼るようなことをあなたがするとは思えませんがな」
マクソンの口が開いた。間が抜けて見える。
「ウィンベリーの死後、フラットに伺ったことはありますか?」
「ウィンベリーの? ないよ」
「ない。間接的証拠ではありますが、そこであなたを見かけた者はおりません。あなたが一時四五分から二時〇八分まで歩いていたと証言できる人物がいらっしゃいませんかな?」
「難しいな。誰も見かけなかったよ」
「そうなると、確実にあなたを除外できるような証拠がないのですぞ」ダフはため息をついた。「というのも、あなたが今も赤い駒を持っている可能性は残っておるのですからな。カスカート夫人やこの家の誰かが手助けしたということも考えられます」
「気をつけるよ」マクソンが苦々しげに言った。「これからは人の見ていないところでは一インチたりとも動くもんか」
「そうしていただきますかな」とダフが言ったので、マクソンが驚きを浮かべた。
「次は、カスカート氏やミラー氏に、昨晩ウィンベリーのナイフでギャスケルを殺す機会があったかどうかを検討せねばなりませんな」ヒューが何か言いかけたが、ダフがさえぎった。「わたしなりのやり方で説明させてくれたまえ。第一に、二人とも赤い駒を拾うことはできた。第一の殺人後、残りの駒を手元に置いていたのがどちらとも決めかねる。第二に、二人ともウィンベリーのフラットからナイフを持ち出すことができた。よいですな?」
「そうだな」伯父が答えた。「続けたまえ」
「無論、指紋はない。二人とも手袋をしていたのでしょう。第三に、一時四六分ごろギャスケル家に入るのを目撃された男だが、背が高いという事実のほかは正体はわからない。あなたがたは三人とも背が高い。何の助けにもならぬわけです。
「マクソンさん、あなたが無実だとして、ギャスケル家を出る際、この二人のどちらかを思わせる人物を見かけませんでしたかな?」
「いや」
「二人とも、あなたがそこに行ったのは知っていた」ダフが息をついた。「見つからぬように隠れて、あなたが出てくるのを待ち受けていたのでしょうな。さて、偶然にも昨夜は二人ともこの家にいた。一時四六分にギャスケル家に現れた人物であるためには、その少し前に家を出なくてはならない。十二時三〇分過ぎには家の人間は部屋にさがっていた。十二時三五分、ヒュー・ミラーとベッシーが二つのドア敷居に糸を置いた。午前二時過ぎ、ベッシーとヒューは勝手口の糸が動いているのを見つけた」
伯父が大声で笑い出した。
「無論――」ダフが悲しげに続けた。「カスカートにもミラーにも、封を破ってドアを開けることはできた」
「ヒューには無理よ」
「そんなことはあるまい。十二時三五分から二時までのあいだ、君たちは一緒にいたわけではなかろう」
「それは、それはそうですけど!」
「十二時三五分から二時までのあいだ、誰かと一緒だったかね?」ダフはヒュー・ミラーにたずねた。
「いいえ」ヒューは足を組み直した。「ですが十二時三五分から二時三〇分までカスカートさんはどこにいたんです? 帰ってきたのが聞こえたのはいつでしたか?」
伯父が立ち上がって暖炉を蹴った。
「いいですか」ヒューが不意に明るさを見せた。「これまでの話はたいへん面白いものでした。でもその時間ならぼくにはアリバイがあると思うんです」
「午前二時から四時以後までなら、君のアリバイは完璧だ」ダフが認めた。「サーモスタットの証拠を信じるとすればだがね」
「では信じなければ?」伯父がたずねた。
「犯人がタイマーに気づくほど鋭い人物であり、手動で気温を下げれば殺人が二時以後だという印象を残せるとわかるほど賢い人物であるならば、その場合は無論、実際の犯行は二時前なのでしょうな。しかしその場合だと、ミラーがベッシー頼みの危険を冒した理由が理解しがたい。アリバイとして利用するつもりなら、ベッシーが二時ごろに起きることに賭けたとでもいうことになる。だが起きない可能性だってあった。彼にはカスカートが家にいることがわかっているわけだから、あまり大きな音を立てるわけにはいかなかっただろう。部屋に入ることはできたのかな?」
「ドアにはバリケードみたいなのを作ってました」わたしは答えた。「だから、大きな音を立てないかぎり、なかには入れませんでした。非常階段の窓は開けてなかったし」ヒューがそうするように言っていたのを思い出したのだ。「窓は閉めて鍵も掛けていたので、そこから入ることもできなかったはず。ヒューの部屋からもそれは見えたと思う」
「では、特定の時間に君を確実に起こすことはできないのだな?」わたしは首を振った。「きっと、ヒューもできないことはわかっていたと思う」
部屋に沈黙が降りた。熾った火が音を立てる。マントルピースの時計が小さく澄んだ音を鳴らした。午前零時だ。
マクソンが突然口を開いた。「ぼくは容疑の外らしいや。どっちにしても。この件については、ぼくのアリバイは問題ないものね。かなりの偶然に左右されているとはいえ。ぼくに不利な事実はないんだ」彼は鼻先からダフを見下ろした。
岩を飲み込む流れのように、沈黙がマクソンの言葉を飲み込んだ。やがてライナが顔を上げて言った。「そうなんですか?」ダフはうなずいた。眠そうな目つきだった。
ヒューが言った。「ぼくはぼくであってほかの誰でもないのですから、ぼくにはやはり動機がありません。ぼくのアリバイも、この件では問題がないと思うのですが」
ダフが答えた。「そのようだな」
沈黙が訪れた。伯父が動いた。「わたしは家にいなかったのだから――」
ライナが慌てて口を出した。「わたしに説明させて、チャールズ」椅子にもたれて頭を預け、目を閉じた。伯父は微動だにしない。わたしたちはライナの美しい顔に注目していた。「いい?」ライナの声は少し疲れ気味で、少し厳しく、少し冷たかった。「チャールズにもアリバイはあるの。一時十五分から、たぶん二時十五分くらいまで。だからね、昨夜……チャールズはわたしの部屋で、わたしと一緒にいたの。そうでしょ、チャールズ?」ライナは目を開けなかった。
マクソンの顔に怒りが浮かび、ヒューの顔にはうろたえたような表情があった。マク・ダフは平然としていた。
「ライナ」伯父が優しい声をかけた。それがすべてだった。
マクソンが声をあげた。「ねえライナ、どうして嘘をつくのさ?」
「これでどうなりました、ダフさん?」ライナがたずねた。
Charlotte Armstrong『Lay On, Mac Duff!』CHAPTER 16 の全訳です。
Ver.1 07/07/06
[訳者あとがき]