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翻訳者:江戸川小筐
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知りすぎた男

ギルバート・キース・チェスタトン

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第七話
一家のお馬鹿(沈黙の神殿)


 ハロルド・マーチ、及びホーン・フィッシャーと交友を深めた数少ない人間なら――なかんずく社会的な場面でしかフィッシャーのことを知らない人間であれば、まさにその社交性に宿っているある種の孤独に気づいていた。いつも会うのは親戚ばかりで、家族に会ったことはないような気がしていた。あるいは家族の大部分には会ったのに、家庭には一度もお目にかかったことがないという方がより正確かもしれない。一族親戚はグレート・ブリテンの支配階級に迷路のように広く分岐しており、その大部分と良好な、少なくとも友好的な関係を築いているようだった。何しろホーン・フィッシャーはあらゆる話題に関わる奇妙で人間離れした情報と関心について並々ならぬものがあったため、その教養というのも色味のない金色の口髭や青白くうなだれた顔つき同様、カメレオンのように色に染まる性質なのではと思われることもよくあっただろう。いずれにしても、総督や閣僚や要職に就いている諸々の要人たちとつねに打ち解けた様子で、自分がもっとも関心を持っている分野について自分自身の言葉で一人一人と会話することができた。かかるがゆえに、陸軍相と蚕の話をしたり、文部相と探偵小説の話をしたり、労働相とリモージュ・エマイユの話をしたり、伝道と道徳向上相(というのが正しい肩書きでよければ)とここ四十年のパントマイム劇の子役の話をしたりすることができたのである。一番目の人物がいとこであり、二番目がまたいとこ、三番目が義理の兄弟、四番目がおばの夫である以上、確かにある意味では、このように融通無碍な会話を行うことが幸せな家族を作ることに一役買っていた。だがマーチが彼らの交友を見ていても、中流階級の人間が慣れ親しんでいるような家庭の内部を見ている気がしなかった。而して家庭というものは実際問題、健全で安定した社会でなら友情や愛やその他もろもろの基盤である。果たしてホーン・フィッシャーには父母も兄弟もないのだろうか。

 そんなわけだから、フィッシャーに兄がいる、それもずっと栄耀に恵まれ才能豊かだとわかって意外な気がしたが、もっともマーチの見るところそれほど面白そうではない。サー・ヘンリー・ハーランド・フィッシャーは、名前の後ろにアルファベットの半分がくっついており、外務省では外務大臣よりはるかに大きな存在だった。明らかに遺伝であった。というのももう一人アシュトン・フィッシャーという兄弟がいて、インドで総督以上の重要人物となっているらしいのだ。サー・ヘンリー・フィッシャーは弟をどっしりとだがスタイルよくしたようなタイプで、額は同じように禿げていたがはるかにつるつるだった。礼儀正しくはあったがわずかに人を見下すようなところがあり、マーチだけでなくホーン・フィッシャーにまで同じ態度を取っているように思えた。ホーン・フィッシャーには他人ひとが考えをまとめる前に感じ取ってしまうようなところがあったので、二人してバークリー・スクエアの大邸宅から出てきたときにも、自分の方からこの話題に触れたのだった。

「もうわかったでしょう?」とフィッシャーは穏やかにたずねた。「わたしは一家の大馬鹿者なんですよ」

「出来のいい一家ということになりますね」ハロルド・マーチは笑みを浮かべた。

「ずいぶんと率直に表現したんです。文学的な訓練にはちょうどいいですから。そうですね、わたしが一家の大馬鹿者だというのは大げさなのかもしれません。せいぜい一家の出来そこないというべきでしょう」

「あなたがことのほか出来そこないだと言われても奇妙な感じがしますけどね。試験科目でいったら何をしそこなったんです?」

「政治ですよ。青二才だったころに議員に立候補して、多くの支持を得て当選しました。大きな声援も受けたし、町中を担がれて回りました。それ以来もちろん、わたしはちょっとした日陰者です」

「『もちろん』というのがよくわかりませんね」マーチが笑いながら答えた。

「その点についてはわかる必要もありませんよ。でもね、ほかの点についてはかなり奇妙で面白いんです。ある意味では探偵小説そのものだったし、わたしが現代政治というものの仕組みの洗礼を浴びたんですから。よければその話をしましょうか」つまり以下に記したのが、かなりわかりやすく書き言葉風に直してはいるが、フィッシャーが語った物語である。


 ここ数年サー・ヘンリー・ハーランド・フィッシャーに会う栄誉に与った人間なら誰もが、かつて彼がハリーと呼ばれていたとは信じられないだろう。だが現実に子どもらしかったころはあったのだ。それは子どものころのことであり、生涯を通して輝ける落ち着きぶりも今では重々しい形を取っていたが、かつて明るい形を取っていたころのことである。友人たち曰くば、若いころに若々しかったからこそ年を取っていっそう円熟したのだ。宿敵たち曰くば、おつむの方はいまだに軽いがもはや心が軽やかとは言い難い。だがいずれにしても、ホーン・フィッシャーが話したはずの物語のそもそものことの起こりは、ひょんなことから若きハリー・フィッシャーがソルトン卿の個人秘書に収まったことから始まった。それゆえに外務省との後のつながりというのは、事実上、玉座の陰で糸を引いている偉大な主人からもらう形見分けのようなものであった。ここはソルトンについて多くを費やす場所ではない。彼について知られていることほど少なくはなく、知るべき価値ほどには多くないにしても。イングランドにはこうした表立たない政治家が三、四人はいたのである。貴族的な政治形態というものはときに、事故ですらあるような貴族を生み出すことがある。知性あふれる独立心と洞察力を持つ、生まれながらの帝王ナポレオンのような貴族である。膨大な仕事の大部分は目に触れず、私生活でお目にかかれるのもせいぜいが堅苦しくてシニカルなユーモア感覚に過ぎなかった。だが確かにフィッシャー家の夕食の席に彼がいるというのは事件であったし、その口から予期せぬ発言が飛び出したことから、テーブル・ジョークだと思われるようなものも、ささやかな扇情的小説めいたものに変わってしまったのである。

 ソルトン卿を別にすれば、これはフィッシャー家の団欒だった。というのも、特筆すべきもう一人の客人は夕食を終えると、コーヒーと葉巻で一服する面々を残して立ち去っていたからだ。これがなかなか面白い人物であった。エリック・ヒューズという名のケンブリッジ出の若者は、フィッシャー家が友人のソルトンとともに少なくとも形式上は長年所属していた革新党の期待の星だった。ヒューズの人柄というのは、食事のあいだじゅう雄弁かつ熱心に話をしていたくせに約束があるからとその後すぐに立ち去ったという事実にほぼ集約されていた。やることなすことがすなわち野心と誠実さの表われだった。ワインを一滴も飲まなかったが、言葉にほんのり酔っていた。また、彼の顔と言葉はちょうどそのころあらゆる新聞の一面に載っていた。というのも西地区の重大な補欠選挙でフランシス・ヴァーナー卿の無風選挙区をめぐって争っていたからだ。このあいだ披露されたばかりの、地主階級に反対する力強い演説の話で誰もが盛り上がっていた。フィッシャー家の集いでさえ、隅に座って暖炉に当たっているホーン・フィッシャー自身を除けば、この話題で持ちきりだった。青年期も初期のころには、後には気怠げになった態度もむしろ不機嫌そうな様子だった。ぶらぶらと歩きまわっておかしなテーマのおかしな本をぱらぱらと流し読みした。政治がらみの家族とは正反対に、彼の将来には派手なところもなく見通しも立たなかった。

「あいつには感謝しなくちゃならん。老いた政党に瑞々しい魂を注ぎ込んでるんだ」とアシュトン・フィッシャーが話をしていた。「旧来の郷士たちに対する批判運動が、この地方に根づいている民主主義の水準だな。議会の権限を強化しようとする今回の法令は、あいつの法案も同然だよ。要するに国会に行きもしないのにとっくに政府の一員というべきかな」

「そんなに難しいことじゃない」とハリーは言い捨てた。「あの辺りでは郷士の方が議会よりも力があるはずだ。ヴァーナーがしっかり根を張っているからな。ああいった田舎ならどこでも、お前に言わせると反動的ということになる。馬鹿な貴族たちはそれを変えようとしない」

「あいつはずいぶんと貴族を馬鹿にしているがね。バーキントンの会議はこっちよりも進んでいて、だいたいは合法的に運ぶんだ。『フランシス卿は由緒正しい青い血を誇りにしているのかもしれないが、われわれには赤い血が流れていることを見せてやろう』とぶってから、人間と自由についての話を続けたら、議会はただ大喝采あるのみさ」

「口が達者だ」ソルトン卿がぼそりと言った。そそれがこれまでの会話で果たした唯一の言葉だった。

 すると同じように静かだったホーン・フィッシャーも、暖炉から目を離さずに話し出した。

「どうにもわかりかねます。なぜ人は真の理由で批判されないんでしょうね」

「おーい!」ハリーがおどけたように言った。「ようやく気がついたか?」

「たとえばヴァーナーですよ。ヴァーナーを攻撃したいのなら、攻撃しないのはなぜですか? 絵に描いたように保守的な貴族だと褒めるのはなぜなんです? ヴァーナーって誰でしょう? 生まれはどこでしょうか? 名前こそ由緒がありそうですが、私はこれまで聞いたことがありませんでした、磔刑の話をされた男のように。青い血を話に出すのはなぜですか? わかっていないだけで、黄色くて緑の染みがあるかもしれないのに。わかっているのは、郷士のホーカーがどういうわけかお金を使いはたしてしまい(たしか二番目の奥さんのお金ですよ、ずいぶんと裕福でしたから)、ヴァーナーという名の男に地所を売ったということです。ヴァーナーは何からお金を作ったのでしょう? 石油? 軍との契約?」

「知らんな」ソルトンは考え込むようにフィッシャーを見つめた。

「あなたに知らないことがあるとは知らなかった」ハリーが興奮して声をあげた。

「ほかにもあります」いきなり舌でも生えたように、ホーン・フィーッシャーが話し続けた。「地元の住民に投票してもらいたいなら、どうして地元のことを考えている人を擁立しないんでしょうか? スレッドニードル街の住民とは、蕪や豚小屋の話などしないでしょう。サマセットの住民に対して、よりにもよってなぜスラム街と社会主義の話を? どうして郷士の土地を郷士の小作人に与えずに、議会に引っ張り込むんですか?」

「三エーカーと牛一頭か」ハリーは議事録が皮肉な声援と呼んでいるものを発した。

「そうですよ」弟は譲らなかった。「農民たちにしてみたら、三エーカー分の紙切れと委員一人よりも、三エーカーの土地と牛一頭を持ちたいはずだとは思わないんですか? 農民政治党を立ち上げて、小地主制の伝統に訴える人がいないのはなぜなんでしょう。ヴァーナーのような人たちを、そういう人たちだからと言って攻撃しないのはなぜなんでしょう、アメリカの石油トラストと同じくらい古いことだというのに」

「おまえは自分で農民党を率いた方がいいな」ハリーが笑った。「何かの冗談だと思いませんか、ソルトン卿? リンカーン・ハットとベネット帽の代わりにリンカーン・グリーンに身を包み、はもと鎌を持って、サマセットを行進する弟と供の者たちを見るとは」

「いいや」老ソルトンが答えた。「冗談には思えんな。非常に真面目で賢明な考えに思える」

「これは驚きました」ハリー・フィッシャーが声をあげてソルトン卿を見つめた。「ついさっき、あなたが知らない初の事実と言ったばかりですが、これはあなたが解さない初の冗談だと言うべきでしょうか」

「これまでにいくつものことを理解してきた」老人は不機嫌に答えた。「これまでにいくつもの嘘もついてきたし、あるいはそのことにうんざりしていた。だがつまるところは嘘また嘘だ。紳士たちが子どものように嘘をついていた。協力し合い、時にはともに助け合うためという名目で。だが自分たちを助けるだけのああした世界主義者めらのために我々が嘘をつくべき理由なぞ、理解できてたまるものか。我々をそれ以上は支援しようともせず、ただ圧力をかけるだけのくせに。君の弟のような人間が議会に行きたいというのなら、農民としてであろうと紳士としてであろろうと、ジャコバイトであろうとブリテン人であろうと、喜ばしいことだと思うね」

 ホーン・フィッシャーが跳ね起きると、はっとするような沈黙が訪れた。物憂げな態度は消えていた。

「明日には用意を始めます。きっと誰も支援してくれないでしょうね?」

 このとき、ハリー・フィッシャーの激しさがいい方に転がった。彼はいきなり握手でもしそうな動きを見せた。

「そうでなくてはな。ほかの人間が支援しなくとも、俺はする。いや、我々は全面的に支援できるとも、違うか? ソルトン卿がおっしゃりたいことはわかりますよ、もちろんその通りです。いつだってその通りなんです」

「だからわたしはサマセットに行くんです」ホーン・フィッシャーが言った。

「ああ、ウェストミンスターへの通過点だ」ソルトン卿が笑った。

 かくして、ひょんなことからホーン・フィッシャーは数日後、西部地方のひなびた市場町の駅にたどり着いた。小さなスーツケースと力いっぱいの兄も一緒だ。しかしながら、兄の機嫌のよい理由が冷やかしばかりだと思ってはならない。新人候補を支援する気持には、お祭り気分だけではなく期待もあった。騒々しい協力の裏には、高まりゆく共感と激励の思いがあったのである。ハリー・フィッシャーは常日ごろから自分よりも寡黙で変わり者の弟に愛情を抱いていたし、今となっては敬愛の念も高まるばかりだった。遊説が進むにしたがい、敬愛は熱烈な称賛へとふくらんだ。なにぶんハリーはまだ若かった。学生がクリケットの主将キャプテンに熱い気持を感じるように、選挙運動のリーダーキャプテンに熱いものを感じていたのだろう。

 称賛も不当なものではない。新たに三つどもえの選挙戦が進むにつれ、ホーン・フィッシャーには今まで目に見えていたもの以上のものがあることが、熱烈な兄以外の人間にも明らかになってきた。団欒の場で爆発したのは、問題を温めたり熟慮したりした長い行程の発露点に過ぎなかった。自分のことはおろか他人のことをも熟慮するために生涯維持した才能を、新富裕層に対抗する新小作農を支援しようというこの計画に長いあいだ充ててきていたのである。群衆には力強く語りかけ、一人一人にはにこやかに答えた。二つの政治技術はごく自然に身についたようだ。地方の問題については、改革派候補のヒューズや護憲派候補ヴァーナーよりも明らかに詳しかった。そこで気になってそうした問題を調べつくし、二人とも夢にも思わないようなやり方で水面下に潜りこんだ。やがてこれまで大衆紙にも見られなかったような、大衆の思いの代弁者となった。知識階級の代弁者からは口にされたことのないような新しい切り口の批評や主張、地元のパブで酔っ払った男たちがお国言葉で話したことしかなかったような議論や考察、父親たちが自由だった遠い昔から手まね口まねで受け継がれてきた半ば忘れられた技術――こうしたことが好奇心に駆られた何倍もの興奮を引き起こした。

 聞いたこともないような斬新で突拍子もないことを考えて、識者たちを驚かせた。復活したのを見るとは思わなかったような古臭くてよくあることを考えて、愚者たちを驚かせた。人々はそこに新しい光を見たが、夕日なのか朝日なのかすらわからなかった。

 実際に愚痴を聞いてみると、方針が難しくなりそうだった。フィッシャーがあちこちの邸宅や宿屋を訪ねると、フランシス・ヴァーナー卿がひどい地主であるということは苦もなく確信できた。土地を手に入れた物語は、思ったほど苔の生えた話でもたいそうな話でもなかった。当地では有名な話だったし、多くの点ではっきりしていた。旧地主のホーカーは、だらしがなく、満足できるような人間ではなかった。最初の妻とは仲が悪かった(見捨てられて死んだそうだ)。その後、気性の荒い財産持ちの南米ユダヤ人女性と再婚した。だがあっさりとしたうえに驚くほどのスピードでこの財産を使い果たしてしまったに違いない。なにしろヴァーナーに土地を売らざるを得ず、おそらく妻の遺した南米に越していったのだから。だがフィッシャーの見るところでは、旧地主のだらしなさは新地主の効率のよさほど憎まれてはいなかった。ヴァーナーの歴史は、他人のお金と機嫌を損ねておくような、抜け目のない取引と財力の投資でいっぱいだった。だがいくらヴァーナーの話を聞いても、絶えず網をすり抜けてゆくことがあった。そのことについては誰も知らなかった。ソルトンですら知らなかった。そもそもヴァーナーはどうやってお金を作ったのか、その答えが出せなかった。

「念入りに隠してきたに違いない」ホーン・フィッシャーは独り言ちた。「不名誉なことなのだ。近頃の人間が不名誉に感じるようなこととは何だろう?」

 さまざまな可能性を考えれば考えるほど、そうした可能性は心のなかでますますどす黒く歪んできた。よそ国の不快で奇怪な苦役や魔術のことを漠然と考え、さらには輪をかけて異常だがもっと身近な不快事を考えた。ヴァーナーの姿が想像のなかで黒々と姿を変え、移ろう風景と見慣れぬ空を背にして挑んでいるように思えた。

 こんなことを考えながら村の通りをすたすたと歩いていると、革新党の対立候補の顔に、正反対のものを見出したのである。エリック・ヒューズは金髪を風になびかせ熱意に燃えた学生のような顔をして、自動車に乗り込み、選挙責任者に一言二言かけ終えたところだった。体格のいい白髪混じりのグライスというスタッフだ。エリック・ヒューズは親しげに手を振ったが、グライスは敵意のこもった目を向けた。エリック・ヒューズは混じり気なしに政治に燃えている若者だったが、政敵とはどんなときでももてなさなくてはならない人間だということは理解していた。だがグライス氏は筋金入りの地方急進派であり、教会堂の擁護者であり、趣味を仕事にしている幸運なタイプの人間であった。グライス氏は自動車が走り去ると向きを変え、日の燦々と照る村の大通りを口笛を吹きつつポケットから政治新聞をのぞかせててくてくと歩いていった。

 フィッシャーはその意思の固そうな背中をもの思わしげにしばらく見送っていたが、やがて魔が差したようにあとを尾け始めた。せわしない市場を通り抜け、定期市の籠と手押し車がひしめいているなかを、『グリーン・ドラゴン』の看板の下を、薄暗い勝手口の上を、アーケードの下を、そして曲がりくねってごちゃごちゃした石畳の通りを抜けて、二人は縫うように歩いた。前を歩くがっしりした人物は堂々と、太陽の影のように後ろを追いかける猫背の人物はだらだらと歩いていた。ついに二人は赤煉瓦造りの家にたどり着いた。真鍮の表札にはグライス氏の名前がある。するとまさにその当人が振り向き、尾行者にまじまじと目を凝らした。

「少しお話ししてもかまいませんか?」ホーン・フィッシャーは鄭重に声をかけた。選挙責任者はさらに目を凝らしたものの礼儀正しく同意し、フィッシャーを事務所に招じ入れた。書類が散らばり、そこいらじゅうが大仰なポスターで飾られている。ポスター上ではヒューズの名前が人類のさらなる利益と結びつけられていた。

「ホーン・フィッシャーさんですね」グライス氏が言った。「お立ち寄りいただき光栄です。参戦を喜ぶふりはできませんが。そちらもそんな期待はしてないでしょう。われわれは自由と改革のために古い旗を振り続けてきました。そこにあなたは参入し、戦いの火蓋を切ったんですからね」

 何しろイライジャ・グライス氏は、軍隊的な言葉遣いにも、軍国主義を非難するのにも秀でていた。えらの張った無愛想な顔には、喧嘩っ早そうに眉毛がぴんと逆立っていた。小さなころから地元の政治にどっぷりと浸けられていた。誰の秘密でも知らぬことはなかった。選挙運動が彼の生涯の物語だった。

「野心に駆られているとお思いでしょうね」ホーン・フィッシャーがいつもの気怠そうな声を出した。「独裁政権のようなものを目指していると。そうですね、ただの利己的な野心ではないのだと、身の証を立てることはできると思います。しかるべきことが実現されるなら私はそれでいいんです。この手で実行したいわけじゃありません。何かをやりたい気持になることなんてめったにありません。私たちの望みが同じものなのだと納得させてもらえれば、喜んで身を引くつもりです。ここにはそれを言いに来たんです」

 改革党の選挙責任者人は、おかしな表情を浮かべて戸惑い気味に見つめていたが、口を開くより先に、フィッシャーが声の調子をまったく変えずに話を続けた。

「信じられないでしょうが、私はしばらく良心を仕舞い込んでいます。それで迷っていることがあるんです。たとえば、私たちは共にヴァーナーを議会から追い出そうとしている。だけどどんな手を打つつもりでしょうか? よくない噂をたくさん耳にしましたが、ただの噂にしたがってもいいものでしょうか? あなたに対して公正であるように、ヴァーナーにも公正でありたいんです。耳にした話が事実であれば、議会からもロンドン中のクラブからも追放されるべきでしょう。でも事実ではなかったなら、追放したくはありません」

 そのときグライス氏の目に戦いの火が灯った。過激とはいかぬまでも、おしゃべりになり始めた。いずれにせよグライスは、その話が真実であることを疑ってはいなかった。真実だという確信を証明することもできただろう。ヴァーナーは厳しいだけでなく卑劣な地主であり、ぼったくりであると同時に泥棒だった。追放に反対する者などあるまい。掏摸まがいの手口でウィルキンズ老から自由保有権を騙し取っていた。ビドルばあさんを救貧院にぶち込んでいた。密猟者の背高ロングを相手に法をねじ曲げたときには、判事という判事が彼のことを面目なく感じたほどだった。

「すると古い旗印のもとで働いて」グライス氏はさらに生き生きとして結論づけた。「そんな悪徳暴君を追い出すことになったとしても、決して後悔はしないのでしょうね」

「真実なのだとしたら、お話ししてくれるつもりなのではありませんか?」

「何だと? 真実を話せといいたいのか?」グライスが問いつめた。

「私が申し上げたかったのはつまり、たった今お話しされたように、真実をお話しするおつもりなのでしょうということです」フィッシャーが答えた。「ウィルキンズ老におこなった不正でこの町を埋め尽くすおつもりですね。ビドル夫人がひどい目に遭ったエピソードで新聞を飾り尽くすおつもりですよね。公の檀上からヴァーナーを告発し、何の目的で密猟者にあんなことをしたのかを糾弾するおつもりのはずです。どんな商売をして土地を買ったお金を作ったのか、探し出すおつもりでしょう。真実を知ったあかつきにはもちろん、私が言ったように、それをお話しするおつもりのはずです。そういう条件でしたら、あなたがおっしゃったように、私は古い旗印の下にやって来て、小さな三角旗を引き降ろしますとも」

 選挙責任者は何とも言いかねる顔でフィッシャーを見つめていた。いらだってはいるが完全な否定とも言い切れない。

「いいかな」とゆっくりと話しかけた。「普通のやり方でことを進めなければ、人には理解してもらえませんよ。経験から言わせてもらえば、残念だがあなたのやり方では無理だ。普通のやり方で地主を批判したのならみんなも理解してくれるでしょう。だが今おっしゃったような非難の仕方では公正だとは思ってもらえない。ベルトの下を打つように卑怯な手だと見なされる」

「きっとウィルキンズ老はベルトを持っていませんけどね」ホーン・フィッシャーが答えた。「いずれにしてもヴァーナーには彼を打つことができるし、取りなす者などいないのでしょう。確かにベルトを所有するのは意味のあることです。でも所有するにはそれなりの社会的地位にいなくてはならないようですね。ことによると――」と考え込んで、「『ベルト《正装した伯爵』という熟語はそういう意味なのでしょうか、いつも度忘れしてしまうんですよ」

「そういう非難パーソナリティズがいかんと言っているんだ」グライスはテーブルをにらみつけていた。

「ビドルおばさんも密猟者のロング・アダムも、名士パーソナリティではありませんが」とフィッシャーが言う。「ヴァーナーがどうやってお金を作ったのかたずねてはいけないようですね――彼が名士パーソナリティになれたのはその金のおかげだというのに」

 グライスは眉を寄せたままフィッシャーを見つめていたが、目には不思議な光が輝いていた。結局グライスはさっきまでとは違う穏やかな声を出した。

「いいかな。君のことは気に入っている、そう言って気を悪くしないでくれるならね。心から住民の側に立っているのだと思っている。間違いなく勇者だ。君は自覚している以上に勇敢なんだ、おそらくはね。君の申し出には敢えて触れずにおこう。古い党内で君を必要としているものから離れて、むしろ一人で挑んでくれないだろうか。それでも君のことは気に入っているし、勇気にも敬意を払っているから、たもとを分かつ前にいいことを教えよう。見当違いなことに時間を浪費してほしくないからね。新地主がどうやって資金を手に入れたか、それに旧地主の没落のことなんかを話していただろう。そうだな、一つヒントをあげよう。一握りの人間しか知らない貴重なことに関する手がかりヒントだ」

「感謝いたします」フィッシャーは仰々しく言った。「どんなことでしょうか?」

「二つの文章だ。新地主は買ったとき一文無しだった。前地主は売ったとき裕福だった」

 出し抜けに背を向けて机上の書類仕事に取りかかったグライスを、フィッシャーは考え込みながら見つめていた。それから感謝といとまの言葉をぽつりと洩らすと、なおも考え込んだまま通りに出た。

 熟慮の末に結論にいたったようだ。不意に足取りを速めると、町から出て道なりに大庭園の門前にたどり着いていた。フランシス・ヴァーナーの邸宅だ。日差しに照らされて初冬というより晩秋にも似て、くすんだ森も日暮れの残光のような紅や黄金の葉に染められていた。道路のずっと上の方から見ているときには、長々とした伝統的なファサードについている窓がすぐ下にあるようにも思えたのだが、邸の壁際まで降りてみると、背後にそびえ立つ木々に覆われて、番小屋の門までぐるりと半マイルはあることに気がついた。それでも小径に沿ってしばらく歩くと、壁が壊れて修理中の場所にたどり着いた。灰色の石造りに空いた大きな穴が、初めは洞窟のように真っ暗に見えたが、改めて見てみれば木々がちらちらと光る薄明かりが見えるだけだった。不意に現れたその門には、おとぎ話の始まりのような魅力があった。

 ホーン・フィッシャーにはどこか貴族的な、いやむしろ無政府主義者的なところがあった。いかにもこの人らしいのが、この暗くひょんな入口をくぐるのに自宅の玄関をくぐるように気軽に、せいぜい家までの近道ではなかろうかと考えたところである。薄暗い木立のなかをしばらく難儀して進むと、木々の向こうから一定の光が銀の束となってきらめき出した。初めはそれがわからなかった。次の瞬間には日差しのなかに飛び込んでいた。そこは切り立った土手のてっぺんであり、大きな鑑賞池のへりを取り囲んでいる小径の底であった。木立ち越しにきらめくのが見えていた水面はかなりの広さがあったものの、周りを取り囲んでいる木立は暗いだけではなく見るからに陰気だった。小径の端には名もないニンフの古典様式の像があり、反対端は古典様式の二つの壺に挟まれている。だが大理石は風雨にさらされ緑と灰色の筋ができていた。それと比べれば些細ではあるがより意味深ないくつもの形跡から見るところでは、手入れもされず人跡まれな土地の片隅にやって来たのだ。池の中央には島らしきものがあり、島には古典様式の神殿とおぼしきものがあったが、風神殿テンプル・オブ・ザ・ウィンドのように吹きさらしではなく、ドリス式の支柱のあいだには白い壁があった。あるいは島のように見えただけと言うべきで、よくよく見れば、平石を敷いた申し訳なさげな土手道が池べりから続いているため、島ではなく半島になっている。そしてもちろん、神殿のように見えただけだ。というのもホーン・フィッシャーには誰よりもよくわかったが、その聖堂にはいかなる神も祀られたことはなかったのだ。

「そのせいで、この古典的な風景全体が荒涼としているんだな」とつぶやいた。「ストーンヘンジやピラミッドよりも荒涼としているじゃないか。われわれはエジプト神話を信じていないが、エジプト人たちは違った。それにドルイドだってドルイド教を信じていただろう。だがこうした神殿を建てた十八世紀の紳士たちは、われわれと同じくヴィーナスもマーキュリーも信じてはいなかった。そういうわけだから池に映っている青い柱も、文字通りの影でしかない。理性の時代の人間たちなのだ。石のニンフで庭を埋め尽くしながらも、どの時代の人間と比べても森で実際にニンフに出会うことなど期待していなかった」

 不意に雷鳴のような鋭い音が独白をさえぎり、陰鬱な池の周りを寂しげにこだました。音の正体はすぐにわかった。誰かが銃を撃ったのだ。だがその銃声が何を意味するのかはすぐにはわからず、怪しげな考えがいくつも頭に押し寄せた。間もなく笑い出したのは、眼下の小径沿いの脇道に撃たれた鳥の死骸が落ちているのが見えたからだ。

 しかし同時に見つけたあるものにいっそう好奇心を覚えていた。密集した木立が島の神殿を輪になって囲み、どんよりした葉群が神殿の正面を縁取っていたが、葉のなかで何かが動いたように揺れたことは誓ってもいい。すぐに疑問は確かめられ、薄汚れた人物が神殿の影の下から姿を現し、小径沿いに土手に向って動き出した。遠目にも背が高くて目立っており、腕に銃を抱えているのが見えた。すぐに記憶がよみがえってきた。名前はロング・アダム、密猟者だ。

 時と場合によってはフィッシャーは素早く情勢を判断し、土手から飛び出して池に沿って小さな石橋の手前まで駆け寄った。男が先に本土にたどり着いてしまえば、森の中へ姿を消すのは簡単なことだっただろう。だがフィッシャーが石橋を進み始めたので、男は行き場をなくしてしまい、神殿の方に戻るしかなかった。神殿に広い背を押しつけて、追いつめられたように立っていた。かなり若く、小じわのあるほっそりした顔にほっそりした身体つき、ぼさぼさの赤毛のかたまりが載っかっている。池の真ん中の島に二人だけで取り残されるのは御免こうむりたいと人に思わせるような目つきをしていた。

「おはようございます」ホーン・フィッシャーが愛想よく挨拶した。「初めは人殺しかと思いました。だけどヤマウズラがあいだに割って入って、恋愛小説のヒロインのように私への愛に死ぬようなことはなさそうですからね、つまりあなたは密猟者でしょう?」

「そう言われると思ってたよ」かかしじみた人間からこんな声が出てくるとは驚きだった。激しい環境のなかで自分のものを守るために戦ってきた人間のような、厳しく気難しげな声だった。「おれにはここで狩りをする正真正銘の権利があるんだ。けどあんたみたいな人に泥棒扱いされるのはよくわかってるよ。牢屋に入れるつもりだろうね」

「それにはいくつか基本的な問題があります。まずは、勘違いされて光栄ですが、私は一介の番人ですらありません。ましてや三人の判定人ではありませんからね、そうでなければきっとあなたのウェイトのことでそうしかねませんが。でも実は牢屋に入れたくないのには違ったわけがあるんです」

「どんなわけかな?」

「全面的にあなたと同意見だというだけです。人のものを侵害する権利があるとは言いかねますが、人のものを盗むことほど悪いとはどうしても思えませんから。財産についての通念には反しますが、自分の庭を通過するのであれば自分のものではないでしょうか。だったら風も自分のものかもしれないし、朝雲に名前が書けると考えても不思議はありません。第一、貧乏人に財産のことを尊重させたいなら、尊重すべき財産を持たせなければ話になりません。あなたは自分の土地を持つべきだし、あげられるものなら差しあげるつもりですよ」

「土地をくれるつもりだって!」ロング・アダムが繰り返した。

「まるで公民集会を相手にしているような口ぶりなのはお詫びしますが、でも私はまったく新しいタイプの公人なんです、つまり公的な発言にも私的な発言にもぶれはありません。津々浦々、星の数ほどの大集会でこの話をしてきましたし、このわびしい池の風変りな小島でこうしてあなたにお話ししているんです。こうした大きな土地はみんなのために、密猟者のためにさえも、小さな土地に分割するつもりです。アイルランドがされたようなことをイギリスでやろうと思っているんですよ。大物を買収できればよし、それが駄目でも追放を。あなたのような人は小さな土地を持つべきなんです。雉を飼えるようにんるとは言いませんが、鶏くらいなら」

 男は不意に身をこわばらせ、まるで約束ではなく脅しを受けたかのように、顔を真っ赤にして青ざめたように見えた。

「鶏だって!」繰り返す声には蔑みがあふれていた。

「何がいけないんでしょうか?」フィッシャー候補は落ち着いていた。「雌鳥を飼うのは密猟者には刺激が足りませんか? 卵を盗む《ポーチド・エッグ》なんていかがです?」

「俺は密猟者じゃないからだ」アダムが声を嗄らして叫ぶと、がらんどうの聖堂や壺のなかで、銃声の残響のように響き渡った。「あそこに落ちているヤマウズラは、俺のヤマウズラだからだ。あんたが立ってる土地は俺の土地だからだ。俺自身の土地があくどい手で奪われただけだからだ、それも密猟よりたちの悪い手で。ここは何百年ものあいだ一つの土地だったんだ。あんたらお節介ないかさま師がやって来てケーキみたいに切り分ける話をするなら、あんたがこれ以上一言でも口を利いたり平等化なんていう嘘っぱちを……」

「どうやら荒れ模様の公民集会のようですが」ホーン・フィッシャーが言った。「続けて下さい。この土地をしかるべき人たちにしかるべく分けようとしたら、どうなるのでしょうか?」

 険しいほどの落ち着きを取り戻していた密猟者は答えた。

「あいだに飛び込むヤマウズラはいないだろうね」

 そうして背中を向け、もう一言も口を利くものかという態度で、神殿を通り過ぎて島の向こう端まで歩いていき、水に目を凝らして立ちつくしていた。フィッシャーもついていったものの、質問を繰り返しても答えがないので、縁の方に戻って来た。その際に神殿もどきをもっと近くでもう一度見て、奇妙なことに気づいた。こうした芝居じみたものはたいてい、芝居の舞台装置のように薄っぺらいものだろうから、この古典的神殿も底の浅いただの外枠か仮面だろうと予想していた。ところが裏側にもしっかりとした厚みがあって木々に埋もれており、木々は見たところ石の蛇のように灰色に曲がりくねり、葉に覆われた塔を空高々とそびえさせていた。しかしフィッシャーが目を引かれたのは、その灰白色の石の塊のなかに、一枚のドアがあり、錆びた大きな閂が外側についていることだった。だが閂は防犯のために掛けられたりはしていなかった。それからこの小さな建物の周りを歩いた結果、壁の高いところにある換気扇らしき小さな格子以外には開口部がないことがわかった。

 考え込みながら土手道を通って池の縁まで戻ると、彫刻の施された二つの陰鬱な壺のあいだの石段に座り込んだ。それから煙草に火をつけ物思いに耽るように煙をふかした。そのうち手帳を取り出して何やらいろいろと書きつけ、番号をつけたりつけ直したりしたあとでようやく次の通りに並べ終えた。

(1)地主のホーカーは最初の妻を嫌った。
(2)ホーカーは財産目当てで二番目の妻と結婚した。
(3)ロング・アダムは、地所は本来自分のものだと主張。
(4)ロング・アダムは監獄のような島の神殿付近をうろついている。
(5)地主のホーカーは地所を手放したとき貧乏ではなかった。
(6)ヴァーナーは地所を手に入れたとき貧乏だった。

 メモを見つめているうちに、険しい顔つきも堅い笑みに変わり、煙草を捨ててふたたび屋敷への近道を探し始めた。小径はすぐに見つかり、刈り込まれた生け垣と花壇のあいだを幾度も曲がると、広々としたパラディオ式ファサードの正面にたどり着いた。よくある外観ではあるが、私邸というよりは公邸か何かが田舎送りにさせられたようでもある。

 初めに執事に出くわしたが、建物よりも遙かに年経て見えた。何せ建築物はジョージ朝時代のものだが、不自然極まる茶色いかつらをかぶった男の顔には、何世紀を経たのかと思うようなしわが刻まれている。ただ目だけが警告するように油断なく生気を放っていた。フィッシャーは執事に目をやってから、立ち止まってこう言った。

「失礼ですが、前地主のホーカーさんに雇われていたのではありませんか?」

「はい」としかつめらしい答えが返ってきた。「アッシャーと申します。どのようなご用件でしょうか?」

「フランシス・ヴァーナー卿のところに連れて行っていただけますか」

 フランシス・ヴァーナー卿はタペストリーの掛かった大きな部屋で、小さなテーブル脇のアームチェアに座っていた。テーブルの上にある小さな酒壜フラスコとグラスにはリキュールが緑にきらめいており、ほかにはブラックコーヒーの入ったカップがあった。落ち着いたグレイのスーツに、それなりに映えるような紫色のネクタイをしていた。だが金色の口髭の跳ね方や、なでつけられた髪の状態に、フィッシャーは何事かを感じた。不意に天啓が降りてきた。この人の名前はフランツ・ヴァーナーだったのだ。

「ホーン・フィッシャー君だね。座りたまえ」

「結構です。友好的な話し合いにはなりそうもないですし、このまま立っていることにします。おそらくご存じでしょうが、すでに立ち上がっているわけですし――正確には議会のために立ち上がっているのですが」

「我々が政敵なのはわかっている」ヴァーナーが眉を上げた。「だが正々堂々とイギリス流のフェアプレイ精神に則って戦うならそれに越したことはあるまい」

「越したことはありませんね」フィッシャーも同意した。「あなたがイギリス人であるならそれに越したことはありませんし、これまでにフェアプレイをされてきたのであれば、何にも増して越したことはありません。ですが私の用件はすぐに済むことですから。ホーカーの件を法的にどうすればいいのかはよくわかりませんが、あなたのような人にイギリスが完全に統治されるのを防ぐことが私の一番の目的なんです。ですから、法が何と言ったところで、今すぐ選挙から降りてくれればもう何も言うつもりはありません」

「完全に気違いだ」

「精神状態は若干ずれているかもしれません」ホーン・フィッシャーはぼんやりと答えた。「夢見がち、とりわけ白昼夢を見がちですから。現に起こっている出来事が、以前に起こった出来事であるかのように二重写しに鮮やかになることがあるんです。これは以前に遭った出来事だ、そんな謎めいた感覚に陥ったことはありませんか?」

「無害な気違いならいいのだが」

 だがフィッシャーはなおもぼんやりとしたまま、壁のタペストリーに織り込まれた金色の巨大な図案や赤や茶の文様を見つめていた。やがてヴァーナーに目を戻して話を続けた。

「今回の会見は以前に起こったことだと――それもここ、タペストリーの掛かったこの部屋で起こったことだと感じるんです。そして私たち二人は幽霊屋敷に帰ってきた幽霊というわけです。だけど、あなたが座っている場所にいたのはホーカーさんで、私の立っている場所にいたのはあなたでした」

 いったん言葉を切ってから、素っ気なくつけ加えた。

「私も脅迫者のような気がしています」

「だとすれば間違いなく刑務所行きだな」

 しかしその顔には、テーブルの上できらめく緑のワインが反射したかのように、陰りが見えた。ホーン・フィッシャーはヴァーナーを見据えて、興奮したりもせず返答した。

「脅迫者がつねに刑務所に行くとはかぎりません。ときには国会に行くこともある。ですが、国会がとっくに腐敗し切っているとはいえ、できることならあなたは行くべきではないんです。あなたが関わっていた悪事と比べれば、私のしていることはたいしたことではないでしょう? あなたは一人の地主に領主の椅子をあきらめさせたんです。私があなたにお願いするのは、議員の椅子をあきらめていただきたいということだけです」

 フランシス・ヴァーナー卿は急いで立ち上がり、古風なカーテンの掛かった部屋にあるベルの紐を探して見回した。

「アッシャーはどこだ?」顔には憤怒の色が浮かんでいた。

「アッシャーとは誰ですか?」フィッシャーが穏やかにたずねた。「アッシャーはどれだけ真実を知っているんでしょうね」

 ヴァーナーの手がベルの紐から下ろされ、しばらく立ったまま目をぐりぐりと回したあとで、不意に部屋からずかずかと立ち去った。フィッシャーは入ってきたのとは別のドアから部屋を出ると、アッシャーの姿を目にせず、外に出て町の方に戻っていった。

 その夜フィッシャーは懐中電灯をポケットに、不完全な理論の輪を完成させるために暗闇のなかを一人で出かけた。まだわからないことがたくさんあったが、どこを探せばいいのかはわかっているつもりだった。夜は暗く激しさを増し、塀の黒い割れ目がますます黒く見えた。森は一日のうちにさらに密生し鬱蒼としたように見える。黒い木立と灰色の壺や彫像を有する人気のない池が、陽光のもとでさえ寂しげに見えたとするならば、夜の闇と強まる暴風のもとでは、死者の国にある冥途の池という方が相応しいほどだった。慎重に石橋をたどっていると、夜の深淵をどんどん奥に向かって進んでいるような気持になり、生者の国に合図を送ろうとしてもできない境界を越えてしまったような気がした。池が海よりも広くなっているような気がした。海といっても、世界を洗い流してしまったかのような恐ろしいほどの静けさとともに眠っている、黒く澱んだ水をたたえた海である。こうした巨大化による悪夢めいた感覚があまりにも大きかったせいで、これほど早く目的の無人島にたどり着いたことに意外な驚きを感じた。だがそれも非人間的なほど静かで寂しい場所のせいだとわかったし、何年も歩き続けてきたように感じた。

 それでも平常心に戻ってきたので、頭上に枝の張り出した竜血樹の下で立ち止まり、灯りを取り出して神殿裏手のドアに向かった。先ほどと同じく閂ははずれていたが、隙間程度とはいえわずかに開いていることに少しばかり頭をひねった。だが考えれば考えるほど、これは視点の変化によるよくある光の錯覚だという思いが強くなった。さらなる科学的精神に則って錆びた閂や蝶番などドアを詳しく調べていると、すぐそばに何かを感じた。そう、頭のすぐ上だ。何かが木からぶら下がっているが、折れた枝などではない。一瞬、石のように冷たく身体がこわばった。吊り下げられた人間の足だ、おそらくは宙吊りにされた死者の。だがすぐにさらなることがわかった。その人間は文字通り過不足なく充足しており、地面に降ちてきた途端に侵入者に挑みかかった。時を同じくして三、四本の木が同じように命を吹き込まれたようだった。五つ六つの影がおかしなねぐらから着地していた。まるで猿の島ではないか。だがすぐにそいつらはフィッシャーに向かって襲いかかってきた。手を触れられた瞬間に、人間であることはわかった。

 手にした懐中電灯を先頭の男の顔にがつんとくらわしたので、男がよろけて汚らしい草むらに倒れ込んだ。だが電灯は壊れて消えてしまい、一段と深まった闇のなかにあらゆるものが取り残された。神殿の壁際にいた別の男を投げ飛ばしたために、足が滑った。だが三人目と四人目が足をさらって、もがくフィッシャーを戸口の方に連れ込もうとした。争いにもまれてはいても、そのドアが開きっぱなしだったことにフィッシャーは気づいていた。誰かが室内から暴漢たちを呼んでいる。

 なかに入るや長椅子かベッドのようなものに乱暴に放り上げられたが、怪我はなかった。ソファー(でも何でもいいが)歓迎でもするようにクッションでふわりと受け止めてくれたのだ。かかる暴力は何よりもまず大急ぎで行われたので、フィッシャーが起き上がるころには襲撃者たちはとっくにドアに向かって駆け出していた。この人気のない島にたむろしていたのがいかなる山賊であれ、このお勤めを嫌がってさっさと終わらせたがっているのは明らかだった。常習犯であればこんなふうに恐慌をきたすことはなさそうだ、ととっさに判断した。と思う間に大きなドアがバタンと音を立て、閂がしかるべき場所に差し込まれてきーきーと悲鳴をあげ、逃げ出した男たちの足音が土手道沿いにつまづきながら走り去って行くのが聞こえた。だが事は起こったほどには素早く起こりはしなかったので、フィッシャーはやりたいことをやることができた。倒れた体勢から一瞬にして立ち上がることはできなかったため、長い足を片方蹴り出して、ドアから逃げ出そうとしていた最後尾の男の足首辺りにひっかけた。男はよろめいて監禁部屋のなかに倒れ込み、男と逃げ出した仲間とのあいだでドアが閉まった。どうやら慌てているあまり、仲間を一人置き去りにしたことに気づいてないようだ。

 男は跳ね起きると猛然とドアを蹴り叩いた。フィッシャーのユーモア感覚が落ち着きを取り戻し、根っからの無頓着でソファから立ち上がった。だが囚われ人が監獄のドアを叩いているのを聞いていると、新たな好奇心がわき起こる。

 男はすぐに跳ね起きて荒々しくドアを叩き蹴り上げた。混乱していたフィッシャーも余裕を取り戻し、持前の暢気な気持でソファに起き直った。しかし囚人が監獄のドアを叩いているのを聞いているうち、新たな好奇心が頭のなかで渦を巻き出した。

 仲間に気づいてもらおうとしているのであれば、蹴るだけではなく、大声をあげたりわめいたりするのが、ごく自然なふるまいではないだろうか。この男は手足を使って能うるかぎりの音を立てているのに、喉からは何の音もさせていない。なぜ口をきけないのだろう?

 初めに考えたのは、猿ぐつわをされているのではということだった。それはあまりに馬鹿げている。次に、口のきけない男なのだというぞっとする考えに取りつかれた。どうしてそんなにもぞっとするのかよくわからなかったが、そのせいで想像力が暗く偏った影響を受けていた。耳も口もきけない人間と暗い部屋に二人きりで取り残されていると考えると、何かもぞもぞするような気持になった。そうした欠陥がまるで奇形のようだった。まるでほかにもっとひどい奇形が備わっているようだった。まるで暗闇のなかでなぞれないその形が、日の目を見ることのできない何かの形をしているかのようだった。

 やがてふっと我に返り、洞察力も取り戻した。その解釈は非常に単純だがわりと面白かった。どう考えても男が声を出さないのは、声に気づかれたくないからだ。フィッシャーに正体を悟られる前にこの暗闇から逃げ出したいのだ。では誰なのだろう? 少なくとも一つはっきりしていることがある。このおかしな物語のある部分や成り行きのなかでフィッシャーがすでに口を利いた四、五人のうちの誰かかれかだ。

「さて、あなたは誰なんでしょう」といつものように気怠げに声に出した。「あなたを絞め上げて探り出そうとしても意味はないでしょうね。死体と一緒に夜を過ごすのはぞっとしませんし。第一、こっちが死体になるかもしれない。マッチは持って来なかったし、電灯も壊れてしまったからには、できるのは考えることだけです。さて可能性としてあなたは誰なのか? ひとつ考えてみましょう」

 男はこのように穏やかに話しかけられて、ドアを叩くのをやめ無言のまま隅に引っ込んだ。そのあいだもフィッシャーは一人浪々と語り続けた。

「ことによるとあなたは密猟者ではないと言い張っている密猟者ですね。この土地の所有者だと主張していましたっけ。けれど彼だとすると、実際何者であったにしても、自分が馬鹿者だと言われても気にはしないでしょう。農民自身が紳士でいたがるほどの紳士気取りだとしたら、イギリスの自由農民にいったいどんな期待が持てるでしょうか? 民主主義者なくしてどうやって民主主義を実現できるでしょうか? 実際には、あなたは地主でいたいがゆえに、犯罪も認めている。となると、あなたはどうやら密猟者ではないようです。やはりそう思います、おそらくあなたはほかの誰かでしょう」

 片隅から聞こえる呼吸の音と、その頭上の小さな格子から忍び込んでいる近づきつつある嵐のざわめきが静寂を破っていた。ホーン・フィッシャーが話を続けた。

「あなたは使用人以外ありません――おそらくはホーカーやヴァーナーの執事だった不気味な老使用人では? だとすれば、あなたが二つの時代を繋ぐただ一つの接点であることは間違いありません。しかし、そうだとしたら、本物のジェントリを見送ったあとで、あんな外国人に仕えるところにまで落ちぶれたのはなぜなのでしょう? あなたのような人は何だかんだで愛国心は強いものです。イングランドはあなたにとって何の意味もないのですか、アッシャーさん? こんなおしゃべりは何もかも無駄なのかもしれませんね、何しろあなたはアッシャーさんではなさそうですから。

「どちらかと言うならヴァーナーその人でしょう。となると恥じ入ってもらおうとして言葉を費やしても無駄ですね。それにイングランドを買収したかどで非難しても何の役にも立たない。それにあなたを非難するのはお門違いだ。非難されるべきは、そして非難されているのはイギリス人なんですから。なぜならイギリス人こそが、そうした害虫どもを英雄や王の高みにまで這い上ってゆくに任せていたからです。あなたがヴァーナーであるとか、どのみち絞め殺しが始まるかもしれないという考えにこだわるつもりはありません。ほかに可能性があるのは誰でしょうか? まず間違いなく敵陣営の関係者ではないでしょう。選挙責任者のグライスだとは思えません。とはいうものの、グライスの目にも狂信的な輝きがありましたし、人間というのはこんなささいな政治的対立から信じられないことをしでかすものです。あるいは、敵陣営の関係者でないとすれば、あとは……まさか、信じられない……人間と自由を謳う赤い血でもなく……民主主義の理想でもないなら……」

 フィッシャーが興奮して跳ね起きるのと、格子の向こうから雷のうなりが聞こえたのは同時だった。すでに嵐が訪れ、それとともに心に新たな光が訪れていた。すぐにでも起こりそうなことがある。

「あれが何を意味するのか、おわかりですか?」フィッシャーが声をあげた。「神御自ら蝋燭を手にして、あなたの恐ろしい顔を照らしてくれることを意味するのです」

 その瞬間、雷鳴が轟いたが、それよりも早く、白い光がほんの一刹那だけ室内にあふれていた。

 フィッシャーは目の前にあった二つのものを目にしていた。一つは、鉄格子が空に浮かび上がらせた白と黒の縞模様。もう一つは片隅の人物の顔。それは兄の顔であった。

 ホーン・フィッシャーの口からはクリスチャン・ネームが洩れただけで、そのあとには闇よりも恐ろしい静寂が続いた。件の人物がようやく身体を動かし立ち上がると、その恐ろしい部屋に初めてハリー・フィッシャーの声が響き渡った。

「見ただろう。それにもう明かるくしてもいい。お前だってスイッチを見つければいつでも点けられたのにな」

 ハリーが壁のボタンを押すと、部屋の隅々までが日の光よりも強いもののもとにさらされた。その一つ一つがあまりに意外だったため、動揺していた囚われのフィッシャーも、一瞬のあいだ先ほど明らかになった個人的な事実を忘れたほどだった。その部屋は地下牢というにはほど遠く、むしろ客室のようだ。サイドテーブルの上に葉巻の箱やワインの壜、それに本や雑誌が積み上げられているのを除けば、婦人部屋と言ってもいい。改めて見たならば、比較的男らしい家具調度はつい最近のもので、比較的女らしい内装はかなり古いものだということがわかる。色褪せたタペストリーに目が留まると、もっと大きな問題も一瞬忘れるほど驚いて口を開いた。

「ここにある家具は屋敷のものですね」

「そうだ。理由もわかっているのだろう」

「だと思います。さらに驚くべき出来事の話をする前に、わたしの考えていることを話しておきますね。地主のホーカーは重婚者と犯罪者の二役を演じていました。ユダヤ女性と結婚したときにも、最初の妻は死んではいなかった。この島に監禁されていたんです。ここで子供が生まれ、今はロング・アダムという名前で生誕の地をうろつきまわっています。ヴァーナーという名前の破産した創業者がこの秘密を見つけ出し、屋敷を引き渡すよう地主を脅迫しました。何もかも明らかで、しかも単純なことです。それではもう少し難しい問題に移りましょうか。実の弟を拐かしているという馬鹿げたことを、あなたに代わって説明するという問題です」

 少ししてからヘンリー・フィッシャーが答えた。

「俺を目にするとは思っていなかっただろうな。だがそもそも、どうなると思っていたんだ?」

「こんなへまをしておいて、ほかに何があると思っていたのかと聞いてるんだ」兄が不機嫌に答えた。「それなりに賢いと思っていたんだがな。思いもよらなかったよ、まさかお前が――うん、つまり、こんなひどい失敗をしでかしかけていたとは」

「これはおかしなことを」とホーン・フィッシャー候補は顔をしかめた。「うぬぼれているわけじゃありませんが、わたしの立候補が失敗だとは感じられません。大会はどれも成功したし、集まった人たちも投票すると約束してくれました」

「ずいぶんとありがたいことだな」ハリーが吐き捨てた。「お前があのふざけた数エーカーと牛一頭を武器にして圧倒的支持を集めているから、ヴァーナーはどこに行っても票が獲れない。あまりにもひどすぎる」

「いったい何を言ってるんです?」

「この気狂いめ」ハリーの怒鳴り声に嘘偽りはなかった。「まさか議席を獲ろうと思っていたわけじゃあるまいな? ああ、このガキめ! いいか、ヴァーナーを当選させねばならんのだ。もちろん絶対に当選する。次期蔵相になってもらわねば困る、エジプトの借金のことや、ほかにもいろいろあるんだ。お前には革新党の票を割ってほしかっただけだ、ヒューズはバーキントンで勝利をおさめたとはいえ何が起こるともかぎらんからな」

「なるほど。そしてあなたは革新党の支柱であり飾りというわけですか。あなたの言う通り、私は賢くありませんね」

 愛党心に訴えたが耳には届かなかった。革新党の柱はほかのことを考えていたのだ。ようやく口を開いたときには、先ほどよりも困った声を出していた。

「お前に捕まえられたくはなかったな。ショックだろうからな。だがいいか、お前がひどい目に遭わされないかを、それにすべて間違いないかを確かめるためわざわざやって来なければ、お前に捕まることもなかったはずだぞ」あとを続ける声には変化のようなものさえ見られた。「葉巻を用意したんだ。お前が好きなのは知っているからな」

 感情とは不思議なものだ。そんな気遣いをすることの馬鹿らしさに、底知れない悲哀のごときホーン・フィッシャーは憑き物が落ちたようになった。

「気にしないでください。もうその話をするのはやめましょう。祖国を滅茶苦茶にするために身を粉にした悪漢や偽善者と同じくらいにあなたが親切で優しいということは認めましょう。わたしにはこれ以上に気の利いたことは言えません。葉巻をありがとう。よければ一本もらえますか」

 ホーン・フィッシャーがハロルド・マーチにこの物語を語り終えたころには、二人は公園にたどり着いており、丘の上に腰を隆ろして、何もない青空の下に広がる緑地を見渡していた。どこか釈然としない言葉で物語は結ばれた。

「それ以来、私はあの部屋にいるんです」ホーン・フィッシャーが言った。「今もそうです。選挙には勝ちましたが、議会には行きませんでした。私の人生とは、孤独な島にある小部屋で暮らす生活でした。たくさんの本、葉巻、贅沢品。たくさんの知識、興味、情報。けれどその墓穴からは、外界に声が届くことはありません。おそらく私はそこで死ぬのでしょう」

 フィッシャーは微笑み、緑色の地平線までいたる広大な緑の公園を見渡した。


"The Man Who Knew Too Much" Gilbert Keith Chesterton -- VII'The Fool of the Family(The Temple Of Silence)' の全訳です。


Ver.1 03/06/05
Ver.2 04/01/06
Ver.3 10/03/13

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訳者あとがき

 
 

[更新履歴]
 ・09/01/17 冒頭から「わたしは一家の出来そこない」まで。

 ・09/11/21 アシュトン・フィッシャー「あいつには感謝しなくちゃ」〜「アメリカの石油トラスト」まで。▼ロンドンのスレッドニードル街には証券取引所がある。対してサマセットは、大雑把にいって田舎。▼「三エーカーと牛一頭」とは、Wikipedia によると「19世紀土地改革運動や20世紀初頭の distributist(分配主義者)によってとなえられたスローガン」とある。

 ・09/12/05 ソルトンの発言にハリー驚く〜ヒューズとグライス別れる。 ▼「as a yeoman or a gentleman or a Jacobite or an Ancient Briton」の「as」は「〜として」の意味なのに「〜のように」と訳していたので訂正。▼「In the rather startled silence that 〜」は、ホーン・フィッシャーが驚いて黙ったのではなく、ホーン・フィッシャーの行動によって引き起こされた沈黙なので、「ホーン・フィッシャーはすっかり驚いてしまい、無言で跳ね起きると」 → 「ホーン・フィッシャーが跳ね起きると、はっとするような沈黙が訪れた」に訂正。▼クリケットと選挙の「captain」を、「花形選手」「花形候補」とむりやり訳していたけれど、「キャプテン」とルビを振ることにした。▼「the 形容詞」という基本的なことがわかっていなかったため、「the well informed」「the ignorant」を「博識」「無知」と訳していたので訂正。「聞いたこともない斬新で素晴らしい考えを前に、その博識に驚いた。復活させようなんて考えても見なかった古くてよくある考えを前に、その無知に驚いた。」 → 「聞いたこともないような斬新で突拍子もないことを考えて、識者たちを驚かせた。復活したのを見るとは思わなかったような古臭くてよくあることを考えて、愚者たちを驚かせた。」。▼「financial flutters」を「財政上の羽ばたき」って……我ながらひどいな。。。▼「blown」を「brown」に読み間違えていたので訂正。

 ・09/12/19 フィッシャーの提案に対してグライス曰く。この段落の旧訳はひっちゃかめっちゃかだったので全面改訳。▼「you have to 〜, or 〜」の部分は、「〜しなければならない、さもないと〜」なんだけど、なぜか「君はきっちりことを進めるでしょう、わかってますよ、だが住民にはわからない」となっていたので → 「普通のやり方でことを進めなければ、人には理解してもらえませんよ」に訂正。▼「I'm afraid what you say wouldn't do」の主語がわかっていなかったんでしょうねえ……「いろんなことを経験してきたからね、降りると言うのが心配だよ」 → 「経験から言わせてもらえば、残念だがあなたのやり方では無理だ」に訂正。▼「consider」という動詞を素直に「考える」と取らずに「考慮する・斟酌する」と取ってしまっておかしな訳になっていたので、「だがこうした悪口ってのはね、フェアプレイは尊重されない」 → 「だが今おっしゃったような非難の仕方では公正だとは思ってもらえない」に訂正。

 ・10/01/16 フィッシャーとロング・アダム出会う。▼やはりいまだに「three gamekeepers」というのがわかりません。「a gamekeeper」というのを踏まえて、不定冠詞の「a」を故意に「one」という意味とだぶらせて、「a」でも「three」でもない、と言ったのでしょう。「your fighting weight」とあるからには、ボクシングか何かのウェイトでしょうか。ボクシングつながりで「試合をキープする三人」=「ジャッジ」かとも思いましたがこじつけっぽい。論創社の井伊訳を確認すると「猟番」「料理番」となっていたので、原文も駄洒落でしょうか。▼「at once(同時に) to blanch and flame」なので「顔を真っ赤にして青ざめた」に変更。▼「What about poaching eggs?」は「卵を盗む」と「ポーチド・エッグ」の駄洒落だと今さらながら気づく。

 ・10/01/23 フィッシャー、神殿を調査する。▼「Most of these theatrical things were as thin as theatrical scenery」の「as」がなぜか「ともども」になっていたので訂正。「こうした嘘くさいものはたいてい、嘘くさい景色ともども薄っぺらなものだ」 → 「こうした芝居じみたものはたいてい、芝居の舞台装置のように薄っぺらいものだろうから」。▼「opening」は「入り口」ではなく「開口部」

・10/02/13 ▼「(alive and) kicking」で「元気である」という意味でした。

・10/02/27 ▼「But if so, why do you degrade yourself to serve this dirty foreigner, when you at least saw the last of a genuine national gentry?」の部分が無茶苦茶だったので、「でもだったら、なぜこんな薄汚い外国人に仕えるまでに自分をおとしめたのか? 今では少なくなった本物の英国紳士に見えるのだからなおさらです。」 → 「しかし、そうだとしたら、本物のジェントリを見送ったあとで、あんな外国人に仕えるところにまで落ちぶれたのはなぜなのでしょう?」に変更。

 ・10/03/13 改訳終了。

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