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1922 Clorinda Walks in Heaven 『天国に歩むクロリンダ
 ・コッパード第二短篇集。全9編。
邦訳  短篇集としては未訳。収録作のいくつかは邦訳あり。


「」(Felix Tincler,
 ――

 
 


「」(The Elixir of Youth, )
 ――

 
 


「さくらんぼの木」(The Cherry Tree)
 ――ジョニー・フリンは悪戯小僧。母親のフリン夫人はいつも苦労が絶えない。だけどジョニーも素直に耳を傾けるのが、フリン夫人の実家にあった大きなさくらんぼの木の話だった。

 このサイト[html]に邦訳あり。

 特称な母親と健気な子どもたちの愛すべき小品。隣人や伯父さんなど、キョーレツな登場人物も忘れがたい。ハートウォーミングという点ではコッパード作品中でもピカ一。
 


「天国に歩いてゆくクロリンダ」(Clorinda Walks in Heaven)
 ――クロリンダは雨の日には死にたくなかった。土砂降りの日に死んだクロリンダは、光り輝く静かな空間に降り立った。

 このサイト[html]に邦訳あり。

 コッパードのファンタジー。コッパード作品の登場人物は、この世とあの世の境を軽々と踏み越えます。「うすのろサイモン」にしても「Father Raven」にしても、確か歩いて行くんですよね。本篇のタイトルは「歩く」というよりは「天国に行く」のようなニュアンスだとは思いますが。そもそもはっきりとは書かれてないのですが、死期が近いという設定なのでしょうか、そこらへんもいまいちはっきりしません。説話や伝説にある「うっかりやってしまったために……」パターンでもあるし、臨死体験を描いた作品でもあるのですが、どこかとらえどころのない印象を残します。
 


「」(Craven Arms)
 ――

 
 


「」(Cotton)
 ――

 
 


「」(A Broadsheet Ballad)
 ――

 
 


「」(Pomona's Babe)
 ――

 
 


「てんやわんや」(The Hurly-Burly)
 ――母、息子、娘のウィートマン一家は農場で暮らしていた。農場は小さなくせにいつも嵐が吹き荒れていた。「フィーミー! 早くして! フィーミー! これは何!」 なかでも息子のグラスは精力の権化だった。やがて数年が過ぎ、娘のアリスはカナダに嫁に行った。グラスは怒りのあまりの器物破損で一ヶ月の刑を宣告された。そんな折り、ウィートマン夫人が死んだ。グラスが戻ってくるまでフィーミーが家を切り盛りしなければならなくなった。

 父権の強い農場を舞台にした、使用人の波乱の一生。主人一家に尽くして、夫に尽くして、それが楽しかったはずなのに、気づいてみたら「いったい何のために生きてきたの?」。

 死ぬまでに何かを成し遂げられる人間なんてほんの一握りだし、生きているうちに生き甲斐を見つけたり、振り返って充実していたと感じられる毎日を送れる人間だってきっとわずか。ましてや「てんやわんや」の人生だったなら。これでいいんだ、と思う。正直に生きてきたのならそれでいい。誰だってちょっと立ち止まって悩んだり哲学的に考えたりしちゃう一時期があるものです。でも考える時間がない人生を送ってきた人は、人生の最後に至って初めて考えてしまう。

 それが不幸なのかどうかはわかりません。答えは看護婦も教えてくれません。自分で考えなければ。

 コッパード作品のうちでは、どちらかというと幻想的なものとか爽やかなものがすきなので、こういう〈人生〉ものみたいなのはちょっと苦手です。
 

 


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