この翻訳は翻訳者の許可を取ることなく好きに使ってくれてかまわない。ただし訳者はそれについてにいかなる責任も負わない。
翻訳:江戸川小筐
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ジョゼフ・バルサモ

アレクサンドル・デュマ

訳者あとがき・更新履歴
著者略年譜・作品リスト

序之一 ドンナーベルク(モン・トネル)

 ライン(Rhin)河左岸、帝都ヴォルムス(Worms)から数里、ザール(Selz)川水源のあたり。山々の尾根が北へと消えるその支脈の玄関口。怯えた水牛の群れが靄に姿を消したかと紛うような景色である。

 山上から見下ろせる限りはとうに人跡絶えており、一頭抜きでた高峰がほかの山々を付き従えているようにも見えた。その一つ一つに、名は体を表わすのごとく、或は縁起を知らしめすごとく、多彩な名前が授けられていた。あるものは王の座シェズ・デュ・ロワ、またあるものは野薔薇の巌ピエル・デ・エグランティエ、あれは隼の集いし岩城ロク・デ・フォコン、あちらは蛇の背峰クレト・デュ・セルパン

 分けても最高峰、花崗岩のかしらに廃墟の冠を戴いて天高く聳えているのが、神鳴りし山モン・トネルである。

 楢の樹影が深まる夕刻、落日の光が巨人族の尖峰を金色に染めて絶えゆく刻。さながら天の高みから平野までを穏やかに静寂が包み、目に見えぬ強大な力が斜面から手を伸ばす刻限のことである。昼間の騒ぎと働きに疲れた世界に、星の輝きを潜ませた、長く碧いベールをかけてくれるのだ。こうしてすべてが緩やかに目を閉じて眠りにつく。すべてが地上や上空で身体を休める。

 静寂のなかでただ一つさきほどの小川だけ――現地での呼び名に従えばSelzbachだけは、岸辺の樅の下を密やかに流れ続けていた。昼また夜と休むことなく、明日の我が身なるラインの流れに注ぎ込むのが定めなれど、たとい休みのなかろうとも、ひんやりとした川底の砂、しなやかな葦、苔とユキノシタに覆われた岩のおかげで、Morsheimから始まりFreiwenheimに至るどの流れもざわめきを立てることは決してない。

 水源からさらに上、Albishein(Albisheim)とKircheim-Poland(Kirchheim-?)のあいだには、一本の曲がりくねった道がある。切り立った左右の崖に抉られ、深い轍を刻まれたような道をたどれば、そこはDanenfels(Dannenfels)だ。Danenfelsから先は道幅も狭まり、やがて狭まった道幅も細ると、切れ切れの道も途絶えてしまう。ほかの道を求めてモン・トネルの広大な山腹に視線を走らせても無駄に終わる。名の由来となった神の火がしじに訪れる頂には霊妙な気配が漂い、厚い壁のような、緑なす木叢の陰に姿を隠していた。

 事実、古代ドドナの森を彷彿とさせる木叢に潜ってしまえば、たとえ白日であれ歩き続ける旅人の姿は平野からは見えなくなる。旅人の乗る馬がイスパニアの騾馬にも負けぬだけ鈴をぶら下げていようとも、鈴の音の聞こえることは決してない。皇帝の馬よろしく天鵞絨と黄金で飾り立てていようとも、金や緋の輝きが葉群から漏れることもない。深い森が音をかき消し、その昏い影が色を消し去る。

 数々の高峰がただの天文台に成り果てた今なお、心震える恐ろしい伝説を耳にした旅人たちが口唇に疑いの笑みを浮かべるようになった今なお、そんな今なおこの辺境の地に怯え畏れを抱く者たちがいた。この地にも人がいることを知らしめるためだけに存在するかのように、聖地から遠く離れて点在する、侘びしい家々や隣国の歩哨たちだ。

 この辺境の侘住まいに暮らしているのは、或いは川に小麦を挽かせてRockenhausenとアルツェイ(Alzey)に小麦粉を運ぶ粉屋であったし、はたまた羊飼いたちはといえば山まで羊に草を食ませに行き、年経た樅の老木が人跡未踏の森の奥地で倒れる音を聞いては、飼い犬とともに肝を潰した。

 何分にもこの地方ゆかりの風景が陰鬱なることは既に見た通りであり、実直な者たちに言わせれば、既に述べたようにDanenfelsの奥、ヒースのなかへと消える小径が、良きキリスト教徒を安全な土地まで導くと限った話ではないのである。

 今もここに暮らす人々の中には、或いは今から語り始める物語を、かつて父や祖父に聞かせているのを耳にしたこともあるであろう。

 一七七〇年五月六日、大河の水面が薔薇色に輝く白光に染まる刻限。(ラインガウ)Rhingauの者に言わせれば、太陽がストラスブール(Strasbourg)大聖堂の尖塔に身を潜め、火の玉が二つの半球に断ち切られる頃合いのことだ。マインツ(Mayence)を発ち、アルツェイ(Alzey)とKircheim-Polandを経由してきた一人の男が、Danenfelsの向こうから現れた。道の見えるあいだは道をたどり、道なき道すら途絶えてしまうと、馬から下りて手綱を引き、躊躇うことなく密林の樅に結びつけた。

 怯えた馬がいななき、常ならぬ物音に森がざわめいた。

「どう、どう! いいかジェリド(Djérid)。もう十二里は来た。どのみちお前はここまでだ」

 旅人は葉群の奥に目を凝らした。だがすでに闇は濃く、黒い影の向こうになお黒い影が見えるだけだった。

 改めが無駄に終わると旅人は馬を振り返った。そのアラビア風の名前からわかるとおり、生まれも確かな駿馬である。両手で馬の顔を挟み込み、鼻面に口を近づけた。

「お別れだ。もう会えぬかもしれぬ。さらばだ」

 旅人は口を利きながら辺りに視線を走らせた。さては盗み聞きを恐れていたのか、或いは予期していたのか。

 馬は絹のような鬣を振り、大地を足で蹴るといななきをあげた。山奥と言えども忍び寄るライオンを警戒せよとでも言いたげに。

 旅人は笑みを浮かべて首を大きく縦に振るだけだった。おそらく無言でこう伝えたのだ。

「気をつけろよ、ジェリド(Djérid)。ここは危険なところだ」

 だがその危険と渡り合うつもりは初めからなかったのだろう。名も知れぬ冒険家は鞍から二挺の銃――彫金細工の銃身に金押しの銃床の美しい銃――を取り外し、綿抜きを使って弾薬を取り出すと、弾薬止めと弾丸を抜き取って草むらに火薬を散らした。

 これが終わると、銃をホルスターに戻した。

 だがまだ終わりではない。

 革帯に鉄柄の剣を佩いていた旅人は、留め金を外して剣を包むように丸めると、まとめて鞍の下に入れて鐙で縛りつけた。切っ先が後肢を、柄が前肢を向くように。

 謎めいた作業をようやく終えると、ブーツを揺すって泥を落とし、手袋を脱いでポケットを探った。小さな鋏と鼈甲柄の短刀を探り当てると、二つとも肩越しに放り投げた。どこに落ちようと知ったことではない。

 最後にジェリド(Djérid)の尻を撫でると、はちきれるほど胸をふくらませるつもりなのか、大きく息を吸い込んだ。どんな道でもよい。旅人は道を探したが果たせず、闇雲に森へ分け入った。

 今こそ読者諸兄にお伝えすべきであろう。たったいま登場させたばかりの旅人にいかなる意味があるのかを。この歴史物語を通じていかに重要な役割を演じる定めなのかを。

 馬を下りて無謀にも森に分け入ったこの男、見たところ三十一、二歳。背は人並みだが、見てくれはよい。柔と剛を備えた四肢のうちに、力と技巧がともに漲っているのが感じられる。金釦の付いた黒天鵞絨の旅外套らしきものを纏っていた。釦の下からは刺繍入りのベストが覗いている。ぴたりと貼りついた革製のキュロットが、彫刻のモデルにも使えそうな足を引き立てていた。つやのある革靴越しにもその均整のとれた輪郭が見て取れた。

 顔には南方系特有の豊かな表情が浮かび、力強さと巧みさが不思議に入り混じっていた。目にはあらゆる感情が浮かび、ひとたび誰かに目を留めるや内部まで潜り込み、二筋の眼光がその者の心までも照らした。褐色の頬を見れば明らかだが、ここフランスのものより強い陽射しに焼かれていた。口は大きいが形よく、開いた口から覗かせた見事な歯並みが、日焼けした顔色によって真っ白に引き立てられていた。

 たったいま姿形をなぞって見せたばかりのこの人物、真っ暗な樅林に何歩か足を踏み入れたところで、馬を置いてきた辺りから蹄を踏みならす音が聞こえてきた。真っ先に取った行動は、自分を欺く必要などないという気持の表れであり、足音の方へと引き返すことだった。だがなんとか気持を押し殺した。それでもジェリド(Djérid)の運命を確かめる誘惑には打ち勝てず、爪先立って木々の隙間から目を凝らした。手綱を解いた見えざる手に引かれ、ジェリド(Djérid)はすでに消えていた。

 額に幾分皺が寄り、豊かな頬と尾根のように鋭利な口唇が引きつると、笑みのようなものが浮かんだ。

 やがて森のなかへと歩みを進めた。

 初めのうちこそ、木々の隙間から射し込む夕陽が道を照らしてくれた。だがやがて、かろうじて届いていた光も衰え、漆黒の夜がやって来た。足許も見えず、道に迷う恐れもあったため足を止めた。

「Danenfelsまでは苦もなかった」と声に出して言った。「マインツ(Mayence)からDanenfelsまでは一本道なのだからな。Danenfelsからla Bruyère Noireまでも問題はなかった。細い小径をたどればよい。la Bruyère Noireからここまでもよく来られた。道など皆無だったが、こうして森を見つけられたのだ。だがここまでか。もう何も見えぬ」

 言葉にはフランス訛りとシチリア訛りが相半ばしていた。ちょうど独語を終えたころだろうか、五十歩ほど離れたところかに光が湧いて出た。

「ありがたい。あの光について行こう」すぐに光は揺れも震えも乱れもせず動き出した。それはあたかも、作り物の光が道具方や演出家の手で台本通り舞台上を滑らされるのに似ていた。

 それから百歩ほど進んだとき、耳元で人の息遣いのような音が聞こえた。

 背筋が凍る。

「振り向くな」右側から声がした。「振り向けば死だ!」

「承知した」表情も変えずに旅人は答えた。

「口を聞くな」左から声がした。「口を聞けば死ぬぞ!」

 旅人は無言のまま首を縦に振った。

「だが怖じ気づいたのであれば」三人目の声がした。ハムレットの父王にも似た、地球の内腑から抜け出たような声であった。「馬を連れ戻すがよい。それが貴様の諦めの合図だ。引き返すのを止めはせぬぞ」

 旅人は身振りだけで意思を伝え、道を進んだ。

 夜の闇は濃く、森は深い。光に先導されながらも幾度となく足を取られた。一時間ほど歩みは続いた。旅人は呟き一つ洩らさず、恐れるそぶりも見せずについていった。

 不意に、光が消えた。

 森の外だ。見上げると、濃紺の空の向こうに星が輝いていた。

 光の消えた辺りまで足を運ぶと、やがて目の前に古城の亡霊のような廃墟が現れた。

 と、足が瓦礫にぶつかる。

 途端に冷たいものがこめかみに触れ、両眼を塞いだ。もはや暗闇すら見えなかった。

 濡れた亜麻布が顔に縛りつけられたのだ。おそらく手順通り、少なくとも予期はしていたのだろう。旅人は目隠しを外そうとはしなかった。案内を乞う盲人のように静かに手を伸ばしただけであった。

 この仕種の意図が理解されたらしく、冷たく乾いた骨張った手が旅人の指を捕らえた。

 痩せさらばえた骸骨の手だ。だがその手に意識があったなら、旅人の手が震えていないことに気づいたはずだ。

 そのまま旅人は、百トワーズあまりを瞬く間に引っ張られた。

 不意に手が離れて目隠しが消え、旅人は立ち止まった。モン・トネルの頂上に到ったのだ。


Alexandre Dumas『Joseph Balsamo』Introduction 1 の全訳です。


Ver.1 07/07/20
Ver.2 08/07/19

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[訳者あとがき]

 アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』(Alexandre Dumas『Joseph Balsamo』1846(〜48))の日本語訳です。

 『ジョゼフ・バルサモ』『王妃の首飾り』『アンジュ・ピトゥ』『シャルニー伯爵夫人』の四部からなる『ある医師の回想』の第一部に当たります。2007年現在のところ、第二部『王妃の首飾り』だけが創元推理文庫から翻訳出版されています。

 ジョゼフ・バルサモ、別名カリオストロ伯爵。この稀代の詐欺師にして錬金術師、すこぶる魅力的な人物のはずなのですが、訳すに当たって参考文献を探そうとしたところ、日本語で読めるのは『山師カリオストロの大冒険』くらいしかありませんでした。というわけで、この本にはかなりお世話になることと思います。

 本書の内容は創元推理文庫版『王妃の首飾り』のまえがきに詳しいのですが、簡単に言えば、君主制転覆を目論む山師のほか、宮廷の陰謀、栄達を夢見る者たちそれぞれの思惑が乱立する一大絵巻です。『王妃の首飾り』もそうだったのですが、何より序章がかっこいい。カリオストロ登場のコテコテのかっこよさには痺れます。

 この序章その1を訳すのに、ちまちまやって二週間ほどかかりました。全部で百章ほどあるので、訳し終えるのは二百週間後。順調に行って四年越し。挫けず完成させられるのか?

 底本にはそこら辺に落ちてるインターネット上のテキストを用いました。誤入力なんかもあるでしょうが気にしない。

 翻訳に際して困ったのが固有名詞。特にドイツの地名をフランス表記してあるのにはお手上げです。

 ちなみに、カリオストロの本名は日本では普通ジュゼッペ・バルサモと表記されますが、フランス語読みではジョゼフ・バルサモになります。小説の舞台が主にフランスであること、デュマの作品名として『ジョゼフ・バルサモ』が定着していることを併せて、拙訳でも『ジョゼフ・バルサモ』と表記しました。
 

[更新履歴]

08/07/19
 ▼4段目「あたかも天の高みから平野までを静寂が静かに包み込み」→「静寂が静かに」って重なってる気がするので「さながら天の高みから平野までを穏やかに静寂が包み」に変更。

 ▼5段目「たとえ昼も夜も休むことがなくとも。絶え間なく注がれる流れはやがてラインに生まれ変わることになる。たとえ休むことがなくとも、冷たい川底の砂、しなやかな葦、苔とユキノシタに守られた岩のおかげで、Morsheimから始まりFreiwenheimに至るどの流れもざわめきを立てることはない。」挿入句を上手く訳せなかったので、思い切って句点でぶつ切りにしてリズムで乗り切ろうとしたつもりだったんだけど、読み返してみるとやっぱり変なのでどうにか一文にした。結果的にここだけ浮いている気もするが、ほんとうはこんなふうに古くさい感じで訳したいんだけど。→「昼また夜と休むことなく、明日の我が身なるラインの流れに注ぎ込むのが定めなれど、たとい休みのなかろうとも、ひんやりとした川底の砂、しなやかな葦、苔とユキノシタに覆われた岩のおかげで、Morsheimから始まりFreiwenheimに至るどの流れもざわめきを立てることは決してない。」

 ▼8段目「数々の高峰が質素な天文観測所になった今なお、心震える恐ろしい伝説を耳にした旅人たちが口唇に疑いの笑みを浮かべるようになった今なお、この辺境の地が近隣の地に畏れを抱かせている今なお、あたりにはみすぼらしい家々や人気のない隣国の前哨地がわずかに見えるだけだ。それすらもこの聖地からは遥かに遠いのだが、この一帯にも人がいることを知らしめてはいた。」ここは完全に文章を取り違えていました。初めの二節が「aujourd'hui encore que」の繰り返しで、三節目が「aujourd'hui encore」なので、「今なお〜だが、今なお〜だが、今なお〜なのである」と最後は肯定にならなくてはいけない。原文は一段がそのまま一文なので、日本語でも一文で訳そうと思って(実際に試みてみたのだが)、何が何だかわからなくなるのでやめた。→「数々の高峰がただの天文台に成り果てた今なお、心震える恐ろしい伝説を耳にした旅人たちが口唇に疑いの笑みを浮かべるようになった今なお、そんな今なおこの辺境の地に怯え畏れを抱く者たちがいた。この地にも人がいることを知らしめるためだけに存在するかのように、聖地から遠く離れて点在する、侘びしい家々や所在なさげな隣国の歩哨たちだ。」

 ▼9段目「この辺境の侘住まいに暮らす者たちがいる。粉屋たちは川に小麦を挽かせ、Rockenhausenとアルツェイ(Alzey)に小麦粉を運ぶ。羊飼いたちは山のなかまで羊に草を食ませに行き、年経た樅の老木が人跡未踏の森の奥地で倒れる音を聞いては、飼い犬とともに肝を潰した。」この文章の構造を単純化すると「〈ここに暮らしている者〉は〈粉屋〉と〈羊飼い〉」なのだが、ごてごてと修飾されているせいで上手くすっきりとした訳文に出来なかった。そのためいったん主節で文章を区切ってみたのだけれど、これだと前段からのつながりがはっきりしないので改める。とはいえこれもちょっと不満が残る。→「この辺境の侘住まいに暮らしているのは、或いは川に小麦を挽かせてRockenhausenとアルツェイ(Alzey)に小麦粉を運ぶ粉屋であったし、はたまた羊飼いたちはといえば山まで羊に草を食ませに行き、年経た樅の老木が人跡未踏の森の奥地で倒れる音を聞いては、飼い犬とともに肝を潰した。」

 ▼10段目「事実この地方の言い伝えによれば、このように哀れなものであった。人の話を信ずるならば、Danenfelsの奥、ヒースのなかへと消えた小径が、良きキリスト教徒を安全な土地まで導くと限った話ではない。」「souvenir」を上手く訳せない。原意は「記憶を呼び起こすもの」であり、普通は「記念品」「土産」「形見」「あかし」「思い出」「回想録」等々と訳されるのだけれど。→「何分にもこの地方ゆかりの風景が陰鬱なることは既に見た通りであり、実直な者たちに言わせれば、既に述べたようにDanenfelsの奥、ヒースのなかへと消える小径が、良きキリスト教徒を安全な土地まで導くと限った話ではないのである。」

 ▼11段目「今もここに暮らす人々のなかには、今から語り始める物語を、かつて父や祖父の口から聞いたこともあるであろう。」「a-t-il entendu raconter autrefois à son père」なので、「父が物語るのを聞いた」のではなく「父に物語るのを聞いた」でした。→「今もここに暮らす人々の中には、或いは今から語り始める物語を、かつて父や祖父に聞かせているのを耳にしたこともあるであろう。」

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