この翻訳は翻訳者の許可を取ることなく好きに使ってくれてかまわない。ただし訳者はそれについてにいかなる責任も負わない。
翻訳:東 照
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ジョゼフ・バルサモ

アレクサンドル・デュマ

訳者あとがき・更新履歴
著者略年譜・作品リスト

序之三 L∴P∴D∴

 しばし沈黙が訪れた。考えをまとめているようにも見える。だがやがて。

「諸君。剣を降ろし給え。腕が疲れるだけではないか。俺に耳を貸してくれ。今から話す言葉の一片一片には、万斛ばんこくの智識が詰まっている、ゆめゆめ聞き逃してくれるなよ」

 緊張が高まる。

「大河の水源みなかみは古来神のものであり、ゆえに人智の及ばぬ処所であった。ナイル然り、ガンジス然り、アマゾン然り。俺は行く末を知るも、来し方を知らぬのだ! 遡れる処所まで記憶を遡れば、魂が外界に触れて目覚めたその日、俺は聖地メディナにいて、尊師ムフティサラーイム(Salaaym)の庭を駆けまわっていた。

「俺は父のように老爺を慕った。だが父ではあり得なかった。何せ見つめる眼差しには愛情が籠っていたのに、話す言葉には敬意だけが込められていた。老爺は日に三度俺のそばを離れた。別の老爺を迎えに行くためだった。その名を口にする時には畏怖と謝意を禁じ得ぬ、我が老師、この世の人智の集いし存在。七つの霊の導きにより、神を知るため天使の全智に通じし者。その名はアルトタス。我が父、我が師にして、我が友、我が畏友老友。文字通り、ここで一番年経た者より二倍は年経ていたはずだ」[*1]

 厳かな口つき、重々しい身振り、物柔らかにして鋭い声音は、聞く者に深い感銘を与え、やがて不安のおののきに変えた。

 旅人は続けた。

「十五の頃には、既にこの世の神秘のあらかたに通じていた。俺は植物学をものにした。学者どもが象牙の塔に閉じ込めたような矮小な学問ではない。この天地に育つ六万種の植物を会得したのだ。俺はものにした。師が俺の額に手をかざし、閉じた瞼の奥に天啓の光を舞い降ろして、その境地に送り込めば、俺はものに出来たんだ、霊妙なる瞑想を通して、大海わたつみの底を見通すすべを。泥水の層に埋もれて揺蕩たゆたう奇怪な植物群を見分ける術を。天地開闢より人目に触れざる形無き醜悪な揺籃を、巨大な樹枝てあしで包み込んでおったわ。反旗を翻した天使どもが敗れた際に神の力によって生み出されてしまった日以来、神にも忘れ去られた奴らなのだ。

「それから言語に耽った。死せる言葉も生ける言葉も。ダーダネルス(Dardanelles)海峡からマゼラン(Magellan)海峡にわたって用いられているありとあらゆる言語を学んだ。ピラミッドと呼ばれる花崗岩の書物に記された未知のヒエログリフも読んだ。俺は人類の叡智を掌握した。サンクニアトン(Sanchoniathon古代フェニキアの歴史家)からソクラテスまで。モーセから聖ヒエロニムス(saint Jérôme)まで。ゾロアスターからアグリッパまで。

「医学も修めた。ヒポクラテス、ガレン、アヴェロエス(Averrhoësアウェロエス)に留まらず、自然という偉大な師に学んだ。コプトとドゥルーズの秘奥を探った。悲運の種子と幸運の種子を蒐めた。シムーンやハリケーンが頭上を過ぎた時には、その流れに種を委ねれば死や生を遠くまで運んでくれる。どちらになるかは俺次第、その土地を呪詛するも祝福するも、顔をしかめるか微笑むかだった。

「そんな研究、修行、放浪の最中だ。俺が二十歳になったのは。

「ある日、我が師が会いに来た時、俺は陽射しを避けて岩穴の中にいた。師の顔には厳しさと嬉しさが共に浮かんでおり……ガラス壜を手にしていた。

「『アシャラ(Acharat)よ、そちには常に言っておいたはずだ。この世には何者も生まれず、何者も死なぬとな。揺籠と棺桶は兄弟よ。過ぎにし前世を見通さんがための神眼が人には欠けておるだけじゃ。翻せばそれを手にした日こそ、人は神の如く不死となるのだ。よいか! 儂は死を払う秘薬を創ろうとする過程で、闇を晴らす秘薬を創りあげた。儂が昨日飲んだ分だけ、壜から減っておる。アシャラよ、残りは今日そちが飲むのだ』

「俺は師に全幅の信頼を寄せていたし、心から崇敬していた。だが差し出された壜に触れた手は震えっ放しだったよ。エヴァに林檎を差し出された時のアダムもあんな様だったに違いあるまい。

『飲むがいい』師は莞爾として言った。

「俺は飲んだ。

「師は俺の頭に手をかざした。千里眼を授けてくれた時と同じようにな。

『眠れ。記憶を探るのだ』

「俺は直ちに眠りに就いた。すると夢の中で俺は白檀と蘆薈アロエやぐらに寝かされていた。東方から西方に主の仰せを運ぶ一人ひとたりの天使が通り過ぎしな、翼の端で櫓に触れて火をつけた。だが不思議なことに、俺は不安に怯えて炎を恐れたりはせずに、燃えさかる火群の中で陶然としていた。あらゆる生命の根源より新たな生命を汲み取る鳳凰の如くにな。

「その瞬間、俺から物質的なものは消え去り、魂だけを残して、肉体の形こそ留めていたものの目にも見えず、手にも触れ得ず、この世の大気よりも軽く高く舞い上がった――その瞬間、トロイアの戦場にいたことを覚えていたピタゴラスのように、俺は思い出した、既に三十二の生を生きていたことを。[*2]

「目の前で数世紀が過ぎた。族長たちもこんな体験をしたに違いあるまい。俺は誕生の日より死の瞬間までかつて有していた数々の名前を思い出したが、それは知っての通りだ。何せ我らが信仰の根幹を為しているのだからな。神性が産み落とした無数の存在は、魂と呼ばれ、息吹のたびに神の胸より吐き出されている。魂は大気を満たし、気高き魂から下司な魂に至るまで幾多の階層に分かたれている。人は生まれる時に予め存在していた魂を恐らくは無作為に吸い込み、死せる時に新たな生と転生のために吐き戻すのだ」

 話しぶりは自信に満ち、双眸は気高く天を見据えていたので、信仰のすべてをまとめようと考えている間に、感嘆の囁きが洩れた。怒りが驚きに変わったように、驚きは感嘆へと変わっていたのだ。

「目が覚めると、自分が人ではなくなっていることに気づいた。神に近づいたのがわかったのだ。

「そのとき俺は心に決めた。現世の身はもとより、俺に残されている後世のすべてを、人類の幸福に捧げんことを。

「翌日、俺の考えを読んだかのように、アルトタスがやって来てこう言った。

『息子よ。二十年前、母御はそちを生んでから身罷った。爾来二十年、父御には姿を見せられぬやむにやまれぬわけがある。また旅を続けようではないか。これからの出会いの中には父御との出会いもあり、抱きしめられもしようが、そちには父に抱きしめられたと知る術はないと思え』

「こうして、主のしもべたちと同じく、俺のすべては謎めいていたに違いない。過去も、現在も、未来も。

「俺は尊師サラーイムに別れを告げた。老爺は何度も祝福をくれ、幾つもの餞別をくれた。やがて俺たちはスエズを目指す隊商キャラバンに合流した。

「すまんが諸君、懐かしさにほろりと来ても許してくれ給え。ある日、一人の老人に抱きしめられ、どくどくと脈打つ心臓の鼓動を感じていると、全身全霊がおののくような震えに襲われた。

「その人こそメッカのシャリーフ、並ぶ者なき名高き長だったのだ。幾多の戦いにまみえ、腕を一つ上げれば、三百万が頭を垂れた。アルトタスは顔を背けた。感情を悟られぬように、恐らくは秘密を洩らしてしまわぬように。その後、俺たちは旅を続けた。

「俺たちはアジアに足を踏み入れた。チグリスを遡り、パルミラ、ダマスカス、スミルナ、コンスタンティノープル、ウィーン、ベルリン、ドレスデン、モスクワ、ストックホルム、ペテルブルク、ニューヨーク、ブエノスアイレス、ケープタウン、アデンを訪れた。それから俺たちは旅立ちの地のそばを通り過ぎ、アビシニアに至り、ナイルを下り、ロードスとマルタに到った。俺たちの船から二十海里ほど離れたところに一隻の船が現れ、マルタの騎士が二人、俺に挨拶しアルトタスを抱擁した。二人がまるで凱旋のように俺たちを案内した先は、大首長ピントの宮殿であった。

「諸君は不思議に思われるだろうな。なにゆえムスリムのアシャラが、よりにもよって異教徒の虐殺を誓った者たちに手厚く遇されたのかと。何もかもアルトタスのおかげだ。カトリック教徒にして自身もマルタの騎士であったアルトタスは、全能にして万物におわす神の話しかしたことがなかった。御使いである天使たちの手を借りて、世界を一つの調べに造りあげ、その妙なる調べに宇宙という名を与えし神のことしか口にしたことがなかった。俺はようやく、神に触れたのだ。

「俺たちの旅は終わった。だがどんな名を持つ町を見ようと、どんな文化を有する街を目にしようと、驚いたことはなかった。天が下に俺の知らぬものなど存せぬ。三十二の前世のうちに、既に同じ町を訪れていたのだからな。目についたのは住人の間に起こった変化だけだった。俺は精神世界で空を飛び、様々な事件を見下ろすことも出来れば、人類の歩みをたどることも出来た。あらゆる智性が着々と進歩し、進歩の果てには自由があるのを目にした。いつの時代にも現れる預言者たちが、たどたどしい人類の歩みを支えるために神より遣わされていたことを目にした。揺籃から盲目のまま放り出された人類が、一世紀ごとに一歩ずつ光に向かって足を踏み出していたんだ。――その数世紀こそ、人民の時代なのだ。

「そこで俺は考えた。畏き物事の数々が俺の目に見えぬようになっていたのは、俺の胸に仕舞っておくためなのだと。だが山が金鉱を隠しいだき、海が真珠を包み隠そうとも何の意味もなかった。現に鉱夫は飽きもせず山の奥に掘り進み、潜水夫は海の底に潜っているではないか。海や山のようにではなく、太陽のように、つまり世界中に俺の輝きを振りまく方がいい。

「もうわかっただろう、俺が東方オリエントからやって来たのは、子供騙しなフリーメーソンの儀式を受けるためじゃない。お前たちに伝えに来たんだ。同朋たちよ、鷲の翼と眼を手にしてくれ。この世の上まで飛んでくれ、サタンがイエスを連れ出したあの山の頂を俺と共に目指してくれ。地上の王国に目を光らせておいてくれ。

「民というのは一つの巨大な生き物なのだ。異なる時代に生を受け、様々な境遇に生まれようとも、みんな同じ列に並んで来たんだ、みんな順番に生まれた目的にたどり着くのだ。足を止めているように見えても、歩くのをやめたわけじゃない。たまたま足を戻したとしても、後戻りしたいからではなく、弾みをつけて障害を飛び越えぶち壊すためだ。

「フランスがすべての国の先駆けだ。灯を掲げようじゃないか。たといその灯が松明の光であろうと、松明を焼き尽くす炎が幸を導く戦火となろう。その灯が世界を照らしてくれるはずだ。

「フランス代表がここにいないのはそのためさ。任務を前にして臆しちまったんだろう……何を前にしても臆さない人間が必要だ……俺がフランスに行こう」

「御身がフランスへ?」議長がたずねた。

「そうとも、何よりも大切な任務だ……俺がやるつもりだ。何よりも危険な仕事だ……俺が引き受けよう」

「フランスで何が起こっているか御身はご存じか?」

 旅人は莞爾とした。

「知っているとも。段取りをつけたのは俺自身だ。今は老いて腰抜けで腐った王様が一人、その象徴たる王制ほど老いても腰抜けでも腐っても死にかけてもいないが、フランスの玉座に就いている。持って数年の命。いよいよ死んだ時のために、未来に備えておかなくてはならん。フランスは要石なんだよ。結社の合図一つで六百万が手を挙げ、その石を取り外せば、王制は崩れ去るだろう。フランスにもはや王がいないとわかった日には、玉座にふんぞり返った欧州の君主どもが眩暈を起こすだろうぜ。聖ルイの玉座がすっかり崩れ落ちた後に出来た深淵に、君主どもは自らすすんで飛び込むことになるのだ」[*3]

「失礼だが」議長の右にいる代表が口を挟んだ。山地ドイツ語訛りを聞けばスイス人だと知れる。「貴下の計算に抜かりはないのでしょうな?」

「ない」大コフタは即断した。

「失礼ながら言わせていただく。山の頂、谷の底、湖の岸にいると、我々の口も風や水の囁きと同じように軽くなりますので。私としては、機は未だ熟さずと申し上げよう。これから大きな波が来そうなのです。フランス王制が変わるも変わらぬもその波に懸かっております。幸運なことに、マリア=テレジアの娘が華々しくフランスに向かっているのを目にしたのですよ。十と七つの皇帝の血と、六十と一つの王の裔たる血を、結びつけるためです。下々の者は無邪気に喜んでおりました。手綱をゆるめられたり、足枷を金ぴかにしてもらったりした時のように。それがゆえに、我が名と同胞の名に懸けて、繰り返させていただく。機は未だ熟せずと」

 一人一人がじっくりと考え込んで、グランド・マスターの告発に穏やかでいながら大胆に異を唱えたこの人物を見つめた。

「話すがいい」大コフタには動揺した素振りもない。「聴くべき助言であれば耳を傾けるまでだ。神の僕は誰も拒みはせぬし、公共の利益を自尊心の傷に捧げたりはせん」

 スイス代表は静まりかえった中、発言を続けた。

「長年のあいだ修めてきた研究により、私は一つの真理を確信いたした。人間の顔というのは、その美徳と不徳を読む術を心得てさえいれば、饒舌なものでしてな。人は表情を作り、視線を和らげ、口元をほころばせる。こうした筋肉の動きは任意のものにほかなりませぬ。しかしながら、持って生まれた気質は隠せぬもの。何が心をよぎったのか、見るも確実な印がありありと残されるものです。例えば虎が蠱惑的に微笑み、愛くるしい目つきをしたとしても、その小さな額、張った頬骨、巨大な後頭部、血に染まった微笑みを見れば、それが虎であるのは明らかなこと。犬の場合も然り、眉間に皺を寄せ、牙を剥きだし、怒りを見せようとも、その穏やかで素直な目、理智的な顔つき、忠実な足取りを見れば、その真心と友愛は明らかなこと。神は生きとし生けるものの顔に、その名前と性質を記したのです。この私奴が読み取りました。フランスを治めることになる娘の顔に、ドイツ娘らしい自尊心と勇気と、穏やかな慈愛が刻まれているのを。夫となる若者の顔に、穏やかな落ち着きとキリスト者の寛容と為政者の気配りが記されているのを。さて、ここに一国の国民がおります。それも悪きことは覚えず善きことを忘れぬフランス国民です。シャルルマーニュ、聖ルイ、アンリ四世さえいれば、卑劣で残忍な歴代の王たちすら見守って来た者たちです。希望を失わず絶望を知らない国民が、若く美しく善良な王妃や、優しく慈悲深く善良な為政者である王を、なにゆえ愛さずにいられましょうか。それも惨憺たる浪費に明け暮れたルイ十五世時代の後、国王による表立っての饗宴と表に立たぬ復讐の数々の後、ポンパドゥールとデュ・バリーによる治世の後ですぞ! 王太子夫妻が先ほど挙げた美徳を備え、欧州和平という持参金を持ち寄るとするなら、フランスとて祝福を否みましょうか? 今まさに王太子妃マリ=アントワネットは国境を越えようとしています。祭壇と婚礼の褥もヴェルサイユに用意されております。果たしてフランスによるフランスのための革命を始めるのに相応しい時期でしょうか? 重ね重ね失礼ながら、申し上げるべきことを申し上げたまで。これは心の底より感じていることであり、貴下の賢明なご判断を仰ぐべきと考えていることなのです」

 そう言うと、チューリヒ代表と呼ばれていた人物は頭を下げ、満場から同意の囁きを得て、大コフタの返答を待った。

 待つこともなく答えはすぐに返って来た。

「貴兄が相を読むことに通じているなら、俺は未来を読むことに通じている。マリ=アントワネットは誇り高い。戦いにこだわった挙句に俺たちの攻撃に滅ぶだろうぜ。王太子ルイ=オーギュストは善良で慈悲深い。戦いに滅入った挙句に妻と運命を共にするだろう。ただし一人は長所のせいで、一人は反対に短所のせいで滅ぶのだ。今は二人とも敬意を払い合っているだろうが、愛し合う機会など二人に与えるつもりはない。一年もしないうちに軽蔑し合っているはずだ。うだうだ言う必要はあるまい。光が何処から届いたかなんて気にするな。その光が俺には見えた、それでいいじゃないか。第二の新生を知らせるその星の光に導かれて、羊飼いのように、東方からこうして俺がやって来たんだ。明日から俺は計画に取りかかる。お前たちにも協力を頼む。計画を実現するために、二十年の時を貸してくれ。一つの目標に向かって一致団結して歩めば、二十年で充分なはずだ」

「二十年!」亡霊たちが不満を洩らす。「なんと悠長な!」

 大コフタははやる者たちに顔を向けた。

「そうかもな。ジャック・クレマンやダミアンよろしく、ナイフ一つで人を屠るように行き方を屠ることが出来るとでも思っているなら、悠長にも感じるだろう。くだらない!……ナイフで人は殺せるだろうが、そんなものは剪定用ナイフで小枝を切って切り口から無数に枝を生やすようなものだ。国王の身体を墓に寝かせた代わりに、脳たりんのルイ十三世や、狡猾なルイ十四世や、崇拝者の血や涙にまみれた偶像のルイ十五世を、叩き起こしちまう。そんな崇拝者どもにそっくりな奴らをインドで見たよ。のっぺりした笑いを顔に貼りつかせたグロテスクな神々が、山車の車輪に花輪を投げる女子供を押し潰していた。三百万の人の心から王の名を消し去るのに二十年は掛けすぎだと考えているんだな? つい先頃もルイ十五世の命を救うために我が子の命を神に捧げていたような奴らの心だぞ。フランス国民が百合の花を憎むよう仕向けるのは造作ないと思っているんだな? 百合の花が天の星の如く輝き、花の香りの如く甘く、千年にわたって世界の隅々に光と愛と栄光をもたらしていたとしてもか? やってみるがいい。二十年とは言わず一世紀くれてやる![*4]

「お前たちはばらばらに震えている見知らぬ者同士。お前たちの名前を知っているのは俺だけだし、様々な能力を見極めて一つにまとめられるのも俺だけだ。お前たちを絆で結ぶ鎖になれるのは俺だけなのだ。哲学者の諸君、経済学者の諸君、観念論者の諸君、俺が言いたいのは、二十年後にはこうした行き方を――今は炉端で囁いているだけの、今は古い塔の暗がりでおどおどしながら書きつけているだけの、今はお前より先に勝手にさえずる裏切者や粗忽者をいつでも始末できるようにナイフを手に言葉を交わしているだけの行き方を――路上で包み隠さず口にしたり、堂々と印刷したり、欧州全土に広めたり出来るようにしたいんだ。それを実現するのが平和の使者か、はたまたこうした行き方を旗印に掲げて自由のために戦う兵士五十万人の銃剣の先か、それはわからぬ。頼む。ロンドン塔の名に怯える者たちよ、宗教裁判所の名に怯える者たちよ。これから挑もうとするあのバスチーユの名に怯えるこの俺がお願いする。あの牢獄の瓦礫を踏みにじり、憐れんでやろうじゃないか。瓦礫の上で奥さんや子供たちを飛び跳ねさせてやろうじゃないか。すべて実現できるとすれば、死後。それも王様じゃなく、王制が死ななくてはならん。宗教の支配が終わり、社会的ハンデが根絶され、貴族制が消え去り、領主の財産が分け与えられなければならん。古い世界を破壊して新しい世界を築き直すには二十年が必要なんだ。二十年だぞ、永遠に比べればほんの二十秒程度じゃないか。それをお前たちは悠長だと言うのか!」

 感嘆と同意の囁きは演説が終わった後もしばらく止まなかった。謎めいた予言者は、欧州を代表する思想家たちの共感をことごとく勝ち得てしまったのだ。

 大コフタはしばし勝利を味わい、充分に堪能すると、話を続けた。

「いいか、兄弟たちよ。俺の身体はどうなってもいい。巣穴のライオンを狩りに行く用意は出来ている。世の自由のためにこの命を賭す覚悟も出来ている。お前たちはどうするつもりだ? 命と財産と自由を捧げた理想を成功に導くために、お前たちは何をするつもりなんだ? 教えてくれ。俺はそれを聞くためにここに来たのだ」

 芝居めいた演説に呑まれて、後には水を打ったような静寂が訪れた。薄暗いホールに見えるのは、身じろぎもせぬ亡霊たちの姿だけだった。玉座を揺るがすことになるはずの容赦ない考えに、誰もが取り憑かれていたのだ。

 六人の代表がその場を離れてしばらく協議してから戻って来た。

 議長が初めに口を利いた。

「老生の言葉はスウェーデンの言葉。スウェーデンの名に於いて申し上ぐる。ヴァーサ家の玉座を打ち壊すため、かつてその玉座を築いた鉱夫たちに加えて一万エキュを提供しよう」[*5]

 大コフタは手帳を取り出し、言われたことを書きつけた。

 次いで議長の右にいる人物が口を開いた。

「アイルランドとスコットランド支部から派遣された身としては、イングランドの名に於いて約束できることは何もない。イングランドとの間には深い遺恨があるのだ。だがアイルランドの名とスコットランドの名に於いて約束しよう。一年につき三万の民と三万クラウンを支援する」

 大コフタは先ほどの申し出の脇にそれを書きつけた。

「貴殿は?」

 三人目の代表に漲る力強さや荒々しい気迫は、長々とした屍衣でも隠せてはいなかった。「オレが代表を務めるアメリカでは、石の一つ一つ、木の一本一本、水の一滴、血の一滴に至るまでが、革命に染まっている。金があれば差し出そう。血があれば流しもしよう。ただし動くためには自由を手に入れなくれは。ばらばらに囲いに入れられて番号を振られている現状では、鎖の輪がばらばらに外れているようなもの。必要なのは強靱な手。初めに輪を二つ繋げてしまえば、後は黙っていても次々に繋がってくれるはず。先陣を切るのはアメリカでなくてはならない。フランスを王権から解き放ちたいのであれば、まずは我々を外国の軛から解き放って欲しい」

「いいだろう」大コフタが答えた。「まずは貴殿らが自由を手に入れてくれ、フランスはそれを後押ししよう。神はあらゆる言語で『なんぢら互に負へ』と仰せになった。待つのだ。兄弟たちよ、そう長いことではない、保証しよう」[*6]

 次にスイス代表に顔を向けた。

 スイス代表が答えた。「私には個人的に支援することしか出来ませぬ。我らが共和国の息子たちは長きにわたってフランスの王制と同盟関係にありましてな。マリニャーノとパヴィーアの戦い以来、血を売り払っているのです。しかも売り手として誠実であるがゆえ、これからも売ったものを届けてゆくことでしょう。誠実であることを無念に思うのはこれが初めてです」[*7]

「構わん。スイス人の若者がいなくとも、スイス人の衛兵がいようとも、俺たちは勝つ。次の番だ、イスパニア代表」

「貧しい私に差し出せるのは、同朋三千人くらいのもの。だが年に千レアルもらえば一人一人がきっちりと仕事をしましょうぞ。イスパニアは無精な国。そこの人間なら、たとい苦しみの床でも眠りに就けましょう。眠れさえすればよいのです」

「よし。貴殿は?」

「ロシア及びポーランド地方代表。こちらの同朋は、不満を抱く富裕層と、働きづめで若死にする運命にある貧しい農奴。命さえ持たぬ農奴の名に於いて約束することは何も出来ないが、三千人の富裕層に代わって一人当たり年二十ルイを約束しましょう」

 ほかの者たちの番も順次やって来た。小王国の代表もいれば、大公国の代表や、貧困国の代表もいたが、どの代表も大コフタの手帳に申し出を書き留めさせ、約束したことを必ず果たすと誓った。

「いいか」大コフタが声をあげた。「俺の正体を明らかにした三文字の標語は、既に世界の一部には入り込んでいるし、これからほかの地域にも広まることだろう。諸君の一人一人がこの三文字に心を寄せるだけではなく、心に背負ってくれ。東と西の支部の最高位マスターである我輩が、百合の崩壊を命じるのだ。俺がお前に命じる。スウェーデンのともがらよ、スコットランドのともがらよ、アメリカのともがらよ、スイスのともがらよ、イスパニアのともがらよ、ロシヤのともがらよ。百合を踏みつぶすのだLilia Pedibus Destrue」[*8]

 海鳴りのような喝采が巣窟の奥でどよめき、不気味な突風となって山間を吹き抜けた。

「父と親方マスターの名に於いて命じる。戻り給え」どよめきが静まったのを見計らって大コフタが告げた。「順次ドンナースベルクモン・トネルの石切場に通じている地下道に戻るのだ。川を下り、森を抜け、谷を通り、日の出前に散れ。再び会うのは勝利の時だ。さらばだ!」

 最後に六代表だけにわかるフリーメーソンの合図を送ったので、会員たちがいなくなっても六代表は大コフタを囲んだままだった。

 大コフタがスウェーデン代表を脇に呼んだ。

「スヴェーデンボリよ、あんたには確かに霊感がある。俺の口を借りて神も労をねぎらっているぜ。今から伝えるフランスの住所に金を送るのだ」

 議長は控えめに一礼すると、その名を暴いた千里眼から茫然として退いた。

「ありがとう、フェアファックス。確かに父祖の血を継ぐ方とお見受けした。今度手紙を書く時にはワシントンに俺のことをよろしく伝えておいてくれ」[*9]

 フェアファックスは一礼して、スヴェーデンボリの後から立ち去った。

「来たまえ、ポール・ジョーンズ。さっきはよく言ってくれた。お前なら言ってくれると思っていたよ。必ずやアメリカの英雄になる男だ。アメリカもお前も、最初ののろしが上がるのを待っていてくれ」

 アメリカの提督は神の息吹に触れたかのように震えながら退出した。

「ラファーターよ。理論など捨てよ。今や実行の時だ。人間とは何かを研究している場合ではない。人間は何になれるのかを探るのだ。俺たちに手向かう兄弟たちなどくたばっちまえ。民の怒りは神の怒りにも負けぬほど速くむごいぞ」

「よく聞け、ヒメネス」次に大コフタはイスパニアの名に於いて話をしていた男に声をかけた。「お前は熱心なくせに自信がないんだ。お前の国が眠っているだと? 起こす者がいないだけだ。カスティーリャは今だって昔と変わらずシドの祖国だ」

 六番目の代表が前に出たが、三歩と進まぬうちに大コフタに止まるよう合図されていた。

「ロシヤのシーフォルトよ。お前は一月しないうちに大義に背くだろうが、一月後には死ぬことになる」

 死を宣告されたモスクワ代表は膝を突いたが、大コフタに立ち上がるよう促され、よろめきながら立ち去った。

 すると一人残ったこの怪人物、つまりはこのドラマに主役としてご登場いただいた件の男は、周りを眺めて、議場であったホールが閑散としているのを確かめると、黒天鵞絨の外套を刺繍入りのボタン穴で留め、帽子を深くかぶり、バネを押して閉じていた青銅の扉を開いて、山道に飛び出した。久しい以前から勝手知ったるような足取りで。やがて森に着くと、道案内も光もないというに、見えざる手に導かれるようにして森を抜けた。

 森を抜けると馬を探したが、見当たらなかったので耳を澄ました。遠くでいななきが聞こえたような気がする。節をつけた口笛が旅人の口から流れ出た。直後、暗がりの中を駆けるジェリドが見えた。元気な犬のように忠実で従順なジェリド。旅人はひらりと飛び乗り、二人揃って瞬く間に遠ざかると、やがてダネンフェルスからドンナースベルクの頂まで生い茂っているヒースに紛れて見えなくなった。


Alexandre Dumas『Joseph Balsamo』Introduction III「L∴P∴D∴」の完訳です。『La Presse』1846年6月2日に掲載(連載第2回)。


Ver.1 07/09/29
Ver.2 12/09/05
Ver.3 14/03/20

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[訳者あとがき]

[更新履歴]

・13/12/16 「一本調子に微笑んで、山車の車輪の下に花輪を投げる女子どもを威圧していた。」インドの山車祭とジャガンナートのことだと思われるので、→「のっぺりした笑いを顔に貼りつかせて、山車の車輪に花輪を投げる女子どもを押し潰していた。」

・14/03/20
 ▼「目の前で数世紀が過ぎた」の段落。「comme une série de grands vieillards. 」、「一連の偉大な老人たち」とは、数世紀を生きた旧約聖書の族長のことだと思われるので、「まるで爺さんを繰り返したみたいだったぞ。」 → 「族長たちもこんな体験をしたに違いあるまい。」に訂正。

 ▼同段落。「et c'est un des points les plus positifs de notre croyance, les âmes, ces innombrables émanations de la divinité, qui à chacun de ses souffles s'échappent de la poitrine de Dieu, 」。「les âmes, ces innombrables émanations de la divinité」は同格なので、「数々の魂、限りなき神性の顕現、それこそが我らが信仰の深奥であり、神の肺より洩れし息吹の一つ一つに宿っているのだ。」 → 「何せ我らが信仰の根幹を為しているのだからな。神性が産み落とした無数の存在は、魂と呼ばれ、息吹のたびに神の胸より吐き出されている。」に訂正。

 ▼「諸君は不思議に思われるだろうな」の段落。「comment le musulman Acharat était reçu avec tant d'honneur par ceux-là même qui jurent dans leurs voeux l'extermination des infidèles. 」。「ceux-là même」は「同じ」ではなく「まさにその」。「異教徒」とは「非キリスト教徒」。「なにゆえムスリムのアシャラが、あたかも異教徒の鏖殺を約した者たちのように手厚く遇されたのかと。」 → 「なにゆえムスリムのアシャラが、よりにもよって異教徒の虐殺を誓った者たちに手厚く遇されたのかと。」に訂正。「C'est qu'Althotas, 」、「C'est que 〜」で「〜だからこそだ」の意なので、「アルトタスは〜」 → 「何もかもアルトタスのおかげだ。」に訂正。

 ▼「そこで俺は考えた」の段落。まるまる誤訳していたので、
 「俺自身の内部に埋もれて明かされなかった天啓の数々を、俺は自分に言い聞かせた。まるで金鉱の眠る山、真珠を秘めた海だった。それこそ俺は鉱夫になって根気よく山の奥に潜り、潜水夫となって海の底に沈んだ。海や山とは違い、太陽の如くに、言うなれば俺の輝きに世界が打ち震えるといってもよかったがな。」
 → 「そこで俺は考えた。畏き物事の数々が俺の目に見えぬようになっていたのは、俺の胸に仕舞っておくためなのだと。だが山が金鉱を隠し抱《いだ》き、海が真珠を包み隠そうとも何の意味もなかった。現に鉱夫は飽きもせず山の奥に掘り進み、潜水夫は海の底に潜っているではないか。海や山のようにではなく、太陽のように、つまり世界中に俺の輝きを振りまく方がいい。」に訂正。

 ▼「知っているとも。段取りをつけたのは……」の段落。「et d'eux-mêmes ils s'élanceront dans l'abîme qu'aura creusé ce grand écroulement du trône de saint Louis. 」。「que」以下の主語は「ce grand écroulement du trône de saint Louis」、「creuser l'abîme」で「深淵を掘る」「破滅を用意する」の意。要は「玉座の崩壊によって掘られた深淵に彼ら自身が飛び込むだろう」ということだろう。「聖ルイの玉座をぶちこわすために掘られたはずの深淵に、自分たちも飛び込むことになるのだ」 → 「聖ルイの玉座がすっかり崩れ落ちた後に出来た深淵に、君主どもは自らすすんで飛び込むことになるのだ」に訂正。

 ▼「失礼だが」の段落。「すべて計算したのか?」とはつまり「計算し忘れはないか?」ということだろう。「貴下の作戦はすべて計算尽くなのでしょうな?」 → 「貴下の計算に抜かりはないのでしょうな?」に訂正。

 ▼「失礼ながら言わせていただく」の段落。「car voici qu'un grand événement se prépare, et auquel la monarchie française devra sa régénération. 」おかしな誤訳をしていたので、「今ここで大いなる計画が練られているのは、フランス王制を刷新せねばならぬからです。」 → 「これから大きな波が来そうなのです。フランス王制が変わるも変わらぬもその波に懸かっております。」に訂正。

 ▼「そうかもな。ジャック・クレマンや」の段落。「mais, pareil à l'acier régénérateur, il tranche un rameau pour en faire jaillir dix autres de la souche, et à la place du cadavre royal couché dans son tombeau, il suscite un Louis XIII, tyran stupide ; 」。「l'acier régénérateur」というのが何だかわからず「鋼を鍛え直す」などという意味不明な訳し方をしていたが、「剪定用の切断道具」だった。後半が全体的におかしかったので、「わかるか? 三百万の人間の心から王の記憶を消し去るには、まる二十年が必要なのだ。今でさえルイ十五世の生活をあがなうために、国民が生活を神に捧げているではないか。いいか? フランス国民が百合の花を憎むよう仕向けるのは簡単なことだ。空の星のように輝き、花の香りのように甘く、千年ものあいだ世界中に光と愛と覇をもたらしていたのを覚えていようともな。実行だ、兄弟よ、実行あるのみだ。借りた二十年は一世紀にして返してやる!」 → 「三百万の人の心から王の名を消し去るのに二十年は掛けすぎだと考えているんだな? つい先頃もルイ十五世の命を救うために我が子の命を神に捧げていたような奴らの心だぞ。フランス国民が百合の花を憎むよう仕向けるのは造作ないと思っているんだな? 百合の花が天の星の如く輝き、花の香りの如く甘く、千年にわたって世界の隅々に光と愛と栄光をもたらしていたとしてもか? やってみるがいい。二十年とは言わず一世紀くれてやる!」と訂正。

 ▼「お前たちはばらばらに震えている」の段落。段落全体がめちゃくちゃだったので全面的に訂正。
「二十年にわたりこの教義を炉端でひっそりと囁き続けて欲しい。古い塔の陰に抜かりなく書き残して欲しい。手に短剣を携え情報を交換しろ。裏切者とお調子者が声高くさえずっていればその短刀を突き立てるのだ。いいか、この教義を表通りで高らかに宣言して欲しい。白日の下に書きつけて欲しい。人を送り平和裡に大陸中へと広めて欲しい。さもなくば、蜂起した五十万の兵たちが手に手に銃剣を持ち、教義の書かれた旗印を掲げ自由の為に戦って広めてほしい。最後の要求だ。ロンドン塔の名に怯える者たちよ、宗教裁判所の独房に怯える者たちよ、俺が相手にするはずのバスティーユの名に怯える者たちよ。おぞましい監獄の瓦礫を踏みつけ憐れんでやって欲しい。妻と子らには瓦礫の上で歓喜して欲しい。よいな! これを実現できるのは、君主ではなく君主制が死んだ時だ。教会の権力に背いた時だ。社会の暗部が一掃された時だ。貴族制が消滅し、領主の財産が分配された時だ。旧世界の破壊と新世界の再建には二十年が必要なのだ。二十年だ。たかが二十秒の果てしなき繰り返しではないか。それをお前たちは悠長だと言うのか!」
 → 「俺が言いたいのは、二十年後にはこうした行き方を――今は炉端で囁いているだけの、今は古い塔の暗がりでおどおどしながら書きつけているだけの、今はお前より先に勝手にさえずる裏切者や粗忽者をいつでも始末できるようにナイフを手に言葉を交わしているだけの行き方を――路上で包み隠さず口にしたり、堂々と印刷したり、欧州全土に広めたり出来るようにしたいんだ。それを実現するのが平和の使者か、はたまたこうした行き方を旗印に掲げて自由のために戦う兵士五十万人の銃剣の先か、それはわからぬ。頼む。ロンドン塔の名に怯える者たちよ、宗教裁判所の名に怯える者たちよ。これから挑もうとするあのバスチーユの名に怯えるこの俺がお願いする。あの牢獄の瓦礫を踏みにじり、憐れんでやろうじゃないか。瓦礫の上で奥さんや子供たちを飛び跳ねさせてやろうじゃないか。すべて実現できるとすれば、死後。それも王様じゃなく、王制が死ななくてはならん。宗教の支配が終わり、社会的ハンデが根絶され、貴族制が消え去り、領主の財産が分け与えられなければならん。古い世界を破壊して新しい世界を築き直すには二十年が必要なんだ。二十年だぞ、永遠に比べればほんの二十秒程度じゃないか。それをお前たちは悠長だと言うのか!」

 ▼「スイス代表が答えた」の段落。ここもめちゃくちゃだったので全面的に訂正。「協力を約束することは出来ませぬ。我が共和国の裔は長きにわたりフランス王国と同盟関係にありましてな。マリニャーノとパヴィーナの戦い以来、フランス王制に血を売り渡してしまったのです。借りを返しているというわけですな。売り渡したものを届けようと。何よりもまず、恥ずかしながらそれが我が国の誠意なのです」 → 「私には個人的に支援することしか出来ませぬ。我らが共和国の息子たちは長きにわたってフランスの王制と同盟関係にありましてね。マリニャーノとパヴィーアの戦い以来、血を売り払っているのです。しかも売り手として誠実であるがゆえ、これからも売ったものを届けてゆくことでしょう。誠実であることを無念に思うのはこれが初めてです」

 ▼「いいか」大コフタが…の段落。「car nous souverain maître des loges d'orient et d'occident, nous ordonnons la ruine des lis. 」。「nous」と「souverain maître」は同格であり、この「nous」は一人称の「nous」だと考えるとしっくりくる。「我ら東方・西方の支部長の指令は百合の崩落だ。」 → 「東と西の支部の最高位マスターである我輩が、百合の崩壊を命じるのだ。」

 ▼「ありがとう、フェアファックス」の段落。ここは序之二の「貴殿に流れている父祖の血が甦ったのなら」という台詞を受けているので、「父祖の名に恥じぬ男とお見受けした」 → 「確かに父祖の血を継ぐ方とお見受けした」に変更した。

 
 

*1. [七つの霊]
 『ヨハネ黙示録』より。3-1,4-5,5-6他。「神の七つの靈と七つの星とを持つ者かく言ふ、われ汝の行爲《おこなひ》を知る、汝は生くる名あれど死にたる者なり。」[]
 

*2. [ピタゴラスのように]
 ピタゴラスの定理で有名なピタゴラスは輪廻転生を信じていて、自分はトロイアの勇士エウポルボスの生まれ変わりだと信じていた。[]
 

*3. [聖ルイ]
 ルイ九世。死後、教会により聖人に叙せられたため聖ルイ(Saint Lous)と呼ばれる。ヨーロッパ平和の礎を築いた。息子ロベールがブルボン家の娘と婚姻し、その子孫がやがてブルボン朝を開く。後ほど名前の出て来るシャルルマーニュ大帝、アンリ四世とともに、フランスでは名君に数えられる。[]
 

*4. [ジャック・クレマンやダミアン]
 それぞれジャック・クレマンはアンリ三世の暗殺者、ダミアンはルイ十五世の暗殺未遂者。
[百合の花]。百合の花はフランス王家の紋章・象徴。[]
 

*5. [玉座を築いた鉱夫たち]
 ヴァーサ家は16〜17世紀のスウェーデンの王朝。デンマークの支配下にあったスウェーデンで鉱夫をはじめとした者たちが叛乱を起こし、独立を目指すきっかけとなった。[]
 

*6. [なんぢら互に負へ]
 新約『ガラテヤ書』6:2か? 「なんぢら互に重《おもき》を負へ」。[]
 

*7. [フランスの王制と同盟関係に]
 イタリア戦争に敗れたスイスはフランスと同盟を結ぶ。革命時にもフランス国王軍にはスイス人衛兵がいたのはそうした事情による。[]
 

*8. [Lilia Pedibus Destrue]
 「百合を踏みつぶせ」の意。その頭文字が、タイトルにもなっている「L∴P∴D∴」である。ただしラテン語の通常の語順では「Lilia Destrue Pedibus」となる。フランス革命時には同じく「LDP」の順で「Liberté de Penser(考える自由)」のスローガンとして用いられた。「∴」は単なる区切り記号ではなく、フリーメーソンで重要な意味を持つ「三角形」を表している。[]
 

*9. [フェアファックス、etc……]
 【フェアファックス】Fairfax。スコットランドのキャメロン公フェアファックス(Lord Fairfax of Cameron)。第三代フェアファックス卿 Thomas Fairfax(1612-1671)は市民革命で活躍した。弟である第四代の子孫がアメリカに渡り、フェアファックス郡の由来となる。第六代フェアファックス卿(1693-1781、1770年77歳)はアメリカ殖民地ヴァージニアの総督代理であり、1748年には若きジョージ・ワシントン(1732-1799、1770年38歳)と出会っている。また、1743年には従兄弟のウィリアム・フェアファックス(1691-1757)の娘とワシントンの腹違いの兄が結婚している。

 【ポール・ジョーンズ】John Paul Jones。ジョン・ポール・ジョーンズ。1747-1792。1770年23歳。アメリカ独立戦争時の海軍提督。

 【ラファーター】Lavater。ヨハン・カスパール・ラファーター。ラヴァーターとも。1741-1801。1770年29歳。スイスの観相学者。史実においても後年(1781年)ストラスブールを訪れていたバルサモに面会している。

 【ヒメネス】Ximénès。Giovanni Barberi『Compendio della vita, e delle gesta di Giuseppe Balsamo』(ジョヴァンニ・バルベリ『ジュゼッペ・バルサモの生涯と行状』)には、Thomas Chimenes(仏 Thomas Ximenès)という名のスペイン人のフリーメーソン幹部が登場する。

 【シーフォルト】Scieffort。同じくバルベリ『生涯と行状』によれば、エジプト・メーソンリーの教えを拒んだためにカリオストロに死を予言され、その予言通りに拳銃自殺することになるフリーメーソン幹部。まるでロシア人らしくない名前だが、『生涯と行状』によればライプツィヒでの出来事であるため、あるいはドイツ人か(ドイツ人らしくない名前であることに変わりないが)。バルサモはライプツィヒを発ったあとダンツィヒを訪れているため、直後にある「Dantzick」の文字を見てポーランド人だとデュマが勘違いしたものか。種村季弘『山師カリオストロの大冒険』によれば、ライプツィヒには1774年に拳銃自殺を遂げた降霊術師シュレープファー(Johann Georg Schröpfer)なる人物がいた。その最期の暗合や、ぱっと見の名前の類似からすると、シュレープファーのエピソードがカリオストロ伝説に組み入れられたとも考えられる。[]
 

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