この翻訳は翻訳者の許可を取ることなく好きに使ってくれてかまわない。ただし訳者はそれについてにいかなる責任も負わない。
翻訳:東 照
ご意見・ご指摘などは
メール
まで。
New  リンク  翻訳連載blog  読書&映画日記  掲示板  仏和辞典
HOME  翻訳作品   デュマ目次  戻る  進む

ジョゼフ・バルサモ

アレクサンドル・デュマ

訳者あとがき・更新履歴
著者略年譜・作品リスト

第百章 事態がますます紛糾する次第

 ド・ベアルン夫人はリシュリューの助言をそのまま実行に移した。公爵と別れてから二時間半後には、リュシエンヌでザモール氏と一緒に控えの間に待機していた。

 ベアルン夫人の姿を見なくなってからしばらく経っていたので、デュ・バリー夫人は名前を告げられるとひどく好奇心をそそられた。

 デギヨン氏も時間を無駄にはしていなかった。寵姫と話し込んでいる最中に、ションがベアルン夫人の謁見申し込みを伝えに来た。

 デギヨン公爵は立ち去ろうとしたが、デュ・バリー夫人が引き留めた。

「そこにいて下さいますか。知り合いがお金の無心に来たのでしょうから、あなたがいて下さった方がいいんです。無茶な要求も出来ないでしょうから」

 公爵は部屋に残った。

 その場に相応しい顔つきで入室して来たベアルン夫人は、伯爵夫人の正面に当たる椅子を推められ、そこに坐ると、挨拶を交わした。

「今日はどういったご用件ですの?」

「それが困ったことになったんですよ!」

「具体的には?」

「陛下がお悲しみになるような報せで……」

「早く仰って下さい」

「高等法院が……」

「おお!」デギヨン公爵が呻いた。

「デギヨン公爵閣下です」誤解を招かぬように、デュ・バリー伯爵夫人は急いで紹介した。

 だがベアルン老伯爵夫人とて、宮廷の人々を束にしたほどの抜け目ない人物である。誤解するなら意識的に、それも誤解した方が都合がいいと考えれば、誤解もしよう。

「法律屋というのは卑しい人たちなんですよ。勲章や生まれにもちっとも敬意を払わないんですから」

 こうした世辞をあやまたず受け取って、公爵が恭しくお辞儀をしたので、ベアルン夫人もお辞儀を返した。

「でも公爵閣下だけの問題じゃございません。全国民の問題ですよ。高等法院が仕事を拒否するなんて」

「何てことかしら!」デュ・バリー夫人が長椅子の上で仰け反った。「もうフランスに正義はないのかしら?……それで……これからどうなってしまんでしょう?」

 公爵が笑みをこぼした。ベアルン夫人はにこりともせず、却ってますます顔を曇らせた。

「これは大変な出来事ですよ」

「あら、そうかしら?」

「あなたが訴訟を起こしていないのは幸運というものですよ」

「うほん!」デギヨン氏が注意を促したので、デュ・バリー夫人はようやく当てこすりに気づいた。

「そうね、その通りだわ」デュ・バリー夫人は慌てて答えた。「思い出しました。あたくしは訴訟を抱えていなくても、あなたは重大な訴訟を抱えているでしたものね!」

「そうなんですよ!……ちょっとでも遅れたら破滅してしまいます」

「お気の毒に!」

「ですからね伯爵夫人、国王に決断していただかなくてはならないんですよ」

「もちろん陛下はそうなさるわ。評定官を追放なさるでしょうから、それでお終いね」

「でもそれではいつになるかわからないまま先送りされることになってしまいます」

「解決策をお持ちですの? だったら教えて下さいな」

 トーガの下で息絶えたカエサルのように、ベアルン夫人は髪飾りの下に隠れた。

「方法はあるのでしょうが、陛下は躊躇なさるでしょうね」ここでデギヨンが口を挟んだ。

「どんな方法ですか?」ベアルン夫人がたずねる。

「フランスの王権が危機に瀕した際には、いつも採られる方法です。親裁座を開いて『余は望む!』と言えばいいのです。反対者たちが『我々は望まぬ』と言ったところでどうにもなりません」

「名案じゃございませんか!」ベアルン夫人は夢中になって叫んだ。

「だがばれてはなりません」デギヨンが素早く合図したのを見て、ベアルン夫人も承知した。

「ああ、伯爵夫人! 『余はベアルン夫人の訴訟が審理されるのを望む』と陛下に言わせられるのはあなただけなんです。だいたい、ずっと前から決まっていたことなんですからね」

 デギヨン氏は口を固く結んでデュ・バリー夫人に挨拶すると、閨房を後にした。国王の四輪馬車が中庭に入って来る音が聞こえたのだ。

「国王だわ!」デュ・バリー夫人は立ち上がって、ベアルン夫人を退出させようとした。

「どうか! 陛下のお足許にひざまずくのを許していただけないのですか?」

「親裁座を請うために? そうね。ここに残りたいのなら、残って下さいな」

 ベアルン夫人が髪飾りを直し終えたところで、国王が入室して来た。

「おや、お客さんでしたか……?」

「ベアルン夫人です」

「陛下、正義を!」老婦人は深々とお辞儀をして訴えた。

「おやおや!」ルイ十五世は親しくない者にはわからぬほどの嘲笑を浮かべた。「どなたかから侮辱でもされたのであろう?」

「陛下、正義を求めます」

「誰に対する?」

「高等法院に対する」

「なるほど!」国王はぱちぱちと手を叩いた。「余の高等法院に苦情を訴えておいでか? では是非それを正す機会をいただこう。その点について余も苦情を訴えねばならぬ。そなたにも正義を見せていただきますよ」老伯爵夫人に倣って恭しくつけ加えた。

「つまるところ陛下は国王であり、支配者なのでございますから」

「国王というのは間違いない。支配者というのは時と場合によるな」

「お心積もりをお聞かせ願えませんか」

「それは余が毎晩やっていることではないか。高等法院の連中は朝ごとに心積もりを表明しておる。双方の心積もりは相矛盾していて、地球と月のように、決してぶつかることなく追いかけ合ってばかりだ」

「陛下の力強いお声でしたら、高等法院のわめきを掻き消すことも出来るのではございませんか」

「そこがそなたの間違いだ。余は辯護士ではなく、彼奴らは辯護士だ。余がウイと言えば、彼奴らはノンと言う。理解し合うことなど、到底不可能……余がウイと言っても、彼奴らにノンと言わせぬ手だてでもあるのなら、そなたと手を結ぶのもやぶさかではないぞ」

「手だてはございます」

「直ちに教えてもらおう」

「ではお話しいたします。親裁座をお開き下さい」

「また一つ厄介が増えるだけではないか。親裁座だと! 正気か? 革命も同然だ」

「支配者は陛下なのだということを、歯向かう者どもに正面切って伝える手だてでございます。国王がお心積もりを表明なさる際には、一方的にお話しなさるだけで、言い返されることはないはずです。『余は望む』と陛下が仰れば、相手は頭を垂れるしか……」

「面白い考えなのは確かね」デュ・バリー夫人が評した。

「面白いのは確かだが、優れているとは言えぬな」国王が答えた。

「でも見物じゃありません?」デュ・バリー夫人は夢中になって言い募った。「お供の者に、侍従に、大貴族に、武官親衛隊、それに夥しい数の民衆、それに金縫いの百合の紋章つきの五つの座布団で出来た親裁座……素晴らしい儀式になるに違いないわ」

「そうかね?」国王の気持が揺れた。

「それに陛下の衣装も素晴らしいものになるでしょう? 白貂地のマント、王冠のダイヤ、金の笏、どれもこれもまばゆくて、厳かなご尊顔にぴったり。ご立派に見えるに違いないわ!」

「親裁座など久しく開かれておらぬ」ルイ十五世は気のないふりをした。

「ご幼少のみぎりから、陛下の光り輝くお姿は誰の心にも刻まれておりますよ」ベアルン夫人が言った。

「それに、大法官にとっては要領を得た先鋭的な演説を披露するにはいい機会ですし、真理と尊厳と権威に賭けてあの人たちをねじ伏せるにもいい機会じゃありませんこと?」デュ・バリー夫人も続けた。

「高等法院の背信を待つべきだ。その時は考えよう」ルイ十五世が答えた。

「あれ以上の背信を待つと言うんですの?」

「何のことだ?」

「ご存じありませんの?」

「デギヨン殿を少々からかったからといって、絞首刑には当たらぬ……たとい公爵が余の友人であるにしてもな」国王はデュ・バリー夫人を見つめた。「それに高等法院が公爵をからかったのだとしても、余がおふれを出してやり返しておいた。昨日だったか一昨日だったかよく覚えておらぬが、これでおあいこだ」

「でも陛下、伯爵夫人の今朝のお話では、黒服たちと来たら受けて立ったそうですわ」デュ・バリー夫人がすかさず言葉を返した。

「どういうことだね?」国王は眉をひそめた。

「お話し下さいな、マダム。国王のお許しが出ました」

「評定官たちは陛下が要求をお飲みにならない限り裁判をおこなわないと決定したのでございます」

「まさか? そんなはずはない。これが本当であれば謀叛ではないか。余の高等法院が叛乱を起こすような真似はしまい」

「ですが……」

「いやいや、ただの噂だ」

「お聞き下さいませんか?」

「お話しなさい」

「今朝、検事から訴訟書類を受け取りました……もう辯護することはない、何故なら裁判はおこなわれないからだと」

「噂だと申したはずだ。こけおどしに過ぎぬ」

 そう言いながら国王は慌ただしく閨房を歩きまわっていた。

「失礼ながら、私のことはともかくド・リシュリュー氏のことなら信用なさるのじゃございませんか? 私の目の前でリシュリュー氏も訴訟書類入れを手渡されたのでございますよ。公爵はひどくお腹立ちになって退出なさいました」

「扉を叩く音が聞こえたようだが」国王は話題を変えようとした。

「ザモールですわ」

 ザモールが入室した。

「奥さま、手紙です」

「いいかしら、陛下? あら、大変」

「何だ?」

「大法官ド・モープー閣下からですわ。陛下があたくしのところによくいらっしゃるのをご存じなものだから、謁見の時間を割いていただけるよう訴えにいらしたんです」

「このうえ何があるというのだ?」

「大法官閣下をお通しして」

 ベアルン夫人が立ち上がっていとまを告げようとしたが、国王が引き留めた。

「どうかそのまま。ご機嫌よう、モープー殿。何か新しい報せでも?」

 大法官は頭を垂れた。「それが陛下、高等法院が困ったことになりまして。もはや高等法院はございません」

「どういうことかね? 一人残らず死んだのか? 砒素でも服んだのか?」

「そうであってくれれば!……いいえ、陛下、生きております。ところが法廷を開こうとせず、辞表を提出しているのです。先ほど私のところに山のように参りまして」

「評定官がか?」

「いいえ、辞表のことです」

「深刻な話だと申し上げたじゃございませんか」ベアルン伯爵夫人がぼそりとこぼした。

「非常に深刻だ」ルイ十五世はむっとして答えた。「して大法官、そなたはどうするつもりだ?」

「陛下の命令をいただきに参りました」

「追放してしまおう」

「追放してはますます裁判がおこなわれません」

「裁判を開くよう厳命せよ……いやいや、それはありふれておるが……命令状……」

「このたびは陛下のお心積もりを明らかにしなくてはなりません」

「ああ、その通りだな」

「後押しして下さいな!」ベアルン夫人がデュ・バリー夫人に囁いた。

「これまでは父親らしいところばかりお見せになってらしたけれど、支配者らしいところもお見せにならなくては!」

「大法官よ」国王はのろのろと口を開いた。「一つしか手だてはない。大事おおごとだが効果はあろう。親裁座を開こうと思う。今回ばかりはあやつらを震え上がらせておく必要がある」

「仰る通りです。降参するか破滅するかいずれかでしょう」

「マダム」国王はベアルン夫人に話しかけた。「これでそなたの訴訟が審理されずとも、余の過ちではないぞ」

「陛下は世界一の国王でございます」

「その通りです……」デュ・バリー伯爵夫人にション、大法官が唱和した。

「だが世間がそう言っているわけではないからな」国王はもごもごと呟いた。


Alexandre Dumas『Joseph Balsamo』Chapitre C「Où les choses s'embrouillent de plus en plus」の全訳です。


Ver.1 11/05/14
Ver.2 12/10/11

  HOME  翻訳作品   デュマ目次  戻る  進む  TOP
New  リンク  翻訳連載blog  読書&映画日記  掲示板  仏和辞典

[註釈・メモなど]

 ・メモ
▼「madame la comtesse venait vous annoncer que, ce matin, ces MM. noirs prennent la belle.」の「prendre la belle」がわかりません。英訳版では「these black-gowned gentlemen have taken the start of you.」(先手を取った・優位に立った)。

[更新履歴]

・12/10/11 文末を訳し洩らしていたので追加。「デュ・バリー夫人がすかさず『言葉を返した』。」

[註釈]

*1. []。[]

  HOME  翻訳作品   デュマ目次  戻る  進む  TOP
New  リンク  翻訳連載blog  読書&映画日記  掲示板  仏和辞典