女将さんは大げさなほど歓迎してくれた。かなり気を遣ってくれて、ぼくの人生を照らしていた友人のことにははっきり触れることはなかったものの、ひとりぼっちのぼくを優しく思いやってくれるのがひしひしと伝わってきた。慰めになると思えることなら何でもしてやろう、ぼくをくつろがせてやろうと心を砕かずにはいられなかったのだろう。
一人きりの夜は長く退屈だった。それでもぼくは何するでもなく、消えかけた火を眺めながら空想に耽り、赤い燃えさしの上に、過去の光景となってしまった姿形や顔を読み取っていた。ほんの一瞬、ブルーノのやんちゃな笑顔がきらめき、消えた。今度はシルヴィーの薔薇色の頬。明るく輝いた、教授の陽気な丸顔。「よう来てくれたのう!」と言ったような気がする。次の瞬間には、たった今まで懐かしい教授の姿だった赤い炭はぼんやりとしはじめ、光が消えるにつれて言葉も静寂のなかに消えてしまった。ぼくは火かき棒をつかむと弱まった火を何度かかき立て、空想が――内気な詩人ではないのだ――聞きたくてたまらなかった魔法の会話をふたたび響かせた。
「よう来てくれたのう!」と元気な声が繰り返した。「来てくれるものだと言っとったんじゃ。部屋の準備はできておりますぞ。皇帝と皇后も――うほん、来ないよりは喜んどるはずじゃて! 何しろ、皇后陛下は『晩餐に遅れないといいけど!』と申しておりましたからな。陛下ご自身のお言葉ですぞ!」
「アグガギもばんさんにいるの?」ブルーノがたずねた。子どもたちは二人とも、ぞっとしない可能性に不安を隠せなかった。
「ふむ、もちろんじゃとも!」教授がくすくすと笑った。「そもそもアグガギの誕生日ではなかったかな? 健康を祝して乾杯したり、そういったことがもろもろありましょうに。晩餐にいなくてはどうなりますか?」
「そのほーがいいのにね」とブルーノが言った。だがとても小さな声だったので、シルヴィーのほかには誰にも聞こえなかった。
教授がまたくすくす笑った。「出ていただければ楽しい晩餐になることでしょうな! またお目にかかれて嬉しいかぎりじゃて!」
「ぼくらだいぶ長く待たせちゃってたかな」ブルーノが気遣いを見せた。
「ふむ、そうじゃな」教授が同意した。「だが背丈は短いし、今は待たせておらんのだから、それである程度どっこいどっこいじゃろ」そして教授はその日の予定を数え上げた。「講義を最初におこなう、というのは皇后の仰ったことじゃ。みんな晩餐でたらふく食べるだろうから、眠くなってしまって食後には講義に専念できぬだろうと――たぶん正しいのじゃろうて。それからみんなが集まったころを見計らって、ちょっとした眠気覚ましの時間になるじゃろうな、皇后にサプライズのようなものが要る。昔から奥方は――まあ、前々から賢いとは言えぬ方でしたから――ちょっとしたサプライズを作り上げるために我々はいろいろと価値を見出してきたものですが。それから講義を――」
「え? 教授がずいぶん前に準備していた講義ですか?」シルヴィーがたずねた。
「うむ――これがそれじゃよ」教授はしぶしぶ認めた。「準備するにはかなりの時間がかかってしまった。ほかにもたくさんやることがあったからの。例えばわしは侍医でな。皇室の侍従たちの健康を維持せ…ねば――忘れとった!」叫びをあげると大急ぎでベルを鳴らした。「投薬日じゃった! 週に一度だけ薬を出すんじゃよ。毎日出そうものなら、あっという間に壜が空になってしまうからの!」
「でも別の日に病気になったらどうするんですか?」シルヴィーがたずねてみた。
「何、病気になる日を間違えるですと!」教授が叫んだ。「そんなことはありませ…んぞ! 病気になる日を間違えようものなら、侍従はただちに解雇されるでしょうな! これが今日の薬」教授は棚から大きな水差しを隆ろしながら話を続けた。「今朝一番に、自分で調合してみたんじゃがの。試してみなされ!」と言って水差しをブルーノに差し出した。「指をつけて、嘗めてみなされ!」
ブルーノがそうすると、ひどく苦しそうに顔をゆがめたので、シルヴィーがぎょっとして声をあげた。「まあブルーノ! だめよ!」
「とってもにだんぜん不味いよ!」ブルーノの顔は元に戻っている。
「不味い?」教授が言った。「ふむ、もちろんそうじゃろ! 薬たるもの、不味くなくてどうなるというんじゃ?」
「おいしくなるの」
「わしが言おうとしたのは――」ブルーノの切り返しにびっくりした教授が口ごもった。「――そんなことはあり得んということじゃ! 薬は不味いものと決まっておる。この水差しを飲んどけば間違いないのだから、使用人部屋に行って今日の薬だと伝えてくれ」と、ベルに呼ばれてやって来た従者に言いつけた。
「誰に飲ませるのでしょうか?」水差しを受け取った従者がたずねた。
「おお、まだ決めとらんかった!」教授は悪びれずに答えた。「すぐに決めに行くからの。わしが行くまでは何があっても絶対に始めんでくれと伝えてくれ! ほんとうに素晴らしいものなのじゃぞ、」と、子どもたちに向かって言った。「わしがどれほどの病気を治療するのに成功したか教えてしんぜよう! ここにメモがある」教授は何枚かごとにピンでまとめられている紙束を棚から取り出した。「まずはこの一揃いをご覧なさい。『料理見習い十三番、
「でもどっちが先なんですか?」シルヴィーが戸惑ってたずねた。
教授はじっくりと書類を確かめた。「日付がない」少しがっかりしたように聞こえる。「残念ながらわからんな。だがどっちも起こったことは間違いない。薬とは偉大なものじゃて。病気などさほどのものでもない。薬は何年でも持つのに、誰も持病を持とうとはせ…ん! ところで教壇を見に行かんか。庭師がよければ見に来いと言うとる。暗くなる前に行った方がよいじゃろ」
「ぜひ見に行かせてください」シルヴィーが答えた。「ほら、ブルーノ、帽子をかぶって。教授を待たせちゃだめよ!」
「ぼーしが見つからないんだ!」悲しげな答えが返ってきた。「そこらへんにころがしておいたらさ。そしたらどっかにころがっていっちゃった!」
「たぶんそこに転がってったのよ」シルヴィーが指さしたのは、半開きになっている扉のかげだった。ブルーノは飛んでいった。やがて重々しい顔つきをしてのろのろと戻ってきて、戸棚の扉をそっと閉めた。
「ぼーしはなかったよ」ブルーノがいつもと違うもったいぶった口をきくものだから、シルヴィーが興味をかきたてられた。
「何があったの、ブルーノ?」
「くものす――くもが二ひき――」ブルーノは考え考え、指を折って数え上げた。「えほんの表紙――カメ――豆がひとさら――おじいさん」
「おじいさん!」教授が興奮して部屋を突っ切った。「きっともう一人の教授じゃよ、ずっと行方不明だったんじゃ!」
戸棚の扉を大きく開くと、そこにいたのはもう一人の教授で、本をひざに乗せて椅子に座っていた。棚から取り出して手元に動かした皿から、豆を一粒つまんでいるところだった。もう一人の教授はぼくらを見回したが、何も言わずに豆を割って口に入れた。それからお馴染みの質問を口にした。「講義の準備はできたかな?」[*2]
「始まりは一時間後じゃ」教授は質問をはぐらかした。「まず、皇后を驚かさなくてはならぬ。次が晩餐――」
「晩餐だと!」もう一人の教授が飛び上がったので、部屋に埃がまき散らされた。「ではぶらっと――いやブラシをかけに行った方がよかろうの。こりゃ何という有り様じゃ!」
「確かにブラシがけが必要じゃな!」教授が寸評めいたことを言った。「帽子はここじゃった! わしが間違ってかぶっておった。すでに一つかぶっておるのをすっかり忘れとったのだ。では教壇を見に行こうかて」
「うたを歌ってた庭師のおじさんがまだいるよ!」庭に出たところでブルーノが大喜びして叫んだ。「きっとぼくらがいなくなってからずっとあの歌を歌ってたんだよ!」
「ふむ、もちろんそうじゃ!」教授が答えた。「やめるようなモンじゃなかろう?」[*3]
「なにもんじゃないってゆったの?」とブルーノが訊いたが、知らんぷりするのが一番だと教授は考えたようだ。「そのハリネズミで何をしとるんじゃ?」と庭師に向って声を張り上げた。庭師は片足で立ったまま鼻歌を歌い、反対側の足でハリネズミをあちこちと転がしていた。
「はあ、ハリネズミが何を食べるのか知りたくてなあ。だからここでハリネズミを飼うことにしたんで――芋を食べるかどうか確かめるために――」
「芋を買うべきではないのかな」教授が言った。「そうすればハリネズミがそれを食べるかどうか確かめられるじゃろう!」
「そら確かにその通りだ!」庭師が喜びの声をあげた。「教壇を見に来たんだね?」
「さよう、さよう!」教授は元気よく答えた。「子どもたちも戻ってきたしのう!」
庭師はにやりとして三人を眺めまわすと、歌いながら大ホールに案内した。
「思ったものの、もいちど見れば
そやつは定理の三平方。
『すべての謎はちんぷんかんぷん』やつが言う
『そのことだけは確かだわい』」[*4]
「その歌を何か月も歌っておったのか」教授がたずねた。「まだ終わらんのかな?」
「あと一聯しかねえんだよ」庭師は悲しそうに答えた。そして頬に涙を伝わせながら、最終聯を歌い上げた。
「やつが見たのは一つの論争
そやつが教皇だった証拠。
思ったものの、もいちど見れば
そやつはまだらの石けんの固まり。
『げに恐ろしきは事実かな』ぼそりと言う
『すべての望みも消え失せる!』」
庭師は泣くのをこらえ、胸の内を見せまいとして慌ててぼくらから離れて前を歩き出した。
「あのひとがまだらの石けんのかたまりを見たんですか?」後ろからついていきながら、シルヴィーがたずねた。
「ああ、もちろんじゃ!」教授が答える。「この歌は庭師殿の歴史じゃからの」
どんなときでも人の気持になれるブルーノの目には涙が光っていた。「教皇じゃなかったなんてとってもにかわいそう! そうでしょ、シルヴィー?」
「うん――よくわからないわ」シルヴィーは曖昧に答えると、「今より少しでも幸せになれたんでしょうか?」と教授にたずねた。
「教皇であっても今より少しも幸せではなかったじゃろう」教授が言った。「教壇はばっちりじゃろうの?」大ホールに入ったところで教授がたずねた。
「余分に梁を入れといたよ!」庭師は愛情たっぷりに教壇を叩いた。「これで頑丈だ――狂った象が壇上で踊れるくらいにわなあ!」
「感謝しますぞ!」教授は心から口にしていた。「必要かどうかはわからんが――だが知っておくに越したことはないでの」そして子どもたちを壇上に乗せて、席順を説明し始めた。「ここに席が三つあるのが、皇帝と皇后とアグガギ皇太子の席じゃな。だがあと二つ椅子が必要ではないか!」と言って、庭師を見下ろした。「シルヴィー嬢用のを一つに、小さい動物用のを一つじゃ!」
「こーぎの手伝いしていい?」ブルーノが訊いた。「ぼく手品できるよ」
「うむ、手品の講義ではないからな」教授は怪しげな機械をテーブルに並べている。「だが何が出来る? 例えばじゃが、術をかけることはできるかな?」
「しょっちゅー! だよね、シルヴィー?」
教授は顔にこそ出そうとしなかったが、心底驚いていた。「これは研究せ…ねばならん」つぶやいて手帳を取り出した。「では――どんな術じゃい?」
「おせーてあげて!」ブルーノはシルヴィーの首に腕を巻いてささやいた。
「自分で言いなさい」
「むりだよ。小骨ばっかの言葉だからつっかえちゃうもん」
「くだらない!」シルヴィーが笑った。「とにかくやってみなさい、ちゃんと言えるわよ。ほら!」
「ご九くろうさん」ブルーノが言った。「出だしだけ」
「何を言うとるんじゃ?」教授が困惑して声をあげた。
「九九の算術のことなんです」
教授はがっかりして手帳を閉じた。「残念ながらそれはまたもひとつ別の話じゃのう」
「別の話ならほかにもたくさんあるよ。そうでしょね、シルヴィー?」
大きなラッパが鳴り響いて会話をさえぎった。「あや、会が始まってしもうた!」教授は声をあげて、子どもたちを披露の間に急がせた。「もうそんな時間じゃったか!」
ケーキとワインの載った小さなテーブルが、広間の隅に用意されている。そのとき、皇帝と皇后がぼくらを待っていることに気づいた。広間にあった余分な家具は片づけられ、来客を迎えるために場所が空けられている。驚いたことに、ほんの数か月のうちに皇帝夫妻の顔はすっかり変わっていた。皇帝の表情にはつねに虚ろな目つきが浮かび、皇后の顔には無意味な笑いがひょこひょこと出たり引っ込んだりしている。
「おまえらが最後じゃ!」皇帝は不機嫌な声で、席に着いた教授と子どもたちに口を利いた。どうやらかなり怒っている。その理由はすぐにわかった。皇帝一家のために用意されたパーティであるはずなのに、地位にふさわしいとは思えなかったのだ。「どこにでもあるマホガニーのテーブルではないか!」皇帝は一声うなると、馬鹿にしたように親指を向けた。「なぜ黄金製でないのか知りたいのだがね?」
「それはたいそう時間が――」教授が言いかけたが、皇帝が途中で文章をちょん切ってしまった。
「それにケーキ! ありきたりのスモモではないか! なぜ特製の――何製の――」ふたたび言葉が途切れる。「それからワイン! ただのマデイラ・ワインではないか! なぜ――? それにこの椅子! 最悪なのはこれだ! なぜ玉座ではないのだ? ほかの不手際は許せるかもしれんが、この椅子だけは我慢できぬ!」
「あたしが我慢できないのは――」皇后も夫の怒りに同調して言った。「テーブルです!」
「ケッ!」皇帝が言った。
「たいへん遺憾に思われます!」口を開くタイミングが訪れると、教授は穏やかに答えた。少しだけ考え込んでから、言葉を強めて、一般客に向かって話しかけた。「すべてが、非常に遺憾に思われます!」
「おやおや!」というつぶやきが込み合った広間から聞こえた。
気まずい沈黙が降りた。教授はどう話を切り出せばいいのかわからず途方に暮れていた。すると皇后が身を乗り出して教授にささやいた。「冗談をひとこと、教授――気を楽にさせればいいんです!」
「さよう、さよう、陛下!」教授が素直にしたがった。「この坊やは――」
「お願いだからぼくをじょーだんにしないでよ!」ブルーノは目に涙を浮かべて叫んだ。
「そう言うのであれば、せ…ずにおこう」心優しい教授が答えた。「船のボヤに関する――どうでもいい駄洒落だったんじゃが――なにかまわぬ」教授は会衆の方を向くと、大声で話しかけた。「あを楽に!」と叫ぶ「いを楽に! うを楽に! おを楽に! かを楽に! そしてみなさん、きを楽に!」
会衆のあいだから笑いがどよめき、それから戸惑ったささやきがいくつも交わされた。「なんて言ったの? 尾とか蚊とか言ってたような――」
皇后は無意味な笑いを浮かべて、扇を使っている。哀れな教授はおそるおそる皇后を見た。機知はふたたび底をつき、新たな助言を求めているのは明らかだった。皇后がふたたびささやいた。
「ほうれん草よ、教授、サプライズの」
教授は料理長に手招きして、小声で何か伝えた。すると料理長は部屋を出て、ほかの料理人もそれについていった。
「ものごとを始めるのは難しいが」教授がブルーノに言った。「ひとたびギヤが回り出せば、すいすい進んでいくものなのじゃ」
「みんなをギャーって言わせたいんならさ、せなかに生きてるカエルをいれればいーんだよ」
そのとき料理人がそろって戻ってきた。最後に現れた料理長は何かを運んでおり、ほかの料理人が周りに旗をなびかせてその何かを隠そうとしていた。「ただの旗ですぞ、陛下! ただの旗です!」と繰り返しながら、皇后の御前に皿を置いた。途端に旗がいっせいに降ろされ、料理長が大皿の蓋を持ち上げた。
「何かしら?」皇后はつぶやいて、目に遠眼鏡を当てた。「まあ、ほうれん草だわ、間違いない!」
「皇后陛下が驚かれましたぞ」教授が従者たちに説明し、そのうちの何人かと握手を交わした。料理長は深々と辞儀をし、そうしながら偶然を装ってテーブルにスプーンを落とした。落ちたのは皇后の手許だったのだが、皇后は反対側を向いて見ないふりをしていた。
「驚いたわ!」皇后がブルーノに言った。「あなたもでしょう?」
「ちっとも。聞こえてたもん――」とブルーノが言いかけたが、シルヴィーが手で口をふさいで、かわりに答えた。「きっと飽きちゃったんです。講義が待ち遠しいみたい」
「ごはんが待ちどおしいの」ブルーノが訂正した。
皇后は上の空を装ってスプーンを手に取り、手の甲に乗っけてバランスを取ろうとした。そうしながら皿の上にスプーンを落とし、それからふたたびスプーンを拾うと、スプーンにはほうれん草が山ほど乗っていた。「まあ不思議!」と言って口に入れた。「本物のほうれん草みたいにおいしいわ! 類似品だと思ってたのに――でもこれはきっと本物ね!」そしてまた山盛りのスプーンを手にした。
「すぐに本物じゃなくなるくせに」ブルーノが言った。
だが皇后はこのころにはほうれん草に興味をなくし、どういうわけか――正確な成り行きはわかりかねるが――ぼくらは大ホールにいて、教授は待ちに待った講義を始めている真っ最中だった。
Lewis Carroll "Sylvie and Bluno Concluded" -- Chapter XX 'Gammon and Spinach' の全訳です。
Ver.1 03/09/12
Ver.2 03/12/27
Ver.3 04/10/07
Ver.4 04/12/13
Ver.5 05/01/06
Ver.6 11/06/16
[更新履歴]
03/12/27
「教段がある、貫き通すことはできるかな」→「階段がある、目をつぶったまま段を数えることができるかな」に変更。意味は違ってしまうが、より自然な日本語にはなったはず。
「a bony word」を「いちよづけ」→「戦死語」に変更。
04/10/07
前 「むりだよ、戦死語だもん」/「くだらない!」シルヴィーが笑った。「やってみさえすれば、ちゃんと言えるわよ。ほら!」/「かっせん――」ブルーノが言った。「すこしだけ」/「何を言うとるんじゃ?」教授は戸惑って叫んだ。/「かけ算の段のことなんです」シルヴィーが説明した。/〜/「別のこともたくさん、つらぬきとーせるよね、シルヴィー?」
→後「むり。こぼねが多くて」/「くだらない!」シルヴィーが笑った。「とにかくやってみなさい、ちゃんと言えるわよ。ほら!」/「どく――」ブルーノが言った。「こんなかんじ」/「かけ算の六の段のことなんです」シルヴィーが説明した。/〜/「ほかの段もたくさん、かぞえれるよね、シルヴィー?」
05/01/06
更新前「例えば、ほれ、階段がある、目をつぶったまま段を数えることができるかな?」/「さてまず――踏段、石段、いろいろあるが?」/「むり。こぼねが多くて」/「どく――」ブルーノが言った。「こんなかんじ」/「かけ算の六の段のことなんです」/教授は困り切って手帳を閉じた。「ああ、そりゃまた別のことじゃて」/「ほかの段もたくさん、かぞえれるよね、シルヴィー?」
→更新後「例えばじゃが、術をかけることはできるかな?」/「では――どんな術じゃい?」/「むり。スイッチ切れてるから」/「ボクこうさん――」ブルーノが言った。「こんなかんじ」/「九九の算術のことなんです」/教授は困り切って手帳を閉じた。「ああ、こりゃ一本取られたわい」/「なににも取ったりしてないよね、シルヴィー?」
[註釈]
▼*註1 [ベーコンとほうれん草]。Gammon and Spinach。マザー・グース「A Frog He Would A-wooing Go」(かえるくんがよめさんさがしにゆくという)で歌われる、無意味なコーラス。[↑]
▼*註2 [講義の準備は…]。「もう一人の教授」のお決まりのセリフです。正編十章131ページ。[↑]
▼*註3 [やめるような]。正編第十章161ページによると、庭師は「時々」土を掘り、「たびたび」土を積み、土を蹴散らすのは「ちっともやめない」人です。[↑]
▼*註4 [思ったものの……]。正編十二章163ページで庭師が歌っていた歌。「やつが見たのはお庭の扉/鍵で開いたとこだった、/思ったものの、もいちど見れば/そやつは定理の……」という内容です。[↑]