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翻訳:江戸川小筐
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さあこい、マクダフ!

シャーロット・アームストロング

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第十章

「マクドゥガル・ダフか」ヒューは満足げに穏やかな声を出した。

「知ってるの?」

「探偵ですよ。アマチュアとプロの違いはわかりませんが、犯罪調査を依頼して費用を払うとすれば、この人を置いてほかにはいません」

「つまり有名ってこと?」

「劇的な事件をいくつか解決しています。しばらく前、ある新聞に特集記事が掲載されていました。今では町中の人がダフの名前を知っています。そこが肝心なんです。この町で――」ヒューの声は皮肉めいていた。「あなたの名前が知れわたっているとします。その理由は問題じゃありません。みんなが耳を傾けることでしょう」

「誰が耳を傾けるっていうの?」

「あらゆる人がです。みんながちょっと耳を傾ける。あなたの名前を聞いたことがあるという理由だけでですよ。マクドゥガル・ダフがまさにそうなんです」

「マク・ダフが世間の注目の的……耳目を集めてるってこと?」

「そういうことです。ぼくらは運がいい。みんながダフの話に耳を傾けるってことなんですよ。そうじゃありませんか? どんな内容の話でもです」

「誰が耳を傾けるのよ?」わたしはもう一度たずねた。

「何を言ってるんです、警察に決まってるじゃないですか!」

「あっ」

「警察はおそらく手順通りに捜査しているはずです……チンピラや常習的犯罪者たちを。警察のやり方はわかりますよね。スパイやなんかを放つんです。今回の事件では何の役にも立たないでしょう」

「常習的犯罪者の仕業かもしれないじゃない」

「今回の事件には鋭さが感じられますから……」言葉が途切れる。

 チャールズ伯父さんのことを考えているのがわかった。

「マク・ダフは鋭いと思われてるの? その記事を読みたかったな。何て書かれてた?」

「評価してましたよ。大きな石造マンションに挟まれた、リバーサイド・ドライブ沿いの古い木造家屋に住んでいるそうです。部屋からは、ワシントンがイギリスかどこかに十五分先んじて手漕ぎの船でハドソン川を渡った地点が見渡せるということです」

川を渡ってばかりの人じゃなかったっけ?」

「誰がです?」

「ワシントン」

「確かそうでしたよ。マク・ダフは革命の英雄たちのデス・マスクをそこらじゅうに置いて、在りし日に何が行われたのかさまざまに思いめぐらせていると書かれてありました。たいへんな持ち上げ方でした。新たな指導者。この手の記事はたいていが希望的観測ではありますけれどね」

「新たな指導者であってほしいと思われてるってこと? みんなそう願ってるの?」

「そういうことです。いかにして歴史学科から足を踏み出し、キンザー事件を解決したかも書かれていました。単純で衝動的でその……劇的な記事でした」

「うん。みんな猜疑心や苛立ちは見ないふりをするものだもん。伝記作家はそうしてるでしょ。偉人たちはあっという間に何かを成し遂げてしまったみたい。実際には何年もかかってるかもしれないのに。大仕事ってほんとうは、読むのも実行するのも同じくらいたいへんなんじゃないかな。偉業は短時間で簡単に成し遂げられるって、みんな思いたがってるだけで」

「そのとおりですよ。ところが現実世界では、偉業がそれほど速やかだったかどうかは大いに疑わしい。現実世界というのは人が苦労するようにできていますからね。そういうものです」

「ずいぶん厳しいのね」

「ぼくが年を取っているからですよ。それほど成功した方ではありませんし」見つめるヒューの顔に笑みはなかった。「今は仕事すらなくなってしまったんですから。例えば結婚できるだけのお金もありません」

「あっ、いけない。夕飯を取った方がよくない?」

 大きな部屋に二人きり、背の高いキャンドルに照らされたテーブルの片隅を囲んで夕食を取った。ぞくりとしたので隙間風でもあるのかと思ったけれど、部屋が大きすぎるだけなのだ。

 ヒューはあまり打ち解けなかった。どういうわけか、また無関心な態度に戻ってしまったのだ。つまりわたしに無関心に。気にはならない。それに結婚の話がでた瞬間、わたしを念頭に置いているわけではないことは見当がついていた。

 初めて食事をともにするのは面白いものだ。食べ方を見れば人となりがよくわかる。手紙をもらうのに似ている。初めての手紙。ヒューはお腹など空いていないのかと思うほど形式張っていた。テーブルマナーは申し分なし。わたしの方はお肉をくちゃくちゃ鳴らしてしまったかもしれないけれど、彼の方は少しも音を立てない。彼はわたしの連れとしてそこにいた――つまりはデート――なのにどうエスコートすればいいのかわからないようだった。とても優しかった。話をすれば答えてくれた。表面上はすっかりわたしに言われるがままの役を負ったように見える。だけどヒューの優しさはどこか弱々しくてよそよそしかった。心がよそにいっている。

 話題にするような興味の的といったら殺人しかなかったわけだけれど、その話にはもう二人ともうんざりしていた気がする。ヒューが一度だけこう言った。「どういうことなんでしょうね……ささいな思いつき二つって?」

「わからない」わからなかったし、見当もつかなかった。

 給仕をしてくれたエファンズも、誇りをまとった普段の仕事ぶりとは違い無関心に見えた。顔が蝋燭の光で揺らめいてぼやけ、長い首の上の頭が穏やかに揺れ、一瞬だけ目の周りの筋肉が痛みに歪んで見えた。フルーツが下げられたときに気づいたのだが、ひどい歯痛のことで頭がいっぱいなのだ。執事が痛がっているときに完璧なレディが取るべきエチケットなど知らなかったので、退って何かしなくてもいいのかとたずねることしかできなかった。

「めっそうもございません、エリザベスさま。先ほど薬をつけましたので、すぐに効果があらわれるはずでございます」

「歯医者に診てもらった方がいいんじゃない?」彼は顔をしかめながらも、そうするつもりだと気丈に礼を述べた。どうして執事というのはこんなにも感謝しなくちゃならないんだろう?

 けれど薬は確かに効いたらしく、プディングとコーヒーを運んでくるころにはだいぶ洗練されていた。その後のんびりと席を立ち、約束通りにヒューとわたしは映画に向かった。

 角を曲がって向かったのが、近所の映画館だということだった。その映画の内容で覚えているのは、突っ立ったままの男たちがうぬぼれ顔で女の子ににやにや笑いかけていることと、彼らがみんな美男美女だったことくらいだ。だけどわたしだったらその男に平手打ちをくらわしていたんじゃないだろうか。確かに悪戯小僧も嫌いじゃないし魅力はあるけれど、気取り屋は我慢できない。

 J・J・ジョーンズは悪戯っぽい目をしていたけれど、キュートだった。向こう見ずで熱血漢。いつであろうと何でもするつもりだと言わんばかり。「こっちを見ろよ。おれはやんちゃものだぜ」というタイプの目つきとは違う。自意識過剰な悪戯者ではない。そういうことだ。

 ヒューを肘で突っつきささやいた。「ライナってきれいじゃない?」

「何です? ああ、もちろんとても」

「ほんとにきれい?」

「もちろんですよ」

「きっと男はみんな夢中になるんだろうな」

「かわいいひとですからね」なんだか事務的だった。

「伯父さんの友だちはみんなそう思ってるみたい」と弱々しくつぶやいた。

 ヒューが振り向く。眼鏡がスクリーンの光を反射していた。「どういうことです?」

「別に意味はないんだけど。ただ……ライナは若くてあれなのに、伯父さんは若くないし」ヒューはこちらを向いたままだ。わたしは小声で話しかけた。「ねえ、今夜のギャスケルさんはずいぶん大胆じゃなかった? だってライナを……ちょっと、何か知ってるの……」

「ライナさんはしょっちゅう出かけてますから」無表情のままだった。そのことの意味がわからないはずもないのに。

「でもそんな、チャールズ伯父さんは嫉妬したことないの?」

 前の席の女性が振り向いてわたしをにらみつけた。スクリーンでは主役の男がヒロインに侮辱したような流し目を送り、恋敵役はというとそのあいだじゅう古くさい手口であれこれ言い寄ったものの、無邪気な拒絶に会って憤慨しているようだった。女性の後ろ頭に舌を出してやった。

 映画のあとにお決まりのアイスクリームを一皿食べた。メニューに載せられたジェロ・ゼリーのように、「夕食にぴったり」な気がした。だけどほんのわずかでも伯父の家から離れられてほっとしたし、戻るのは何だか気が重かった。何も言わずに通りを歩いた。至るところで遠くからの喧噪がうなりをあげているような大都市なのに、こんなたかだか数ブロックが静まりかえっているのが不思議でしょうがなかった。玄関に続く石畳の階段を見上げると、ふたたび震えが走った。

「入りたくない」

「ぼくの部屋の窓のそばを非常階段が通っているでしょう」はっとして歩みを止める。「伯父さんの寝室のそばも通っていませんか?」

「たぶん。どうして?」

「裏の方に庭の出口はありますか?」

「ないと思うけど。いったいどうしたの?」

「気になったことがあって……絶対に伯父さんの邪魔してはいけない習慣がありますよね?」

「ええ。確かにそう」はっきりと答えた。

「でもドアが正面玄関にしかないのなら……」

「ドアは二つあって、一つは地下室に通じてる。階段の下。伯父さんがそこから外に出てると思ってるの?」思い浮かべたのは、悪意を持って抜け出して徘徊し自由にうろつき回っている人物だった。そうしているあいだも確実に家にいるとみんなからは思われているのだ。「でも外に出たいのならきっと――」冷静にならなくては。「きっと正面玄関から出るはずでしょ。自分の家なんだから」

「この階段から出てくれば人目につきます」そう言われ、近寄って勝手口の暗がりを覗き込む。

 タクシーが通り過ぎ、少し先で止まった。ギャスケル氏がライナを送ってきたのだ。深夜〇時。

 先に二人を家に入らせようと歩みをゆるめたのに、ギャスケルが帰らせようとしないのが見え見えで、どこかに行ってもう一飲みしたがっている。夜は浅くライナは美しいのだから、それを無駄にはしたくないのだ。ところがライナはとりつくしまもなく、ギャスケルもあわててあとを追った。

 わたしたちは階段上でためらったものの、中に入らざるを得なかった。タクシー・ドライバーが好奇心も露わにこっちを見ていたからだ。その結果、玄関ホールでちょっとした場面に出くわしてしまった。

 ライナが階段の上り口に立って見上げている。ギャスケルがその背に泣き言を浴びせている。螺旋階段の柱に手をついたガイ・マクソンが怒ったようにライナを見下ろしている。その上方、階段のカーブの陰からチャールズ伯父さんが巨人のような姿を静かに見せた。ライナの視線はマクソンを越えて伯父の顔に向けられていた。

 マクソンが口を開いた。「ずいぶん早いね?」嘲るような響きがあった。

 ギャスケルが声をかけた。「頼むよライナ、まだ帰る時間じゃないだろぅに」

 マクソンが言う。「帰る時間じゃないってさ」

 チャールズ伯父さんの声は穏やかだったけれど、誰かがぶたれでもしたように跳び上がってしまった。「ライナ、部屋に行きなさい」

 ライナは緋のショールを膝の辺りまで引っ張ると、服が触れるのも嫌だとばかりにマクソンの横を通り過ぎた。確かな足取りで言われるままに階段を上るのを、下から二人の男が顔を振り向け見つめている。ライナがそばまで来たところで伯父が声をかけた。「おやすみ、おまえ」立ち止まったライナが震えているのが見えた。するとライナは昨夜とまったく同じことをした。おとなしく顔を上げると、伯父が額にキスをした。

 マクソンが女のような高い声で笑い出した。「行くだろう、バート? ぼくらは退散だよ」

 そう言ってエファンズの腕からコートをひっつかみ――必要とされるときに魔法のように現れるのがエファンズなのだ――羽織りもせずに出ていった。

 ギャスケルが言った。「じゃぁ……うぅ……お邪魔するよ、チャーリー」

「おやすみ」伯父の声は穏やかだった。

 ギャスケルはこちらを見もしなかった。丸い目にはわたしたちが見えていないらしく、そのまま素通りして立ち去った。

「映画はよかったかな?」伯父が笑みをたずさえたずねた。

 ヒューが答えようとしないことに慌てて気づいて、わたしが答えた。「いい映画でした。面白かった。もう寝ようと思います。疲れてしまって」

 ヒューに「おやすみ」と言われたけれど、わたしは顔を伏せたまま階段を上り試練を避けるように伯父の横を通り抜けた。二階のなかば辺りで、図書室に向かう伯父が右に曲がり自室に進むのが見えた。広い背中の向きを変えたのだけが、伯父なりの退出の挨拶だった。

 ライナの姿はどこにも見えない。

 ナイト・テーブルの上の小さな置き時計が腕時計と同じ時刻を指していた。十二時数分過ぎ。震えながら深呼吸をして、服を脱ぎ始めた。嫌な日もこれで終わりだ。あとはベッドに入って眠りを取り、すべて忘れて疲れを取るだけでいい。きっと朝には落ち着いているはず。

 なのに終わりではなかった。

 終わらせてくれなかった張本人はヒューだった。浴室から戻り、もう少しで髪をとかし終えるころ、ドアを静かに叩く音が聞こえた。古びた青いガウンをかき寄せて、羽目板に身体を押しつける。「誰?」

「ヒューです。お話が……」

 部屋に入れるわけにはいかない。ドアの隙間越しに顔を寄せて話をした。「みんな寝静まっています。一緒に手伝ってくれませんか」

「何、どういうこと?」

「罠を仕掛けるんです」ヒューはまだ服のままだった。取りあえずほっとした。

「よくわからないんだけど。今日は疲れてるから」

「誰かにいてほしいんですよ」責めるような目つきでささやいた。「すぐ済みますから」

「いったい何をするつもりなの?」

「誰かがドアから出ていくか見張ってください」

「どうして? エファンズは?」

「上に行きました。みんな眠ってます。お願いです。そうすればわかるんですよ。違いますか?」

「何がわかるの?」

「彼が……誰かが外に出るかどうかかがわかるんです」

「でも……」

「お願いです」

「わかった」

 マット敷きの階段をそっと降りるヒューのあとに従ったけれど、二階を通り過ぎるときには喉まで出かかった心臓を噛めるんじゃないかと思ったくらいだ。吹き抜けの明かりは昨夜同様ついていたけれど、図書室のドアは黒々とした口を開けていた。音を立てずに一階までたどり着くころには、興奮でわくわくして何でも来いという気持になり始めた。ヒューが一筋の糸を縦にして置いたので、糸はドアの下部と床をまたぐようにたれた。

「いいですね?」

「飛んでかない?」わたしの家でなら飛んでしまったと思う。冬になると窓敷居に新聞紙を詰めなくてはならなかったからだ。だけど伯父の家は建てつけがよかった。しかも二重のドアの内側の方なのだ。

「大丈夫ですよ」ヒューがささやいて手を隙間にかざした。すきま風はない。ドアはほとんど隙間なく、糸はもとの場所から動かないようだ。「さあこれでドアが開いたらわかりますよ」

「エファンズが朝早くに開けてミルクか何かを取るんじゃない?」何だか突然ばかばかしく感じ始めた。

「朝早く起きて見に来るつもりですよ」

「それはわたしもってこと?」ヒューは期待の眼差しでうなずいた。考えてみればJ・J・ジョーンズに話す事柄が出来たわけだから、反対はしなかった。

「もう一つはどこですか?」

「あっ、どうしよう……地下なの」

「地下にはどう行くんです?」

 わたしは黙って引き返した。知っているのはあそこだけだ。同じ階で出会ったとしてもコックがわたしに気づいてくれればいいけど。階段の下の小さな扉をくぐり抜ける。弱々しい電球の光が隅のコート掛けを照らしていた。コートが三着かかっている。ヒューのは映画に着ていったものだ。駱駝毛の豪華なコートは伯父のものに違いない。いかにもお似合いだもの。三つ目の、黒っぽい厚手のロング・コートも伯父にお似合いのものだった。わたしは地下に通じる扉を教えた。「それとも料理用エレベーターに乗ってく?」ちょっとおどけてささやいた。

 ヒューは冗談に顔をしかめると、ポケット・サイズの懐中電灯をぱちりとつけた。それほど明るくはないし下は真っ暗だったけれど、降りることにした。地下の階段にも絨毯は敷かれていたけれど、薄くて弾力もなく、押しつぶすような足音が響いた。地下に着くとヒューが懐中電灯で辺りを照らしたので、この狭い廊下を後ろに進めばキッチンらしき場所にたどり着き、目の前には目当てのドアがあることがわかった。右手にはさらに二つのドアがある。

「コックに気をつけて」小声でささやいたのだけれど、ヒューは慌ててわたしを黙らせた。

 ゆっくりと勝手口に向かう。正面階段の下に当たる場所なので、ここもドアは二重になっていた。ヒューは内側のドアに糸をくっつけた。ここにも隙間はない。終わった。

 無言のまま来た道をゆっくりと戻り、長い階段を三階分上ったけれど、二階だけは怖くて仕方がなかった。伯父が紙張りの壁の向こうで何をしているのかを、どうしても考えてしまうのだ。「あとで起こします。早起きできますよね?」

「運がよければね」うめきをあげる。

「ぼくの部屋側の窓を開けておいてください」

「え?」

「いざとなったら非常階段を使ってそっちに行きますから」

「起きるわよ」わたしは急いで約束した。「絶対起きるから。寝過ごしたりしない。問題なければ、非常階段の窓は閉めておくわ。できれば……そうしたいな」

「わかりました。感謝しますよ。本当にありがとうございます」

「わたしのためにこんなことしてくれてるんだったら」わたしは後ろ向きにささやいた。「こっちこそ感謝しなきゃ。ありがとう」

「ぼくらは友人ですよ」とヒューが微笑んだ。きっとおしゃべりな顔がいっそうわかりやすくなっていたのだ。次の瞬間には心を読まれていた。「ジョーンズくんとは長いんですか?」ガウンの上から肩に手を置かれ、ぎょっとした。

「え?」

 ヒューは手を離した。だけどJ・Jと知り合いじゃなかったことは伝わってしまった。「すみません。ただ、気をつけた方がいいと思ったんです」ささやき声は宙ぶらりんになった。もう一度だけ肩を叩くと、ヒューは部屋へと戻った。わたしはひとり廊下に立っていた。深い静寂に耳が鳴り、洗練された世界へと慌てて逃げ込んだ。柔らかい光、ほんのりとした香りの世界。ライナの豪華な客室にもだんだんと慣れてきていた。

 それでももう一つのベッドを試してみる気にはなれなかった。今度も右側のベッドに潜り込む。そっちの方がよく知っている気がしたから。

 明かりを消そうとしてちょっと驚いたことに、まだ十二時三五分だった。


Charlotte Armstrong『Lay On, Mac Duff!』CHAPTER 10 の全訳です。


Ver.1 07/06/25

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