この翻訳は翻訳者の許可を取ることなく好きに使ってくれてかまわない。ただし訳者はそれについてにいかなる責任も負わない。
翻訳:東 照
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ジョゼフ・バルサモ

アレクサンドル・デュマ

訳者あとがき・更新履歴
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第九十五章 人の喜びは他人の絶望

「どうも、お嬢様。あたしです」ニコルはにこやかに挨拶をしたが、アンドレの性格を知っていたので不安はぬぐえずにいた。

「ニコル! いったいどうしたの?」アンドレは羽根ペンを置き、唐突に始まった会話に備えた。

「お嬢様ったらあたしを置いてっちゃうんですもん。来ちゃいました」

「置いて来たのにはそれなりの理由があるのよ。誰の許しを得てここに来たの?」

「そりゃあ男爵様ですよ」ニコルはラフテ氏から授けられた黒く美しい両眉を不満そうに寄せた。

「お父様にはあなたをパリに寄こす必要があっても、わたくしにはありません……だから戻っていいわよ、ニコル」

「そんな。お嬢様には愛着ってもんがないんですか……もっと好かれてると思ってましたのに……だったら――」ニコルは諦めたようにつけ加えた。「だったら相手からもそう思われるように接して下さいよ」

 そして努めて目に涙を浮かべてみせた。

 なじっているニコルが心から訴えていることも傷ついていることもわかり、アンドレは同情心を掻き立てられた。

「ここではもういろいろとお世話してもらっているし、口を増やして王太子妃殿下にご迷惑をかけるわけにはいかないの」

「そんなに口がおっきなわけでもあるまいし」ニコルは可愛らしく笑って見せた。

「そういうことじゃないのよ、ニコル。あなたはここにはいられないわ」

「それってあたしが人と似ているからですか? ちゃんと顔を見て下さいよ、お嬢様」

「そういえば何だか変わったみたいね」

「そのはずですよ。フィリップ様に役職を下さった貴族様が昨日いらっしって、お嬢様に小間使いがいないのを男爵様が悲しんでいるのをご覧になって、あたしの金髪を黒く変えることほど簡単なことはないって仰ってたんです。その方があたしを連れて来て下さって、髪を整えさせて下さって、だからあたしはここにいるんです」

 アンドレは微笑みを浮かべた。

「随分と慕ってくれてるのね。囚人同然の生活をしているトリアノンにわざわざ閉じ籠もりたいだなんて」

 ニコルはざっとではあるが探るような目を周りに向けた。

「辛気くさい部屋ですけど、ずっとここから出ないわけじゃありませんよね?」

「わたくしはもちろん外に出るけれど。でもあなたは?」

「あたしですか?」

「王太子妃殿下の応接室にも行けないし、遊んだり散歩したりお喋りしたりすることも出来ないし、ずっとここにいなくちゃならないとなったら、死ぬほど退屈するんじゃないかしら」

「そんなの、窓がこんなにあるじゃないですか。戸口一つしかなくても、外の世界の一部はちゃんと見えるんです。こっちから見えるってことは、外からも見てもらえますしね……それで充分です。あたしのことは気になさらないで下さい」

「あのね、ニコル。指示もないのに勝手は出来ないの」

「誰の指示ですか?」

「お父様よ」

「それが条件ですか?」

「ええ、それが条件」

 ニコルは胸飾りからタヴェルネ男爵の手紙を取り出した。

「あたしがどんだけお願いしても忠誠を見せても何も感じないっていうんでしたら、この推薦状を確かめて下さいよ。これなら少しはましですか」

 アンドレが手紙を読むと、以下のことが書かれていた。

「アンドレ、お前がトリアノンで身分に相応しい暮らしをしとらんことは承知しておるし、人からも指摘を受けた。本来であれば女中二人と従僕一人が必要だろう。わしとてたっぷり二万リーヴルの収入が必要なところを、千リーヴルで我慢しておる。わしに倣ってニコルを貰っておけ。ニコル一人で必要な召使い全員分の働きをするであろう。

 ニコルは手際も良いし智恵も回るし献身的だ。その地の流儀もすぐ覚えるであろうし、ニコルの意欲を掻き立てるのではなく抑えておくよう気をつけねばなるまい。そんなわけだからニコルは手許に置いておけ、わしに迷惑がかかるとはゆめゆめ考えるな。そんなことが頭をよぎるような時には陛下のことを思い出すがいい。わしらのことを考えて下さっただけでなく、友人から聞いたところでは、お前を目にして身だしなみにも人づきあいにも困っていることを指摘して下さったそうだ。そのことを忘れるな、非常に大事なことだぞ。

 最愛の父より。」

 手紙を読んだアンドレは痛ましいほど困惑していた。

 こうして登用されてまで貧しさにつきまとわれようとしているとは。まるで汚点のように貧しさをあげつらわれていたときも、アンドレだけは劣等感を抱いていなかったというのに。

 怒りで羽根ペンを折って書きかけの手紙を破りかねないほどの勢いで、フィリップなら応援してくれたであろう哲学的無関心に満ちた返事を長々と書こうとした。

 だがその労作を読まれた時のことを考えると、男爵が皮肉な笑いを浮かべるのが見えるようで、意気込みはたちまちしぼんでしまった。そこでトリアノンの近況報告に一段落つけ加えることで返答に代えることにした。

「お父様、ニコルが先ほど到着しました。お父様のお気持はありがたく受け取ります。ですけどニコルについて書かれたことにはがっかりしました。こんな田舎の小間使いが来たからといって、分限者だらけの宮廷の中で一人きりでいることに比べてどれほどの違いがあるというのでしょうか? ニコルはへりくだったわたくしを見てがっかりするでしょうし、不満を抱くことでしょう。使用人が胸を張るも腰を低くするも、主人が豪奢か質素か次第ですもの。また、陛下からご指摘いただいたと仰いますが、陛下はたいへん鋭い方ですから、わたくしに貴婦人らしい振る舞いが出来ないのを見てもお怒りになるようなことはないでしょうし、ましてやお優しい方ですから、わたくしの生活にゆとりを与えもせずに窮状を指摘したり批判したりなどしたはずがございません。お父様のご尊名と軍歴からすれば、窮状を変えて下さるのは誰の目にも当然のことと映るはずでございますから。」

 これがアンドレの返事であった。ここに見られるような疑うことを知らぬ無垢な心持ちや気高い誇り高さといったもののおかげで、誤魔化そうとか文章に手を加えようといった悪魔の囁きに打ち勝ったのだということは是非とも申し添えておこう。

 アンドレももうニコルについてとやかく言わなかった。アンドレに受け入れられてニコルは大喜びでうきうきしながら(その理由もアンドレにはお見通しだったが)、すぐさま控えの間に隣接する右の脇部屋に小さな寝台を組み立てた。慎ましい小部屋に一人増えることでアンドレに迷惑はかけまいと、極めて小さく存在感を消し上品にしていた。ものを入れても器の水が溢れないことを証明しようとしたペルシアの賢者が水をたたえた器に薔薇の葉を落とした故事に倣おうとでもするかのようだった。

 アンドレは一時頃トリアノンに向かった。いつもより急ぐことも着飾ることもなかった。ニコルはいつも以上の力を出し、家事をするに当たっての心遣いも気配りもやる気も何一つ欠けるところはなかった。

 タヴェルネ嬢がいなくなると、ニコルはまるでその場の主にでもなったような気持で、こと細かく点検を始めた。手紙から化粧品の一つ一つに至るまで、暖炉から脇部屋の目につかぬような隅々まで、あらゆるものに点検の目を向けた。

 それが済むと窓の外に目をやり辺りの様子を窺った。

 眼下の広い中庭では馬丁たちが王太子妃のものである立派な馬の毛を梳いている。何だ、馬丁か! ニコルはそっぽを向いた。

 右側を見ると、アンドレの部屋の窓と同じ並びに窓がいくつも並んでいる。そこからいくつか顔が覗いているのは、小間使いや床磨きの顔だ。ニコルは馬鹿にしたようにまた別の向きに視線を移した。

 正面を見ると、広い部屋の中で音楽の指導者たちが聖ルイの弥撒のために合唱隊や楽団に稽古をつけている。

 ニコルが埃を払いながらのんびりと自己流に歌い出したので、指導者たちはそれに気を取られ、合唱隊の間違いにも気づかなかった。

 だがそうした無為な時間にいつまでも満足できるほどニコル嬢の野心は小さくない。指導者と合唱隊員たちが非難と言い訳の応酬を始めると、ニコルは最上階に調査の目を移した。窓はすべて閉まっている。しかも屋根裏部屋の窓に過ぎない。

 ニコルはまた埃を払い始めた。ところが一瞬後には屋根裏の窓の一つが開いていて、どんなからくりで開いたものか、誰の姿も見えない。

 だが誰かが窓を開いたのには違いなく、その誰かはニコルを目にしていながら見惚れたりしない、つまりは無礼千万な奴ということだ。

 少なくともニコルはそう考えた。念入りな観察を続けていたニコルのこと、無礼者の顔を観察するため、アンドレの部屋の家事は後回しにして、窓のそばで改めて屋根裏部屋に視線を注いだ。言い換えるならば、瞳のないせいでニコルを見ることもかなわない敬意を欠いたその開いたまなこに、視線を注いだのである。ニコルが近づいた時にはもう逃げ出していたのではないか……といったんは考えた。ありそうもないし、信じてもいない。

 背中が見えて、今度はほぼ確信に変わった。思ったより早く戻って来たニコルに驚いて隠れたのだろう。

 そこでニコルは一計を案じた。カーテンの陰に隠れると、寸毫も疑われないように窓を大きく開けっぱなしにしておいたのである。

 長く待たされはしたが、ようやく黒い髪が現れ、震える手で飛梁につかまって用心しいしい身体を乗り出すのが見えた。ようやく露わになったその顔を見て、ニコルは危うくひっくり返りそうになってカーテンにしがみついてしわくちゃにしてしまった。[*1]

 ほかでもないジルベールの顔が、屋根裏から窓を見下ろしていた。

 ジルベールはカーテンが揺れたのを見てニコルの企みに気づいたらしく、顔を引っ込めてしまった。

 そのうえ屋根裏の窓も閉められてしまった。

 疑う余地はない。ジルベールはニコルを目にして仰天し、天敵の存在を確かめようとして、姿を晒してしまい、慌てふためき腹を立てて逃げ出したのだ。

 少なくともニコルは状況をそのように解釈したし、ニコルは正しかった。それがこの状況を解釈するのに相応しい考え方だった。

 実際問題、ジルベールはニコルに会うくらいなら悪魔に会う方がましだったのだろう。ニコルの出現に恐怖を覚えた。ジルベールには先日来の不安の種があった。ニコルにはコック=エロン街の庭に忍び込んだことを知られてしまっている。[*2]

 だからジルベールは慌てふためいて逃げ出したのだ。慌てただけではない。腹を立てて、口惜しくて指を咬みながら。

 ――見つけた時にはあれだけ得意だったのに、今じゃ何の意味もない……ニコルがあそこで恋人と逢っていたところで、どうにもなりやしない。それを理由にニコルが追い出されることはないんだから。だけど僕がコック=エロン街でしていたことをニコルに告げ口されようものなら、僕はトリアノンから追い出されてしまう……手綱を握っているのは僕じゃない。ニコルが僕の手綱を握っているんだ……畜生![*3]

 自尊心が憎しみをさらに駆り立て、沸々と血をたぎらせた。

 ニコルは部屋に入って何もかも吹き飛ばしてしまったところではないのか。ジルベールが誓いの言葉や熱い愛情や花々に寄せて屋根裏部屋から日ごと送り届けていた幸せな夢想の数々も、悪魔じみた笑みを浮かべながら吹き飛ばしてしまったのではないか。ついさっきまでは考えなければならないことが多すぎてニコルのことなど忘れていた。それともニコルに植えつけられた恐怖心のせいで、ニコルのことを考えないようにしていたのだろうか? 如何とも言い難い。だがこれだけは断言できる。ニコルを目にしてジルベールは激しい嫌悪に襲われた。

 遅かれ早かれニコルとは戦端が開かれるだろう。だがジルベールは慎重なうえに計算高い人間だったので、自分に有利な状況になるまでは戦争を始めるつもりはなかった。

 だったら死んだつもりになっていればいい。生き返る好機をつかむまでの辛抱だ。或いはニコルが判断を誤ったり必要に迫られたりして敢えて一歩を踏み出し、せっかくの優位を失うのを待つまでだ。

 だからジルベールはアンドレに目と耳を一心に注ぎながらも、油断なく廊下の一番端の室内の状況を詳しく把握し続けたので、ニコルが庭園の何処かでジルベールと出くわすことはなかった。

 哀れにもニコルは瑕のない人間ではないし、今現在のところはともかく、過去を見渡せば躓きの石が幾つもあって、いつ足を取られてもおかしくはない。

 事態が動いたのは一週間後だった。夕べも夜半も見張りを怠らずにいたジルベールの目に、とうとう見覚えのある羽根飾りが格子越しにうっすらと飛び込んで来た。ニコルがそわそわとし出したのは、それがボーシール氏の羽根飾りだったからだ。廷臣たちに従ってパリからトリアノンに移って来たのだ。

 しばらくの間ニコルはつれない素振りを見せ、ボーシール氏を寒さの中で凍えさせ、太陽の下で溶けるがままにさせた。ニコルがそんな貞淑な行動に出るとは思っていなかったジルベールはがっかりとしていた。だがある夕刻、どうやらボーシール氏の身振りが功を奏して説得に成功したらしく、ニコルはアンドレがノアイユ夫人とトリアノンの正餐に参加している間を利用して、厩舎の中庭に降りてボーシール氏に会いに行った。ボーシール氏は友人である厩舎監を手伝ってアイルランド馬を調教しているところだった。

 二人は中庭から庭園に移動し、庭園からヴェルサイユに通ずる鬱蒼とした並木道に歩いて行った。

 ジルベールは恋人たちを追った。さながら足跡を嗅ぎつけた虎のように、残忍な喜びを感じながら。二人の足取りを数え、溜息を数え、聞こえた言葉を頭に刻みつけた。成果は上々だったに違いない。というのもその翌日、あらゆる悩みから解放されたかのように、鼻歌を歌いながら堂々と屋根裏に姿を見せたジルベールには、もはやニコルに姿を見られるのを恐れるどころか反対にその眼差しに立ち向かう気配さえ漂っていた。

 ニコルはアンドレの絹手袋を繕っているところだったが、鼻歌を耳にして顔を上げ、ジルベールを見つめた。

 ニコルが最初におこなったのは、蔑むように口を尖らせることだった。刺々しく口を曲げ、一里先からでも敵意を感じるような……だがジルベールはこの目つきと口先を意味深な笑顔で耐え忍ぶと、態度でも歌い方でもたっぷり煽り立てたものだから、ニコルは顔を伏せて真っ赤になった。

 ――どうやらわかったようだな。僕が望んでいたのはそういうことだ。

 それ以来、ジルベールは同じ態度を取り続けた。震え上がったニコルはジルベールと話し合いたい、あの皮肉な眼差しの放つ重みから解放されて楽になりたいと考えるまでになった。

 ジルベールはつけ回されていることに気づいた。ジルベールが屋根裏にいることに気づいたニコルが窓のそばで乾いた咳を響かせているのを聞き間違えようはないし、ジルベールが降りているのか上っているのか推測して廊下を行ったり来たりしている足音も間違えようはなかった。

 その一瞬、ジルベールは根性と自制力によってもたらされた勝利に酔いしれた。ニコルは油断なく見張っていたのでジルベールが階段を上るとすぐに気づいて声をかけたが、ジルベールはそれを無視した。

 ニコルは好奇心を募らせたのか、はたまた恐怖心を募らせたのか、ある夕暮れ刻に、アンドレからもらった可愛らしいヒールを脱ぐと、震えながら急ぎ足で屋根裏(l'appentis)に乗り込み、その奥にあるジルベールの部屋の扉を見つめた。

 まだ陽が充分に残っていたので、ニコルが近づいて来るのに気づいたジルベールは、板の継ぎ目――というよりは板の割れ目からはっきりとニコルを見ることが出来た。

 ニコルが戸口に近づき扉を叩いた。ジルベールが室内なかにいるとわかっているのだ。

 ジルベールは無言を貫いた。

 だがどれだけ応答したい誘惑に駆られたことか。こうしてニコルが斟酌を請いに舞い戻って来たのをあっさり袖にすることが出来るのだ。タヴェルネのことを思い出して夜ごと一人きりで想いを焦がして震えながら、扉に目を押しつけ、淫奔なニコルのとろけるような美しさを貪っていたところに、逸った自尊心が暴走し、気づくと手を上げて閂を掛けようとしていた。日頃から用心に用心を重ねて、いきなり踏み込まれないようにとっくに閂を掛けていたというのに。

 ――いや、いけない。罠だ。お願いしに来たのだって、必要性や我欲があってのことだ。だとしたらニコルは何かを手に入れるに違いない。僕の方が何かを失わないとも限らないじゃないか?

 そう思い直して手を降ろした。ニコルは二、三度扉を叩いてから眉をひそめて立ち去った。

 こうしてジルベールは一歩も引かなかったし、一方のニコルもニコルで一歩も引くまいと、さらに計略を練った。一進一退の試行錯誤を繰り返した結果、最終的に二人はある夕暮れ方に礼拝堂の入口で偶然出くわし、以下の言葉を交わすに至った。

「あら、今晩は、ジルベール。ここにいたの?」

「今晩は、ニコル。じゃあ君もトリアノンに?」

「見ての通り、お嬢様の小間使い」

「僕は庭師見習い」

 ここでニコルが優雅にお辞儀をし、ジルベールも宮人のような挨拶を返して、二人は別れた。

 階段を上ろうとしていたジルベールは、屋根裏に戻るふりを装った。

 部屋から出て来ていたニコルは、そのまま屋外に向かった。ところがジルベールはこっそりと降りて来てニコルの後を尾けた。大方ボーシールとの密会だろう。

 案の定、並木道の木陰で待っている人物がいた。ニコルが近寄ったが、かなり暗くなっていたのでジルベールにはボーシール氏だとは見分けられなかった。羽根飾りがないのも解せない。部屋に戻ってゆくニコルは放っておいて、逢い引きの相手をトリアノンの門のところまで尾けることにした。

 ボーシールではない。もっと年配、いや高齢の人物だ。大貴族の風格があり、歳に似合わず矍鑠とした足取りをしている。ジルベールは近くまで行って向こう見ずにも目と鼻の先を通り過ぎ、そこにリシュリュー公爵の姿を認めた。

「驚いたな! 指揮官代理の後はフランス元帥か。ニコル嬢も出世したもんだ!」


Alexandre Dumas『Joseph Balsamo』Chapitre XCV「Comment la joie des uns fait le désespoir des autres」の全訳です。初出は『La Presse』紙、1847年10月2日(連載第94回)。


Ver.1 11/04/02
Ver.2 19/11/04

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[更新履歴]

・19/11/03 「lorsqu'il lirait ce chef-d'œuvre」。読んでいるのはアンドレではなく男爵なので、「書き上げたものを読んでいるうちに」 → 「その労作を読まれた時のことを考えると」に訂正。

・19/11/03 「à revenir près de la fenêtre donner un coup d'œil à la mansarde, c'est-à-dire à cet œil ouvert qui lui manquait de respect en la privant de son regard, faute de prunelles.」。「faute de prunelles」が係っているのは「œil ouvert」であり、この「瞳の欠けた開いた目」とは言うまでもなく「la mansarde(の窓)」のことである。「son regard」も「彼女の視線」ではなく「窓の視線」である。「いわば瞳を欠いたニコルから視力を奪っている、敬意の欠けた眼差しに目を向けたのである」 → 「言い換えるならば、瞳のないせいでニコルを見ることもかなわない敬意を欠いたその開いた眼《まなこ》に、視線を注いだのである」に訂正。

・19/11/03 「un retour plus prompt qu'il ne s'y attendait.」したのは屋根裏の人物ではなくニコルであるので、「用心していた以上に慌てて戻るくらい驚いているのだと」 → 「思ったより早く戻って来たニコルに驚いて隠れたのだろう」に訂正。

・19/11/04 「Nicole faillit tomber à la renverse et chiffonna tout le rideau.」。「faillit」が係っているのは「tomber」だけなので、「ニコルは危うくひっくり返ってカーテンをしわくちゃにしてしまうところだった」 → 「ニコルは危うくひっくり返りそうになってカーテンにしがみついてしわくちゃにしてしまった」に訂正。

・19/11/04 「maîtresse」は「女主人」なので、「恋人の絹手袋を繕って」 → 「アンドレの絹手袋を繕って」に訂正。

・19/11/04 「l'appentis」とは直訳すれば「軒下」だが、屋根裏とはつまり軒の下にあるのであり、位置関係から言っても「屋根裏」の訳語を採用した。

・19/11/04 「des planches」には「花壇」の意味もあるが、ここではどう考えても扉の板材のことなので、「板」に訂正した。

・19/11/04 「tirer le verrou」「pousser le verrou」いずれも「閂を掛ける」の意なので、「閂を外そうとしていつの間にか手を伸ばしていた。いやが上にも慎重になって、押し入られぬように掛けていたというのに」 → 「気づくと手を上げて閂を掛けようとしていた。日頃から用心に用心を重ねて、いきなり踏み込まれないようにとっくに閂を掛けていたというのに」に訂正。

・19/11/04 「Et, sur ce raisonnement, il laissa retomber sa main à son côté. Nicole, après avoir frappé deux ou trois fois à la porte, s’éloigna en fronçant le sourcil.」を訳し洩らしていたので、「そう思い直して手を降ろした。ニコルは二、三度扉を叩いてから眉をひそめて立ち去った。」の訳文を追加した。

・19/11/04 「Gilbert remontait chez lui, il feignit de continuer sa route.」「Nicole sortait de chez elle, elle poursuivit son chemin ; 」の一節目は、いずれも近未来もしくは継続中を表す半過去形だと思われるので、「ジルベールは屋根裏に戻り、帰宅途中であったかのように振る舞った。/ニコルは建物から出てそのまま歩いて行った。」 → 「階段を上ろうとしていたジルベールは、屋根裏に戻るふりを装った。/部屋から出て来ていたニコルは、そのまま屋外に向かった。」に変更。


[註釈]

*1. [飛梁]
 飛梁(arc-boutant)とは、控え壁と建物本体をつないで支える梁のこと。マリー=アントワネットによる使用人棟改築前の描写だと思われる。
 (ノートル・ダムの飛梁)撮影者:Greudin、(ムーラウ)撮影者:Mediocrity 
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*2. [庭に忍び込んだことを]
 第74章()。アンドレが滞在している屋形に忍び込んだジルベールは、ボーシールと逢い引きしようとしているニコルと庭で出くわしてしまった。[]

*3. [見つけた時には…]
 同じく第74章で、ジルベールはニコルとボーシールの逢い引き現場に遭遇している。[]

*4. []
 []

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