この翻訳は翻訳者の許可を取ることなく好きに使ってくれてかまわない。ただし訳者はそれについてにいかなる責任も負わない。
翻訳:東 照
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ジョゼフ・バルサモ

アレクサンドル・デュマ

訳者あとがき・更新履歴
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第百二章 見知らぬ人物の言葉がジャン=ジャック・ルソーに与えた影響

 見知らぬ人物の口から不可解な言葉を聞かされた後で、ルソーは辛そうに震えながら人込みを掻き分け、自分が年老いていることも人込みが苦手なことも忘れて前に進んだ。やがてノートル=ダム橋にたどり着いたので、相変わらず思索に耽りながらラ・グレーヴ地区を突っ切って、自宅のある方に真っ直ぐ向かおうとした。[*1]

 ――つまりは伝承者が命がけで守っているあの秘伝というやつは早い者勝ちなのだ。だからこそ様々な秘密結社が人海というふるいに掛けて手に入れようとするのだろう……わたしという人間をよく知っている男なら、わたしが同胞になることも、恐らくは入会することもわかるだろうから――どうにも馬鹿げた許しがたい状況だ。

 そんなことを考えながら、ルソーは足早に歩いていた。もとより用心深い質ではあったが、メニルモンタン(Ménilmontant)街で事故に遭ってからというものなおさらだった。[*2]

 ――つまりわたしは神秘主義者という肩書きで飾られた人々が掲げる、人類再生案の本質を知りたくなるのだろう。優れた思想がビールと靄の国ドイツからもたらされるという、愚かなことを考えるようになるのだろう。愚者や策士に愚かさを隠すためのマントとして名前を利用され、彼らと一緒くたにされてわたしの名も汚すことになるのだろう。いや、そんなことにはなるまい。啓蒙の光が深淵の場所を教えてくれたというのに、自ら進んで飛び込むようなことなどするものか。

 そこでルソーは杖にもたれて道の真ん中で立ったまましばし動かずに休んでいた。

 ――とは言え魅力的な夢想ではあった。縛られていながらの自由、平穏裡に獲得された未来、この世の暴君の眠る間に密かに編まれた網の目……理想が過ぎる。こんなことを信じるとはわたしもとんだお人好しだった……恐怖心や猜疑心や嫉妬心など要らぬ。自由な精神と独立した肉体には似つかわしくない。

 そこまで考えてまた歩き始めたところで、サルチーヌの部下が目をぎょろつかせて巡回しているのを見て、自由な精神を脅かされ、独立した肉体に衝動を受け、通りかかった柱の陰の一番奥に隠れようとした。

 柱通りからプラトリエール街まではすぐそこだ。ルソーは急いで道を進み、追い詰められたダマ鹿のように息を切らせて階段を上ると、自室の椅子に倒れ込んだまま、テレーズに何を聞かれても返事すら出来なかった。[*3]

 それでもやっとのことで、動揺している事情を説明することが出来た。走ってきたこと、熱気、国王が親裁座で怒りを露わにしたという噂、それは怯えた民衆の揺らぎであり、大事件の余波であった。

 テレーズはぶうぶう唸って、そんなこと昼ご飯(le dîner)を冷ます理由にはなりませんよ、第一ね、男の人なら小さな物音に怯えるような臆病者じゃあいけませんもの、と言った。

 ルソーは二つ目の小言に対しては何も答えなかった。これまで形を変えて何度も言われて来たことだ。

 テレーズはさらに言葉を重ねた。哲学者みたいな空想癖のある人たちはね、みんな同じですよ……著作の中でわんわん喚くのをやめないじゃありませんか。何も恐れてはいないと言いながらね。神様も人間もどうでもいい存在だとか。そのくせ小さなワンちゃんがキャンキャン吠えただけで、「助けてくれ!」と叫んだり、熱が出ただけで、「死にそうだ!」と叫んだりして。

 これはテレーズお得意の話題だった。こうなるとテレーズのおしゃべりにますます磨きがかかり、生来おとなしいルソーはまともに返答も出来なかった。だからルソーはこの辛辣な楽の音を聞きながら、自分の考えに耽っていた。雨あられと罵声を浴びせられてはいるが、自分の考えていることもテレーズの考えていることと同じだけの価値があるはずなのだ。

「幸せは香りと楽の音で出来ている。だが雑音と感じるか悪臭と感じるかは慣習によるところが大きい……玉葱より薔薇の方がいい香りだと、孔雀より夜鶯ナイチンゲールの方がいい声を出すと、誰が決めたわけでもあるまいよ」

 気の利いた逆説めいたその警句を潮に、二人は食卓に着いて夕食を摂り始めた。

 ルソーは食事を終えると、いつものようにチェンバロの前には行かずに、部屋を何度も行ったり来たりして、幾度となく窓からプラトリエール街の様子を確かめた。

 するとテレーズが激しい嫉妬に囚われた。癇性持ちという実は嫉妬深さとは縁遠い人間が苛立ちから激昂するような、激しい嫉妬だった。

 実際、うわべを塗り固められて不愉快なものがあるとすれば、それは欠点で塗り固められることだ。美点でならまだよい。

 テレーズはルソーの肉体も体質も気性も癖も心から見下していたし、ルソーのことを老いて病弱で醜いと思っていたので、夫を奪われるかもしれないとは考えもしなかったし、別の見方をする女がいるかもしれないとは想像だにしなかった。とは言うものの嫉妬の苦しみは女にとって蜜の苦しみ。テレーズも時にはそんなご馳走を味わうことにしていた。

 だからルソーが始終窓辺に寄って考え込みながらせわしなくしているのを見て声をかけた。

「さっきからまあそわそわとして……いったい誰と会って来たんだか」

 目を剥いたルソーを見て、テレーズはますます確信を強めた。

「またその人と会うつもりだね」

「何だって?」

「逢い引きの約束がありましたっけねえ?」

 ルソーは嫉妬されていることにようやく気づいた。「逢い引きだって? 馬鹿だね、テレーズ!」

「馬鹿げたことだってのはようくわかってますよ。でもあなたなら何をやらかしたっておかしくないですからね。貧血寸前にまで息を切らせて咳き込んで、女どもをものにしてくればいいんですよ。それが成功への近道さね」

「だがねテレーズ、何でもないのはわかっているだろう」ルソーは不機嫌に答えた。「だからどうか、考え事の邪魔をしないでくれないか」

「この女ったらし」テレーズの声には本気の響きがあった。

 ルソーは真っ赤になった。まるで図星を指されたかお世辞を言われたかのようだった。

 そこでテレーズは自分の権利だと思えるものを行使した。憤怒の表情を浮かべて、家中をひっくり返し、扉という扉を開け閉めして音を立て、ルソーの言う邪魔とやらをして楽しむことにした。ちょうど子供が金属の輪っかを箱に入れ、それを振ってガシャガシャと鳴らして楽しむように。

 ルソーは書斎に逃げ込んだ。こんなに騒々しくては考えもまとまらない。

 つらつら考えるに、河岸の人物から誘われた秘密の会合に出席しないとまずいことになるだろう。

 ――裏切者への罰があるのなら、積極性のない者や怠惰な者への罰もあるに違いない。これまでの経験で言えば、大きな危険を気にする必要はない。大きな脅威も同じだ。そういった場合に罰や刑が執行されることは滅多にない。だがちょっとした復讐や騙し討ち、詐欺やその他の小さな危険(autre menue monnaie)には気をつけなくてはならない。そのうちフリーメイソンの入会者たちから、これまで見下していた腹いせに階段に紐を張られることになりかねない。そのせいで足を折って、歯も一桁しか残らないなんてことにも……或いは石材を手に、建築現場を歩いているわたしの頭上に落とそうと待ち構えているかもしれない……それどころか結社内には近所に住んでいる誹謗文書パンフレット作者がいて、同じ階の窓からこの部屋を覗き見しようとしているかもしれない。有り得ないことではない。会合はプラトリエール街でも何度もおこなわれているのだから……。パリ中でわたしを笑い物にするような下劣な文章を書くつもりなのだろう……何処も彼処も敵だらけではないのか?

 やがてルソーは別のことを考え始めた。

 ――わたしには勇気がないのか? 名誉は? わたしは自分と向き合うのが怖いのだろうか? 鏡を見ても、そこに映るのは臆病者やならず者でしかないのだろうか? いや、そんなことはない……たとい世界中がわたしを不幸にするため団結することになろうとも、たとい会合場所の地下室が崩れ落ちて来ることになろうとも、出かけることにしよう……。そもそも怖がっているからおかしなことばかり考えるのだ。あの男に会ったせいで、帰って来てからずっと愚かな考えにばかり耽ってしまう。こうなるともう何も信じられない。自分のこともだ。そんなのは筋が通らない……わたしは熱狂に流されるような人間ではない。光を当てられた団体の中に素晴らしいものが見えたと思うのなら、それは実際にあるのだ。わたしには人類を刷新する力がないとは誰にも言えまい。これまで追い求められ、限りない力の担い手たちから著作に基づいた相談を持ちかけられて来たのだから。思想を受け継がせ、理論より実践が重んじられるべき時が来たなら、喜んで身を引こう!

 ルソーは俄に活気づいた。

 ――これ以上に素晴らしいことがあろうか! 時代は進んでいるのだ……庶民も無明から抜け出し、蒙昧の闇の中で次々と足を踏み出し、暗がりの中で次々と手を伸ばすことになる。巨大なピラミッドが建てられ、来たるべき世にはその頂を飾るためジュネーヴ市民ルソーの胸像が据え置かれるのだ。有言実行のために自由と生命を賭けた、つまり『為求真理献生命Vitam impendere vero』という主義を貫いた男として。[*4]

 舞い上がったルソーはチェンバロを弾き始め、楽器の腹から出せる限りの唸るように大きく好戦的な旋律にその思いを乗せて表現し切った。

 夜が訪れた。テレーズはルソーへの無意味な嫌がらせで疲れ果ててしまい、椅子の上で眠りこけている。ルソーは胸を高鳴らせ、逢瀬にでも出かけるように新しい服に着替えると、姿見に映した黒い瞳が活き活きと雄弁に動いているのを見て満足を覚えた。

 ルソーは籐の杖を突いて、テレーズを起こさぬように部屋から抜け出した。

 だが階段を降りて通りに面した門扉の仕掛けを作動させると、外に出る前にまずは通りを覗いて状況を確かめた。

 馬車は一台もない。通りにはいつもと同じくそぞろ歩く人が溢れ、今と変わらず他人を観察していたが、それでも大勢の人間は売り子の娘目当てに店先で立ち止まっている。

 このうえ一人増えたところで誰も気づくまい。ルソーは人込みに飛び込んだ。長くは歩かなかった。

 指定された家の門の前には、キーキーとヴァイオリンを鳴らす弾き語りがいた。ちゃきちゃきのパリっ子の耳を震わせるような音楽が通りを満たしている。ヴァイオリンや歌声によって繰り返されていた最後の数小節のリフレインの残響が消えようとしているところだった。

 つまりその場所で音楽を聴いている人だかりのせいで往来に支障が出ていたわけである。通行人は右か左に避けるしかない。左に曲がって通りを進む者もいれば、右に曲がって指定の家沿いに歩く者もいたし、その逆も然りだった。

 ルソーが見ていると、通告人の何人かは落とし穴にでも落ちたように途中で姿を消していることに気づいた。どうやら目指す場所は同じらしいと考えたルソーは、動きを真似ることにした。難しいことではない。

 人だかりの後ろに回ってさも音楽でも聴くために立ち止まったかのように見せかけながら、通行人の様子を窺っていると、そのうちの一人が自由に玄関アプローチに入ってゆくのに気づいた。そのまま真似るのは危険が大きいと判断してすぐには動かず、もっと良い機会が訪れるのを待つことにした。

 機会はまもなく訪れた。通りの向こうから走って来た二輪馬車が人の輪を二つに割り、その半円を道路沿いの家々に向かって押しやった。気づけばルソーは件のアプローチの入口に立っていた。進むしかあるまい……居合わせた人々は二輪馬車に気を取られて、その家には背を向けている。誰にも注目されていないのをこれ幸いと、ルソーは暗いアプローチの奥に姿を消した。

 数秒後には光が見え、その下に男が一人坐って寛いだ様子で、一日の営業を終えた商人のように新聞を読んでいる。それとも読んでいるふりだろうか。

 ルソーの足音を聞きつけてその男が顔を上げ、明かりに照らされた胸の上に指をよく見えるように押し当てた。

 ルソーも口唇に指を押し当ててその符丁に答えた。

 すぐに男が立ち上がり、右手側にある扉を押した。そうして寄りかかっていた板壁に埋め込まれた、精緻なその隠し扉の向こうにある、地下に降りてゆく険しい階段をルソーに見せた。

 ルソーが中に入ると、音もなく素早く扉が閉まった。

 ルソーは杖を突きながら階段を降りた。最初の審査として首や足を折りかねない危険を課すとは、会員たちも意地が悪い。

 だがその階段は険しいものの長くはなかった。十七段進んだところで、急に目と顔が熱気に包まれた。

 湿った熱気の正体は、地下室に集まったなにがしかの会員たちの人いきれだった。

 赤と白の布で覆われた壁に様々な種類の工具が描かれていた。実物通りではなく図案化されているようだ。穹窿に一つきり吊られた燈火から投じられた光によって、顔に不気味な陰影を与えられてなお誠実さを残す人々が、木製の座席に坐って低い声で言葉を交わしている。

 床には敷板も絨毯もなかったが、足音を消すほどみっちりと筵が敷いてあった。

 だからルソーが足を踏み入れても、何の騒ぎも起こらなかった。

 気づかれた様子もない。

 五分前まで望んでいたのはこうした受け入れられ方だったのに、いざ実現してみると寂しさを感じる。

 最後列の座席が空いていたので、ルソーは出しゃばらずに人より後ろに腰を下ろした。

 数えてみると三十三人分の頭が揃っている。演壇に置かれた演台が議長の登場を待っていた。


Alexandre Dumas『Joseph Balsamo』Chapitre CII「De l'influence des paroles de l'inconnu sur Jean-Jacques Rousseau」の全訳です。初出は『La Presse』紙、1847年10月12日(連載第101回)。


Ver.1 11/05/28
Ver.2 21/02/15

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[註釈・メモなど]

 ・メモ

[更新履歴]

・21/02/14 「le premier venu」とは「先人」ではなく「先着者」。「要するに、秘伝を受け継いだ者たちが命を賭けて守っている秘密は、先人が手に入れたものなのだ。だから秘密結社は人々をふるいにかけてそれを手に入れる……わたしのことを知っていた人物は、わたしが仲間であり、恐らくは共犯関係にあることがわかっていたのだろう。そんな状態は馬鹿げている、我慢がならない。」 → 「つまりは伝承者が命がけで守っているあの秘伝というやつは早い者勝ちなのだ。だからこそ様々な秘密結社が人海というふるいに掛けて手に入れようとするのだろう……わたしという人間をよく知っている男なら、わたしが同胞になることも、恐らくは入会することもわかるだろうから――どうにも馬鹿げた許しがたい状況だ。」に訂正。

・21/02/14 「illuminés」とはここでは「イルミナティ会員」ではなく「神秘主義者」の意味。また、文章全体が過去形ではなく前未来形と未来形なので、「要するにわたしは、人類を改革する計画の核心が知りたかったのだ。イルミナティという名で飾られたいろいろな思想を知りたかったのだ。優れた思想がドイツというビールと靄の国からもたらされると信じるとは、何と愚かだったのだろう。馬鹿や山師と関わって、愚かさを隠す外套代わりにわたしの名を利用されることになるのかもしれない。いや、そんな風にはなるまい。稲光が深淵の場所を教えてくれたというのに、そこに自ら進んで身を投げたりはすまい。」 → 「つまりわたしは神秘主義者という肩書きで飾られた人々が掲げる、人類再生案の本質を知りたくなるのだろう。優れた思想がビールと靄の国ドイツからもたらされるという、愚かなことを考えるようになるのだろう。愚者や策士に愚かさを隠すためのマントとして名前を利用され、彼らと一緒くたにされてわたしの名も汚すことになるのだろう。いや、そんなことにはなるまい。啓蒙の光が深淵の場所を教えてくれたというのに、自ら進んで飛び込むようなことなどするものか。」に訂正。

・21/02/15 「Mieux que cela, dans leur maçonnerie, il y aura quelque pamphlétaire vivant tout près de moi, sur mon palier peut-être, plongeant par ses fenêtres dans ma chambre.」「plonger」は「視線を投げる・覗く」の意味なので、「いやもしかすると、この近くに誹謗小冊子書きが住んでいるかもしれない。それも同じ階に住んでいて、窓からパンフレットを投げ込みはしないだろうか。」 → 「それどころか結社内には近所に住んでいる誹謗文書作者がいて、同じ階の窓からこの部屋を覗き見しようとしているかもしれない。」に訂正。

・21/02/15 「Qui me dit que je ne serai pas, moi, le régénérateur du genre humain, moi qu'on a recherché, moi que les agents mystérieux d'un pouvoir sans limites sont venus consulter sur la foi de mes écrits : je reculerais lorsqu'il s'agit de suivre mon œuvre, de substituer l'application à la théorie !」。この「agents」は「警官」の意味ではなく「手先」の意味であろう。そのほか現在形・単純未来形・大過去形をきちんと区別して訳し直した。「わたしが人類の改革者ではないというのだろうか。おたずねものになり、無限の力を持った警官たちから著作を調べられていたわたしが。人々がわたしの著作をたどって、理論が実践に移されるべきときが来れば、わたしは用済みになるのだろう!」 → 「わたしには人類を刷新する力がないとは誰にも言えまい。これまで追い求められ、限りない力の担い手たちから著作に基づいた相談を持ちかけられて来たのだから。思想を受け継がせ、理論より実践が重んじられるべき時が来たなら、喜んで身を引こう!」に訂正。

・21/02/15 「allée」とは「並木道」のほか、「入口から中庭等までの通路」の意味がある。ぴったり対応する日本語はないが、「玄関アプローチ」が近いか。「そこで聴衆の後ろに回り、さも音楽でも聴くように足を止めて、誰かが出入り自由な並木道に入るのを見逃すまいとした。人より慎重なのは、恐らく人より危険を冒さなくてはならないからだろう。ルソーは何度も機会を窺っていた。」 → 「人だかりの後ろに回ってさも音楽でも聴くために立ち止まったかのように見せかけながら、通行人の様子を窺っていると、そのうちの一人が自由に玄関アプローチに入ってゆくのに気づいた。そのまま真似るのは危険が大きいと判断してすぐには動かず、もっと良い機会が訪れるのを待つことにした。」に訂正。

[註釈]

*1. [ラ・グレーヴ地区]
 ラ・グレーヴ地区(le quartier de la Grève)とは革命前まで存在していた現在の市庁舎近辺の地区。西境はサン=マルタン街(ノートル=ダム橋に通ずる)、北境はロワ=ド=シルル街、東端はジョフロワ=ラニエ街、南端はセーヌ川。マラーとルソーが会話したフルール河岸とラ・バリルリー街の角から見ると、プラトリエール街とは反対方向になるが……?[]

*2. [メニルモンタン街で事故に]
 『孤独な散歩者の夢想』第二の散歩より。ルソーは犬にぶつかって倒れて怪我をし、夜まで気絶していた。[]

*3. [柱通りからプラトリエール街まで]
 ルソーの足取りは以下の通り。親裁座(シテ島)→フルール河岸→ノートル=ダム橋→ラ・グレーヴ地区→Piliers→プラトリエール街(ジャン=ジャック・ルソー街)。des piliers とは、中央市場の柱通り(Piliers des Halles)だと思われる。Piliers des Halles とは rue de la Tonnellerie(現在のポン=ヌフ街とアンドレ・ブルトン並木道の辺りのうち、サン=トノレ街からランビュトー街までの区域)の建物にあった中央市場の柱であり、かつてはそのまま「中央市場の大柱通り」と呼ばれたこともあった。ルソーは1770年にはパリに戻り、プラトリエール街(現在の56番地)のl'hôtel Saint-Espritに滞在した。[]

*4. [為求真理献生命]
 「Vitam impendere vero(真理を求むる為に生命を献ず)」。ユウェナリス(Juvenalis)『諷刺詩集(Satvrae)』第4歌91行より。[]

*5. []
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*6. []
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