この翻訳は翻訳者の許可を取ることなく好きに使ってくれてかまわない。ただし訳者はそれについてにいかなる責任も負わない。
翻訳:東 照
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ジョゼフ・バルサモ

アレクサンドル・デュマ

訳者あとがき・更新履歴
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第百四章 報告会

 何回かに分けて出席者たちが去ると、支部内には七人の会員が残された。七人の支部長たちである。

 高みに至って奥義を伝授されたことを示す合図が交わされた。

 七人が真っ先に気にしたのは、すべての扉を閉めることだった。すべての扉が閉められると、代表者がL・P・Dという秘密の文字の刻まれた指輪を掲げた。

 この代表者こそが団体の重要な連絡系統を受け持っており、スイス、ロシア、アメリカ、スウェーデン、イスパニア、イタリアの六人の支部長と連絡を取っていた。

 同胞たちから受け取った機密書類を手にしているのは、一般会員よりは上だが自分よりは下に属する高位会員に知らせるためだ。

 この代表者こそ、ご存じバルサモであった。

 この重要書類の中には、差し迫った意見も含まれていた。スイスのスウェーデンボリが書いたものである。

 ――南から目を離すなかれ、同志たちよ! 熱波に温め直された裏切り者が、お前たちを殺すだろう。

 ――パリから目を離すなかれ、同志たちよ! そこが裏切り者の住処だ。組織の秘密を手の内にして、憎しみを温めている。

 ――密かに囁く密告の声を聞いた。恐ろしい復讐も霊視したが、それはまだ遠い話だ。それまでは目を離すなかれ、同志たちよ! 用心せよ! どれだけ念入りに立てた計画であっても、何も知らぬ裏切り者のたった一言で水泡に帰してしまう。

 同志たちは無言のまま驚いて顔を見合わせた。荒々しい霊能者の言葉と予知には何度も驚かされて来たので、バルサモを頂点に戴いたこの集まりにも、少なからぬ影が落ちた。

 バルサモ自身もスウェーデンボリの予知能力には信頼を置いていたので、それを読み終えた後には、重苦しくただならぬ印象をぬぐえなかった。

「同志たちよ、霊感を授かった予言者の言うことだ、よもや間違えることはあるまい。忠告に従い用心してくれ。これでわかってもらえたと思うが、戦いは始まっている。愚かな敵に負けるわけにはいかない。俺たちは奴らの力を骨抜きにしているんだからな。向こうも準備はしているだろうからそれは忘れるな、忠誠を金で買われた奴らだぞ。この世でなら強力な武器にもなろうが、地上の生を終えた後のことまでは見えていない奴らだ。同志たちよ、金で買われた裏切り者たちと戦おうではないか」

「取り越し苦労ではありませんか」という声が聞こえた。「我々は日々、力をつけているし、優れた頭脳と逞しい腕によって率いられています」

 バルサモはその社交辞令に会釈を返した。

「その点は認めますが、代表が仰った通り、裏切りは至るところに忍び込んでいます」答えたのはほかでもない、外科医のマラーであった。若いながらも高位に進み、評議委員会に初めて出席を許されていた。「お考え下さい、餌が二倍になれば、捕まる獲物はさらに大きくなりはしませんか。ド・サルチーヌ氏は財布をちらつかせて無名の同志たちの情報を買えるでしょうが、これが大臣なら大金や地位をちらつかせて幹部の情報を買えるでしょう。しかも無名の同志たちが知っていることなど何一つないのです。

「同僚の名前なら幾つか知っているでしょうが、それには何の意味もありません。この組織の仕組みは素晴らしいものではありますが、極めて貴族的です。下の者たちは何も知らないし何も知りようもありません。かき集められたところでどうでもいいことしか言わないし言わせられないでしょう。ですが一人一人の時間とお金は、組織を確かなものにするのに欠かせません。なるほど石工には石と漆喰を運ぶことしか出来ないでしょう。ですが石と漆喰がなければどうやって家を建てるんですか? 私に言わせれば、石工も薄給でこそありますが、図面を引いて建物を造り命を吹き込む建築家と同じ大事な人間です。私に言わせれば、石工も建築家も平等なんです。だってそうではありませんか、石工も人間であり、人間である以上、哲学者の目には誰もが平等に映っているのですから。それにまた、他人と同じく不幸にも運命にも耐えているうえに、その他人にも増して、石の落ちてくる危険や足場の崩れる危険に晒されているのですから」

「待ってくれ、同志よ」バルサモが口を挟んだ。「危急に考えるべき問題からずれてはいないか。熱心なあまり、論点を広げすぎだ。今は組織の是非を論じている場合ではなく、組織を無傷のまま維持することが大事なのだ。それでも議論しようというのなら、俺の答えは『否』だ。動きを伝えられた道具とそれを司る才能は同じではない。石工は建築家と同じではない。脳みそは腕と同じではない」

「サルチーヌ氏が末端の同志を逮捕したとしても、あなたや私のようにバスチーユで朽ちさせはしないとでも?」マラーはかっとなってたずねた。

「言っていることはもっともだが、その場合に痛手を受けるのは個人であって組織ではない。我々の許では組織が何よりも優先される。指導者が捕まれば陰謀は頓挫する。将軍がいなければ軍隊は戦に敗れる。だから同志たちよ、指導者たちの安全に目を光らせてくれ!」

「わかりました。ですが幹部の方でも我々に気を配っていただきたい」

「無論それが務めだ」

「では幹部の失敗は二倍にして罰せられるべきでは」

「繰り返しになるが、同志よ、組織の仕組みからずれているぞ。会員を縛っている誓いは一つであり、何人なんぴとも同じ罰の許にいるのを、忘れたのか?」

「幹部は決まって罰を免れるものですから」

「それは幹部の意思ではないな。幹部の一人である、予言者スウェーデンボリの手紙を最後まで聞いてくれ」

 ――災いは幹部の一人からもたらされる。それも組織の頂点近くにいる人物から。正確には本人からではないにしろ、過失の責めを負わぬわけにはいかぬだろう。火と水の混じる恐れを忘れるなかれ。火は光をもたらし、水はすべてを洗い流す。

 ――用心せよ、同志たちよ! あらゆること、あらゆる者から目を離すな!

「でしたら、」とマラーが言った。バルサモの演説とスウェーデンボリの手紙に、利用できそうな内容を読み取ったのだ。「我々を縛っている誓いを繰り返そうではありませんか。誓いを厳格に守ることを誓おうではありませんか。裏切ることになるのが何者であれ、裏切ることになる原因が何であれ」

 バルサモは一瞬だけ考え込んでから、椅子から立ち上がり、ゆったりとした荘厳で恐ろしい声で、あの神聖な文句を口にした。

 ――十字架に架けられし御子の名に於いて、父と母と兄弟姉妹はらから、妻、二親、友、恋人、王、恩師、服従と感謝と奉仕を誓うことになるすべての者と結んでいる世俗の絆を、断ち切ることを誓おう。

 ――組織の規約を受け入れてより後は、これまでに見しこと行いしこと読みしこと聞きしこと学びしこと考えしことを新たな主君に伝えんこと、及び目に映らざりしことを求め探らんこと、これを誓おう。

 ――毒薬と刀剣と火器を敬わん。真理と自由の敵どもを死や狂気に追いやり世界を浄めるための手段なりせば。

 ――沈黙の掟に従おう。懲罰に値する時には、落雷に打たれた如くに死を迎え入れ、言い訳一つせずに短刀の一閃を受け入れよう。その一撃は何処にいようとも避けることは出来ぬ。

 暗がりに集まっていた七人は、立ち上がって素顔を晒して、この誓いをそっくり繰り返した。

 誓いの言葉が終わると、バルサモが話を続けた。

「これで我々は安全だ。もう話を逸らすのはよそうではないか。委員会に報告すべき今年度の重要事案がある。

「フランスで起こっていることの詳細は、聡明で熱心な諸君には興味があることだろう。

「始めるぞ。

「フランスは欧州の中心に位置する。身体で言えば心臓のようなものだ。生きていると同時に生かしている。組織全体の不調の原因を見つけようとするなら、心臓の異常に原因を求めねばなるまい。

「それゆえ俺はフランスにやって来た。医者が心臓を探るように、パリの様子を探りに来たのだ。俺は聴診し、触診し、自ら確かめた。俺がやって来たのは一年前のことだが、その頃にはもう君主制は疲弊しきっていた。今では悪習に息の根を止められている。俺はその致命傷に早く結果を出してもらいたかったから、そのために後押ししてやった。

「道の上には障碍があった。一人の男だ。君主ではないが、国王の次にこの国で力のある男だった。

「他人の懐に入り込む才能があった。自惚れが強いのは確かだが、それを結果に結びつけることが出来た。国民を信用させ、時には自分たちが国の一部だとすら思わせて、国民の閉塞感をゆるめる術を心得ていた。困窮する国民の相談役となることもあったので、旗を掲げればいつでも大勢が集まって来た。国民の心だった。

「フランスの天敵であるイギリスを憎んでいた。労働者階級の天敵である寵姫を憎んでいた。だからもし、この男が簒奪者であったなら、我々の仲間だったなら、我々と同じ道を歩んでいたのなら、目的を同じくしていたのなら、俺はこの男を手厚く扱っただろうし、そのまま権力に就かせておいただろうし、身内として出来るだけの手段を用いて支えてやっただろう。虫食いだらけの王権に漆喰を塗り直そうとはせずに、来たるべき日に我々と共に王権を転覆させていたかもしれない。だがこの男は貴族階級出身であり、望んでもいなかった高い地位と壊そうとしなかった君主制に対する尊敬に纏われて生まれて来た。国王を軽蔑しながらも王権を尊重していた。それどころか、俺たちが狙っていた王権に対し、自ら楯となった。この生ける防波堤が国王の特権を侵す攻撃に逆らったことに、高等法院も国民も賛同して、その小さな抵抗を守り、いつか時が来れば強力な後押しをする決意を固めたのだ。

「俺は状況を把握し、ド・ショワズール氏の失脚を謀った。

「十年前から憎しみと欲望をこの計画と結びつけ、計画を実行し、数か月で完了させた。どんな手段を使ったのかは話しても詮無いことだ。俺が持っている秘密の力の一つであり、永遠に人の目から隠しておき、結果以外は明らかにしない方が、力は効果的に使えるからな。俺はショワズールを失脚させ、追放し、その後ろに後悔と落胆と嘆きと怒りの尻尾を長々とくっつけてやった。

「そして今、努力は実を結んだ。フランス中がショワズールを必要として、復帰を求めて立ち上がった。神が父親を召された時に、遺児が天を仰ぐように。

「高等法院は唯一の手札を切った。仕事の放棄だ。こうして機能は停止した。一流の国がそうであるように、複雑に組織された身体というものは、重要な器官が麻痺しては致命傷になる。高等法院は社会という身体の一部だ。胃が人間の身体の一部であるようにな。高等法院が機能していない以上は、国の内臓たる国民も働きようがない。必然的に給料が支払われない。するとかね、つまり血が足りなくなる。

「そうなれば立ち上がろうという者も出てくるだろう。だが誰が国民に応戦するというのだ? 軍隊ではない。軍隊は国民の娘子、農夫のパンを食い、葡萄園の酒を飲んでいるのだから。残っているのは親衛隊、貴族部隊、近衛兵、スイス人衛兵、マスケット銃兵、わずか五、六千人に過ぎない! 国民が巨人のように立ち上がろうという時に、こんな小人の寄せ集めに何が出来るというのだ?」

「そうだ、立ち上がろうではないか!」幾つもの声が唱和する。

「そうです、行動を起こすべきだ!」マラーも叫ぶ。

「若者よ、まだ話が残っている」バルサモは素っ気なかった。

「これは大衆の叛乱だ、弱者の叛乱であると言えども、孤立した強者に数で勝る。結束力も統率力も経験もない者たちはあっさりと影響されるだろうから、怖いくらい簡単に勝利をものにすることも出来るだろう。だが俺は考えた。観察した――庶民的な服に身を包み、しつこさとがさつさを借用して、民衆のただ中に潜り込んだ。間近で観察できたおかげで、庶民のように振る舞うことも出来た。今では庶民のことならすっかりわかっている。もう見誤ることなど考えられん。民衆は強いが無智だ。短気だが根に持たない。一言で言えば、俺が望むような叛乱を起こすにはまだ向いていない。前例と現実を重ねて物事を見るだけの教養に欠けている。経験で培われた記憶に欠けているのだ。

「ドイツの祭りで見た勇敢な若者たちに似ている。マストの天辺によじ登り、代官がくくりつけておいたハムや銀杯を取ろうと先を争うのだ。血気に任せて走り出し、驚くほど素早く登り始めていた。だが天辺にたどり着いていざ賞品をつかもうと腕を伸ばす時になると、力が抜けて、野次が飛び交う中を下まで落ちてしまった。

「一回目に起こったことは、俺が話した通りだ。二回目になると、若者たちは体力と息継ぎを按配し始めた。だが時間を掛け過ぎると、慌ててやった時と同じように、もたもたしすぎて失敗してしまった。ついに三回目、早くもなく遅くもない加減を見つけて、今度こそやり遂げることに成功した。それが俺の考えている計画だ。目標を目指して絶えることなく挑戦を重ねれば、いつの日か必ずや成功を手にすることが出来る」

 バルサモが話すのをやめて反応を確かめてみると、聞いていた者たちの間には若者や青二才に特有の熱気が渦巻いていた。

「話してみろ」バルサモは、誰よりも昂奮しているマラーに言った。

「簡単に済ませましょう。民衆に挑戦を重ねさせておけば、絶望しない限りはおとなしくしているでしょう。挑戦を重ねさせておくというのは、ジュネーヴ市民、ルソー氏の考えですね。大詩人ではありますが、おつむの弱い臆病者、プラトンが共和国から追い出すにも及ばない市民です。いつだって『待て!』ですか。都市からの解放あり、マイヨタンの暴動あり、七世紀が経っても待ち続けているではありませんか! 待っている間に何世代の人間が死んだか数えていただきたい。いっそ今後の合い言葉も『待て!』というお題目に変えたら如何ですか。ルソー氏が話しているのは、大世紀におこなわれたような抵抗のことに過ぎません、侯爵夫人のそばや国王のお膝元で、モリエールが喜劇で、ボワローが諷刺詩で、ラ・フォンテーヌが寓話を用いておこなったような抵抗のことなんです。

「そんな惨めで弱々しい抵抗では、人類の大義は一歩も前に進まなかったことはご承知の通りです。子供たちはわけもわからぬまま蒙昧な理屈を繰り返し唱え、唱えるそばから眠りこけている始末です。あなたがたによれば、ラブレーも政治をおこなっていましたが、その政治には笑いはあっても矯正力はありませんでした。この三百年の間、一つでも悪習が改められたでしょうか? 詩人や詭弁家が溢れ返っただけです! 結果を、行動を! 我々は三百年前からフランスを医者の手に委ねて来ました。今こそ外科医がメスと鋸を手に手術に取りかかる時期なのです。社会は壊疽を起こしています。道具を手に壊疽を止めようではありませんか。或いは誰かが食卓を離れ、奴隷に薔薇の葉を吹き払わせ、柔らかい絨毯に寝転ぶのを待ってもいい。胃が満たされれば脳に心地よい蒸気が伝わり、気も楽になり幸せな気分になれるからです。ですが飢えや不幸や絶望に打ちひしがれていては、詩句や警句や寓話で満足することも気晴らしすることも出来はしません。苦しみの叫びをあげているのが聞こえませんか。この悲鳴が聞こえない人間は聾であり、悲鳴に応えない人間はろくでなしです。たとい叛乱は鎮火されようとも、千年にわたる教訓や三世紀にわたる前例など足許にも及ばぬ勢いで、智性を照らすことでしょう。王制を転覆することは出来なくとも、啓蒙の光で国王を照らすことは出来るでしょう。それで充分ではありませんか!」

 おもねるような呟きがあがった。

「敵がいるのは何処でしょうか?」マラーは続けた。「我々の頭上です。宮殿の門を守り、玉座に上る階段を固めています。玉座の上に戴いたパラス像を大切に守っていますが、トロヤ人でもそこまで気を遣ったり畏怖を覚えたりはしなかったでしょう。このパラス像こそ、敵に全能の力と富と驕りを、即ち王権を授けたものだからです。この王権を守っている者たちを一掃しない限り、王権に近づくことは出来ません。将軍を守っている軍隊を倒さない限り、将軍に近づくことは出来ないのです。山ほどの軍隊が破れて来たことは、歴史が証明しています。ダレイオスからジョン王まで、レグルスからデュ・ゲクランに至るまで、数多くの将軍が地にまみれて来たのです。

「護衛を倒し、偶像までたどり着こうではありませんか。まずは歩哨に斬りつけ、それから大将に斬りつけようではありませんか。廷臣、重臣、貴族たちに第一の刃を。国王にとどめの一撃を。特権階級の頭数を勘定していただきたい。たった二十万人です。鋭い槍を手に、フランスと名づけられた美しい庭を闊歩し、タルクィニウスがラティウムの芥子を払ったように二十万人の頭を薙ぎ払えば、それですべては終わるでしょう。そうなれば残された二つの勢力、つまり民衆と王権の一騎打ちです。後は王権という象徴が民衆という巨人と戦おうとするのを観戦していればいい。小人が巨像を倒そうとすれば、足許から取りかかるしかありません。木樵は樫の巨木を倒す時、根元から取りかかるのです。木樵たちよ! 斧を持ち、樫の木を根元から切り倒そうではありませんか、偉そうな顔をした老いた樫の木をすぐにでも砂地にまみれさせようではありませんか」[*1]

「そして倒れた木に小人のように押しつぶされるのか、愚か者どもめ!」バルサモが雷鳴の如き声を出した。「詩人に厳しい割りには、詩人よりも詩人らしく生き生きとした譬えを使うじゃないか! いいか、同志よ!」マラーに向かってなおも言葉を続けた。「そんな言葉は屋根裏ででっちあげた作り話から拾い上げた寝言に過ぎん」

 マラーは真っ赤になった。

「革命とはそういうものだと思っているのか? 俺は二百もの革命を見て来たから、教えてやろう。古代エジプトの革命もこの目で見たし、アッシリアの革命も見た、ギリシアの革命も、ローマの革命も、後期ローマ帝国の革命も見て来た。中世の革命も幾つも見て来た。東側の国民は西を、西側は東を、互いの言うことには耳も貸さずに殺し合っていた。羊飼いの王たちの時代から我々の時代に至るまでに、無数の革命があったに違いない。さっき奴隷状態に不満をぶつけていたな。だったら革命は何の役にも立たんぞ。何故だかわかるか? 革命を起こした者たちが揃って同じ眩暈を起こしていたからだ。早まったのだ。

「革命を司る神が焦っていると思うのか?

「『樫を切り倒せ!』だと? その後のことなど考えてはいまい? 切り倒すのは一秒で済むが、地面に倒れた樫の木を端から端まで馬で駆けても三十秒かかるんだぞ。それに切り倒した人間には、倒れる木を避ける間もない。巨大な枝の下敷きになって怪我でもするか死んでしまうことだろう。それが望みなのか? そんなことは許さん。俺は神のように、二十歳にも三十歳にも四十歳にもなれる。俺は神のように永遠の存在だ。俺は神のように我慢強い。自分の運命も、お前たちの運命も、世界の運命をも、この手につかんでいる。俺が開こうとしない限りは、どれほどの真理が轟こうともこの手を開かせることは出来ん。そうだ、この手に握っているのは雷だ。神が全能の右手に擁しているように、これからも俺は手放さぬ。

「諸君、気高すぎるのはもうやめだ、地面に降ろそうではないか。

「諸君、一言断言しておく。時はまだ至らぬ。今上陛下は人々から崇められていた大王ルイ十四世の最後のきらめきだ。光が褪せかけているとはいえ、諸君の恨みの炎を蹴散らすだけの輝きをまだ充分に持っている。

「この男は王であり、王として死ぬだろう。王家は傲慢だが一系だ。顔や仕種や声から、その生まれを容易く読み取れる。この男はこれからも王でいることだろう。我々が立ち上がれば、チャールズ一世に起こったことがこの男にも起こるだろう。死刑執行人たちは王の前に額ずき、不幸な廷臣たちはカペル卿のように、主君の首を落とした斧に口づけすることだろう。

「知っての通りイギリスは早まった。チャールズ一世が死刑台の上で死んだのは間違いない。だが息子のチャールズ二世は玉座で死んだ。

「しばし待て、待つのだ、諸君。いつか絶好の機会が訪れる。

「百合を握りつぶしたいのはわかる。『百合を踏みつぶせLilia pedibus destrue』が我々の合い言葉だからな。だが一本の根を残したばかりに、聖ルイが咲かせた花に、再び返り咲くという希望を与えるわけにはいかない。王権を打ち壊したいのだろう? 王権を永久に打ち壊すためには、名実共に弱らせなくてはなるまい。王権を打ち壊したいのだろう? 聖域ではなくなるのを待てばいい。神殿ではなく売店になるのを待てばいい。そうすれば不可侵な王権、言いかえるなら数世紀にわたり神と国民によって許されて来た正当な譲位権は消え去り、永久に消滅するのだ! いいか! 我々つまらない人間と、あの神々に近い奴らとの間には、壊すことも越えることも出来ない壁があった。民衆が敢えて越えようとはして来なかった境界が、灯台のように照らす『正当性』という名の境界線があった。今日まではそれが沈みかけの王権を守って来たが、その言葉も謎めいた運命の一吹きで消し飛んでしまうだろう。

「帝国の血を混ぜて王家を長らえさせようと、王太子妃がフランスに呼ばれ、一年前にフランス王座の後継者と婚姻を結んだが……もっと近くに来るんだ、諸君。俺の言葉をほかの奴らには聞かせたくない」

「いったい?」六人の代表たちが怪訝な顔をした。

「いいか、王太子妃は今も生娘のままなのだ!」

 世界中の王が逃げ出しそうな不吉な呟きには、憎々しげな喜びとしてやったりの優越感も滲んでいた。触れ合わんばかりに六つの頭を寄せ合わせていた小さな輪から、瘴気のように呟きが洩れ出す間も、六人は壇上から見下ろすバルサモの頭を見上げていた。

「こうなると二つの可能性が生じる。どちらも我々の利害には同じくらい好都合だ。

「一つは、王太子妃がこのまま妊娠しないことだ。そうすれば王家は絶える。そうすれば将来的に我々は戦いも困難も障碍も避けることが出来る。この王家は死神に目をつけられているからな、そういうことが起こるに違いない。三人の王が跡を継ぐたびに、フランスには同じことが起こって来たんだ。美男王フィリップの息子たちがそうだった。喧嘩王ルイ、長身王フィリップ、シャルル四世は三人が三人とも王位に就いた後で、跡継ぎを残さずに死んだ。アンリ二世の三王子にも同じことが起こった。フランソワ二世、シャルル九世、アンリ三世は、三人とも王位に就いた後に跡継ぎを残さず死んだ。王太子、ド・プロヴァンス伯、ダルトワ伯の三人も、同じように三人とも子供を残さず死ぬだろう。それが運命というものだ。

「カペー王家最後の王シャルル四世の後には、先王たちの傍系ヴァロワ家のフィリップ六世が迎えられた。ヴァロワ王家最後の王アンリ三世の後には、先の王家の傍系ブルボン家のアンリ四世が迎えられた。同じように、直系の最後の王として運命の書に名前を刻まれたダルトワ伯の後には、王家や継承順に関わらず、クロムウェルやオレンジ公ウィリアムのような余所者が迎えられることだろう。

「これが一つ目の可能性だ。

「二つ目は、王太子妃が妊娠した場合だ。この場合、俺たちを落とし穴に嵌めるつもりで、敵さん方は自ら穴に飛び込む羽目になる。王太子妃が妊娠して母親になれば、これでフランスの王権は盤石だと宮廷中が大喜びするだろうが、どっこい喜ぶのは我々の方だ。こっちが重大な秘密を手にしている以上、どんな威信も権力も努力も何の役にも立たん。こんな罪深い秘密の前では、未来の王妃が妊娠したところで不幸が待ち受けているだけだ。生まれた子供を玉座に就けようとしても、幾らでも正当性を問うことが出来る。妊娠しようとも、幾らでも不義を訴えられる。そういうわけだから、天から幸福を授かったように見えても所詮はメッキに過ぎず、或いは不妊こそが神からの贈り物であったのかもしれん。俺が賛成票を投じないのはこういう理由があるからだ。俺が待つのはこういう理由だ。こういう理由があるからこそ、今国民感情を掻き立てても意味がないと考え、来たるべき時期に効果的に利用しようと考えているのだ。

「これで今年やるべきことがわかったな。基点は着々と広がっている。成功するには目と脳を持った人間の才能と勇気が必要なのだと心してくれ。さらには腕に該当する根気と努力が。さらには、心に代わる信頼と献身が必要なのだ。

「なかでも服従は絶対なのだということを肝に銘じてくれ。規則に従わなくてはならない時が来れば、代表自ら結社の規則に身を捧げるつもりだ。

「では最愛の同志たちよ、吉報であれ凶報であれ、ほかに何もなければ、これでお開きにしたいと思う。

「今晩は偉大な著述家が来てくれた。同志の一人が血気にはやって小心な著述家を怯えさせなければ、我々の一員となってくれていたことだろう。とにかく、この偉大な著述家は我々よりも正しかった。これだけの同志がいながら、部外者が正しかったというのは、実に嘆かわしい。誰一人として規則をよく知りもしなければ目的をまったくわかってもいないのだ。

「ルソーは自著に書かれた詭弁で、我ら結社の真理に勝利を収めた。あれこそが病根にほかならない。説得によって矯正できそうにもなければ、やっとこと火でくり抜いているところだ。同志の一人が自尊心をふくらませてしまったのは残念なことだった。議論で我々をやり込めたわけだが、こんなことは二度と考えようとしないものと信じている。さもなければ懲罰という手段に頼らなくてはなるまい。

「諸君、今こそ仁愛と説伏によって信仰を広めるのだ。さり気なく耳打ちするだけでよい、無理強いはするな。言うことを聞かないからといって、尋問官が楔を使って拷問するように、木槌や斧を使って心に入り込んではならん。正しいと思われなくては信頼はされぬし、ほかの何よりも正しいと思われなくては自分たちが正しいとは思ってもらえないことを忘れるな。覚えておけよ、智識と技術と信仰がなければ、正しいも正しくないもない。要するに、人を率いて国を支配するために神から特別な印をつけられた者たちとは違うのだ。

「諸君、会議は以上だ」

 この言葉と共にバルサモは帽子をかぶって外套を纏った。

 会員たちも順番に、疑いが起きないように、一人ずつ無言で、その場を後にした。


Alexandre Dumas『Joseph Balsamo』Chapitre CIV「Compte rendu」の全訳です。


Ver.1 11/06/11
Ver.2 12/10/13

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[註釈・メモなど]

 ・メモ
「大世紀(grand siècle)」=ルイ14世の世紀。「大王」=ルイ14世。「聖ルイ」=ルイ9世。

[更新履歴]

・12/10/13 「民衆に何かさせておけば、」→「民衆に挑戦を重ねさせておけば、」

[註釈]

*1. [タルクィニウス]。タルクィニウス・スペルブス、ローマ王、紀元前535〜496。

 一説によると、先王である義父を殺し、葬儀を拒んだ。富と権力を得るため先代の高官たちを弾劾。ラティウム地方に勢力を拡大する。残虐にして傲慢なため、傲慢王《スペルブス》と名づけられる。末っ子セクストゥスに逃亡者のふりをさせてガビイの町へ潜入させた際、指示を仰ぐセクストゥスからの使者に、芥子を薙ぎ払うことで「皆殺し」という意思を伝えた。[]
 

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