この翻訳は翻訳者の許可を取ることなく好きに使ってくれてかまわない。ただし訳者はそれについてにいかなる責任も負わない。
翻訳:東 照
ご意見・ご指摘などは
メール
まで。
New  リンク  翻訳連載blog  読書&映画日記  掲示板  仏和辞典
HOME  翻訳作品   デュマ目次  戻る  進む

ジョゼフ・バルサモ

アレクサンドル・デュマ

訳者あとがき・更新履歴
著者略年譜・作品リスト

第百四章 報告会

 第二、第三階級の会員が立ち去ると、支部内に七人の同志が残された。七人の代表者(chefs)である。

 高次の通過儀礼を受けたことを証明する合図が交わされた。

 真っ先におこなったのは扉をすべて閉めることだった。扉が閉められると、総代表(leur président)が立場を明らかにするためにL・P・Dという秘密の文字の刻まれた指輪を示してみせた。

 この総代表が結社の最高使節を担っており、スイス、ロシア、アメリカ、スウェーデン、イスパニア、イタリアにいる別の六人の代表者と連絡を取っていた。

 同胞たちから受け取った機密書類を携えているのも、一般会員より上で総代表より下の幹部会員の集まりでその機密を伝えるためだ。

 この代表者(ce chef)こそ、ご存じバルサモであった。

 書類の中でも特に重要なものには緊急の提言も含まれていた。スイスのスウェーデンボリが書いたものである。

 

『南から目を離すなかれ、兄弟たちよ! 南の熱波により裏切者は絶えず煽られて来た。いずれお前たちを殺すだろう。

 パリから目を離すなかれ、兄弟たちよ! 裏切者はパリに在り。結社の秘密を掌中に収め、憎しみに駆り立てられている。

 音なく飛び交う囁く声による告発を聞いた。恐ろしい復讐も霊視したが、それはまだ遠い話だ。それまでは目を離すなかれ、兄弟たちよ! 用心せよ! 稚拙であっても裏切りの言葉は、よく練られた計画を顚覆させることもままあると思え』

 

 兄弟たちは無言で息を呑み顔を見合わせた。虎狼の霊能者の言葉であり、これまで幾度も的中して来た折り紙付きの予言である。バルサモ率いるこの会合にも少なからぬ影を落とした。

 バルサモ自身もスウェーデンボリの能力には信頼を置いていたので、予言を読み終えた時に襲われた重苦しい感情を拭うことが出来なかった。

「兄弟たちよ、霊感を授かった予言者の言うことだ、よもや間違いではあるまい。忠告に従い用心してくれ。これでわかったと思うが、戦いは始まっている。せっかくあっさりと強敵を打ち倒せるんだ、愚かな敵どもに足許をすくわれないようにしろよ。忠誠を金で買って操るような奴らだということを忘れるな。地上の生活の果てより先を見通せない人間にとっちゃ金というのはこの世での強力な武器だからな。兄弟たちよ、金で買われた裏切者どもに用心しようではないか」

「子供じみた懸念に思えますが」という声が聞こえた。「我々は毎日のように強くなっているし、曇りなき頭脳と揺るぎなき腕に支えられているではありませんか」

 バルサモはその追従に一礼を返した。

「その点は認めますが、代表(notre illustre président)が仰った通り、裏切りは至るところに入り込んでいます」抗弁したのはほかでもない、外科医のマラーであった。若いながらも高位に進み、諮問委員会に初めて出席を許されていたのである。「餌が二倍になれば、捕まる獲物も大きくなるとは思いませんか。サルチーヌ氏が財布一つを餌に一介の兄弟(un de nos frères obscurs)から情報を買うことが出来るとすれば、大臣であれば山ほどの大金や栄達の望みを餌にして上位の兄弟を買うことが出来るはずです。ところが一介の兄弟が知っていることなど何一つないのです。

「知っているのはせいぜい同輩数人の名前くらいで、しかも何の意味もない名前です。結社の内則は素晴らしいものだとは思いますが、貴族的に過ぎるせいで、下位の会員は何も知りませんし何も出来ません。会合に集められても重要なことを話すことも話されることもありません。しかしながら彼らとて時間と財産を組織の維持のために費やしているのです。なるほど土方は石と漆喰を運ぶだけですが、石も漆喰も使わずに家を建てることが出来ますか? ですから私に言わせれば、薄給を受け取っている土方だって、図面を引いて作品を創り出し命を吹き込む建築家と対等なのです。なぜ対等だと思うのかと言えば、土方も人間であり、哲学者の目から見ればあらゆる人間が平等だからです。誰もと同じように不幸と宿命を背負っているからです。そしたまた、誰にも増して石の落ちてくる危険や足場の崩れる危険に晒されているからです」

「悪いが兄弟よ」バルサモが口を挟んだ。「喫緊の問題からずれているぞ。熱心なあまり論点を広げ過ぎる嫌いがあるようだな。今は結社内則の是非を論じている場合ではなく、それを無傷のまま維持することが問題なのだ。それでも議論しようというのなら、俺の答えは『否』だ。動きを伝えられた道具とそれを作った人間の才能は同じではない。土方と建築家は同じではない。脳みそは腕と同じではないのだ」

「サルチーヌが末端(derniers grades)の兄弟を逮捕したとしても、あなたや私のようにバスチーユで朽ちさせはしないとでも?」マラーが激昂してたずねた。

「もっともだな。だがその場合に痛手を受けるのは個人であって結社ではない。結社こそ何よりも優先されるべきなのだ。指揮を執っている代表者が捕まれば陰謀は頓挫するし、将軍がいなければ軍隊は敗戦する。だから兄弟たちよ、代表者たちの身の安全に目を光らせてくれ!」

「わかりました。ですが代表がたの方でも我々に気を留めていただきたい」

「無論それが務めだ」

「では代表の方々の失敗に対する罰は二倍にしていただきたい」

「まただ。兄弟よ、また内則から遠のいているぞ。会員を縛っている誓いは一つであり、何人なんぴとも課される罰は同じだということを忘れたのか?」

「幹部(les grands)は決まって罰を逃れるではありませんか」

「幹部とは意見が異なるようだな。手紙を最後まで聞いてくれ。幹部の一人、予言者スウェーデンボリはこう記している。

『災いは幹部の一人からもたらされるであろう。それも組織の頂点近くにいる人物から。厳密には幹部その人からではないにしろ、過失の責めを負わぬわけにはいかぬだろう。火と水は相容れ得るということを忘れるな。火は光によって照らし、水は事実を露わにす。

 ――心せよ、兄弟たち! あらゆる事物あらゆる者たちから目を離すな!』

 

「でしたら――」とマラーが言った。バルサモの演説とスウェーデンボリの手紙の中に、利用できそうな点を見つけたのだ。「我々を縛っている誓いを繰り返そうではありませんか。誓いを厳格に守ることを誓おうではありませんか。裏切ることになるのが何者であれ、裏切ることになる原因が何であれ」

 バルサモは一瞬だけ考え込んでから椅子を立ち、落ち着いた厳かな凄みのある声で、あの神聖な文句を口にした。

 

十字架に架けられし御子の名に於いて、父と母と兄弟姉妹はらから、妻、二親、友、恋人、王、上官、恩師、服従と感謝と奉仕を誓いしすべての者と結ぶ世俗の絆を、断ち切ることを誓おう。[*1]

 ――結社の規約を受け入れてより後は、これまでに見しこと行いしこと手に入れしこと読みしこと聞きしこと学びしこと考えしことを主君に伝えんこと、及びただ目にのみ映らざりしことを求め探らんこと、これを誓おう。

 ――毒薬と刀剣と火器を敬わん。真理と自由の敵どもを死や狂気に追いやり世界を浄めるための手段なりせば。

 ――沈黙の掟に従おう。懲罰に値する時には、落雷に打たれた如くに死を迎え入れ、言い訳一つせずにナイフの一閃を受け入れよう。何処にいようと避けることは出来ぬその一閃を』

 

 すると暗い顔をした七人が立ったまま無帽で誓いをそっくり繰り返した。

 誓いの言葉が終わると、バルサモが話を続けた。

「これでお互い合意できたわけだ。もう話を逸らすのはよそうではないか。今年度の重要な報告事項がある。

 

「俺がフランスでやって来たことを話せば、聡明で熱心な諸君なら何らかの興味を惹かれることだろう

 

「始めるぞ。

「フランスは欧州の中心に位置する。身体で言えば心臓のようなものだ。それ自身が生きていると同時に周りを生かす役割もある。組織全体の不調の原因を見つけようとするなら、心臓の異常に原因を求めねばなるまい。

「それゆえ俺はフランスにやって来た。医者が心臓を探るように、パリの様子を探りに来たのだ。俺は聴診し、触診し、身を以て体験した。一年前にやって来た頃には既に君主制は疲弊しきっていたし、今では堕落して息も絶え絶えの有り様だ。一年前の段階で崩壊を早めねばなるまいと考えた俺は、そのために後押ししてやった。

「俺の進むべき道の上には障碍があったんだ。一人の男だ。この国で一番でこそないが、国王の次に力のある男だった。

「他人の懐に入り込む才能があった。自惚れが強いのは確かだが、それを結果に結びつけることが出来た。自分たちが国家の一部だと大衆に信じ込ませ、時には目の当たりにさせることで、大衆の閉塞感を和らげるすべを心得ていた。それにまた時には大衆自身の窮状を問うことで、国民精神という名の旗印を掲げ、民衆が集うべき目標を作ったのだ。

「フランスの天敵であるイギリスを憎んでいた。労働者階級の天敵である寵姫を憎んでいた。だからもし、この男が簒奪者であったなら、我々の仲間であったなら、我々と同じ道を歩み、目的を同じくしていたのなら、俺はこの男を鄭重にもてなしただろうし、そのまま権力に就かせておいただろうし、身内(protégé)のために用意できるだけの資金を作って支えてやっただろう。その男は虫食いだらけの王権に漆喰を塗り直そうとはせずに、来たるべき日に我々と共に王権を転覆させていたかもしれない。だがこの男は貴族階級出身であり、生まれて来た時には第一身分に対する敬意を有していたから取って代わろうとはしなかったし、君主制に対する敬意から破壊しようとはしなかった。国王を軽蔑しながらも王権は大事にしていた。それどころか、俺たちの攻撃目標である王権に対し、自ら楯となった。高等法院も大衆も、王権への攻撃に立ち向かうこの生ける防波堤に対し並々ならぬ敬意を表して、いざという時には強力な援助を当てに出来ると確信しながら、抵抗運動は控えめなままに留めたのだ。

「俺は状況を把握し、ショワズールの失脚を謀った。

「それまでの十年というもの憎しみと私欲の絡みついていたこの難行に俺は取りかかり、数か月で終わらせた。どんな手を使ったかは言うまい。門外不出の俺の力の一つを使ったんだが、永遠に人目に晒さず結果だけ明らかにした方が力は強くなるからな。俺はその力でショワズールを失脚させ、追放し、その後ろから後悔と落胆と嘆きと怒りを長々とくっつけてやった。

「そして今、努力は実を結んだ。フランス中がショワズールを必要として、復帰を求めて立ち上がった。神に父親を召された遺児が天を仰ぐように。

「高等法院は唯一の手札を切った。仕事の放棄だ。こうして機能は停止した。一流の国がそうであるように複雑に組織された身体というものは、重要な器官が麻痺しては致命傷になる。社会という身体にとって高等法院とは、人間の身体にとっての胃袋のようなものだ。高等法院が機能していない以上は、国の内臓たる大衆も働きようがない。必然的に給料が支払われない。するとかね、つまり血が足りなくなる。

「立ち上がろうという者も出てくるだろう。そうなったところで誰が大衆に抗おうというのだ? 軍隊ではない。農夫のパンを食い葡萄園の酒を飲む、大衆の娘のようなものだからな。残っているのは国王親衛隊、特権部隊、近衛聯隊、スイス人衛兵、銃士隊のわずか五、六千人に過ぎない。大衆が巨人のように立ち上がろうという時に、こんな小人の寄せ集めに何が出来よう?」

 

「そうだ、立ち上がるべきだ!」同意の声が幾つもあがった。

「そうです、行動を起こすべきだ!」マラーも叫ぶ。

「若人よ、まだ話は終わっちゃいない」バルサモは冷たく言い放った。

「これは民衆の叛乱、数の力で強くなった弱者が孤立した強者に立ち向かう叛逆だ。意志も弱く分別もなく経験も少ない者たちが反射的に叛乱を起こして、恐ろしいほどあっさりと勝利を得るだろう。だが俺は考えた。観察した――大衆の真っ直中に足を踏み入れ、庶民的な服を着て負けん気の強さやがさつな言動を真似て、庶民そのものになってすぐ近くで観察したのだ。今ならすっかりわかっている。もう見誤ることはあるまい。民衆とは強いが無智だ。短気だが根に持たない。一言で言えば、俺が望んでいるような叛乱を起こせるほどには成熟していない。物事を前例と効果の両面から見るだけの教養に欠けているし、経験に培われた記憶に欠けているのだ。

「まるでドイツの祭りで見た勇敢な若者たちのようだ。代官がくくりつけさせておいたハムや銀杯目指してマストを天辺までしゃにむに攀じ登っているのを見たよ。欲求のままに突き進み、驚くほどの速さで登っていた。ところが天辺に着いていざ獲物を摑もうと手を伸ばす段になって、力から見放されて、野次が飛び交う中を転落していた。

「一回目には、いま話した通りのことが起こった。二回目になると体力と呼吸を上手く按配していたが、時間を掛け過ぎて、焦りではなく用心のせいで転落して行った。そして三回目、急ぎ過ぎもせず慎重すぎもしない丁度いい登り方を見つけて、今度こそやり遂げていた。それが俺の考えている計画だ。目標を目指して絶えざる試練を重ねれば、いつの日か必ずや成功を手にすることが出来るだろう」

 

 バルサモが話を終えて反応を確かめてみると、若さと青臭さに溢れた熱気が渦巻いていた。

「話があるなら言うがいい」バルサモは、誰にも増して昂奮しているマラーに声をかけた。

「では手短に。試練など幾ら重ねたところで、大衆は落胆しないまでも退屈してしまいます。試練というのはジュネーヴ市民ルソー氏の考え方です。偉大な詩人ではありますが、頭の回転は鈍くて臆病な、プラトンであれば学派から追い出すような無能な市民にほかなりません。いつもいつも『待て!』ばかり。諸都市の解放やマイヨタンの乱以来、あなたがたは七世紀にもわたって待ちぼうけを食らわせて来たんです。待ちながら何世代の人間が死んだか数えて見て下さい。いっそ今後の標語は『待て!』という決まり文句に変えたら如何ですか。ルソーの説く反対運動とは、大世紀におこなわれたような、侯爵夫人のそばや国王のお膝元でモリエールが喜劇によって、ボワローが諷刺詩によって、ラ・フォンテーヌが寓話によっておこなったようなものなのです。[*2]

「人類の大義を一歩も前進させることの出来ない、惨めで弱々しい反対運動です。子供たちがいくらそのわかりづらい理論を唱えても、意味もわからず唱えているだけでは眠りこけてしまうでしょう。あなたがた流に言えばラブレーも政治をしていたことになりますが、そんな政治では人を笑わすことは出来ても矯正することは出来ません。この三百年の間、一つでも悪弊が改められたことがあったでしょうか? 詩人と詭弁家が溢れ返っただけです! 今こそ結果を、行動を! 我々は三世紀にわたってフランスを内科医に診せて来ましたが、今こそメスと鋸を持った外科医に介入させるべき時です。社会は壊疽を起こしています。刃物で壊疽を止めようではありませんか。食卓から離れて柔らかい絨毯に寝転がりたくて積もった薔薇の花びらを奴隷に吹き飛ばさせるような人間なら、幾らでも待つことが出来るでしょう。何せ胃袋が満足すれば心地よい蒸気が脳に伝わり、気も晴れて幸せな気分になれますから。一方で飢えて貧しく希望のない人間には、詩節も格言も滑稽譚も何の満足にもならないし何の慰めにもなりません。苦しみのどん底で大きな叫びをあげているのが聞こえませんか。聾ならあの嘆きも聞こえないでしょうし、あの嘆きに応えない者など呪われてしまえばいいのです。たとい鎮圧されようとも、叛乱はいずれ千年にわたる教えや三世紀にわたる教訓よりも遙かに明るく智性を照らすことでしょう。王たちを打ち倒すことが出来ずとも、啓蒙の光で照らすことにはなるでしょう。それで充分すぎるくらいではありませんか!」

 おもねるような呟きが幾つかあがった。

「敵は何処にいるとお思いですか?」マラーが続けた。「高みから宮殿の門を守り、玉座への階段を固めているのです。その玉座の上にある守護神像《パラディウム》を、敵たちはトロヤでもそこまではしなかったほど恭しく畏まって祀っています。その守護神像こそが、敵に全能の力と富と驕りを、即ち王権を授けているからです。この王権を守っている者たちを一掃しない限り、王権に近づくことは出来ません。将軍を守っている軍隊を倒さない限り、将軍に近づくことは出来ないのです。それでも幾多の軍隊が破れて来たことは、歴史が証明しています。ダレイオスからジャン王まで、レグルスからデュ・ゲクランに至るまで、数多くの将軍が地にまみれて来たのです。[*3]

「衛兵たちを打ち倒し、偶像までたどり着こうではありませんか。まずは歩哨を討ち、次に大将を討とうではありませんか。廷臣、重臣、貴族たちに第一撃を与え、国王にとどめの一撃を。特権階級の頭数を数えていただければ、せいぜい二十万であることがわかるはずです。よく研いだ鉾を手にフランスという名の美しい庭を横断し、タルクィニウス(Tarquin)がラティウム(Latium)の芥子(des pavots)を薙ぎ払ったように二十万人の頭を薙ぎ払えば、それですべては終わるでしょう。そうなれば残された二つの勢力、つまり民衆と王権の一騎打ちです。後は王権という象徴が民衆という巨人と戦おうとするのを観戦していればいい。小人が巨像を倒そうとするなら台座から始めるでしょうし、木樵がオークの巨木を倒そうとするなら足許に刃を入れるものです。だから木樵たちよ、斧を取り、楢の根元に刃を入れようではありませんか。そして偉そうな顔をした楢の古木に、すぐにでも砂と口づけをさせてやろうではありませんか」[*4]

「そして倒れた巨木に小人のように押しつぶされるのか、愚か者め!」バルサモが雷鳴の如き声を出して、マラーに反論した。「詩人を非難する割りには、詩人よりも詩的で活き活きとした譬えを使うじゃないか。そんな言葉は屋根裏でこね上げた作り話から抜き出した寝言に過ぎん」

 マラーは真っ赤になった。

「革命とはどういうものかわかっているのか? 二百もの革命を見て来た俺なら答えられる。古代エジプトの革命もこの目で見たし、アッシリアの革命も見た、ギリシアの革命も、ローマの革命も、後期ローマ帝国の革命も見て来た。中世の革命も幾つも見て来たよ、民衆同士がぶつかり合い、東洋では西洋を、西洋では東洋を、互いに耳も貸さずに殺し合っていた。羊飼いの王たちの時代から我々の時代までに、恐らく無数の革命があったはずだ。それなのにさっきは隷属されることに不満を訴えていたではないか。つまり過去の無数の革命など無駄だったのだ。何故だかわかるか? 革命を起こした者たちが揃って目を回してしまったからだ。焦り過ぎたんだ。[*5]

 

「人間の革命を司る神が焦っていると思うのか?

「『楢の巨木を切り倒せ!』だと? その後のことを考えてもいまい。倒れるのは一秒だが、倒れた時に地面を覆う範囲は、馬をギャロップで走らせて三十秒かかる大きさだぞ。となれば切り倒した者たちは不意に倒れた木を避ける間もなく、巨大な枝葉の下敷きになって、手足が千切れ骨が折れて一巻の終わりだ。それが望みか? 許すわけにはいかんな。俺は神のように二十、三十、四十回分の人生を生きることが出来た。俺は神のように永遠の存在だ。俺は神のようにいつまでも待つことが出来る。自分の運命も、お前たちの運命も、世界の運命をも、この手で掌握している。俺が開こうとしない限りは、落雷の如き真実の詰まったこの掌をこじ開けることは出来ん。そう、この手の中にあるのは雷だ。神の全能の右手に宿っているかのように、この雷はこれからもこの手に宿り続けるだろう。

「諸君、こうした崇高な高みは捨てて、地上に降りようではないか。

「諸君、一言断言しておこう。時はまだ至らぬ。現在の国王は人々から崇められていた大王ルイ十四世の最後の写し絵だ。威光が翳りかけているとはいえ、諸君の恨みの炎と渡り合うには充分なだけの輝きをまだ有している。この男は王であり、王として死ぬだろう。王の一族は傲慢だが純粋だ。顔や仕種や声から出自を読み取るのは容易い。この男はこれからも王であり続けるだろう。そんな男を倒してみろ、チャールズ一世に起きたことと同じ事が起こるだけだ。死刑執行人は王の前に額ずき、王の不幸に臨んだ廷臣たちはカペル卿のように、主君の首を落とした斧に口づけすることだろう。[*6]

「知っての通りイギリスは早まった。チャールズ一世こそ死刑台の上で死んだものの、息子のチャールズ二世は玉座の上で死んだ。

「しばし待て、待つのだ、諸君。すぐに絶好の機会が訪れる。

「百合を潰したいのだろう。『百合を踏みつぶせLilia pedibus destrue』が我々の合い言葉だからな。だが一本の根を残したばかりに、聖ルイが咲かせた花に、再び返り咲くという希望を与えるわけにはいかない。王権を打ち壊したいのだろう? 王権を永久に打ち壊すためには、名実共に弱らせなくてはなるまい。王権を打ち壊したいのだろう? 神聖ではなく卑俗になるのを待てばいい。行使される場所が神殿ではなくただの店になるのを待てばいい。そうすれば王権に於けるもっとも神聖なるもの、つまり神と民衆によって何世紀にもわたって承認されて来た正当な王位継承は、永久に失われ、消え去ることだろう! いいか、我ら何も持たぬ人間とあの神の如き人間の間には、壊すことも越えることも出来ない壁があった。これまではわざわざ乗り越えようとしなかった境界が、灯台のように輝く『正統性』と呼ばれる境界があった。今日までは沈みかけの王権を守って来たその言葉が、不思議な運命の一吹きで消え去ることになるのだ。

「王太子妃がフランスに呼ばれ、王家の血統に帝国の血を交ぜてとこしえに王家を繫ぐため、一年前にフランス王位の後継者と婚姻を結んだわけだが……諸君、耳をそばへ。これから話すことは此処だけの話にしたいのだ」

「というと?」六人の代表たちが怪訝な顔を見せた。

「いいか、王太子妃は今も生娘のままなのだ!」

 不吉な呟きが瘴気のように洩れ出した。世界中の王たちが逃げ出してしまいそうなほどに、憎悪に満ちた喜びと、復讐を遂げられるという満悦感が滲んでいる。呟きの発生源は、六つの頭を触れ合わんばかりに寄せ集めて出来た小さな輪であり、それをバルサモが壇上から乗り出すようにして見下ろしていた。

「この状況を踏まえて二つの可能性が考えられるが、どちらに転んでも俺たちには儲けもんだ。

「一つ目の可能性とは、王太子妃がこのまま妊娠しないことだ。そうなれば王家は絶えるし、そうなれば未来の同胞たちに争いも障壁も苦しみも残さずに済む。この家系は死神に目をつけられているからな、そういうことが起こってもおかしくない。三人の兄弟王が跡を継ぐたび、フランスには同じことが起こって来たんだ。美男王フィリップの息子たちがそうだった。喧嘩王ルイ、長身王フィリップ、シャルル四世は、三人が三人とも王位に就きながらも跡継ぎを残さず死んだ。アンリ二世の三王子にも同じことが起こった。フランソワ二世、シャルル九世、アンリ三世も、王位に就きながらも跡継ぎを残さず死んだ。同じように、王太子、プロヴァンス伯、ダルトワ伯は、三人とも王位に就き、同じように子供を残さず死ぬだろう。運命からは逃れられぬ。

「カペー家最後の王シャルル四世の跡を継いで、傍系ヴァロワ家のフィリップ六世が迎えられた。ヴァロワ家最後の王アンリ三世の跡を継いで、傍系ブルボン家のアンリ四世が迎えられた。同じように、直系最後の王として運命の書に名前を刻まれたダルトワ伯の跡を継いで迎えられるのは、血統とは無縁なクロムウェルや継承順から外れたオレンジ公ウィリアムのような者になるだろう。

「これが一つ目の可能性だ。

「二つ目とは、王太子妃が妊娠した場合だ。こいつが落とし穴であり、敵さんとしちゃあ我々が穴に落ちると思っているのかもしらんが、実際に身を投げているのは自分らという寸法だ。王太子妃が妊娠して母親になれば、宮廷中が歓喜に沸いてこれでフランスの王権は磐石だと確信もするだろうが、どっこい喜ぶのは我々も同じだ。何せこっちは恐ろしい秘密を握っているんだ、どんな威信や権力を誇示しようとどれだけ奮闘しようとも、この罪深い秘密には太刀打ち出来まい。この妊娠が未来の王妃に引き起こす出来事は災いと言ってもいいだろう。何せ玉座を嗣ぐことになる王子の正当性を問うことも出来るし、王妃の不義を主張することも出来るのだ。そんなわけだから、天から授かったかに見える偽りの幸福をよそに、不妊こそが神の恩寵であってもおかしくはなかろう。だからこそ俺は賛成票を投じぬのだ。だからこそ待つのだ。だからこそ、いま民衆感情を掻き立てても意味はなく、ここぞという時を待って利用するのだ。[*7]

「これで今年やるべきことがわかったな。坑路はしっかりと掘り進められている。心してくれ。成功の鍵を握るのはただ、目と脳たり得る人間の才能と勇気であり、腕に該当する人間の根気と努力であり、心となる人間の信頼と献身なのだ。

「なかでも必要なのが絶対的恭順だ。結社の規約に従わなくてはならない日が来れば、代表自ら喜んで規約に身を捧げなくてはならぬほどのな。

「では最愛の兄弟たちよ、良きにつけ悪しきにつけほかにやるべきことも指摘すべきこともなければ、会議はこれでお開きにしたい。

「今夜は偉大な著述家の来訪を得た。場をわきまえぬ兄弟が血気にはやってその控えめな魂を脅かさなければ、我々の一員となっていたことだろう。会員たちを前にしても正しさを揺るがさなかったのはさすが偉大と言うほかない。一方で部外者が正しかったというのは実に嘆かわしい。大多数の兄弟たちは規則もろくに知らなければ、目的もてんでわかっておらぬとはな。

「ルソーは自著に書かれた詭弁を用いて、我ら結社の真理に勝利を収めた。あれこそが、説き伏せて改善できそうな余地さえなければ力ずくで根絶やしにすべき根源的病巣そのものだ。だからこそ、兄弟の一人が得意げにぺらぺらとしゃべっていたのは残念でならん。先の議論で我々をやり込めたのは結構だが、こんなことは二度とないものと信じている。さもなくば懲罰という手段に頼らなくてはなるまい。

「諸君、今こそ仁愛と説法によって信仰を広めるのだ。耳許で囁くだけでよい、無理強いはするな。反抗的だからといって木槌や斧を打ち込んではならん。拷問官の真似事はよせ。忘れるなよ、俺たちは偉くも何ともない。正しさを認められるまではな。俺たちは正しくも何ともない。周りの誰よりも優れていると見なされるまではな。忘れてならぬことはもう一つある。いくら正しい人間や優れた人間がいても、智識と技術と信仰がなければ何の役にも立たぬということだ。人を導き国を治めるために神から特別な御しるしを授けられた者たちと比べれば、何の役にも立たないのだ。

「諸君、会議は以上だ」

 その言葉と共にバルサモは帽子をかぶって外套を纏った。

 ほかの者たちもそれに倣い、怪しまれぬように一人ずつ無言でその場を後にした


Alexandre Dumas『Joseph Balsamo』Chapitre CIV「Compte rendu」の全訳です。初出は『La Presse』紙、1847年10月14日(連載第103回)。


Ver.1 11/06/11
Ver.2 12/10/13
Ver.3 21/09/25

  HOME  翻訳作品   デュマ目次  戻る  進む  TOP
New  リンク  翻訳連載blog  読書&映画日記  掲示板  仏和辞典

[註釈・メモなど]

・メモ

 ※ここに集まっている7人のchefsはフランス人であり、les six autres chefsとはここにはいない外国のchefのことであるらしい。

「大世紀(grand siècle)」=ルイ14世の世紀。「大王」=ルイ14世。「聖ルイ」=ルイ9世。

 

[更新履歴]

・12/10/13 「民衆に何かさせておけば、」→「民衆に挑戦を重ねさせておけば、」

・21/09/25。例えば「faire vivre sa famile」で「家族を養う」となるので、「La France est située au centre de l'Europe, comme le cœur au centre du corps ; elle vit, elle fait vivre.」は「フランスは欧州の中心に位置する。身体で言えば心臓のようなものだ。生きていると同時に生かしている。」 → 「フランスは欧州の中心に位置する。身体で言えば心臓のようなものだ。それ自身が生きていると同時に周りを生かす役割もある。」に変更。

・21/09/25。「Comme Dieu, j'ai su vivre, vingt, trente, quarante âges d'homme. Comme Dieu, je suis éternel. Comme Dieu, je serai patient.」。「âge d'homme」で「寿命」なので、この数字は年齢ではなく人生のことであろう。最後の文章だけ未来形である。「俺は神のように、二十歳にも三十歳にも四十歳にもなれる。俺は神のように永遠の存在だ。俺は神のように我慢強い。」 → 「俺は神のように二十、三十、四十回分の人生を生きることが出来た。俺は神のように永遠の存在だ。俺は神のようにいつまでも待つことが出来る。」に訂正。序章3には「俺は思い出した、既に三十二の生を生きていたことを。」とある。

・21/09/25。「par le fer et par le feu」で「武力で,暴力で」の意なので、「j'extirperais avec le fer et le feu」も、「やっとこと火でくり抜いているところだ」 ではなく 「力ずくで根絶やしにすべき」である。

[註釈]

*1. [王、上官、恩師、服従と感謝と奉仕を…]
 序章2の誓いと比べると、しっかり「上官(chefs)」の語がつけ加えられているのがわかる。
序章2「父と母と兄弟姉妹、妻、縁者、友、恋人、王、恩師、服従と謝意と奉仕を誓わんとするすべての者に結びおりし世俗の絆を、断ち切ることを誓え」。
104章「父と母と兄弟姉妹、妻、縁者、友、恋人、王、上官、恩師、服従と感謝と奉仕を誓いしすべての者と結ぶ世俗の絆を、断ち切ることを誓おう」。[]

*2. [諸都市の解放やマイヨタンの乱/大世紀]
 諸都市の開放とは中世に起こったコミューンの解放運動であり、マイヨタンの乱とは1382年に起こった増税に反対する暴動のこと。また、大世紀(le grand siècle)とは太陽王ルイ十四世の治世を指す。侯爵夫人たちというのもモンテスパン侯爵夫人やマントノン侯爵夫人らルイ十四世の愛妾のことか。[]

*3. [ダレイオス/ジャン王/レグルス/デュ・ゲクラン]
 Darius ダレイオス三世。B.C.380頃-B.C.330。アケメネス朝ペルシアの王。アレクサンドロス大王率いるマケドニアに敗れた。
  roi Jean ジャン二世か? 1319-1364。百年戦争でエドワード黒太子に敗れた。
 Régulus レグルス。共和制ローマに執政官を務めた同名の一族が何人かいるが、もっとも有名なのはマルクス・アティリウス・レグルス。生没不明(3世紀頃)。カルタゴとの戦いでいくつか勝利したものの最後は敗北し、捕虜になって拷問死した。
 Duguesclin デュ・ゲクラン。1320-1380。フランスの軍人。百年戦争の英雄だがエドワード黒太子に敗北。[]

*4. [タルクィニウス]
 タルクィニウス・スペルブス、ローマ王、紀元前535~496。
 一説によると、先王である義父を殺し、葬儀を拒んだ。富と権力を得るため先代の高官たちを弾劾。ラティウム地方に勢力を拡大する。残虐にして傲慢なため、傲慢王《スペルブス》と名づけられる。末っ子セクストゥスに逃亡者のふりをさせてガビイの町へ潜入させた際、指示を仰ぐセクストゥスからの使者に、芥子を薙ぎ払うことで「皆殺し」という意思を伝えた。[]

*5. [羊飼いの王たち]
 羊飼いの王たち(rois pasteurs)。古代エジプトのヒクソス王朝を指す。[]

*6. [カペル卿のように]
 カペル卿 load Capell。Arthur Capell, 1st Baron Capell of Hadham(1608-1649)。『State Trial(国事犯裁判集)』1660年10月15日の「The Trial of William Hulet(※チャールズ一世の処刑人)」の項によれば、William Coxなる人物の証言として、主人のカペル卿が処刑人に向かってそれは主君の処刑に使った斧かとたずね、間違いないとわかると斧を手に取り口づけして、処刑人に金貨を取らせたことが記されている。[]

*7. [王子の正当性を…]
 ルイ十六世は包茎で性行為が出来なかったため長く夫妻には子が出来なかった、という説がある。[]

*8. []
 。[]

  HOME  翻訳作品   デュマ目次  戻る  進む  TOP
New  リンク  翻訳連載blog  読書&映画日記  掲示板  仏和辞典