ジョゼフ・バルサモ

アレクサンドル・デュマ

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第百四十六章 二つの苦しみ

 タヴェルネ嬢が悲劇に襲われたあの晩にジルベールが庭で見かけた怪人物のことを指して、「どうすれば見つけられるだろう?」と言ったのは、実に的確な評価であった。

 というのも、フィリップはジョゼフ・バルサモ、フェニックス伯爵の住処を知らなかった。

 だがあの貴婦人――五月三十一日にアンドレを休ませてくれたサヴェルニー侯爵夫人のことなら覚えていた。

 サン゠トノレ街の住まいを訪問できないほど遅い時間ではない。フィリップが意識的にも感覚的にも動揺を抑えて夫人の住まいを訪れると、小間使いはすんなりとバルサモの住所を教えてくれた。マレー地区、サン゠クロード街。

 フィリップは直ちにそこに向かった。

 だが問題の家のノッカーに触れた時には、少なからぬ動揺を隠せずにいた。フィリップの推測では、ここにアンドレの安らぎと名誉が永久に飲み込まれたままなのだ。だが意思を呼び出して憤怒も激情もすぐに抑え込み、これから必要とする力を温存することに成功した。

 そこで迷いなくノッカーを敲くと、その家のしきたりに従って扉が開いた。

 フィリップは中庭に入り、馬の手綱を引いた。

 だが四歩と進まぬうちに、玄関の階段上に現れたフリッツから問いただされた。

「ご用件は?」

 フィリップは不意を打たれたかのようにぎょっとした顔を見せた。

 フィリップは眉をひそめ、フリッツが使用人の義務を果たしてないと言わんばかりに睨みつけた。

「この家のご主人、フェニックス伯爵とお話ししたい」フィリップは手綱を輪に通し、そのまま歩いて家に入った。

「主人は不在でございます」と言いながらも、フリッツは礼儀正しくフィリップを中に通した。

 あらゆる場合を想定していたが、これほど単純な答えだけは予期していなかったようだ。

 だがたじろいだのは束の間だった。

「何処に行けば会えるでしょうか?」

「存じません」

「いやご存じのはずだ」

「遺憾ながら何も聞いてはおりません」

「すぐに話をしなくてはならないのだ」

「それは難しいかと存じますが」

「何が何でも話がしたい。極めて重大な用件なんだ」

 フリッツは無言で頭を下げた。

「外に出ていると言うんだな?」

「さようでございます」

「だが戻って来るはずだ」

「いらっしゃらない気が致します」

「来ない気がするだって?」

「ええ」

「わかったよ」フィリップの声に怒気が滲み始めた。「取り敢えずは、ご主人に伝えてくれ……」

「重ねて申し上げますが、主人は不在なのです」フリッツは飽くまでも冷静に答えた。

「命令の重みは理解しているし、君の立場も尊重しよう。だがぼくは例外に当たるのではないか? ご主人はぼくが来るとは思っていなかったはずだ。此処に来たのは予定外なんだ」

「命令に例外はございません」フリッツが口を滑らせた。

「そうか、命令があるということは、フェニックス伯爵は此処にいるんだな?」

「だとしたらどうだと仰るのですか?」あまりのしつこさに、今度はフリッツの方が苛立ちを見せ始めた。

「だとしたら、ここで待つとしよう」

「主人は不在だと申し上げたはずです。しばらく前に火が出たせいでこの家には住めなくなってしまいましたので」

「でもおまえは住んでるじゃないか」今度はフィリップが口を滑らせた。[*1]

「管理人として寝泊まりしているのです」

 フィリップは肩をすくめた。何を言われても信じる気はなさそうだ。

 フリッツがいよいよ苛立ち始めた。

「そもそも伯爵閣下がいらっしゃろうといらっしゃらなかろうと、ご在宅だろうとご不在だろうと、力ずくで家に入ろうとなさる方などおりません。しきたりに従わないと仰るのでしたら、私といたしましてはやむを得ず……」

 フリッツは語尾を濁した。

「何だと言うんだ?」フィリップは完全に頭に血が上っていた。

「やむを得ず外に連れ出さざるを得ません」

「おまえが?」フィリップの目が光った。

「私がでございます」フリッツのドイツ人らしいところが出て、怒りが大きくなるにつれてうわべはますます冷静になっていた。

 フリッツが足を踏み出すと、フィリップは思わず剣をつかんでいた。

 フリッツは剣を見ても狼狽えもせず、誰かを呼びもしなかった――というより、もともと誰もいないのだろう。フリッツは壁飾りの武器の中から短いが鋭く尖った金属のついた杭のようなものをつかむと、剣術ではなく棒術のような動きでフィリップに飛びかかり、その一撃で短剣の刃を打ち砕いた。

 フィリップは怒りの声をあげ、武具飾りの方に駆け寄り、武器を取ろうとした。

 まさにその時、廊下の隠し扉が開き、扉の奥の薄暗がりを背景にして伯爵が姿を見せた。

「何事だ、フリッツ?」

「何でもございません」フリッツは矛を下ろしはしたが、腰の高さほど上の階段に立つ主人を守るように身体を割り込ませた。

「フェニックス伯爵」フィリップが声をかけた。「客人を矛でもてなすのがお国のしきたりなのですか? それともあなたの家だけの特殊な事情でしょうか?」

「よすんだ、フリッツ」バルサモが命じた。[*2]

 フリッツは矛を下ろし、身振りで命じられるがまま玄関の隅に置いた。

「どなたですか?」伯爵がたずねた。控えの間を照らしているわずかな明かりの下では、フィリップのことがわからないようだった。

「是が非でもあなたとお話しをしたがっている者です」

「是が非でも?」

「ええ」

「それではフリッツに分があるようですな。私は誰とも話したくありませんし、家にいる私に話しかける権利など何人なんぴとにも与えるつもりはありません。あなたは私に対して過ちを犯したわけですが――」バルサモは溜息をついた。「早々と立ち去ってこれ以上は平穏を乱さないと約束して下さるなら、許して差し上げましょう」

「平穏を求めるとは恐れ入りますね。ぼくの平穏を奪った癖に!」

「あなたから平穏を奪ったですと?」

「ぼくはフィリップ・ド・タヴェルネだ!」その名前を言えば伯爵の良心には説明がつくと信じて叫んだ。

「フィリップ・ド・タヴェルネ?……そうでしたか。お父上にはお世話になりました、歓迎いたします」

「ありがたい!」フィリップは呟いた。

「こちらへどうぞ」

 バルサモは隠し階段の扉を閉めてフィリップのところまで来ると、この物語の中で読者には何度もお見せして来た応接室まで案内した。もっとも近いところでは、五人の親方マスターの場面で用いられた場所である。

 誰かをもてなす予定だったのかのように、応接室は煌々とした明かりに照らされていた。だがそんな贅沢もこの家では普段通りのことに過ぎないのだ。

「今晩は、タヴェルネ殿」穏やかだがくぐもったバルサモの声に、フィリップは思わず目を上げた。

 だが、いざバルサモを見るや後じさっていた。

 というのも、伯爵にはかつての面影はなかった。落ち窪んだ目からは光も失せ、頰はそげて今や二本の皺が口の両側に刻まれているのみ、痩せこけて骨の浮かび上がった顔の造りはまるで髑髏のようだった。

 呆然としたままのフィリップを見たバルサモは、暗く悲しげな微笑みを血の気の失せた口唇にかすかに浮かべた。

「使用人のことはお詫びいたしますが、命令に従ったまでのこと。それに言わせていただければ、力ずくで押し入ろうとしたのはあなたの方だ」

「伯爵、生きていればなりふり構っていられない状況に陥ることもあるでしょう? 今のぼくがまさにそれなのです」

 バルサモは答えない。

「お会いしてお話ししたかったのです。あなたに会えるなら、死をも覚悟して来たのです」

 バルサモは無言を貫いていた。フィリップが説明するのを待っているのだろうか、問いただすだけの気力も好奇心もないようだった。

「ようやく会えました。こうしてお目にかかれたからには、話し合いを望みます。お願い出来ませんか。ですがその前に、まずはこの男を退らせて下さい」

 フィリップがフリッツを指さした。フリッツは闖入者をどうするかご指示に従う準備は出来ていますと言わんばかりに、仕切りのカーテンを上げたところだった。

 バルサモはフィリップから目を逸らさず、訪問の意図を読み取ろうとした。だがフィリップは身分も作法も対等な男を前にして、落ち着きも精神力も取り戻していたため、読み取ることは適わなかった。

 バルサモは顔どころか眉を動かしただけで、フリッツを立ち去らせた。二人は向かい合って坐り、フィリップは暖炉を背にし、バルサモは円卓に肘を預けた。

「では端的にお話し下さい。こうして話をお聴きするも好意からに過ぎませんし、正直に申し上げると飽きっぽい人間なのですよ」

「ぼくとしては失礼に当たらないと判断した限りで、話すべきことを話すまでです。よろしければ、質問から始めさせていただきたいのですが」

 これを聞いてバルサモの眉が寄り、目から火花が散った。

 その言葉を聞いて記憶が呼び起こされたのだ。バルサモの心の奥で蠢いているものを知れば、フィリップは震え上がったに違いない。[*3]

 だがしばしの無言が続いただけで、バルサモはすぐ我に返った。

「質問して下さい」

「伯爵。あなたはあの五月三十一日の夜どのように過ごしたのかを、お話しして下さったことはありませんでしたね。ルイ十五世広場を埋める怪我人や死者の山から妹を連れ出してから後のことです」

「何を仰りたいのですかな?」

「以前から気になってはいたのですが、あの夜のあなたの行動がますます疑わしく思えて来たと申し上げているのです」

「疑わしいとは?」

「総体的に見て、とても立派な人間のすることとは思えません」

「よくわかりませんな。失礼ですが頭が重くてはっきりしないのです。そのせいで短気になっているところもあります」

「伯爵殿!」今度はフィリップが声をあげた。高慢で冷静なバルサモの態度に苛立ちを覚えたのだ。

「失礼ですが」と答えたバルサモの声には変化はない。「初めてあなたにお会いしてから、大変な不幸に遭いましてね。家の一部が焼けて、大切なものを幾つも失くしてしまったのです。それはもう大切なものでした。それ以来というもの、つらくて頭がどうかしてしまいそうなのです。お願いですからもっとはっきり仰っていただけませんか。そうでなければ直ちにお引き取りいただきたい」

「とんでもない! そう簡単においとまするわけにはいきませんよ。ぼくの事情を汲んで下さるのならば、あなたの側の事情を袖にするつもりはありません。というのも、ぼくも大変な不幸に遭ったのです。恐らくはあなたが遭った不幸よりも大変な不幸に」

 バルサモは諦めたような微笑みを浮かべた。先ほど口唇に浮かんだのと同じ笑みだ。

「ぼくは、家族の名誉を失ったのです」

「それで、私に何が出来るというのですか?」

「何が出来るかですって?」フィリップの目が光った。

「ええ」

「失ったものを返してくれることが出来るではありませんか!」

「何ですって! 正気ですか!」

 バルサモが呼鈴に手を伸ばした。

 だがその動きには勢いがなかったし、怒った様子もなかったので、すぐにフィリップに腕を摑まれた。

「正気かと言うのですか?」フィリップの声はかすれていた。「では妹の話だということもわかりませんか? 五月三十一日、あなたの腕の中で気絶していた件についてです。妹はある家に連れて行かれた。あなたに言わせれば『名誉にも』だったのでしょうが、ぼくに言わせれば『汚らわしくも』です。結論を申し上げましょう。どうか剣を手にしていただきたい」

 バルサモは肩をすくめた。

「単純な話を随分と回りくどくなさいましたな」

「人でなしめ!」フィリップは叫んだ。

「何という声だ!」バルサモはなおも暗く苛立った様子でたずねた。「聞くに堪えない。私が妹さんを侮辱したと仰いましたな?」

「まさにそう言いに来たのです、卑怯者め!」

「無意味に怒鳴ったり罵ったりするのはおやめなさい。いったい何処の誰から吹き込まれたのです。私が妹さんを侮辱したなどと?」

 フィリップが躊躇いを見せた。バルサモの声を聞いているとわからなくなって来た。よほどの厚顔無恥なのか、まったくの無実なのか、どちらなのだろう。

「誰から聞いたかですって?」

「ええ、教えていただけますかな」

「妹本人からですよ」

「そうか。妹さんも……」

「何が言いたいんですか?」フィリップが脅すような仕種をした。

「お話を聞いた限りでは、あなたも妹さんも実に嘆かわしいと感じましたな。ご婦人方の中には、自分の身に降りかかった不名誉を利用しようと考える、実に醜悪な方もいるものです。一方のあなたと来たら、イタリア喜劇に登場する髭面の兄貴よろしく、脅しを口に現れて、剣を取れ、さもなくば妹と結婚しろ、さもなくば金を寄こせと迫る始末だ。結婚を迫るのなら妹さんが夫を必要としているからだし、金をせびるのは私が黄金を精製できると知っているからだ。ところがこれには二つの点で間違いがある。あなたの手には一銭も入らないし、妹さんはこれからも独身のままだということです」

「それなら、血管の中に流れている血を貰い受けるとしましょう。もっとも、人の血が流れているかどうかも疑わしい」

「それも出来ません」

「何ですって?」

「自分の血は自分でどうにかします。血を流すつもりなら、もっと貴重な機会はありました。黙ってお帰りいただけませんか。騒ぎ立てるというのでしたら、いよいよ頭痛には我慢できそうにないので、フリッツを呼ぶことになる。フリッツが来れば、あなたの身体など合図ひとつで葦のように真っ二つだ。立ち去るがいい」

 今度こそバルサモは呼鈴を鳴らした。フィリップに止められそうになると、円卓に置かれた黒檀の箱を開け、弾の入った二連式拳銃を取り出した。

「望むところです。どうぞ殺すがいい!」フィリップが怒鳴った。

「どうして殺さなくてはならないのです?」

「あなたは僕を侮辱したからです」

 フィリップの言葉には真実の重みがあった。バルサモがそれを穏やかに見つめていた。

「まさか本気で仰っているのですか?」

「嘘だとでも? 紳士の言葉を疑うのですか?」

「つまり、タヴェルネ嬢が独り恥ずべき考えを思いつき、あなたをそそのかしたという話ですか? それなら否定するつもりはありません。それで納得するならこう申し上げましょうか。五月三十一日の夜、私が妹さんに取った行動は、非難のつけようのないであることを誓いましょう。名誉に照らしても、人間の法廷に於いても、神の審判を仰いでも、節度に反するようなことは一切ありませんでした。信じていただけますな?」

「そんなことが!」フィリップは啞然としていた。

「こちらとしては決闘も厭わない。目を見ればわかるはずだ。私が病み衰えていると思っているのなら大間違い、見た目だけですよ。確かに顔色は悪い。だが筋肉は衰えちゃいない。証拠が見たいですかな? では……」

 ブールの手になる家具の上に青銅製の大きな花瓶が置かれてあるのを、バルサモは片手だけで軽々と持ち上げて見せた。[*4]

「わかりました。五月三十一日については信じます。ですがそれはトリックだ。意図的に日付を取り違えてご自身の言葉を正当化しようとなさっている。その後で、また妹に会ったはずです」

 バルサモが躊躇いを見せた。

「確かに会いました」

 一瞬だけ輝いた顔が、瞬く間に翳った。

「ほらご覧なさい!」

「確かに妹さんには会ったが、それがどうしたと?」

「どうしたもこうしたも、これまで三度にわたっておかしな力を使って眠らせて来たではありませんか。あなたに近づかれて発作を起こした妹から、麻痺状態を利用して犯罪の秘密を聞き出したのは明らかです」

「改めてたずねるが、誰がそんなことを?」バルサモが大声でたずねた。

「妹本人です!」

「眠っていたのに何故わかる?」

「では、眠っていたことを認めるのですね?」

「認めるどころではない。この手で眠らせていたことを認めよう」

「眠らせていた?」

「そうだ」

「辱める為でなければ、何の為に?」

「何の為に?」バルサモはがっくりと頭を垂れた。

「話して下さい!」

「俺にとっては命よりも大事な秘密を教えてもらう為だ」

「嘘だ! 言い逃れだ!」

「あの夜のことか……」バルサモは、フィリップの侮辱に応えるというよりも、自らの考えを追うようにして呟いた。「あの夜、妹さんが……?」

「辱められたのです」

「辱められたとは?」

「妹は母親になったのです!」

 バルサモが声をあげた。

「そうだった! 忘れていた。術を解かずに立ち去ってしまったんだ」

「お認めになるのですね!」

「ああ。何てことだ。あの夜。俺たちにとって悲劇の夜、何処かの卑怯者が妹さんが眠っているのにつけ込んだんだ」

「からかおうと言うのですか?」

「いや、説得しようとしているのだ」

「それは難しいでしょうね」

「妹さんは今どこに?」

「よくご存じの場所ですよ」

「トリアノンに?」

「ええ」

「ではトリアノンに行こう」

 フィリップは驚きのあまり動けなかった。

「俺は間違いを犯した。だが罪は犯しちゃいない。催眠術にかけたまま放っておいてしまっただけだ。だがそのお詫びに犯人の名前を教えよう」

「誰なんです?」

「俺は知らない」

「では誰が知っているのですか?」

「妹さんだ」

「でもぼくには教えてくれませんでした」

「恐らく俺には言ってくれるだろう」

「妹が?」

「妹さんが犯人を名指ししたら、信じるな?」

「ええ。無垢な天使のような人間なのですから」

 バルサモは呼鈴を鳴らした。

「フリッツ、馬車の用意を!」

 フィリップは狂ったように応接室を歩き回っていた。

「犯人ですって! 犯人を教えると約束してくれるんですね?」

「先ほどの小競り合いで剣を折ってしまったようだが、よければ別のを差し上げましょう」

 そう言って椅子の上から金柄の見事な剣をつかみ、フィリップの剣帯に差した。

「あなたはどうするのです?」

「武器は要らない。俺を守ってくれるものはトリアノンにある。妹さんが話してくれたら、その時はあなた自身が守ってくれるだろう」

 十五分後、二人は馬車に乗り込み、フリッツが二頭の馬を操ってヴェルサイユまでの道を全速力で走らせた。


Alexandre Dumas『Joseph Balsamo』Chapitre CXLVI「Deux douleurs」の全訳です。初出は『La Presse』紙、1847年12月21日(連載第144回)。


Ver.1 12/04/21
Ver.2 26/05/03

[註釈・メモなど]

・メモ
 ※サヴェルニー侯爵夫人(Saverny。69章ではサヴィニー Savigny)。

[更新履歴]

・26/05/03 – Rien, monsieur, répliqua le serviteur en abaissant son épieu, mais en se plaçant comme une barrière en face de son maître, qui, debout sur les degrés de l'escalier dérobé, le dominait de la moitié du corps. 「en se plaçant」なので、「それを置く」ではなく「身を置いて」。「フリッツは矛を下ろし、それをバリケードのように主人の前に掲げた。それを伯爵が隠し階段の上から見下ろしていた。」 → 「フリッツは矛を下ろしはしたが、腰の高さほど上の階段に立つ主人を守るように身体を割り込ませた。」に訂正。

・26/05/03 Le comte, en effet, n'était plus que l'ombre de lui-même : ses yeux caves n'avaient plus de lumière ; ses joues, en maigrissant, avaient encadré la bouche de deux plis, et l'angle facial, nu et osseux, faisait ressembler toute la tête à une tête de mort. 「n'être plus que l'ombre de soi-même」で「見る影もない,衰弱している」。髑髏のようだという描写なのだから、「osseux」は「骨張った」ではなく「痩せこけた」。「伯爵はもはや本人の影にしか過ぎなかった。目は落ち窪んで光も失せ、頬はそげて二本の皺となって口を囲い、骨張った剥き出しの顔の出っ張りを見ていると死者と対面しているような気にさせられた。」 → 「というのも、伯爵にはかつての面影はなかった。落ち窪んだ目からは光も失せ、頰はそげて今や二本の皺が口の両側に刻まれているのみ、痩せこけて骨の浮かび上がった顔の造りはまるで髑髏のようだった。」に訂正。

・26/05/03 – J'allais dire, monsieur, que vous me donnez, en vérité, de vous et de votre sœur une bien triste idée. C'est la plus laide spéculation du monde, savez-vous, que celle que font certaines femmes sur leur déshonneur. Or, vous êtes venu, la menace à la bouche, comme les frères barbus de la comédie italienne, pour me forcer, l'épée à la main, ou à épouser votre sœur, ce qui prouve qu'elle a grand besoin d'un mari, ou à vous donner de l'argent, parce que vous savez que je fais de l'or. Eh bien, monsieur, vous vous êtes trompé sur les deux points : vous n'aurez point d'argent, et votre sœur restera fille. 「C'est la plus laide spéculation du monde, savez-vous, que celle que font certaines femmes sur leur déshonneur.」 「婦女を辱めることがもっともおぞましい」のではなく、「ある種の女性が自分たちの不名誉に対しておこなう醜い駆け引きこそ、もっとも醜い駆け引きだ」。「お話を聞いた限りでは、あなたも妹さんもお気の毒に。ご婦人を辱めようとは、これ以上におぞましいことはありません。それであなたは、イタリア劇に登場する髭面の兄貴のように、脅しを口にしにやって来たのですな。剣を取るか、妹さんと結婚するか、選択を迫る為に。妹さんが結婚を望んでいるのか、あなたの為にお金を作ろうとしているのかはわかりませんが、あなた方としては私が金持だとご存じなのですからな。ところがあなたは二つの点で間違っている。あなたの手には一銭も入らないだろうし、妹さんはこれからも独身のままだろうということです」 → 「お話を聞いた限りでは、あなたも妹さんも実に嘆かわしいと感じましたな。ご婦人方の中には、自分の身に降りかかった不名誉を利用しようと考える、実に醜悪な方もいるものです。一方のあなたと来たら、イタリア喜劇に登場する髭面の兄貴よろしく、脅しを口に現れて、剣を取れ、さもなくば妹と結婚しろ、さもなくば金を寄こせと迫る始末だ。結婚を迫るのなら妹さんが夫を必要としているからだし、金をせびるのは私が黄金を精製できると知っているからだ。ところがこれには二つの点で間違いがある。あなたの手には一銭も入らないし、妹さんはこれからも独身のままだということです」に訂正。

・26/05/03 – Alors, j'aurai de vous le sang que vous avez dans les veines, s'écria Philippe, si toutefois vous en avez. 「en avoir」ではないので「腹を立てる」ではない。「avoir de vous」で「あなたから手に入れる」、「le sang que vous avez dans les veines」で「あなたが血管のなかに所有している血」。「あなたが腹を立てているというのなら、ぼくも同じように血をたぎらせることに異存はない」 → 「それなら、血管の中に流れている血を貰い受けるとしましょう。もっとも、人の血が流れているかどうかも疑わしい」に訂正。

・26/05/03 Cette fois, Balsamo sonna, et, comme Philippe voulait l'en empêcher, il ouvrit un coffre d'ébène posé sur le guéridon, prit dans ce coffre un pistolet à deux coups qu'il arma. 「un pistolet à deux coups」とは「二発の弾丸が装塡された拳銃」ではなく、「二連式拳銃」。「バルサモが呼鈴を鳴らした。フィリップに止められそうになると、円卓に置かれた黒檀の箱を開いて、拳銃を取り出した。二発の弾丸が装填されている。」 → 「今度こそバルサモは呼鈴を鳴らした。フィリップに止められそうになると、円卓に置かれた黒檀の箱を開け、弾の入った二連式拳銃を取り出した。」に訂正。

・26/05/03 – Parce que vous m'avez déshonoré. 「あなたがぼくを侮辱した」のであって、「ぼくがあなたを侮辱した」わけではないので、「あなたを侮辱したからですよ」 → 「あなたは僕を侮辱したからです」に訂正。

・26/05/03 「」 → 「」

・26/05/03 「」 → 「」

 

[註釈]

*1. [今度はフィリップが口を滑らせた]
 「maladroit(不用意に)言った」とは、それまで礼儀をわきまえ vous と呼びかけていたのに、思わず tu と呼びかけてしまったことを指すと思われる。[]
 

*2. [よすんだ、フリッツ……]
 – Arrêtez, Fritz, dit Balsamo.。初出のみにある文章。[]
 

*3. [記憶が呼び起こされた……]
 詳細不明。interrogation という単語から、術を使ってロレンツァに質問していたということを思い出し、胸を痛めたものか。[]
 

*4. [ブール]
 André-Charles Boulle(1642-1732)は、フランスの家具職人。王室の家具も多数手がけた。[]
 

*5. []
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*6. []
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